身を守るということ
翌日、いつものようにミリアはレティと図書室にいた。アレンがいったい何を考えているのかは分からない。ただ、無意味にレティにこれ以上の恐怖を与えるなら、力づくで阻止する覚悟だけは決めていた。
今読んでいる本も、やたらと分厚い本を選んでいる。本には悪いが、もしもの時には鈍器になってもらう予定だ。タイトルは、犯罪とその対応。これまでの約300年の歴史の中で起こった名の知れた犯罪と、それに対してどのような対処法を取ってきたかというものだ。
有名になっているだけあって、犯人判明までに手間が以上にかかったり、動機が理解の範疇を超えているものだったり、量刑の判断が難しかったりとどこかに必ず手を煩わさせられた点がある。
ちなみに、門の外において犯罪の捜査は簡単だ。信頼できる過去視の能力者を現場に連れていけばいい。そして見た犯人の顔を、念写の能力が付与された紙に映せば、情報は簡単に共有できる。後は、分かった顔を民衆の名簿に照会をかければ犯人の情報は全て丸裸だ。
住居を捨てて逃げても、居場所探索のスキルを持つ人間がいるので意味がない。そして、そういった人員は警察にたくさん所属している。給料に優遇措置があるため、必然的に集まるのだ。ミリアが鈍器として選んだ本には、それらの網を掻い潜るだけの知恵やスキルを持った犯罪者たちの実例が載っていた。
レティはミリアの隣で、今日の新聞を読んでいる。特に興味を引く記事は無いようで、めくる速度は見出しだけを読んでいる時の物だ。紙をめくる音だけが響く静かな空間。
だがそれが長くは続かないことをミリアは知っていた。
図書室の隅に置かれた転移盤の上に、アレンの姿が現れる。今日はアレンはすぐにミリア達がいるテーブルには寄ってこず、ウォルトが転移してくるまで側で待っていた。
ミリアの横でレティが、ほんの少し顔を上げて、そして無視を決め込むかのようにまた新聞に目を戻す。だが、ページをめくる手が止まった辺り、意識は今現れた二人に向かっているだろう。たぶん読んでいる文字も、頭に入っていない。
「ミリア、レティ、今いいかな?」
近づいてきて声をかけてきたアレンを見上げたレティ横目で見る。用があるのならなぜ一人で来なかったのか。そう言いたげなのがありありと伝わってきた。
昨日と同じ位置取り、つまりミリアとアレンが向かいで、レティとウォルトが対角線上に6人掛けのテーブルに座る。相変わらず重苦しい空気の中、アレンはやはり気にして無いようで言葉を紡ぐ。
「ああミリア、面白い本持ってるね。ちょうどそれ関連で聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
さてアレンはどうするつもりなのか? 脇の二人はまったく口を開く様子がない。たぶん、こちらから振るまでずっとそうしているだろう。なんで一緒にいなきゃいけないんだという表情だが、さりとてなぜ自分が離れなきゃいけないんだとも感じている。そんな表情である。
「うん、門の中での、門の外でなら犯罪に当たる行為の発生率と、それからどうやって身を守っているのかについて」
「それって二つじゃない……? まあいいけど。明日は無しだからね」
約束違反だが意味はある気がするので、前借りということで許すことにした。たぶん、重要なのは後半の質問で、前半はその導入だ。
「うん、分かった。ありがとう。これ、続きは明日ってすると話の繋がりが悪くなるんだよね。じゃあ、お願い」
促されたので、ミリアは話し始める。
「ごめん。まず、発生率を数字で出すのは私には無理。体感の頻度だと、毎日どこかで、かな。窃盗から殺人まで、場所を選ばなければ毎日どこかで起こってる。正直、一々気にしてられない」
仲間が何人消えただろうか。誰がやったかなんて分からない。そういったことが日常茶飯事なのだ。案内業はあくまでも生きるための金銭を稼ぐ手段で、無差別な害意から身を守れるほど稼げるわけではない。
「次に、身を守る方法だけど、自分の価値を徹底的に落とせばいい。明らかに大金を持っていない子どもから金銭を盗るより、金持ちを狙った方が効率いいでしょ。とにかく、狙われるほどの価値が自分ないようにすればいい。それから、行動する場所も重要かな。大通りは少しは平和だからなるべくそこで過ごしたりとか」
価値を下げる。その言葉に、レティが小さく反応した。分からないでもない。レティは狙われるに足る価値があるから、これだけ恐怖に震えてきたのだ。
「平和って?」
「傷害以上の犯罪がほぼ発生しない。暗黙の了解ってやつ。門の外から遊びに来る人が減ったら生活に響くから、見た目の安全だけは守るっていう。だから、なるべく大通りで生活してた」
力を持たないものはそうするしかない。逃げて隠れて、自分より強大な力を持つ者の目に入らないようにするしかないのだ。だから、一番手っ取り早い身を守る方法は、結局こういったことになる。
「襲われても返り討ちできるなら何も気にせず自由に歩けるんだけどね。強ければ自分だけでなく、守りたい人も守れる。結局門の中は、どれだけ力を持っているかで、どれだけ自由にできるかが決まる」
ただ怯え暮らすか、それとも力をふるう側になるか。二つに一つである。中途半端では餌食になるだけだ。もっとも力をふるう側に気に入られて保護されれば、安全は保障されるが。
アレンは、ミリアの話を静かに聞いていた。内容は、想像のついていたものだったのだろう。それに対しての反応は特にない。ここから、ウォルトとレティの仲の回復のために何を行うつもりなのか、ミリアは自分が言うべきことは伝えた以上、後は黙って見守ることにした。




