わだかまりの解消法
今回、アレン視点です。
ウォルトが負けず嫌いなことをアレンが知ったのは、学舎に入学して他の同世代に会ってからだ。特に、同級の中で一番生まれが早いハルに対してそれは顕著で、事あるごとに張り合ってきていた。もっとも、ほとんどの場合ウォルトが一方的に競っているだけで、ハルはあっさりと受け流していたけれども。
そんな状況下で、唯一ハルがウォルトを純粋に称賛したことがある。それが、武術の腕だ。幼い頃からずっとずっと磨いてきた腕。それなのに、少し油断をしたせいで年下の女の子にあっさり負けた。プライドだとかそういった物が、ズタズタになっただろうことはよくわかる。
だからと言って、今日の態度はない。前方不注意でぶつかったのは、ウォルトの方なのだ。それなのに、アレンが促すまで謝らないどころか、謝っても言葉に不承不承だということがありありと見えているだとか、誰が聞いても悪いのはウォルトだと言うだろう。
「それで、どうしてちゃんと謝らなかったの?」
「……すごく、軽かったんだ。あの日はあんなにあっさり俺のこと投げ飛ばしたのに」
開始直後の油断。それが敗因だということはアレンも分かっている。それがなければ、いい勝負ができていただろうことも。でもそれは、当日メアリーが言っていたように、試合中に油断したウォルトに敗因がある。
「あの時は、強くて誰にも負けていなかったのに、なんであんなに弱々しく怯えてるんだよ。俺に勝ったってのに、どうして自分は弱者ですって態度してやがるんだ」
「そっか……」
苦々しそうに言い捨てて、そしてウォルトは黙ってしまった。そのまま、教室に向かって歩き出す。アレンはそれについて行きながら、これは結構根深そうだなと思う。アレンはレティがどうしてあそこまでの人見知りになったのかは知らない。だが一つ言えることは、ウォルトはレティが怖がるのを止めるまでわだかまりを抱えたままだし、そうするとレティが許すきっかけなどやってこないだろうということだった。
その日の夜、いつものようにミリアに遠話を試みると、ミリアもいつものように応じてくれた。怒り心頭で応じてくれないかもしれないと少し考えもしたが、どうやら杞憂だったらしい。
「それで、今日の昼はどういうわけだったの?」
「僕とウォルトで本を取りに来たんだけど、読書スペースにミリアがいるのを見て僕が話したそうにしてるのに気付いたウォルトが、持ってくるの一人でできるからって取りに行ってくれたんだよ」
「うん、私が聞きたいのそこじゃないって分かるよね?」
「一応、説明しておいた方がいいかなって」
確かに一番知りたいことではないだろうけれど、説明にも順番というものがあるのでそこは許してもらうしかない。
「それでね、ウォルトは、レティが強いのに弱々しくしていることが、どうも許せないみたいなんだ」
「……あー、それは」
「レティの方、なんとかならない?」
「なんとかしたいとは思ってるの。上辺だけなら会う時間増やせばそんなにかからないけど、本格的にどうにかしたいなら一筋縄じゃいかないわよ。たぶん、ウォルトがレティを理解する方が早い」
そして、順を追ってどうして欲しいかを伝えたところ、あっさり無理だと告げられた。
「私だって、なんとかしたいとは思ってるけれど、本人の心の問題なんだから。簡単に解決できるなら私の方が方法知りたいんだからね」
そう言っている辺り、本当に方法に心当たりがないのだろう。
「レティが人を怖がる原因、教えてくれたりとかはできる?」
「却下。私までレティの信頼失う。直接本人に聞いて。教えてくれるかは別だろうけど」
「それ、ウォルトがレティのこと知るの、無理なんじゃ」
「別に、理由なんて知らなくても、どういう状態なのかは分かるでしょ」
ミリアにそう言われて、少し考え込む。確かに、ウォルトに必要なのは、レティがどうして他人を怖がるようになったかよりも、どうして怖がりでありながらも強いのか、だ。
「それを、教えてくれる気も、ないんだね」
これを言わないのは、言えないのではなく自力で気づけと言うことだろう。そうでなくては、意味のないことだから。
「ちゃんと気づいて欲しい、かな。その上で、自分が何をしたのか、ちゃんと理解して欲しい」
「分かった。伝えずに誘導だけしてみるよ」
「露骨すぎることしないでしょうね」
「そこは大丈夫」
それで、昼に起こったいさかいの処理の作戦会議は終了した。その後アレンがミリアにいつものように一つ質問をしたところ、盛大に呆れられたがアレンは気にしていない。一日一つは一日一つだ。知りたいことが山ほどあるアレンに、権利を使わないという選択肢は存在しなかった。
負けて悔しかったけど、相手のすごさは認めていた。それなのに自分を任した相手が自分に対して怯えている。
わがままだとわかっていても、怒りを抑えられていないのが今のウォルトです。




