外と中
ランディックを二つに分類しろと言われたら、十人中十人が門の外と門の中という分け方をするだろう。面積比が五百対一であるにも関わらずである。
その理由は、とにかく何もかもが違うからだ。女神によって統治権を渡された一族が政を行い秩序が保たれている門の外と、一切の統治機構がない門の中。その境は高い壁によって区切られていて、出入りするには唯一設けられている門を通るしかない。転移盤の類を持って門を通ることは厳禁であり、壁は地下にまで網羅されている。
その、明確に区切られた門の中と外で一番大きな違いは、自由があるかというものだろう。門の外では、禁止事項が沢山ある。他者に危害を加えてはいけない、他者を騙してはいけない、社会に迷惑をかけてはいけない。こういった秩序を守るために必要な制限がたくさん規定されており、それを皆が守っているのが門の外だ。
もちろん、規律を破る者もいる。だが、それらを犯した者は、全員必ず特定される。過去視のスキル持ちが捜査にあたるのだ。隠しきれるわけがない。故に、規律が破られるケースは、突発的な出来事か、あるいは身の破滅も厭わない者が行動に起こしたかの、二つに一つだった。
逆に、門の中は完全に自由だ。何をしてもいいということは、何をされても文句は言えないということで、結果、門の中は犯罪の温床になっている。だが、すべてにおいて自由だからこその強みもあるのだ。
賭博、売春、薬、禁書。金さえ積めるなら、門の中で買えないものは何もない。それこそ、人でさえ。ただし、門の中で人を買っても門の外では所持品と認められないため、門の中限定での所持ということになるが。
多少危険があっても、そこでしか味わえない娯楽がある。結果、門の外で平穏に暮らしている人が訪れる。門の中のランディックでの立ち位置は少し危険な娯楽都市だった。
その門の中で育ったミリアは、手元の資料を見る。状況不明で死亡と判断された人数の統計資料だ。分かりやすく言い換えるなら、門の外で暮らす権利を捨てて、門の中への移住を選んだ人数の記録である。だいたい年間千人前後だろうか。
今日の授業は、その人数をどうやったら減らせるのかという討論だった。暮らしやすい門の外を捨ててまで、門の中に移住する。これには、門の中に別荘を持つことは含まれない。門の外での生活を捨てたわけではないからだ。
つまり、相当な事情が存在するわけで、民の幸せを願うなら減らせる限り減らすべき数字である。
その数字が細かく記載された、民衆には公開されない資料を前に、減少している時期には何が起こったのか、増加している年には何が起こったのか。それを分析し、原因を考えるという授業だった。
「移住を選んだ人数は、景気が悪いと増え、良ければ減っています。だから、人数を減らすにはまず、景気のいい期間をできるかぎり長引かせる必要があるのではないかと思います」
レティの主張は模範解答だった。景気の良し悪しは循環する。故に、常に好景気を続けることはできない。それでも、政府主導でできる限り好景気を維持すれば、移住を選ぶ人を減らせるのではないか。だが、それでは説明できないデータがいくつか見受けられた。
「でもそれだと、ところどころ不景気なのに人数が激減している時期があるのが説明つかない。最近だと新暦291年4月、一番古い記録だと……、新暦28年11月かな」
周辺と比較して一時的に激減し、それから緩く回復していく。歴史を振り返れば、この時期に起こったことは分かる。共通点は、歴史に残るほどの事件が起こったこと。
「28年11月。この時期に、門の外から門の中へと有用なスキルを持つ子どもが誘拐される事件が頻発した。この事件を受けて壁は強固になったし、門番は分別のつかない年齢の子どもは門を通さなくなった」
ミリアは、明らかに数が少ない時期とその時起こった重大な事件を上げていった。すべて、門の中の人間の関与が疑われる事件だ。そして、一番新しいものは。
「291年の4月は、契約保障のスキル持ちが一斉に死亡した。一件一件の犯人は、門の中の人間に依頼されたと語っており、一件だけならば事故に見せかけられるためばれることはないと考えていた」
同時期に発生しなければ、確実に事故とみなされていただろう。だが、死亡した彼らが当時保証していた契約は、彼らの死亡で保障がされなくなった結果すべて破棄されたのだ。ここまで揃えば、計画性は明らかだった。
「急激に減っている時期は、必ず何か民衆が門の中に恐怖を覚える事件が起こっている。この恐怖心が、移住に歯止めをかけている」
門の外での平穏な暮らしを捨て去ってまで門の中に移住する。その決意を恐怖心が邪魔をしたのだろう。人数が徐々に回復しているのは、記憶が風化していくからだ。
「だから、門の中は危ないところだと民衆が思えば、人数は減らせるはず。もちろん、景気がいいのは前提条件だけれど」
どんなに怖くても、人間それしか手段がなければ行うものだ。例えば、身売り。景気が悪い時に増えるのは、何とかして金を工面する必要がある者が増えるからだろう。実際、酷い事件が起こった後でも件数はゼロにはなっていない。
291年の統計では、7月に10歳になったばかりの少年が姿を消している。門を通してもらえる年齢になるのを待って、即行動に移したと考えるのが妥当なケースだ。
結局のところ、移住する人数を減らすにはレティが言ったように好景気を維持して、金に困っている人数を減らすことが重要なのである。
「お金に困ってる人はどうぞ助けを求めてください。必要な金額だけ援助します、なんてするわけにいかないものねー」
クレアが言ったのは当然だが忘れがちなことだ。正当性のない援助は不公平である。災害や事故ならば援助はされるが、自己責任で負った債務の面倒まで政府が見ることはできない。
「現状以上の支援は不必要だろう。援助も相談窓口も充実している」
ルーサーがそう言って、結局できる対策は、景気をなるべく好調に保つことを第一に、さらに余裕があるなら門の中に対する悪い噂をばらまくということになった。
住んでいたミリアとしては、少し複雑である。特に、やってきた観光客を安全に目的地まで案内するという子どもたちの組織をまとめていたのだ。門の中の恐怖を門の外で煽るということは、観光客に依存して暮らしている人間の食い扶持を削る行為である。子どもたちの収入が減って、生活できなくなるのではないかと不安にもなる。
それでも、門の外を治める立場で見れば、門の外を捨てて門の中に移住する人間の数を減らすことに心を砕くのは当然のことなのだ。ミリアは、今は門の外を治める側の人間である。だから、それが当然のことなのに、どうしてもどこかで納得しきれていなかった。
門の外は門の中に全ての面倒事を押し付けている。それが、門の外が秩序を保っていられる理由なのだから。
民衆も学校に通っていますが、そこでは読み書き計算や一般常識的知識が教えられています。
ミリア達の教育プログラムは支配者層特有のものです。




