拒絶と好意
すべての試合予定が消化されたため、周りの生徒たちも移動を始めていた。誰も彼もが、入学直後に上級生を武闘会で倒した十歳の新入生の話題に花を咲かせている。そんな中で、レティは一人でトロフィーを抱えて立っていた。見るからに話しかけないで欲しいという雰囲気が出ているレティを、周りは遠巻きに眺めている。
「レティ、お疲れ様」
「ミリアー」
そんな硬かったレティの雰囲気も、ミリアが声をかけたことで掻き消える。どうも、長時間一人だったのがよっぽど堪えたらしい。通う学生に加え、その家族も応援に来ているため、レティの知らない人が沢山いる状況なのだ。精神的に、よっぽど追いつめられていたに違いない。
「お疲れ様。優勝おめでとう」
「もう疲れた……」
駆け寄ってきたレティにミリアは声をかける。やはり、いっぱいいっぱいだったらしい。ミリアの側に来た瞬間、すごくほっとした表情になっていた。
「優勝者がそんな顔でどうするの」
「だって……」
むしろこの恐怖感が残っているせいで勝てたのではないかと疑わしい。相手を傷つけないようにしようというような遠慮が一切なかったことは、試合を見ていれば分かる。
「あの」
そうやって二人で話していたところに、小さいがよく通る声で話かけられた。瞬間、再び緊張が走ったレティに若干呆れを覚えながら、ミリアは声をかけてきた相手を見る。学舎の生徒の妹だろうか。淡い赤紫色の髪を左側で結い、そのまま三つ編みにしている女の子だった。年は、レティのすぐ下だろうか。ほんわかとした雰囲気の可愛らしい子だ。
しかし、その髪の色だけでミリアは警戒してしまう。紫は破壊のスキルを持つという証だ。どういった性質のスキルか分からなくても、破壊という性質だけでつい警戒してしまう。特に、ミリアは一人、とんでもないスキル持ちが門の中にいることを知っているため、ついつい警戒してしまうのだ。
「コレット・コールドウェルさん、ですよね。試合、すごく素敵でした」
ただ、輝く目でレティを見ながら感想を語る少女に悪意は一切感じられない。それを見て、ミリアは一応の警戒を解いた。だが、破壊スキル所持者というだけでどうしても恐怖が拭い去れない。レティの恐怖はこの感覚をもっと強めたものなのだろうかとミリアは思う。そのレティは、スキル関係なく他人を怖がっているため、相変わらずいつもの調子だったが。
「ええっと、ありがとう……」
「上級生を攻防の末掴んで投げ飛ばしたのが、特に素晴らしかったです。何かコツはあるのですか?」
「ごめんなさい。ただ相手の動きを追いかけてただけだから、コツ聞かれても上手く説明できないの」
最終的に全員投げ飛ばした人間が何を言うかという感じだが、レティからすれば説明できる類の感覚ではないのだろう。それは、訓練の結果、身につくものだ。
「そうなのですか……。あ、ちょっと待ってください」
少女は少しがっかりした後、一言告げて突然押し黙った。言われた通り、レティと二人そのまましばらく待っていると、遠くから聞きなれた声が耳に届いてくる。
「あ、メアリーいたよ、ウォルト」
「たく、どこに行ったのかと思ったらこんなところか……」
アレンとウォルトの二人である。どうやら、目の前の少女のことを探していたらしい。
「アレン、お兄様。ここです」
少女が二人をこちらに呼ぶ。この子の名前はメアリーらしい。そして、お兄様ということは。
「メアリー、勝手に行動したらダメだよ。僕がいないと探し出すの大変なんだから」
「でも、アレンが兄様の傍にいらっしゃるだろうなって、思っておりましたので」
「今回はそうだったが、アレンがたまたま俺に会いに来てたからだぞ」
「ですが、今年こそ優勝すると意気込んでいらっしゃった兄様が、年下の女の子にあっさり負けたのをアレンが放っておくわけないと思いますよ」
髪色と会話で判断する限り、ウォルトの妹らしい。内心かなりへこんでいるだろう兄に、容赦なく更なるとどめを刺すあたり、言葉遣いこそ丁寧なものの兄に対する遠慮はないらしい。
「それで、メアリーはなんでレティと話してたの?」
「コレットさんにどうしても、お聞きしたいことがありまして。アレンから連絡があったので、まだ聞けていないのですけれども」
先ほどの沈黙の時間は、アレンが遠話で話しかけてきて、その応対をしていたためらしい。確かに、二つ同時に会話を進めるのは大変だろう。
「それであの、ええとレティさんでいいのでしょうか。一番聞きたかったことなのですけれど、なぜ、兄様に対して一切躊躇わずに受け止め、投げ飛ばせたのですか?」
「なぜ、躊躇う必要があるの? 相手が破壊のスキルを使う気なら、私が躊躇ったところで関係ない。どうすることもできないなら、動ける限り素早く対応して、相手を無力化する方が絶対にいい」
そもそも、今回の武闘会ではスキルの使用は禁止されている。それでも、可能性が頭を過ぎるのだ。無防備なところに、防御不能の破壊行為に晒される恐怖。それは、簡単に克服できるようなものではない。ランディックに住む全ての人が、平等に抱えている感覚だった。
だが、レティにとって恐怖の対象は自分が信じると決めた人以外、つまりほとんどの人が対象だ。そして、日常生活でミリアが気づくことはなかったが、どうもやられる前にやれという精神が根付いているらしい。そして、その前には相手が攻撃手段を持っているかいないかは、些細な問題のようだった。
「なるほど、ありがとうございます」
メアリーはレティの理由を聞くと頭を下げる。うやうやしく、深々と。その様子には、ただ答えてもらったことに対する以上の想いが込められているように思えた。
「おい、メアリー。用が済んだなら帰るぞ」
「もう少し駄目ですか兄様。せっかくアレン以来の人なのでもう少しお話したいです」
「学舎の入学次だろ。入学したらいくらでも機会があるだろーが」
「……兄様、ひょっとして、私がレティさんとお話するの嫌です?」
「っ、そんなことあるわけないだろ。ほら、行くぞ」
兄弟の言い合いを見て、これは大丈夫だろうかとミリアが思い始めたところで、
「メアリー、ご両親が探しているから戻った方がいい」
アレンが助け舟を出した。武闘会が終わったら、観客は帰ることになっている。親としては、メアリーが帰りの経路が分からなくなるのが心配で、先に帰れないのだろう。
「分かりました。レティさん、また機会があったらお話聞かせてください。兄様は、あっさり負けた相手に私が会うの気に入らないみたいですが」
「おい、メアリー!」
「そもそも、相手が自分に怯むことを計算に入れて試合に臨んだ兄様に負けた原因があります。アレンが怯まないように、他の人も怯まない可能性があるってことは、考えておくべきでしょうに」
「……」
それだけ言い置いて、メアリーは歩き出した。後ろを沈黙したままウォルトが着いていく。その場には、ミリアとレティ、そしてアレンが残っていた。
アレンは、二人が去っていくのを黙って見送っている。そして、二人の姿が見えなくなると、ミリアとレティに話しかけた。
「お疲れ様。初めてだとびっくりするよね。ウォルトとメアリーは僕の従兄妹なんだ。普段は仲いいんだけどたまに意見が食い違うと遠慮なく言い合うんだ。ごめんね」
意見が食い違うというより、一方的に妹が兄の傷をえぐっていたような気がしないでもないが、ミリアはそこは追及しないことにした。なんというか、これ以上はウォルトがかわいそうだ。
「従兄妹だから家の交流があるのね」
コールドウェル家でも親戚間の交流はある。ただ、ミリアとレティの同年代の子供はいない。それもあって、ミリアはコールドウェル家に引き取られたのだ。誰であってもとにかく警戒していたレティが、学舎に入学する前に一人は慣れた人を作るために。
「うん、幼い頃からよく会ってた。それにしても、レティはすごいね。意外だったけど面白いものが見えたよ」
「え、ええと、ありがとうございます」
レティは褒められてお礼を言う。だがその返事はどこか気が抜けていて、兄妹に対照的な感情を向けられたことに対し、戸惑っているようだった。
ウォルトの悔しさと、メアリーの好意。この二つがこれからややこしいことを引き起こさなければいいけれど。ミリアはトロフィーを抱えるレティを見ながらそう思いつつ、自分たちもいい加減教室に戻ろうと提案した。




