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邂逅と質問攻め

 どれくらいそうしていただろうか。時を測る基準を日がどれだけ上ったかしか持っていない少女に分かったことは、水底の深い青を湛えた肩まで伸びた髪の毛を指先に絡めて遊ぶにはいささか長い時間だったという事実だ。


 それでも、待つだけの時間は永遠には続かなかった。


「誰かいるの?」


 唐突に、少女の頭の中に声が響く。驚いて周りをよくよく見まわすと、いつの間にか遠くに人影がある。かといって、あれだけ遠くから声が届くだろうか。彼女は不思議に思いながら立ち上がって呼びかけようとして、なんと言っていいかわからずに手を振るだけにした。


 声による返事がないことに不思議に思ったのか、人影がこちらに駆け寄ってくる。大きくなるにつれ、相手の姿かたちが鮮明になる。年頃が少女と同じくらいの、10歳前後の少年だ。


 抜けるような空色の髪が印象的な少年だった。ともすれば空に混じって見えなくなってしまいそうなどこにでも溶け込んでいけそうな青が目に眩しい。だが、なによりも少女の目に焼き付いたのは、少年の目の色だった。


 黒。


 瞳をそのまま拡張したかのように、虹彩までもが黒一色に染められている。少女は同じような目を持つ人物を他に一人しか知らなかった。他でもない、水面に映った彼女自身である。


 少年は、少女の目の前で足を止めると、少女が口を開く前にいくつもの問いを投げかけてきた。何から話せばいいのかわからない少女にはありがたい。だが、一度に投げかけられた量が問題だった。


「君は誰? どうしてここにいるの? しかもそんな恰好で? 学舎に通うのが待ちきれなかった? でもだめだよ全員10歳になるまでは待たないと」

 少女は、少年の疑問をとりあえずは全部聞く。聞いたうえで、彼女に答えられるのは、最初の一つだけだった。

「私はミリア。それ以外の質問は、記憶が抜けていてわからないの」


 その返答は、少年の想定外だったようで、表情に困惑が広がってゆく。

「ミリアって名前? それで、姓は?」

 とにかく情報が欲しいと自分の物差しの中で質問を続ける少年に、ミリアはこう答えた。


「そんなもの、ない」


 この返答で少年は、少女が少年の手には余る存在だと気が付いたらしい。一呼吸をして自分を落ち着かせて、そして少女にこう提案する。

「僕はアレン。アレン・ホワイトガード。ミリアのこと、他の人に相談したいんだけどついてきてくれる?」


 ようやく待ちに待っていた案内してくれる人を見つけたミリアは断る理由もない。

「ええ、お願いします」

 その一言で、了承の意を伝え、アレンの案内についていくことにした。


***


 案内されている間、ミリアはアレンからひたすら質問攻めにあっていた。


「記憶がないって、なんで?」

「じゃあ、戻す方法も分かるの?」

「何か覚えてることはある?」

「あ、どこに住んでたかは心当たりあるんだ。どこ?」


 と、次々質問が飛んでくる。気になるのも当然だろうし、現状ミリアには隠す理由もないのでそれらの質問に事実を返していった。隠す理由があるなら、自分がそれを忘れるはずがないのだから。


「私のスキルは許可を取った人の記憶を封じる、というものなの。で、自分も対象者にできるから、それで最近の記憶全部封じたんだと思う」

「封じる前に記憶が戻る条件を定義づける必要があるんだけれど、それごと忘れてるから今すぐ思い出すのは無理」

「たいていの記憶は残ってる。忘れてるのは、ここにいる理由とその手段」

「住んでたのは門の中(ヘイブンクラウド)なんだけれど、ここ門の外(オーダルー)であってるよね?」


 アレンがした質問にミリアは丁寧に答えていく。着いた先でまた同じことを説明するんだろうなと思いつつも、今聞いておけば後で引き継ぐ時にアレンがミリアのことを説明する材料になるはずだ。そう思ってミリアはアレンの矢継ぎ早の質問にも答えていたのだが。


門の中(ヘイブンクラウド)から!?  ねぇ、どんなところなの? 僕行ったことないんだ」


 門の中(ヘイブンクラウド)という単語を聞いた瞬間、アレンの表情が変わった。好奇心が振り切れると人はこうなるのだろうか。思わずそんなことを思ってしまうほど、興味津々という感情が漏れている。


「なんでも売っているってのは本当? ぼーっとしてると危ないっていうけれど、どれくらい危ないの? 子供だけで行っても大丈夫かな? 15歳になるまでは行っちゃいけないって言われてるんだ。行ってみたいのになー」


 答えを聞く気がないんじゃないかとさえ感じられる勢いで繰り出される質問は、もはやミリア自身のこととは関係ない方向に流れていく。最初はミリアにも答えられる内容で、今聞かれてももう一度話す必要があるだろうし雑談でもいいかと答えていた。


が、そのうち質問の内容が、

「店は全部個別で営業してるの? それとも誰かがまとめていて、店長も含めて雇われている人なの?」

だの、

門の中(ヘイブンクラウド)のほとんどが商店なら、食糧はどうやって入手しているの?」

だの、

「ぼーっとしてるといつの間にか財布がなくなっているのに、門の外(オーダルー)から遊びに行く人がいなくならないのはなんでだと思う?」

だの、ミリア自身では答えようもない質問が飛んでくるようになる。


それに耐えかねてついにミリアは、

「そんなに知りたいなら大人しく15歳まで待ってないで行ってみればいいでしょ! 10歳過ぎてれば門番は外から中へは通してくれるんだから。さっき言ったみたいに、子供一人じゃ危ないから大人しく待ってる方が賢いと思うけれど」

 音を上げて、質問を放り投げた。


 ちょうど同時に、ずっと続いていた塀が途切れ、門が現れる。そこにはいくつかの、転移スキルが付与された石板が置かれていた。

「で、どれに乗ればいいの」

 いい加減質問攻めに疲れたミリアは、これ以上何かを聞かれないうちにアレンに問いを投げつける。


「あ、真ん中。これで直通だから、君が先に行くと驚かれるだろうから僕が先に行くね」


 するとアレンは質問攻めしていたのをあっさりと止めた。元々自分が質問できるのは案内している期間だけだと理解していたのだろうか。切り替えが一瞬だったことにミリアは少し驚きながら、先に転移したアレンの後を追う。転移盤の上に乗り、起動に必要な生気(エルグ)を流し込むと次の瞬間には周りの風景が変わっていた。


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