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伝承と真実

 日暮れと同時に大広間で始まったパーティーは、贅を凝らしたものであった。一つ一つの皿に美味しそうな料理が丁寧に飾られ、それらを自由にとって食べる形式だ。


 運んでくるウェイターの目の色は黒ではない。どうやら、一族以外の人間を雇っているらしい。変化能力で温度が適温に固定された皿は熱かったり冷たかったり大変だろうに、彼らは涼しい顔でそれらを運んでくる。


 大広間の中、温かみのある明かりを放つ灯りの下、ミリアはぼんやりとそれらを眺めていた。門の外(オーダルー)に来てから、見る物見る物何らかの変化か付加の能力がかけられている。一つの物に対して一回までという制限がなければ、二重、三重とかけられていることだろう。その方が、便利だからだ。


 門の中(ヘイブンクラウド)にだって、存在しなかったわけではない。転移盤はそこかしこに置かれているし、街灯の光は光るという性質に変化させられた石が使用されている。


 だが、付加されているものは基本的に高い。金さえ出せば簡単に手に入る。だが、これだけ揃えるにはかなりの金額が必要になる。ミリアが門の中(ヘイブンクラウド)いたころなら、入手したら売って生活費に充てていただろう。それらが、ただ快適になるからというだけで惜しみなく使われている。


 別の世界のようだ。そう聞いてはいた。そして、別の世界だから自分には関係ないと思っていたのだ。それが、今ミリアは門の外(オーダルー)にいる。別世界だと思っていたのに受け入れられて、それが不思議だった。ここが本来の居場所だというのなら、それまでの苦労はなんだったというのだろう。


 そんなことを考えていたら、パーティーの渦中にいるのがすごく空虚に感じられて、ミリアは少し抜け出すことにした。現在7時半。少し早いが、別にいいだろう。先に帰るわけではないのだから。


「レティ、私、バルコニーにいるね」

「え、えぇ。じゃあ私も」

「ダメ。ちょっとは他の人に慣れる。また8時にね」


 一人になるのを怖がるレティを強引に説得して、ミリアは一人でバルコニーに出た。本来ならば肌寒さを感じる季節だが、それも感じない。着ている服が、一切の温度変化を遮断して、人間にとって快適な温度を保っているのだ。


装飾品にその力を付加し、常に身に着けているというのなら、門の中(ヘイブンクラウド)に遊びに来ていた庶民でも所持している人はいた。だが、一着一着すべてに付加されているのは、過剰ともいえなくはないだろうか。


「そんなところで、どうしたの?」

 学舎に来て、改めて身に染みた生活の差、それについてぼんやりと考えていると、唐突に声をかけられた。だが、周りを見回しても声の主はいない。

「ちょっと待ってて、すぐそっちへ行くから」

探しているのを察したのだろう。声の主がそう言ったので、ミリアは大人しく待つことにした。別に、敢えて探し回ってみてもよかったのだが、パーティーの喧騒の中に戻る気がしなかったのだ。



 しばらくしてバルコニーにアレンが現れた。ミリアの存在を認めると、すぐに近づいてくる。

「お待たせ。遠話を実際に経験するのは初めてなのかな。びっくりした?」

 先ほどの声の主の登場にミリアは表情を変えない。


「初めて。前にいないのに声が聞こえるって不思議ね」

「返事だって意識して言葉を思ってくれればこっちにも伝わるから、次からはそうしてくれると会話が成り立つようになるよ」

 ただそれだけを返すが、アレンは気にした様子はなかった。そのまま、会話は続いてゆく。


「それ、遠話で伝えてくれればよかったのに」

「まぁそうなんだけども、直接話したほうがいいかなぁって」

「どうして?」

「なんとなく」


 アレンには、それ以上説明する気はないようだ。なんのためにアレンはここに来たのだろう。まだ、パーティーの時間中だというのに。途切れたせいで生まれた沈黙が居心地悪い。初対面の時の印象から、アレンがこんなに静かなのが意外でしかないのだ。


「ね、門の外(オーダルー)にはもう慣れた?」

「……多少、はね」

「やっぱり、色々と違ったんだ」

「それはもう。ただ、普通の町だったらここまでは違わないと思うんだけど」

「あー、それもそうか」


 今なら、あの日自分が記憶を封印した理由が分かる。この数カ月学んだ結果、どう考えても門の中(ヘイブンクラウド)に暮らしていた子供がまともな手段でこの地域に来れるはずがないのだ。現在の支配者一族が住む地域。入れないわけではないが、辿りつくには非常に複雑な経路になっている。何も知らずに来れる場所ではない。


 どう考えても協力者がいて、ミリアがそれを覚えていた場合、困るのは協力者だ。だから、経緯ごと含めて忘れているのだろう。


「今なら分かるの。なんで色々と忘れる必要があったのか」

「思い出したい?」


 その質問に対し、ミリアは答えることができなかった。封じた記憶には、大切な人の記憶が眠っている気がするのだ。そして、同時に思い出せば相手に迷惑がかかる。だから、思い出すわけにはいかないという思い。二つが、入り混じる。


「そっか、思い出したいけど、思い出すわけにはいかないんだね」

「なっ」

「すぐに答えが出ないってことは、そう言うことだよ」

「……」


 アレンの言葉に言い返せる言葉をミリアは持たない。ただ、沈黙で語るのみだった。


「いいんだよ。今は、それで」

「え?」

「ミリアにとっては、急に環境が変わって、人を治める立場になったんだ。困惑するに決まってる。だからこそ、心意気を知ってもらおうと思ったんだ。中と外じゃ全然違うと思う。でも、ミリアにはこれから門の外(オーダルー)を好きになって欲しい」

「……努力する」


 物語を持ち出してきたのは、そういう意図もあったのか。そんなことを、ミリアは思う。今は差異に憤りを感じざるを得ない状況でも、いつかは好きになれるだろうか。分からないが、ミリアは努力はしてみることにした。


 ミリアがそう思ったのと同時に、バルコニーに出てくる足音が聞こえる。3人分のそれは、ミリアの同級生たちの物だった。

「なんだ、ミリアだけ先にここにきてるから、てっきり気が付いていないのかなって不安になってたんだけど、大丈夫だったみたいだね」


 3人を見て、アレンの表情は明らかにほっとしたものになった。気にしていたのだろう。紛らわしいことをしてしまったかなとミリアは思う。

「矛盾点に気づくといつかきっとなにかいいことがあるなんて不確定すぎて怪しいにも程があるでしょ。教室に戻って4人で色々話し合った結果、8時にここに来ればいいって結論になったんだけれど」


 別れる前に言われたアレンの言葉、それはつまり8時までに物語と歴史との矛盾点を見つてみろということだ。特に、演出のための嘘、というものを。結果、当てはまったのはここバルコニーである。


「万能な女神が前の支配者からその地位を奪うのに、わざわざ王宮に戻る必要がない。どこにいたって、止めたと決めるだけでいいと他の物語では言われているのに、最古の物語だけわざわざ女神に戻らせている。これが、演出のための嘘」

「正解。簡単だったかな」

「4人で考えたらすぐだった」


 ミリア一人で辿りつけたかというと、違和感を形にするまでが大変だろうことが目に見えていた。課題だということを他3人が見抜いてくれたので、その課題を解くことができたのだ。


「で、演出のための嘘に気が付いたら起こる、いいことってなんなのかしら」

「もう始まるよ」


 ミリアが聞いてアレンが答えたその瞬間。空に光がはぜた。少しして、轟音が届いてくる。花火だった。それが、何発も何発も続いていく。大広間内にいた人は音で気が付き、それから会場から慌てて出てきていた。


 目の前で光が織りなす色取り取りの輪が重なる。端的に言えば、綺麗だった。

「いいこと、始まったよ。ここが、特等席だ」

 発射場所はおそらく、塀の側だろう。それに気が付いて、ふとミリアは出会った日のことを思い出す。


「アレン、あの日塀の外を歩いていたのって、ひょっとして花火の発射場所を決めるため?」

「なんで分かったの? ていうか、そもそも疑問に思ってずっと覚えてたの?」

「忘れるわけないでしょ……」


 その後の対応がまともなものであれば忘れていたかもしれないが、アレンの行動はどう考えてもまともな対応には該当しない。そもそも、なぜあそこにいたのか教師でさえ不思議がっていたのだ。


「ミリアの入学が決定して、予定されていた日付が早まったから準備が大変だったよ」

 笑ってなんてことないように言っているが、確かに準備は大変だっただろうと、長々と続く花火を見ていて思う。光る球と発射台。それがあれば個人で組み立てられるが、構造は非常に手間がかかるのだ。


「でもね、僕らは星には慣れないけれど、夜空を飾ることはできる。そう、言いたかったんだ」

 物語で最終的に、空に飾られる栄誉をもらった兄妹。その二人に負けないようにと言いたいのだろう。そして、アレンは実際そのつもりで頑張っている。


 まだ感覚が慣れきってはいない。そう改めて今日感じたけれども、少し、頑張ってみよう。ミリアはそう考えながら打ち続けられる花火を見ていた。


アレンがなんで普通歩かないところにいたのか。答えは花火を打つ場所の下見をしていたからでした。

とにかく成功させることに一生懸命だったので、アレンは大人しく粛々と進行していたわけです。つまり……。

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