物語の矛盾
ミリアが言った場所は、建物の外、広い庭の中だった。バルコニーから見える視界石畳の広場。物語の中で語られる、処刑場だ。もっとも、今ではただの舗装された広場であり、過去にここでたくさんの血が流れたという痕跡はまったく存在しない。
ランディックでは人が死ぬと、その場で体が消え失せ、死骸というものは残らない。死ぬ前に流された血や、身に着けていた衣服などは残るものの、死んだという明確な証拠になるのはそれだけである。
この広場に、何人もの遺品が積み上げられていたのだと思うと、ミリアは昔のこととはいえ気分が重くなった。死は、何度見ても慣れるものではない。
「お、来たな」
「お疲れ様ウォルト。外に長時間いるのはどう?」
「風が強い」
「あー、そっか。お疲れ様」
着いた先にはウォルトが待っていた。手には一枚のメモ用紙が握られている。それが、彼が語る物語の覚え書きらしい。
「最後だともうヒントとしての役割は果たさねぇだろうけど、話自体には意味があるからな」
そう前置きをして、ウォルトは話し出す。3つ目の物語の内容は、以下のようなものだった。
この島の守り神である女神様は退屈をしていた。なぜなら、万能でなんでもできてしまったから。女神様の統治の下、人は幸せに暮らしていた。だが、それに退屈してしまった女神様は、人に人を治めさせることにした。
女神様が気に入った者に統治者の資格を与え、その者に政治を任せることにした。そして、それは上手くいっていたのだ。死刑を楽しむ支配者が現れるまでは。
町を恐怖が支配するようになって、賑やかだった王宮前の広場は血に塗れた。それを良しとしなかったのが、貴族の少年と、とある兄妹だった。3人は協力して女神様に直談判するが、女神様は彼らに力を与える気はなかった。
旧支配者からその地位を剥奪してそれで終わり。旧支配者はそれ以後民の前に姿を見せなくなったため、地位を失ったことを民は誰も気が付かない。民衆に必要なのは、新たな支配者として女神様に認められた者が現れ、旧支配者は正当な支配者ではないと告げることだった。
毎日支配者の手先に真意を気づかれないように気を付けながら通い詰め、3人は女神様を説得した。そして、契約保障をかけることを条件に、ついに女神様は彼らに支配者の地位を渡すことに決めたのだ。
それから起こったことは他の物語と変わらない。万能な女神様と万能の力を手に入れた初代国王とで民をまとめ、旧支配者を捕えることに成功し、女神様に認められた新しい支配者の誕生を皆が喜んだ。
そうして誕生したのが今の支配形態であり、支配者が民の生活を思うことで、民は幸せに暮らしていける。万能な女神様が付いているのだ。これ以上の支配形態はないだろう。
これが、ウォルトの話した内容だった。もっとも普遍的で、通称、建国の物語と呼ばれているものだ。作者は現在の体制ができてから50年後、一族の中の一人が書いたもので、だからだろう。王と女神様を褒める言葉が必要以上に多い。
「皆、お疲れ様。どうして政治について学ぶのか、動機づけになったかな」
ウォルトが話し終えた後、アレンが口を開く。
「今回、歴史じゃなくて敢えて物語を選んだのは、それが人の意志によって手を加えられているからなんだ。こうあってほしい、こうはならないでほしい。そう言った書き手の願望が物語には現れて、さらに広まったということはそれに共感した人が多数いたということだ」
読んでそれを他者に広める。その、繰り返し。それをするには、大変気に入るという段階がどうしても必要だ。それを超えて広まったということは、アレンの言う通りのことなのだろう。
「ただ、物語だからこそ、どう考えても歴史から考えればおかしい点もあるものんだ。演出のための嘘を、見抜く目も持って欲しい。矛盾点の位置に気づくことにも意味があるから。そこにたどり着いたら、いつかきっとなにかいいことがあるよ」
いつかきっとなにか? そんな抽象的な言葉が少し違和感だった。ここまで言っておいて、最後にそんな曖昧な言葉で終わらせるのが、違和感しかない。
何の役に立つのか、具体的な例示の一つ二つ挙げてもおかしくない場面だというのに。
それとも、ミリアが会ったばかりで勘違いしていただけで、アレンはもともとこういう人物なのだろうか。
「さてと、これで僕たちが用意していたものはおしまい。後は、普通にまだ回ってない学舎内案内するね。それからは、パーティーが始まるまで自由時間。その時間に、今日の3つの物語の歴史との矛盾点について考えてみるのもいいんじゃないかな。パーティーが終わる8時までなら、答え合わせ受け付けるからさ」
さらに続けてそう言って、アレンは学舎に戻り始める。ミリアは、アレンが最後に言った言葉の意味を考えながら後に続く。歴史との矛盾点、そもそも物語によっても内容が噛み合わないのに、歴史との齟齬なんてあって当たり前ではないだろうか。それを、見つけるということなのだろうが、明らかにたくさんあって絞らなければ答え合わせも大変だろう。
きっと、そういうことではないのだ。それは分かるが、現状ミリアはそれ以上のことは分からなかった。
死骸が残らないのは人だけで、他の動物の死骸は存在します。
命を失った人の肉体は、即座に消え失せる。このため、行方不明=死が常識です。
衣類だけ残って本人が見つからない場合は、まず死んだと考えられます。




