創作の伝承
昼食のメニューは全員同じだった。学生20人と教師という少人数で好き勝手に食べたい物を選ばれるのは、確かに仕入れが大変なことになるだろう。システムとしては、すごく合理的である。
ただ、個人の好みという点はまったく考慮されていないわけで。
「……」
一緒に暮らしていたミリアは知っている。レティがジャガイモ関連が基本的に苦手なことを。そして、目の前の昼食にはポテトサラダが乗っていた。
ミリアは黙ってポテトサラダの乗った皿をレティから取り上げて、代わりに自分のデザートが乗った皿をレティの前に置く。
「えっ、え?」
「毒が怖いんでしょ? 無理しなくていいって」
ただ味が嫌いと言うだけならミリアも甘やかさないのだが、しっかり調理されていないと毒が残る類の食材を、適切な処理がされているのか分からないのに食べるのが怖いというのでは流石に無理強いはできない。
「これで私が無事だったら、明日からは食べれるでしょ?」
「……うん」
ものすごく申し訳なさそうにしているレティを横目で見ながら、ミリアはポテトサラダを口に運ぶ。程よい味付けが口に優しい。端的に言えば、美味しかった。
「毒、怖いの?」
「ここの人が、わざと毒の処理をしてないんじゃないかって疑ってるんじゃないんです! でも……」
「自分で料理したのは食べれるんだから、信用しきれてないのは事実でしょ」
「そ、それはそうなんだけど」
スー先輩に聞かれたレティが必死で言い訳しているのを、ミリアは一刀両断した。頭では分かっていても、納得できるかどうかは違う。レティが直面しているのは、そういった問題だ。だからこそ、言い訳なんかせずにきちんと向き合った方がいい。
「それより、次どこに行くか考えないと」
ミリアとレティでうっかり重くしてしまった空気を、クレアが塗り替える。気配りができる、いい子のようだ。横で、それをほれぼれと見ているルーサーがいなければもっといいのだが、ミリアはそれは気にしないことにした。
「他の有名なシーンだと、王と女神様の出会いのシーンだな。それから、民衆の前に女神様が王を連れて現れるシーンもだ。女神様が王を従えているシーンは白と黒の対比が絵になるのか、絵画におこされやすい」
「民衆の前に現れた場所は外だから、明らかにここじゃないねぇ。となると……」
「次は、出会った場所。でも、それってどこなの?」
ルーサーとクレアが発した言葉を、ミリアがまとめる。だが、場面は分かっても場所が分からない。考えていると、レティがおずおずと口を開いた。
「女神様が、閉じ込められていたって書いてる物語があるの。場所は、書庫。女神様が外に出る気を起こさないように、たくさんの書物で気を引き止めるために。……創作性がすごく強いんだけど、でも、有名な中で女神様がいた場所が明言されてるのは、ここだけだと思う」
レティがそう言った瞬間、アレンの顔が少し楽しそうに緩んだのをミリアは見逃さなかった。どうもそれで正解のようだ。そして、昔書庫だったということは。
「今は、図書室なんでしょうね。じゃあ、食後はそこに向かいましょう」
次に行く場所は決まった。食後、さっそく向かうことになる。次は誰がいるのだろう。そんなことを考えながら、ミリアは残りの昼食を食べた。
図書館に向かう前に、スー先輩とは玄関ホールで別れることになった。なんでも、他にやることがあるらしい。夜にあるパーティーの準備が、色々とあるのだろう。
図書館に着くとすぐ、鮮やかな赤色が目に飛び込んできた。ハル先輩の髪である。
「やあ、無事ここが分かったみたいでなによりだよ」
そういうハル先輩の腕には、一冊の本が抱えられていた。どうやら、それがハル先輩が語って聞かせてくれる物語らしい。
「僕は、スーみたいに暗記で語り聞かせたりはできないからね。大切なところだけかいつまんで読ませてもらうよ」
そう言って、ハル先輩は語り始める。レティいわく、創作性が強いと言われる物語を。
これは、暴虐な支配者が女神様を騙して支配の地位についていた時に起こった出来事のお話。その時代の支配者は民の血を見るのが好きでした。しかし、無意味に民を殺せば、女神様から支配者の資格を取り上げられてしまいます。
彼は頭はよかったので、女神様を騙すことにしました。なんでも知っている女神様に対し、こう言ったのです。
「女神様、実はこの書庫の中に、女神様が絶対に知らない知識が一つ存在します」
これを聞いた女神様は、その言葉を聞き捨てることはできませんでした。女神様は書庫に籠り、大量の本の中から自分が知らない知識を探し出すことにしました。支配者はその間にたっぷり民を殺すことにしました。女神様は自分が知らないことを探すことに必死で、外で何が起こっているのかにまったく気が付きません。
その頃、街で一人の少女が女神様がなぜ支配者を止めないのか、不思議に思って調べてみることにしました。彼女のスキルは人がどういう考えを持っているのかをこっそり読み取るというもの。彼女は公開処刑を楽しみにしていた支配者に対しスキルを使い、その企みに気が付きます。
しかし、気が付いたところで、彼女は一般の民衆です。王宮に入る術は存在しません。そこで、兄の友人だった貴族の少年に相談し、女神様に真実を伝えてもらうことにします。
貴族の少年と彼女の兄は女神様の元にたどり着き、処刑場が見えるようにバルコニーへと移動することを説得します。その結果女神様は支配者の企みに気が付いて、即座に支配者からその権利を取り上げました。
そして、こんなことになるならもう人間に任せるのは止めよう。そう考えていた女神様を、彼ら二人が説得し、新しい王が誕生しました。そうして、元支配者たちは、自分が楽しむために作った王宮の前の処刑場で処刑され、新しい王による時代が始まったのです。
語り終えられた物語を聞いて、ミリアはなぜレティが創作性が強いと評したのかを理解した。女神に対する敬愛が一切存在しないのだ。事実に一切頓着せず、楽しませることに特化した物語。逆に、事実ではないと読み手にも分かりやすいように、いくつもの矛盾が含まれている。
最たるものが、王の心を読んだという少女のスキルだ。彼女は、契約保障の少年の妹だとされている。だが、
「兄弟って、髪の色の系統同じになるんでしょ。なのに、この物語だと兄は黄色、妹は緑じゃない」
スキルと髪の色の対応がおかしい。それをミリアが呟くと、ハルからそれについての説明が返ってきた。
「作者は後書きで、この兄妹は義理だって弁明しているね。あと、本筋には絡まないから省いたけれども、この物語では兄と妹、最終的に結婚している」
それを聞いて、ミリアはこれが娯楽作品だとはっきりと理解する。こんなものを書いたのはどこの誰だというのだ。
「ミリア、先に言っておくね。この物語、作者の名前はその妹の名前。語り口も、その妹が当時を振り返るという形式で、鈍感な義理の兄と、真面目だけどどこかずれてる貴族の少年と、万能だけど色々と抜けている残念な女神様の間で、妹が色々苦労するってお話だから。建国までよりも、建国後の苦労話の方が長いし」
レティが言いたいことははつまり、妹の名前で物語を発表しているため、作者が誰かは分からないということらしい。確かに、女神のイメージが悪化するようなものだ。実名では出せないだろう。
「これ、発禁になったりしなかったの……?」
門の外は秩序が保たれている世界だ。他人を傷つけて得られる娯楽は取り締まられ、門の中でのみ自由に見聞きできる。
「この物語が発表されたのは、約100年前。当時、喧々諤々の議論になって、最終的に、思想の自由だということで自由に読めるようになった。違法行為は、ないからね。誰も、これはダメだろうと思いながらも、その根拠を提示できなかった」
この物語の存在を知って、女神はどう思ったのだろうか。会ったことはないが、考えたくもない事態である。
「それで、これで二つ目だけれど、次はどこに行くの?」
内容に呆れ返っていたミリアに、それまでずっと黙っていたアレンが問いかけた。
「次行く場所? この話を聞いたら、決まっているでしょう」
ミリアは、その問いかけに、次に行く場所はもう決まっていると告げる。今回の話を聞けば、あと王宮内での場所と言ったらそこだろう。
「じゃあ、案内してもらえる?」
ミリアはその言葉に続けて、次に行きたい場所を告げた。場所を聞いたアレンは楽しそうにほほ笑む。それは、ミリアが告げた場所が正解だという印だった。
今回の物語の作者「書いててすごく楽しかった。後悔はしていない」
発禁という物騒な言葉に関しては、もう少し後に詳しく状況を説明します。




