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建国の物語

 約300年前、ランディックでは政変があった。正確には、295年前に終わったというべきか。政変が終わって変更された新暦が、現在295年だからだ。295年前、政変の結果新たに王位に着いた人間が決めた何のひねりもない新暦という名も、今では門の中(ヘイブンクラウド)でも使われるほど一般的になっている。もっとも、門の中(ヘイブンクラウド)に住む人間は、その由来までは知らないので、新しく作られた年号だからこう呼ぶようにしたと聞いてミリアはそのセンスのなさに思いっきり呆れたのだが。


 とにかく、その年号から分かる約300年前、ランディックの歴史を追える限りで、唯一の事態が起こっている。それは、女神フィオナが認めていない者が、政を執り行っていたという、考えられないような事態だった。


 ランディックの守護神である女神フィオナは、ほとんど人間と見た目が変わらないが、明らかにただ人とは異なる点がある。それが、六色の色の系統のいずれにも属さない白い髪、そしてそれと対を為す色である黒の目だ。


 そんな特徴ある容姿であるため、人々は女神を白の女神、フィオナと呼んでいる。髪の方が目立つため白が特徴となっているが、もし女神の黒と白の位置が反対であったなら、黒の女神と呼ばれていただろう。


 すべての光を重ねて作られる白と、すべての色をまとめて作られる黒。その両者の色相を持つ女神は、この世界において万能だった。故に、人々が女神こそが統治者にふさわしいと考えるのは自然だった。実際に統治しているのは代権者だが、それは女神が認めたからこそその地位を許されているのだ。


 そんな女神を信望する人々が紡いできた歴史の中で、唯一のことが起こっていたのが約300年前だ。女神に見限られたにも関わらず、政治の中心に居続けた者。それを排除するために起こった政変。歴史を記した書はこう伝えている。


 ある時を境に徐々に死刑が適用される範囲が広くなっていった。それに怯え、それでも女神様が任せた者だから。民衆はそう思って恐怖に耐えていた。だがある日、それは違うと女神様が現れ、自らの意思を表明した。その証拠に、自らが認めた人物を連れて。


 女神様に統治者と認められた人間は、髪も目もそれまでの色から、全能を表す色の片方、黒に染まる。その、黒に染まった青年を連れて女神様が現れたことで、現在の統治者が女神様から委任されている正当な統治者ではないと明るみになった。


 それからの民衆の怒りは凄まじいものだった。正当でない統治者によってもたらされた暴虐は人々の記憶に新しい。怒りはたちまち肥大化し、膨大なうねりとなって当時の為政者達を襲い、あっという間に政変はなされた。新たな為政者は女神が認めた青年になり、国は再び落ち着きを取り戻したのだ。


 それ以後、女神様と王は仲間を集め始めた。よりよい方向に国を向かわせるアイディアを持つ者。何かを間違えてしまった時に止めてくれる者。二人が政治に必要だと思う人間に能力を分け与え、それが今の統治者一族の先祖にあたる。黒の目は、女神に力を分け与えられた、為政者としての証だ。


 これが現在の政府ができるまでを伝える歴史書に記されている内容である。だが、辿れる限りの歴史の中で、唯一の事例が起こったのだ。世の中に出ている政変の物語は、大なり小なり脚色がなされている。中でも青年が女神様に直談判し自分の代わりに政治を行うことを認められるシーンは、この300年数々の芸術家が絵に物語に歌にと表現の限りを尽くしてきたテーマだった。


 その場面に必ず登場する人物は、女神と後に王となる青年の他にもう一人いる。契約保障のスキルを持つ、初代国王の親友だ。熱意を込めて自分に任せて欲しいと語る青年だが、女神は人に任せてはまた同じことが起こるのではと躊躇していた。そこに契約保障のスキルを持つ親友が現れ、女神に初代国王が同じ轍を踏むことはないと保証したのである。


 交わした約束を保証すれば絶対に遂行されるというそのスキルによって、無に等しかった女神の初代王への信頼を一気に底上げさせた立役者として彼は有名で、政変後に再編された星座では、妹と共に空に光り輝く栄誉を与えられた。なお、妹の方は物語によって与えられる役割が異なっている。


 兄に、国王が助けを必要としていることを伝えたり、誰よりも最初に現在の為政者が女神の代理ではないと気づいたり、筆者によって行う内容は様々だ。ただ、どの物語でも、兄を助け、国王を助けた優秀な人物として記述されていた。


 もっとも、それらは物語を楽しむ余裕のある門の外(オーダルー)での話で、生きるだけで精一杯の門の中(ヘイブンクラウド)で暮らす人々の間では、ちっとも常識ではないのだが。


 そんな、物語のせいで門の外(オーダルー)では誰もが詳細を知っているスキルを持って生まれてきたのだ。それも、女神から政治を任されている家にである。歴史を綴る物語が語るような大きな功績を上げることを、自然に期待されていっただろうことは想像に難くない。


「それは確かに邪魔だし、上手く利用すれば利益もすごいことになりそうね……」

 前述の歴史を語る物語のせいで、契約保障のスキルの内容は詳細までが常識となっている。ここで重要なのは、スキル保持者が死ねば契約に施されていた保証は無に帰すということだ。守らせるために働く力が消えてしまうのだから、当然のことではあるのだが。


 これを利用して、相手にだけ先に負担を強いるような契約を保障させた後、契約保障のスキル保持者を殺すことで、自分だけが得をする。こんなことが、4年前の春に行われていたのだろう。そしてたぶん、レティが調べた半年の間にも。


「やっぱり、邪魔だよね……」

 そもそもが、悪事を働く人間にとって絶対にこうしなければならないという行動を義務付けられる契約保障は邪魔以外の何物でもない。排除に動くのも、考えられない現象ではなかった。


「でもね、レティ。レティを邪魔だと思うのは、相手を騙そうとしてる人だけだよ。そんな人、女神様に認められた人達の中に居ると思う?」

 直接選ばれたわけではない。先祖が選ばれただけだ。けれども、ふさわしくなければ取り上げられるだろう。それを、レティに伝えてみる。


「認められてる人なら、大丈夫?」

「悪人を女神様がそのままにしておくと思っているの?」

 正直ミリアは女神様への敬愛心はそこまでではない。だが、ランディックに置いて女神様は政治の象徴としてなくてはならないものだとは理解している。だから、ミリアの言葉を深く考えているだろうレティが、そのうちに出す答えはもう分かっていた。


「……聞いてくれてありがとう。遅くにごめんね、おやすみなさい」

 レティは、夜遅くに押しかけたことを謝り、ミリアの部屋を去っていく。


「うん、お休み。あ、この防音壁いつまでこのまま?」

「たぶん、明日の朝には消えてなくなってると思う」


 その背中に問いかけたなんでもない日常会話は、業務連絡のようにあっさり終わった。付与によって生み出される効果は、大抵が使い捨てだが維持される時間は付与した人物によって異なる。朝には消えているということは、逆を言えばしばらくは残っているということだろう。


 図らずも風が立てる賑やかな音から逃れて安眠できそうなことにミリアは喜ぶ。明日の寝起きはきっと気分がいいだろう。そんなことを考えながら、改めて寝る準備を始めた。


生活する場所によって常識は変わってきます。

ミリアは現在門の中と外、両方の場所での常識を知る珍しい存在です。

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