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プロローグ 欠けた記憶

 記憶は結局のところ個人の感覚の情報だ。何を思ったのか、何を感じたのか。一つ一つの情報が記憶となり、それらが積み重なっていくことで人は知らないことが徐々になくなっていく。少なくとも、その少女はそう考えていた。


 だから、彼女は簡単に気が付いた。自分の記憶が欠けている、ということに。まず、今いる場所にやってきた記憶がない。更に、周りの風景一切合財に見覚えがない。彼女が今まで暮らしてきたのは、雑多ながらも賑やかで、朝から喧しいことこの上ない場所だった。だが、今現在いる場所は晩秋の早朝の冷え切った空気を震わすものは何もなく、ただただ静かだった。目の前にあるレンガ造りの重厚な建物は、しっかりとした塀に囲まれ余人の侵入を拒んでいる。


 このように、見ず知らずの場所にいたら、まずは誰かに連れ去られたということを疑うだろう。彼女の暮らしてきた場所では、油断している子供が攫われることなど日常茶飯事で、さらに彼女には自分が攫われる心当たりがあった。だが、その場合こんな風に自由でいられるわけがない。彼女を邪魔に思った誰かが、戻れなさそうな場所に放置して帰っていったという可能性もあるが、その可能性がまずないことを彼女は肌で感じ取っていた。おそらくここは門の外、人一人置き去りにするにはリスクが高すぎる場所だ、と。


 故に、少なくとも自分の意志でここに来たのだということはわかる。だが、その記憶が彼女にはない。更には、前日数日ほどもほとんど思い出せない。

 そして、彼女にはそうだと確信できるもう一つの明確な根拠があった。一度、試して見た時と同じ感覚なのだ。過去に、記憶を無くすということがどんな感覚なのか好奇心に負け、簡単な復帰条件で試して見た時とまるで同じ感覚。何を忘れる対象にしたのかまではわからないが、彼女の記憶が欠けた下手人だけははっきりしている。


 記憶を封じるスキル。それを有する彼女自身が、何らかの事情でここに来るまでの一切の記憶を封じた。そう考えるのが、彼女にとって自然だった。



 記憶が欠けたことに気が付いたとして、それからどうするべきか少女にはさっぱりわからなかった。ここが門の外だということは雰囲気で分かる。だが、土地勘がないので戻るためにはどちらに進めばいいのか、はたまた戻っていいのかさえ分からない。


 忘れるにしても、せめて情報は選んで欲しかった、これからどうするべきか判断がつかないじゃないかと彼女は少し前の自分に愚痴る。結局彼女は誰に見つかるまで待ってみて、後のことはそれから考えることにした。追い返されるのならそれはそれで構わないし、何か意味があってここにいるなら、見つけた人間が教えてくれるだろう。何より、門の外は中と違って秩序立って安全だと聞いている。警戒せずとも安全に暮らせる、と。


 それを教えてくれたのが誰かということは封じられた記憶の中に含まれてしまっているようで思い出せないが、そのことに寂しさを感じていることを考えれば信頼していい人物だろう。


 そんなことを考えながら、彼女は立派な塀に持たれ座り込んだ。どれぐらいで見つけてもらえるのかはわからない。けれども、記憶を封じたであろうこの場所にも意味がある気がして、迂闊に動く気にはなれなかったのだ。冷たい空気が日差しを浴びて徐々に暖かくなっていく。それを感じながら一人ぼーっと座り込んでいると、記憶を封じる前に取捨選択をしなかった自分に対する呆れがこみ上げてきて、少女は掌を見つめながらため息をついた。

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