男まさりな女帝と武官
戦場で誰よりも武功をあげた彼を、この手で裁かなければならない。彼は戦場で十分力を示した。その結果、兵の多くが彼に陶酔する。彼は力を増しすぎたのだ。
私は彼を裁くために呼びつけた。彼は臆することなく、いつも通りに私の元を訪ねた。玉座から見下ろしながら彼に説明をすると、彼は何の抵抗もせず私の足下に寄って跪いた。その無防備な姿に、裁くための手が震える。怜悧な目で私を見据える彼には、きっと私の怯えなど見透かされているのだろう。その上で、彼は笑った。
「どうぞあなたのお気に召すまま」
彼は私の前で編み込んだ三つ編みを首の後ろからのける。首を晒した。彼の命は私次第となる。
「おや、怖いのですか?」
からかうような視線に、カッとなった。
「怖くなどない!」
「手が震えていますよ。こう、剣を握ってひと思いにやればいいのです」
私の手の上から、彼の手が添えられる。手に力が込められ、首元へと導かれた。剣先にあと少しで首が触れそうになる。
「やめろ、手を離せ……」
「俺の手の温もりなど感じたくないと言われるのですか。それほどまでに嫌われているのですね。ですが、死にゆく者のこと、覚えていてください」
違う、違うんだ。迷いに迷って、頭を左右に振った。頭上にのせた王冠が重い。
「無理だ、私にはお前は殺せない」
「ですが、俺は軍で力を増しすぎたでしょう?」
「分かっている。それでも、お前は私の師匠なんだ」
「あなたは情に甘い。ならば俺が国を出ます。ですから、そのための恩賞をくれませんか」
私は彼を殺さずにいられるならと、その提案にすがりついた。
「何でもやろう。何がいい?」
「あなたの一日をください」
「何を……」
「俺が前線にとばされた理由、あなたもご存じだと思いましたが」
戯れ言だと切り捨てた噂を思い出した。女帝である私を悪く言った上官を、彼が殴ったと聞いたことがある。私はそれを忠誠心だと思い処理したが、彼が私を想っているのではと噂が流れた。戦時中の娯楽として、噂はおもしろおかしく脚色されて広まってしまった。噂の収集をつけるため、上官を殴った処分も含めて彼は前線へとばされたのだ。嘘だと思っていただけに、苦々しい気持ちになる。
「私を想っているのか」
「ええ。なんでも褒美がもらえると言って、あなたを真っ先に思い浮かべるほどに」
彼は私の剣の師匠である前に、男だった。
一日を自室にこもって彼と過ごした。王位についてから自身が女であることを忘れる日々が続いていたが、その日は彼に女として扱われ、女として想われる喜びを感じた。私は彼を師匠として尊敬し、王であるためにそれ以上の感情は封じてきた。その想いを揺さぶられ、封がゆるんでしまった。
翌日、私の前で臣下の礼をとる男がいた。
「ありがとうございました。素敵な一日でした。俺はあの日を胸に、これからも生きていけます」
何の悔いもないといったような、晴れ晴れとした顔をしていた。反して、私は無表情に努めている水面下で、憤っていた。一人だけ満足したつもりか。私は許さない。
「……馬鹿者。褒美などやってはいない。これから、お前に私を傍で見続ける権利をやる。だから、行くな。行くんじゃない」
高く見下ろしていた王座から降りた。彼との距離が物理的に縮まっていく。私は彼と同じ視線になるようにしゃがみ、視線を合わせた。彼は戸惑いに目を揺らしていた。
「陛下……、それは」
「お前は私にここまで言わせるのか。私のすべてをくれてやる。だから伴侶となれ」
「そんな泣きそうな顔で言いますか。出ていけないじゃないですか。いいえ、あなたにそう言われたら、無理です」
彼が思いの丈をぶつけるように、きつく抱きしめてきた。私はそんな彼に、そっとすがりつく。これまで女として接してきたことがない私にとって、最大の好意を示すものだった。
「私とともにあれ」
「ええ、承りました」
貴方は『お気に召すまま』をお題にして140文字SSを書いてください。 http://shindanmaker.com/375517
診断メーカーの結果がきっかけで書きました。