思わず、見てみぬふりをした。3
逃避中。
いろいろ逃避中。気晴らしに小話を。
思わず、見て見ぬふりをした。ばーとすりー。
***
何年前のことだっただろうか。
深夜、電車の時間合わせで、30分ほど、待たねばならなくなったことがあった。
年末だった。寒い中、駅でぼーっとしているのは、さすがにつらい。
しかし電車は来ない。深夜なので、売店も閉まっている。
どうしようかと考えたわたしは、そこでふと、思い出した。
この駅、出たすぐの所に、ミスター・〇ーナツがあったよね?
確か、夜中も営業していた。
そこで、ぴゅーっと風が吹き、寒さに縮み上がったわたしは決意した。
よし。駅を出て、ミスター・ドーナ〇であったかいココア飲んで、温もってやる!
そういう訳で、ミ〇ター・ドーナツ。
昼間はかわいいお姉さんが、いらっしゃいませ〜と言ってくれる〇スター・ドーナツ。
しかし、深夜なので、出迎えてくれるのは、お兄さんの低い声だ。
「いらっしゃいませ〜」(←男性の低音でお読みください)
入店したわたしは、店内を見回した。
テーブル席は、ほとんど埋まっていた。電車待ちらしいおじさんとか、バス待ちらしいスキー客とかが、
妙に静かに座っていた。
しかしそれを不審に思うこともなく。
ああ、あったかいなあ。どこに座ろうかなあ。
と、ウキウキしながら、店内を見回したわたしは、カウンター席ががらがらなのに気づいた。
テーブル席はいっぱいで、立っている人もいる。
なのにカウンター席、がらがら。
はて。と思いつつも深く考えず、
ココアとドーナツを二個オーダー。嬉々としてわたしは、カウンター席についたのである。
わたしの席の隣には、若い女性が座っていた。
カウンターの中には、若いバイトのお兄さん。
あったかい飲み物、うれしいなあ、とわたしはココアを一口、飲み、
固まった。
「……じゃあ、もう会えないの?」
隣から聞こえてきた声に。
「うん。俺もな。両親、田舎に待たせてるし。そろそろ帰って安心させるべきかと思ってな」
そして真ん前にいるお兄さんの言葉に。
「でもそれじゃ……嫌だよ。わたし」
え?
「ごめんな」
え?
「嫌だよ…嫌だ」
え?
「……悪い」
えええええ!?
両手でココアの入ったマグカップをしっかり抱えつつ、わたしは冷や汗を流しました。
いま。わたしのそばで。
若い二人が別れ話の真っ最中ではありませんか!?
「ホントにこれで終わり? もうダメなの?」
「ごめん」
「手紙、…手紙は? 書いたらダメ?」
「……」
「もう戻ってこないの? 嫌だよ。これで終わりなんて」
泣きそうな女性客。深刻な顔のバイトのお兄さん。
どうやら、彼はバイトをやめ、田舎に帰るらしい。彼女はそれで、ショックを受けてるらしい。
いろいろ事情はあるのだろう。
同情はする。しかし。
なぜミス〇ー・ドーナツの店内、わたしの座った席の隣でそういう話を始めるかなあ!?
しかもカウンター席。
カウンター席なんだよ、ここ! 当事者がもろ隣。そして真ん前!
「ねえ。手紙書く。メールする」
「俺、戻って来れないんだよ」
「だって! そんなの」
「ごめん。けど、帰らないといけないんだ」
なぜこんな席に座ろうなんて思ったんだ、わたし。
「いや! 連絡するから。絶対するから!」
「ごめん…」
「謝らないでよ…」
見てません。
わたしは見てません。聞いてません。すみません。二人の側に座ったりしてすみません。
二人を凝視する訳にもゆかず、視線をあさっての方に流しつつ、
わたしはいません、ここにいません、いないものと思ってくださいと念じておりました。
ふと店内を見ると、テーブル席の人々はみな、同じように素知らぬ顔をしつつ、
耳をしっかりこちらに向けている。うん。気持ちはわかるけどさ。
「なあ。こっちで、もっといいやつが見つかるよ。俺はさ。田舎者だし」
「そんなことない!」
「だってさ。結局、何もできなかったんだ」
「そんなことない! わたし、知ってるもの。ずっと頑張ってたの、知ってるもの!」
しまった。ココアを飲み干してしまった。
店内、静まり返っている。みんな、空のカップを手にしている。誰もコーヒーのおかわりが頼めない。
ドーナツをもそもそ食べるわたし。聞いてません。わたしは何も聞いてません。
「ずっと見てたもの…」
「うん。ありがとう」
「お礼、言うことじゃないよ」
「言いたかったんだよ」
うつむく彼女。目を閉じるお兄さん。
空気に徹するわたし。
「なんにもできなかったって、嘘だよ。わたし、見てて力、もらえたもん」
「……」
「支えてもらったもん。がんばろうって思えたもん」
空気だ。空気になるんだ、わたし!
「だから、がんばれたんだもん…なのに」
「ありがとう」
「だから、お礼言うことじゃないよ!」
ドーナツ食べ尽くしちゃったよ。追加注文できないよ、でも。
「連絡、するからあ…」
「うん…」
沈黙。
静まり返る店内。
お客は全員、全力を挙げて、空気に徹していた。
と言うか、空気になってるしか選択肢がない。おかわり頼めないし!
そして、わたしは気づいてしまった。
電車の発車時刻が迫ってます!!!!
ううわああどうしようここでいきなり席をたつってなんか流れをぶった切りじゃないですかでも終電これ終電だよあああああ遅れるだめだ遅れるすみませんすみませんすみません!
内心詫びながらわたしは立ち上がり。
トレイをそそくさと、所定の場所へ置き、店の自動ドアをくぐったのでございます。
「ありがとうございました〜!」
はた、となったお兄さんが、慌てて笑顔をとりつくろい、声をかけて下さいました。すまん。マジすまん。君らの流れをぶった切りしてマジすみません!
がんばりました。
がんばって見て見ぬふりして空気になりました。
でも終電が来てしまったんだよ!!!
逃げるように店を後にいたしました。
このあと、二人がどうなったのか、わかりません。しかし、
店内まるごと見て見ぬふり状態って、ある意味、みんなと心が通じ合えてたのかもしれませんね!
だからどうだと言われても、どうもないんですが。ドラマって、唐突に始まるもんなんだなと学習したよ……。
2013年 03月06日




