思わず、見てみぬふりをした。2
数年前の事になるが。
バスに乗った。
ちょっと中途半端な時間帯だった。最初は人がそれなりにいたのだが、途中、次々と降りてゆく。
バスの中は、がらんとなった。
乗っているのは、わたしと、小学三年生ぐらいの男の子だけ。
降りる人はいない。停留所にも、待っている人はいない。バスは、次々と停留所を通り過ぎてゆく。
で、……運転手さんは。気がゆるんだのか。静かにしていたわたしたちに、誰もお客がいないと勘違いをしたのか。
歌い出した。
「♪バス~。バス~。運転だ~。停留所をパス~。次も~停まらな~い~♪」
無表情に、平坦なメロディを、たんたんとした声で。
「♪バスが~パス~パス~♪」
どうやら、「バス」と「通過」を、かけているらしい。
「♪通過~通過~停~まらな~い♪」
メロディが平坦過ぎて、念仏のようになっている歌を、無表情に歌いながら運転する、バスの運転手さん。
わたしと小学生の男の子は、ふたりとも、固まった。
えええええ、なんで歌い出すんだ、しかも無表情、無表情にコレ、即興だよね、なんか歌と言うより念仏、リズムはあるんだけども、でもなんでいきなり歌!?
どう反応するべきかと、固まったまま運転手さんを見つめる、名も知らない同士のふたり。
こう言ってはなんですが、動くバスの中というのは、
何気に密室です。
逃げられません。密室だから。
「♪バス~、バス~、ぼ~くは運転手~次もパス~♪」
そうして運転手さんは、絶好調。
見て見ぬふりをしよう。
わたしたちふたりは、即座に、そう判断したのでございます。大丈夫だ。だって、わたしたち、一人じゃないし!(←意味不明)
だと言うのに。
だと言うのに。嗚呼。
小学生が、途中で降りた。
わたしは、バスの中に一人、取り残された。
そうして目的地である駅に着くまで、運転手さんの歌を、ひたすら聞き続ける羽目に陥ったのだった。
「♪バス~、バス~、ぼくは運転手~~~~♪」
もちろん、降りるときには、何も知りませんな顔をして降りましたとも。どうも、運転手さん、わたしたちが静かに座っていたので、無人だと思い込んでいたらしい。なんか、ぎょっとした顔されました。
小銭で運賃支払って、ごくフツーな顔して降りました。
その後、どうなったかは知りません。運転手さん、なにか妙な踊りというか、あわわ、みたいな動きをしていたみたいですが。
見て見ぬふりって、時には大切だよね……。主に、自分の心の平安のためにはね……。
2012年07月30日




