思わず、見てみぬふりをした。1
昼間、買い物をしに、とある店に入った。
昼間なので、客がいない。店はがらんとしている。
カゴに、入り用の品物をひょいひょい入れていると、店内に歌が流れた。
有線で流しているらしい。歌っているのはわたしの知らない男性歌手で、内容は、失恋した悲しみをとつとつと歌うものものだった。
あなたを失った、今はわたし一人、みたいな歌で、何だか良い感じだなあ、と思いつつ聞いていた。
歌が終わり、さあ、それじゃ、レジに行くか。と思ってカゴを持ち上げ、
「すみません、これお願いしま、す……」
よいしょ、とレジに置いて、少し離れたところにいた、アルバイトらしいお兄さんに声をかけたところで、
わたしは、固まってしまった。
アルバイトのお兄さんが、泣いていた。
何があったんだ、ああさっきの失恋の歌だったな、あれか、聞いてて何か思いだしちゃったのか、誰もいない店の中だもんなあ客はわたし一人だし、えーとでも悲しいことって突然思いだしたりするもんだよね、しまったな、声かけちゃったよ、店員さんとしては客に呼ばれたら来ないとじゃないか、わたしはなんてデリカシーのないことを、いやだけど、店員さんがいきなり泣いてるなんて思わないじゃないか〜!!!!!!
とっさにそのような事を、脳裏で叫んでいたように思う。
わたしに呼ばれたお兄さんは、目を赤くし、ぐすぐす鼻をすすりながらやって来て、レジを打ってくれた。
恥ずかしかったらしく、顔が真っ赤。
すみませんすみません、わたしのせいですね、声かけたりしたからですね、もうちょっと時間たってからならこんな事には、やはりわたしか、わたしが悪いのか、すみませんああああ。
脳裏でそう叫びつつも、カゴを引っ込めるわけにも、「やっぱり買わない〜!」とか言うわけにもゆかず、
さりとて泣いているお兄さんを凝視するわけにもゆかず。
平静を装い、視線をあさっての方に向けながら、
見て見ぬふりをしました。
店員「あの……、千三百円です(うつむきがち、目が赤い)」
わたし「あ、はい。(二千円を手渡す。視線はあさっての方向)」
店員「おつりは七百円になります(鼻をぐすぐすいわせている)」
わたし「あ、はい(やはり視線をあさっての方向に向けながら受けとる)」
店員「ありがとうございました…(頭を下げながら、目元をぬぐっている)」
わたし「どうも〜(視線をあちこちにやりながら、品物を受け取って、店をでる)」
お互い、視線を合わせず、ぎくしゃくしながら平静を装い、フツーにお買い物してるよね! という空気を装いましたが、
何やら苦しい感じでした……。
しかしこの場合、見て見ぬふりをするしかない訳で。何も知りません、見てませんで押し通しました。
よくあるよね。
よくあるよね! こういう事!
お兄さんには、立ち直っていてほしいです。はい。
2012年07月26日




