伸びる人と伸びない人
カナダに行った時に、現地のガイドさんに言われた事があります。
「日本人は、『ありがとう』を言いませんね」
カナダの公用語はフランス語ですが、十年ぐらい前まで英語だったので(移民でできた国なので、公用語が変遷する事もある)、英語は良く使われています。店に入ると、聞こえてくるのはほぼ英語。
昼時に、小さな店に案内されて、その時の一言でした。
店を見回すと、他のお客さんは、「thank you(ありがとう)」を言っている。持って来たウエイターさん、ウェイトレスさんに、必ず声をかけています。
それが普通なのだそうです。
対して日本人観光客は、何も言わない。自分たちの話に夢中になっていて、持って来てくれた人に目を向ける事もありません。
「コーヒー一杯でも、持って来てくれた人に、thank youを言って下さい。相手の目を見つめてにっこりしてくれたら、なお良いです。お願いします」
そう言われて、私たちは慌てて、お礼の言葉を言いました。
旅行が終わるまで、何度か喫茶店や、レストランに入りました。ガイドさんに言われた言葉を覚えていた私は、できるだけ、「thank you」を言いました。微笑みかける。そしてお礼を言う。単純で小さな事ですが、大切な事だと思いました。
それは相手を、人間として見る事だからです。
たった一言。でも、その一言で、人間を見るきっかけになる。日本に戻ってからも、実践しています。
しかし。
実践しない人ももちろんいます。旅行中、ガイドさんに言われて、うん、わかったと言う人ばかりではありませんでした。
「そんなのは、わかってるよ。でもね」
でもね、と言って、言うのが面倒だと、くどくどと言い始める人。
一応うなずきはするが、決して実践せず、無言で無視を貫く人。
男性に多い。
女性は旅行中だけでも、やってみる人が多かった。でも男性は、「thank you」を言っている奥さんや娘さんを横目で見ながら、知らん顔をしている人がとても多かった。面倒くさいのでしょう。
そうして日本に帰ってから、何人の人が、「店の店員にありがとうを言う」事を覚えているか。実践しているか。
あまりいないでしょう。
それでも一度でも実践した人には、可能性が生まれます。いつか、何かの拍子に思い出して、どこかでもう一度、行う事もあるかもしれない。
しかし、一度も実践せず、無視していた人については、その可能性はほとんどない。記憶の隅にも残っていないはずです。
人は、たとえそれが良い事であったとしても。自分の習慣を優先する。自分を変える事を嫌がる生き物だからです。
☆★☆
私はアルバイトで、絵を教えています。初心者向けの簡単なものですが。
元々母が受けた仕事だったのですが、色々あって、私に回ってきました。今でも私で良いのかなあとは思っています。
教えていると、伸びる生徒と伸びない生徒がわかるようになります。
「絵を描くのなんて、小学校以来で……丸もちゃんと描けないんですよ」
と、しゅんとしていた人に、元気づけようと声をかけました。
「他の人と比べる事はないんですよ。今日は、これができた。昨日は、これができた。去年の私より、今年はこれができている。そんな風に、自分のできるようになった事を、一つづつ増やして下さい。忘れてしまっても大丈夫です。一度できたことなら、また出来るようになります。ゆっくり進んで下さいね。焦らなくて良いですから」
そう言うと、うれしそうに笑って、「はい!」と言ってくれました。私の言葉をそうして、実践してくれました。一つづつ、できる事を増やして、喜んで報告してくれたのです。
「今年は、年賀状の絵を描いたんですよ!」
にこにこして報告してくれました。この人は、とても伸びた人です。
一方、何年も同じような絵を描く人もいます。
「ここは、形を良く見て下さい」
「色をもう少し、濃くした方が良いですよ」
アドバイスをすると、必ず「でもね」と言います。
「そんなのはわかってるんですよ。でもね、私はそうしたくないんです」
「でもね、先生。私はこの色で良いんです」
何を言っても、聞きません。最後に、「描けない」と言って持ってきます。
「先生、代わりに描いて下さい」
私、全然うまくならないわ~、とぼやいています。
自分を変えたくない、人の言葉に従いたくない、その一心で描いているので、何年たっても伸びません。
「もう、先生、もっとわかりやすく教えて下さいよ!」
……でもね、が出る限り、どう教えてもわからないと思います。
☆★☆
伸びる人は、小さな子どものように、与えられた助言を喜びながら実践し、自分を変える事をいとわない人です。
伸びない人は、長年の習慣が第一になってしまっていて、自分を決して変えようとしない、それよりは、相手を変えようとして躍起になる人です。
どの分野でも、大体同じです。自己啓発本はいろいろありますが、「習慣」を変える事ができるか否かが、実はかなり重要です。
良い習慣を身につけたいものです。とりあえず、私は店に入ったら、料理を運んで来てくれる人に、「ありがとう」、レジを打ってくれる人に、「ごちそうさまでした」を言い続けています。
☆★☆
相手をちゃんと見ているか、いないか、も、大きな要素ですね。目を向けもせずに「アリガト」と言われても、単に記号を言われているだけみたいですし。教わる立場なのに胸を張って、「おお、ご苦労。すまんな」なんて言う人は、相手を下に見ていると思いきり言っています。
その意味ではカナダのガイドさんの、
「目を見て微笑んで」
というのは適切な助言でした。相手の目を見て微笑もうとするなら、相手を見ないといけませんから。
「相手をきちんと見て、ありがとうを言う」……実践している人は、少ないようです。この間、道がわからなかったので、コンビニで尋ねました。
教えてくれたので、会釈をして「ありがとうございました」と言った途端、
愕然とした顔をされ。
次に、ぱあ〜っと笑顔になられ。
最後に勢いよく、
「また来て下さい」
と……え〜……何かフラグ立った?
とにかく感動されました。なんかよくわかりませんが。よっぽど、そういう風にお礼を言う人が少ないようです。
助言については、する方も難しい。
でも自分を変えるのを拒絶する、そのためだけに理屈をひねくりまわし、相手の言葉を否定し続けるなら、成長はありえない。それだけは事実です。
教師から言われた事を、やってみようともせず、やりたくない、できないと言い続ける時点で、何しに来てるんだ、という事になりますから。
実行した後、合わないと思えば変えれば良い。実行もせずに、それは私のスタイルではないとか何とか言うのは、それで称賛だけは欲しいと言うのは。学ぶという事に対して、フェアではない。非常にフェアではない。
2010年02月22日の記事と返信コメントから改稿




