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17 歳  作者: 灯凪田テイル
8/10

梅雨の晴れ間の訪問者


 杏胡が、再び発熱で休んでいる。ズル休みとは思わないが、心身は決して強くないと思う。

 もうすぐ診療が終わる頃になって、16時にあがった木下に替わってその日受付にいた結衣がやってきた。

「先生、お客様です」

 お客様?患者ではなく?

「どなた?」

「杏胡さんの保護者だそうです」

 驚いて、凌は受付の方を見た。

 受付の小窓の先で、軽く会釈する細身で真面目そうな30代位の女性が見えた。母親だろうか?それにしては少し若すぎるような…。

「もうすぐ診療が終わるから、待合室で待っていてもらって」

「はい」

 結衣はそういって受付の方へ戻っていった。

 何の目的だろう。

 凌の心臓は、当然の不安に苛まれ、鼓動を速めた。

 

「突然すみません。杏胡がお世話になっているのに、これまでご挨拶にも伺わないで」

 待合室で待っていた女性はそう言って、深々と頭を下げた。

「あ、いや。杏胡さんの体調はいかがですか?今日は、発熱でお休みということだったけれど」

「はい。大したことはありません。ただ母親に似て、少し躰が弱いものですから」

 母親に似て?では、この人は誰だ。

「あの、失礼ですが」

「はい?」

「杏胡さんのお母さんでは?」

 目の前の女性の顔が、赤くなった。

「私、杏胡の亡くなった母親の妹です。つまり叔母です」

「し、失礼しました。いや、杏胡さんのお母様にしてはお若いな、と思ったんですが」

 慌てて言い繕う凌に、杏胡の叔母だという女性はさらに居心地悪そうにしている。

「あの。待合室で立ち話もなんですから、どこかでお茶でも」

「ご迷惑ではありませんか?」

「いえ。杏胡さんのことを、何も知らずに雇っているのもなんですから」

 そう言ってから、何も知らないというのは語弊があるな、と凌は心の中で苦笑いした。

 杏胡の叔母は、原田聡子と言った。35歳、凌と一つ違いでまだ独身だった。

 クリニック近くのコーヒーショップで、簡単な自己紹介をした後、凌は言った。

「サンドイッチでも頼みますか?お腹、すいてないですか?」

「大丈夫です。でももうすぐ8時ですから、先生は何か召し上がってください」

「いや。僕は大丈夫です」

 ウエイトレスに、二人分のコーヒーを注文した。沈黙が流れた。

「ええと」

 凌が思い切って口火を切った。

「今日は、何かお話があっていらしたんじゃ?」

「はぁ」

 コーヒーが運ばれてきた。

「何から話したらいいか…」

「今日、原田さんが訪ねていらしてることは、杏胡さんはご存知なんですか?」

 遠まわしに、凌は探りを入れた。

「杏胡は、杏胡は、私じゃダメなんです」

 突然、聡子はそう言った。

「ダメ?ダメってどういうことですか?」

「あの子、変わってるんです。そこはもう、父親そっくりで」

 ますます、この家族の関係性がわからない。

「あの。杏胡さんと、杏胡さんのお父様と、原田さんは、いま現在どういうご関係でいるのですか?」

 聡子が、きょとんとした顔つきになった。

「先生は、杏胡から何も訊いてらっしゃらないんですか?」

 要領の悪い話しぶりに、さすがの凌も苛立ちを覚えた。

 聡子の話をまとめるとこうだ。

 杏胡の母親は、彼女が高校に入学してすぐに病死した。杏胡の父親は母親の葬儀が済むとほどなくして、海外へ転勤になった。高校へ入学したばかりの杏胡をいきなり海外に連れて行くのも、男手独りで育てるのにも無理があったので、取りあえず都内で働く聡子が面倒を見ることに落ち着いた。杏胡の父親も母親も地方都市の出身だったし、身近で適役は彼女だけだったということらしい。また聡子にすれば、家賃の高い東京で、家賃のいらない姉の一軒家に住み、生活費は杏胡の父親持ちというのは願ってもない条件だった。杏胡が、不登校になるまでは。

 そこまで話を整理して、凌は注意深く確認をしてみた。

「杏胡さんの不登校の原因というのは…」

「よくある虐めです」

 予想に反して、聡子はさらりと答えた。

「教師による、ですか?」

「え?同級生による虐めだと聞いていますけど」

 聡子が怪訝そうにそう答える。

 杏胡は、嘘をついていたのだろうか。いや、杏胡の話を自分が勝手に誤解したのだろうか。

「それで。僕に何をしろと?」

 凌は単刀直入に切り込んでみた。

 聡子の顔が、今度は青ざめる。忙しい人だ、と思った。

「私、結婚したい人がいるんです」


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