表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17 歳  作者: 灯凪田テイル
5/10

傷を舐めあう猫たち


「おかしい」

 凌特製のオムライスを食べながら、杏胡が笑う。

「おかしい?おいしいの間違いだろ」

 銀のスプーンを半分咥えたまま、くすくすくすと杏胡はさらに笑う。

「だって」

「なんだよ」

 テーブルに行儀悪く肘をついて、杏胡は凌を覗き込む。

「サラダまでついてる」

「嫌いか?野菜」

「そうじゃなくて」

「だから、なんだよ」

「ベビーリーフにパプリカ、生ハム、クルトン。こんなサラダ、男の人、普通つくんないでしょ」

「そうか?」

「そうだよ。オムライスだってお店みたいにおいしい」

 そう言う杏胡の顔を見ながら、凌は不思議だな、と思う。

 17歳になったばかりの杏胡と今年34歳になる僕は、17も年が離れている。つまり僕は、杏胡の倍も生きていることになる。

 しかし経験上、親しくなればなるほど女というのは年齢差を越えてくる。やがて女のほうが、年上みたいな口をきき出す。杏胡もやがて、そうなるのだろうか。

「先生は、夏菜さんにも料理をつくってあげるの?」

 夏菜が僕の恋人だということは、院内周知の事実だ。仕事柄、海外出張へも行く夏菜は、土産を持ってクリニックを訪ねてくることもある。

「そう言えば、一度もないな。ああ見えて、夏菜は料理が上手いんだ。」

「へぇ。仕事もできて、料理も上手くて、美人でお金持ち。パーフェクトな彼女だね」

 生意気な言い方をする杏胡を、凌は揶揄ってやりたくなった。

「杏胡は、彼氏のために料理つくったことあるのか?」

「彼氏なんて、いたことないもの」

「なんだよ。17にもなって、ボーイフレンドの一人もいないのか?」

 杏胡の顔が、急に淋しそうになった。凌は慌てて、言葉を繋いだ。

「これから、いくらでもカッコいい彼氏ができるよ」

 杏胡が、ふいに挑戦的な眼差しになる。その心理を読み損ねて、凌は不安になる。

「でも。先生、あたし処女じゃないよ」

「え?」

 杏胡はベビーリーフの入ったサラダボールに、フォークを突き立てた。

「こんな風に。強引に。生徒指導室で」

 それだけで、十分すぎるほど、凌は理解した。杏胡の自傷行為、帰りたくない理由、不登校の訳。

「あはははは。ホントおかしい」

 杏胡、笑わなくていい。笑わなくていいから。

「杏胡。僕はさ、認知された子供なんだ」

 杏胡の泣き顔みたいな笑い顔が、中途半端に止まって歪んだ。

「僕の母は34年以上、僕の父である人の愛人なんだ」

 凌は、自分が狡いと感じていた。でもそれ以外に、杏胡の傷口を舐めてやる方法が見つからない。

 杏胡が、突き刺し続けていたフォークをぽとりと置いた。凌の方へ、その手を伸ばしてくる。やがて、中指と人差し指が凌の胸に触れる。

「ここ、痛い?」

「痛い、かな?」

「じゃあ、舐めてあげる。先生も舐めて」

 ケモノになった2匹の魂は、初めて互いの傷を見せ合い、癒そうと舐めはじめた。

 その日、気象庁が梅雨入り宣言をしたことを、ふたりは裸で抱き合ったまま、深夜のニュースで聞いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ