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第2回戦 ジュニアプリンス戦

小松島フォミュラーズ ラインナップ

背番号 10番 堀内ヒロヤ   (4年) 主将

背番号  1番 井関ワタル   (4年)

背番号  2番 湯原マサミチ  (4年)

背番号  3番 小沢フミアキ  (4年)

背番号  4番 三石ケンタ   (4年)

背番号  5番 鈴本コウタ   (4年)

背番号  6番 小早川ナオキ  (3年)

背番号  7番 瀬戸川カイ   (3年)

背番号  8番 蒔田ユウスケ  (4年)

背番号  9番 宮田ヒュウマ  (4年)

背番号 11番 渡里キョウスケ (4年)

背番号 12番 坂上リョウト  (3年)

背番号 13番 足立ハヤタ   (3年)

背番号 14番 西本シュウ   (3年)

背番号 15番 金井リョウ   (3年)

背番号 16番 米倉ジュンノスケ(4年)

背番号 17番 倉野コウキ   (4年)


背番号 30番 吉澤春雄    (監督)

背番号 29番 三石信二    (コーチ)

背番号 28番 湯原俊光    (コーチ)

        近則浩二    (コーチ)

        小早川豊    (コーチ)

        瀬戸川弘樹   (コーチ)

        村中彰夫    (総監督)

        伊藤次男    (チーム代表)

第2戦 ジュニアプリンス(JP)戦


 次の金曜の夜、またしても、監督コーチのミーティングが開かれた。何となくゲンを担ぐというか、前回やっているので、やっぱり今回もやっときましょう。と、いうことになったのだ。


吉澤監督が、前回とはオーダーを変えて持ってきた。

『1番 ショート 堀内、2番 ピッチャー 井関、3番 サード 鈴本、4番 キャッチャー 湯原、5番 レフト 蒔田、6番 ライト 宮田、7番 セカンド 三石、8番ファースト 倉野、9番 センター 瀬戸川 』

前回は、ファーストを誰にするかが一番のテーマだったが、東部フレンズとの戦いで、ファースト倉野の目途が立ったと言う事で、今回は、打順がテーマというのが分かる。

「ユウスケを5番に上げてますよね。これは何か訳でもありますか?」三石さんが吉澤さんに聞く。

「東部戦で蒔田が良いところで2安打しているんだよね。2回の大量点のきっかけとダメ押しが蒔田だからさ。打順を上げようと思って。」と、吉澤監督。

「4番のマサまでは不動ですね。マサの後にユウスケっていうのは良いと思います。」

と、三石さんは同意する。

「ちょっと、話がずれちゃうんですが、ナオキじゃなくてカイにしている理由って何かあるんですか?」と、以前から訊いてみたかった事を私は吉澤監督に聞いてみた。。

「湯原さんはナオキの方がカイより良いと思ってるの?」と逆に質問されてしまう。

「どっちが上か下かとかはないと思います。むしろ、入部間もないコウキより上なんじゃないかと思うぐらいです。でも、ここの所ずっとカイですよね。なんか意図があるなら教えてほしいなと思いまして・・・。」

「じゃあ、俺の考え方として、聞いてもらいたいんだけど。」と言ってから吉澤監督が話始めた。

「カイもナオキも投げる・取る・走る、は同等と思っているんだ。ただ、バッティングがね、右と左っていうのもあると思うんだけど、ナオキは左じゃない。だもんだから、打つより先に走ろうとしちゃうんだよね。イチローじゃないんだからさ、打つのと走るのが同時じゃダメでしょ。いや、ナオには何回も言ってるんだよ。しっかり打ってから走れば良いからって。ナオキとカイは、来年の3・4番でしょ。うちの主軸バッターだからさ。

あの、打ち方を直さないんじゃ、俺は使いたくないんだよね。東部戦のマサみたいに、あんなに飛ばなくてもいいけどさ、しっかり芯で打つってことをきちんとやってほしいんだよね。そうそう、ヒロヤみたいなバッティング。」

確かに、最近のナオキのバッティングは、バッターボックスの中で走りながら打っている感じがする。足が速いから、ボテボテのショートゴロだったりすると、簡単にセーフになったりしている。でも、子供に“それがオッケーじゃない”って事をしっかり教えるのも我々の使命なのかも知れないと思った。


「しかし、明日は雨っぽいですよ。どうします?」と、三石さんが携帯の天気予報を見ながら呟いた。

「ねえ。そうみたいですね~。でも、一応、予定通り6時に集合しましょう。で、もし、降ってるようなら“チューリップ”か“こすずめ”でアップだけしましょう。」吉澤監督が我々に言う。

「準備はしておいた方がいいでしょ。ね。雨でも小降りならやるかも知れないし。」


翌朝、私は4時半に目覚まし時計に起こされた。外はまだ夜が明けていない。窓を開けると、小糠雨が降っている。

(こりゃ、やるかやらないかは分からないなぁ。)

すぐに起き出し、歯磨きだけして、ジャージに着替え、高速下のチューリップ公園の場所取りに出かけた。この、高速下の公園というのは首都高速道路の下にあり、横を網で覆われている鳥小屋みたいな公園なのだが、雨の日には天井のある小さな空地の様になっていて、少年野球の選手たちはこの公園で練習をするのだ。


JPの和田監督は5時に起床した。

窓の外を見る。どんよりとした雲が低く垂れこめている。夜明け前の東の空が明るくなりはじめていた。雨脚が強い。今日の試合は中止かな。

6時になったら、コーチ陣に連絡を取ろう。


吉澤監督は4時に目覚めた。昨晩の鳥益でのミーティングで、雨でなくても高速下を確保しようと決まっていた。場所取りは湯原さんと三石さんに任せた。あの二人の事だから大丈夫だと思うが・・・。どうしても気になってしまう。でも、二人とも息子達のためなんだから、きちんと取ってくれるだろう。

 窓を開ける、夜明け前の空には低い雲が垂れ込めている。細かい雨が降っている。

 今日の試合は分からないな。でも、準備はきちんとしておこう。

 新聞を読んだり、お茶を啜ったりしていると、ようやく5時になった。

 携帯の着信音が鳴る。表示を見ると“三石携帯”と出ていた。携帯を広げ、挨拶をする。

「おはようございます。」

「おはようございます、三石です。ど~も。今、湯原さんと二人でチューリップを取ってます。」

「はい。分かりました。朝早くからありがとうございます。とりあえず、6時に関商一高の公園に集合なので、みんなを連れて行きますよ。」

「はい。分かりました。えっと、吉澤監督の車だけじゃ足りないですよね。俺もそっちに行きます。こっちは湯原さんに取っててもらいますんで。それで足りますかね?」


「ああ。えっとですね。宮田さんと堀内さんが車出してくれる予定です。なのでぎりぎりです。三石さんが来てくれると助かります。すみませんね。」

「いえ。全然問題ないっす。じゃあ、6時に行きますね。それにしても、雨脚が強くなってきましたね。さっきまで小降りだったのに。」

「そうですね。ちょっと分からないけど、一応、準備だけはしておきましょう。」

「そうですね。分かりました。では、後ほど。」

二人の電話が終わった。


三石さんが私に、

「と言う訳で、湯原さんはここで待機って事でお願いして良いですか。宮田さんと堀内さんが車出してくれるそうなんで。」

「合点承知です。でも、この天気。どうなんですかね。ああ、また、少し小降りになってきましたね。」

「やると思っていた方が良いでしょうね。吉澤監督もそう言ってましたし。」

「ですね。」

 この二人、吉澤・三石コンビは流石だ。準備に抜かりがない。そうだ。野球って結局準備のスポーツなんだ。と、改めて思う。どれだけきちんと準備して試合に臨めるのか、その準備が練習であり気持ちなんだ。

「じゃあ、45分ごろ出発ということで。」と三石さんが私に言った。


和田監督は5時50分に携帯を取り出して、4人のコーチにメールを送るべく文章を打ち込み始めた。

『おはようございます。本日、雨天の為試合の有無の確認が7時になります。本部から確認が入りましたら再度連絡します。試合決行の場合は、選手達を家の前で拾って、臨海球場に集合にしようと思います。また、連絡を入れます。』  送信 


この雨だと、多分、臨海球場は使えないだろう。あそこは案外水はけが悪いからな。と、一人ごちた。


6時半になり本部から各監督に連絡が入った。

「本日、臨海球場は雨の為使用不可となりました。なるべく本日試合を消化したいので、別の球場を現在探しています。各チームの責任者は待機していて下さい。なお、試合開始時刻は午前8時の予定でしたが、1時間ずらし、午前9時の予定とします。」


午前5時50分、関商一高前の公園にフォミュラーズの選手たちが、いつものユニホームを着、傘をさし、続々と集合していた。吉澤監督と三石さんは車から出ると、選手たちに、

「集まった順に車に乗っちゃえ。雨降ってるから。な。」と吉澤監督。

「素振りは今は良いから。雨降ってんだから。」と三石さんが子供たちに声をかける。

「宮田さん。堀内さん。おはようございます。車出し、ありがとうございます。雨降ってるんで、子供たちを車に乗せちゃいます。適当で良いです。自分の子供を先に乗せちゃってください。すみません。お願いします。」と、吉澤監督が車出しをしてくれた、ヒュウマとヒロヤのお母さんに声をかける。

6時ちょうど、全員がどこかの車に乗ると、チューリップ公園に向けて出発した。


7時、本部から連絡が入る。

「中川球場サブグランドの状態が大丈夫なので、サブグランドで試合を行います。8時半に選手登録受付で、9時に試合開始としたいと思います。よろしくお願いいたします。」


和田監督 7時2分

本部からの連絡メールを見て、“しまった。”と思った。サブグラでやるのか。みんなに連絡しないと。今日はやらないと思っていたのに。かなり強行だな。雨は降ってないのか?

窓を開けて外を見る。雨は止んでいた。コーチ陣に連絡をした。皆一様に「こんな天気でやるのか。」という感じであった。全員、7時半過ぎには自宅前に野球の準備をして待つように指示をし、自分も息子を車に乗せて、サブグラウンドに向かった。


吉澤監督が携帯で話している。村中総監督と話しをしているようだ。

「サブグラは何時に開くのか教えて欲しいんですよ。俺の知っている役員に連絡してみたんだけど、今日はサブグラでやるの?位な感じで、全然分かってないんですよ。村中総監督ちょっと調べて貰えませんかね。すみませんがよろしくお願いしますよ。」

 吉澤監督の方が30歳以上年上なのに、序列通りきちんとした言葉づかいをしている。偉いなぁ、などと感心している。

 選手たちは雨が降っても大丈夫な高速下の練習場でアップを始めている。朝早いので、声を出さず、黙々とこなしている。

 私は吉澤監督に近寄り、声をかけた。

「吉澤監督、朝早かったんでジャージで来ちゃったんですよ。着替えてすぐ戻ってきます。何かあったら携帯に連絡ください。すみません。」

「吉澤監督、すみません。俺も着替えてきます。30分で戻ってきますんで。」と三石さんも吉澤監督に声をかける。

「ああ、二人とも良いっすよ。すみませんでしたね、朝早くから場所取りを任せちゃってね。コバサンもセトちゃんもいるんで、とりあえず大丈夫ですよ。でも、なるべく早めで、お願いしますね。」

ということで、我々二人は、ユニフォームに着替えて、戻ることになった。


サブグランドは8時から使えると、村中監督から連絡があり、キャッチボールとランダンプレイまでは一通り済ませ、4つの班に分かれてバントの練習をした。ピッチャー候補のワタルとコウタは吉澤監督と瀬戸川コーチをキャッチャーに30球程投球練習をした。

一応やるべき事はできた。


7時半までは降ったり止んだりの空模様であったが、それを超えると雨はぴたりと止んだ。

7時40分に公園を出発し8時5分前にサブグランドの金網の扉の前にフォミュラーズは集合していた。


8時丁度に開門し、挨拶をするためにグランドに一列に並んだ。

ヒロヤが「整列」と大声で叫ぶ、いつもの編隊で1塁側ベンチの前に横一列に整列する。

後ろに監督コーチ陣が並ぶ。

「グランドに礼っ!」

「オッシアス!!!」


「気を付け!グランド整備ありがとうございました!!!」

「ありがとうございました。」


審判団の方々が、必死にグランド整備をしてくれたおかげで、今日、これから試合ができるのだ。こういう、縁の下の力持ちが居ればこその、少年野球である。感謝感謝。


相手チームはこの時まだ誰もベンチにも入っていなかった。


「ヒロヤ~。ちょっと来い。」三石さんがキャプテンのヒロヤを呼ぶ。

「相手がまだ来てないから、外野の状況を確認しながら、ぐるっと、一周ランニングして来い。全員でだよ。全員。みんなにそのこと伝えてから走れよ。ゆっくりでいいから。」

「はい。集合っ。」選手がヒロヤの元に集まる。

「えーと、軽くランニングね。外野の状況を確かめながらぐるっと回るから。2列ね~。」


ライト側から、セカンドベースの後ろを通って、レフト側へと進む。レフトの定位置よりややライン際に寄った所にまだ雨水が抜けきっていない場所があるようだ。


 あれっ。止まっちゃったよ。ランニングになってないじゃないか。なんだよ、3グループに分かれて適当に歩き始めちゃったよ。2列って言ってたのはなんだったんだろうね。

ホントに。あれ、コウタとヒュウマが遊び出しちゃってないか。おいおい、これから試合だぞ。

 ああ、ミッちゃんが走り出した。あ、またコウタが叱られてる。なんか言い訳してるぞ。ミッちゃんも一緒になってコウタと走りだしたぞ。みんな、集まってきたな。きっと何か面白いもんでもあったんだろ。後で聞いてみよう。


ぞろぞろと全員がベンチの方へ戻ってきたころ、ようやくジュニアプリンスが姿を見せた。確か去年はこのチームと戦って負けたんだよな。今年は絶対に負けないぞ!


吉澤監督が集合の声をかけた。全員が揃う。メンバー発表だ。


「1番 ショート 堀内。2番 ピッチャー 井関。3番 サード 鈴本。4番 キャッチャー 湯原。5番 レフト 蒔田。6番 ライト 宮田。7番 セカンド 三石。8番 ファースト 倉野。9番 センター 瀬戸川。 渡里。米倉。小早川。坂上。足立。西本。金井」


「よし、内野と外野に分かれて。ノックね。」

今日のノッカーは内野が小早川コーチ。外野が三石コーチだ。私は近則コーチに変わってスコアラーかも知れない。近則さんまだ来てないんだよね。なので、メンバー表をとりあえず書き込み、スコアシートにも名前とポジションを書き入れておかなければならない。

となると、ノックとか打ってる訳にもいかず、小早川コーチに頼んでる次第だ。

 まあ、昨日のミーティングとメンバーは一人も違っていないので書きやすい。


JP和田監督は思っていた。

準備が少し遅れてしまったが、そんなことはどうでもいいぐらい今年の4年生は実力者ぞろいだ。レフトの津田とセカンドの伊藤は3年生だが、実力はある。

細々(こまごま)した野球しかしてこないフォミュラーズになら勝てる。間違いない。ただ、先週のあの戦い方が本物なら、かなりきつい戦いになる。東部フレンズと練習試合をした時、あんな大差で負けるようなチームだとは思わなかったからな。気持ちを切り替えていかないとな。

「さあ、敵さんはすでにアップも終わっているようだぞ。おい、リキヤ。とっととアップを始めろよ。」

と、 4番でピッチャーの渡辺君に声をかける。


今日のワタルの投球も、いい球が来ている。

マサが瀬戸川コーチに呼ばれる。

「マサ。多分、今日が山場だと俺は思ってる。JPはそこそこ強いぞ。なので、サインは一応俺が出す。でも、相手の監督のサインは全部見ろ。良いな。で、もし分かったら俺に教えろ。間違ってても良いから。で、最後の1球でセカンドに投げるだろ。あれ、わざとでゆっくり山なりで投げろ。で、誰にも言うな。吉澤さんにもワタルにもヒロヤにも。いいから、な。分かった?」

「はいっ」


審判4人がバックネット横に集合した。両チームともベンチ前に整列している。後攻のフォミュラーズはみんなグローブを持っている。

主審の「集合!」の声とともに、両チームがホームベースを挟んで整列した。

「レフト側はフリーです。ライトはあの高いフェンスを越えればホームランですが、今まで小学生で超えたことのある人はいません。特別な場合は審判の指示に従ってください。

 それでは、キャプテン握手。」

ヒロヤと渡辺君が握手をし「オッシャース!」と声を揃えて叫んだ。


さあ、ゲームが始まる。

どんよりとした雲に覆われている。地面も湿っている。レフトのライン際に大きな水たまりがあると、さっき、子供たちが話していた。センターとライトの中間あたりもまだ水たまりがあるようだ。

とは言っても、両軍とも同じ条件。

ただし、我々は、レフトの水たまりを知っているが、相手チームは右中間の水たまりを知らない。このことが、これからの戦いに影響があるかどうかは分からない。

そう、実はすでに戦いは始まっているのだ。相手にどうみられるか、相手の知らないことをどれだけ知っているか。


ボールバックの声が掛かり、投球練習最後の球をワタルが投げる。

マサがゆっくりと立ち上がり、山なりのボールを2塁へ投げる。

(ンッ。肩でも痛いのか?でも、今朝、そんなことは何も言ってなかったけどな。)と、私は思った。

三石さんが私にささやく。

「マサ、肩でも痛めた?」

「いえ、そんなことは聞いてないですね。」

私が答える。そんなマサを見ていると、横目で瀬戸川コーチを見る。瀬戸川さんがサインを出しているようだ。実に巧妙に出しているので、素人の私には分からない。が、最初に少しニヤリと笑って頷いていた。

(何かあるな。)と、直感した。まあ良い。バッテリーの事はセトちゃんに任せておこう。


主審が「プレイボール!」と宣言する。


1回表

JPの攻撃。1番 成瀬君

ワタルがサインを見てから、振りかぶって第1球を投げる。ふわりとした遅い球が来る。

「ストライク」

見ている人みんなが「エッ」と思うようなボールを最初に投げた。いきなり緩いボールか。

流石、セトちゃん。こりゃ、打ち気な相手打者はびっくりするでしょう。

でも、次の球はどうする?

マサがサインを出す。ワタルがそれを見て頷く。

第2球を投げた。肩よりわずかに高い、見逃せばボール球を成瀬君は振ってきた。しかし、ファールボールはバックネットへ飛んでいく。

キャッチャーのマサは反応良く、マスクを取って、バックネットを見ている。野手も全員1歩目の踏みだしができている。全員が集中している証拠だ。

マサが相手の監督がバッターへサインを出しているを見つめている。

『分からなくていい。相手の監督がバッターにサインを出しているときに、必ずそれを見ろ。なるべく、俺はあんたのサインを見てますよって顔して、堂々と見ろ。それだけで、相手の監督はすごく嫌なもんなんだ。もしかしたら、サインを盗まれるんじゃないかって思うからな。で、もし、本当に分かったら、それを利用するんだ。そうすれば、絶対に勝てる。』と、瀬戸川コーチから何度も言われていた。


マサがゆっくりと蹲踞の姿勢になると、目だけで瀬戸川コーチを見る。ワタルにサインを出す。ワタルが頷く。

第3球目も緩いボールだった。しかし、これはホームベース前でワンバウンドする。

バッターの成瀬君が普通に見送った。


マサは思った。(緩いボールを待っている。そうじゃなければ、バットを振らないまでも反応はするだろ。待っていたから、ワンバウンドのボールを、楽々見送ったんだ。

カウントはワンボールツウストライク。低めの速球を投げれば引っかかる。)

瀬戸川コーチからのサインも正にその球だった。ボールで良い。低めにコントロールされていれば、オッケー。


ワタルがサインに頷く。

マサが普通の構えをしてから5センチぐらい沈み込む。ワタルに低めに投げるように指示をしている。


第4球 ワタルの球は、低めのボール気味の速球。成瀬君はバットに当てるのが精一杯だった。ショートの平凡なゴロをヒロヤが華麗に捌く。

ワンナウト。

いつもの調子だ。


JP和田監督は思っていた。

(あのキャッチャーの送球なら、盗塁は楽勝だな。塁に出たらかき回すしかないだろう。

しかし、配球はあのキャッチャーがサインを出しているのか?それともベンチから指示を出しているのか?分からんな。

1球目からスローボールで来るとは思わなかった。それをあのキャッチャーがやっているとすれば、侮れないぞ。しかも、こっちのサインをじっと見ている。うちには3パターンのサインがあるが、4年生には1パターンしか教えていない。ある意味単純だから分かってしまうかも知れないな。

成瀬が打ち取られたか。しょうがない、次に期待しよう。)


マサが叫ぶ「ワンナウトね~。」

これにヒロヤが答える。「ワンナウト!ゴロはオールファーストね~」


2番打者の鈴木君が打席に入る。

ストライク、ボールからの第3球目。

真ん中に入ってしまったボールを軽くスイングすると、ボールがピッチャーの足元を抜ける。

軽快に動いていたセカンドのケンタがぎりぎりで追いつくが、グローブの中でボールが跳ねてしまった。すぐに拾ってファーストに投げたが、少し及ばず「セーフ」。


ランナーが出てしまう。だが、みんなは元気だ。

「ワンアウトランナー1塁ね。内野ゴロはゲッツーね。」ヒロヤが叫ぶ。


3番バッターの島君が打席に入る。

マサが思う。(背丈は僕くらいか。JPの3番打っている位だ。慎重に行こう。)

相手の監督のサインを見る。

ランナーに出している風だな。肘・胸・肘

バッターには丸かいてグー。

うちと同じなら打てか。

蹲踞して瀬戸川コーチを横目で見る。)

(ウエストボール。高めの釣り玉か。僕と同じだ。)


ワタルが頷く。

ランナーのリードが大きい。


マサが構えた後、右手で自分の右足首を握っている。

ワタルが、1塁へ牽制球を投げる。

1塁のコウキが腰のあたりの高さのボールを取ってタッチする。

1塁ランナーの鈴木君がヘッドスライディングで帰塁する。「セーフ」


よし、いいタイミングだ。これでちょっとはリードが小さくなっただろう。


ワタルが構える。マサの右手は、ミットの後ろにある。

ワタルが第1球目を投げる。マサが取ると1塁へ素早く牽制球を投げるふりをする。

投球は「ボール」1塁ランナーは帰塁している。


バッターがサインを見る。

キャッチャーのマサも一緒に見る。

ランナーへ、肘・胸・帽子・肘

バッターへは丸かいてグー。さっきと同じだ。


1ボール。盗塁も考えられるが、ここは低めに投げさしたい。

もしかしたら、バッター勝負の可能性もある。


瀬戸川コーチからの指示は、外角低め。だよね。


マサが蹲踞しサインを送る。ワタルが頷く。

マサが大げさにミットと右手で、低めにと合図を送り、左足はいつもより引き気味に構えなおす。よし、来い。


ワタルが第2球目を投げる。真ん中だが低めにコントロールされた球がホームベースの方へ来る。

バッターの島君が振りぬく。バットの先っぽにあたった球は、レフトのファールグランドに飛んでいく。


やっぱり3番打者だな。良い当たりだ。


島君は思った。

(今の感触はかなり良かったぞ。もう少し遅めでもオッケーって事だろ。よし、ホームラン狙っちゃおうかな。)


和田監督も思う。

(よし!あああ。ファールか。タイミングが合ってるな。よし、ここはじっくりと打たせるか。ランナーは走らなくていいぞ。ショウタ。思いっきり打ってけ!)


瀬戸川コーチは思った。

(ワタル。コントロール重視で置きに行ってるな。まずいな。)


吉澤監督がワタルに叫ぶ。

「ワタル。もっと思いっきり腕を振れ。良いから。思いっきり行け!」


瀬戸川コーチがニヤリと笑い。

(吉澤監督、ナイスです。今、俺が言おうと思ってた事ですよ。それ。でも、俺が言うより吉澤監督に言って欲しかったんですよ。向こうのベンチは、監督に注目するからね。よしよし。もう1球同じところ。な。マサ。)


マサも同じことを考えていた。ワタルに腕を振れと言おうと思っていたんだ。

相手の監督のサインは、肘・胸・肘。ワタルにピッチング動作の振りをして見せてから、蹲踞し瀬戸川コーチを横目で見る。同じコース。


もう一度、腕を振れ。と、投げるふりをワタルに見せてから、左足を引き気味に構える。


ワタルが、さっきより少しだけ力を入れて第3球目を投げた。

今度はちょっと外角よりのさっきより幾分か勢いのある球が低めにが来た。

バッターの島君がバットを振る。

バットとボールがぶつかる。が、今度は1塁側ベンチの近くへライナー性の当たりが飛んできた。「ファール」


マサは思った。(よし、これでワンボールツーストライク。このバッター、もしかしたら、低めが好きなのかも。ローボールヒッターってやつじゃないか。だったら、低めのボール球もありかも知れないぞ。)


相手の監督からランナーにサインがでる。肘・肩・胸・肘。バッターにはグーだけ。

瀬戸川コーチからの指示は、高めの釣り玉。


高め?なぜだ?でも、まあ、瀬戸川コーチがそういうのなら。と、ワタルにサインを出す。


マサのサインに頷き、ワタルがセットポジションに入る。


第4球目を投げた。首の高さくらいのボールを島君は思い切り振った。空振り三振だ。


マサは思った。(こんな高さの球でも振ってくるんだ。)その時、耳に「ワッ」と大声が聞こえてきた。「えっ」「走ったのか」

バッター勝負だと思い込んでいた。一瞬、状況に迷いがあった。もう間に合わないだろう。だったら、緩めに投げて、相手を油断させよう。

マサは、つかんだボールを2塁まで、低くちょっと緩めに投げた。ボールは3バウンドぐらいして、ヒロヤのグローブに吸い込まれた。盗塁セーフ。余裕でセーフだった。


ヒロヤが少し首をかしげながら、ピッチャーのワタルに近づき下からボールをトスして渡した。

「ツーアウト~。ランナーセカンド。次、4番ね。」と、マサが叫ぶ。


ピッチャーで4番の渡辺君が右打席に入る。


マサはしまった。と、思った。

(相手の監督からのサインは、4番打者が打席に入る前に出ていたようだ。)


マサは瀬戸川コーチを横目で見ながら、サインを待った。


瀬戸川コーチは思っていた。(あれ、この子、この前の試合、左バッターじゃなかったっけ。右打席に入っているな。ん?勘違か? 外角低めに。セオリー通りだな。)


マサがワタルにサインを送る。ワタルが頷く。


渡辺君に対して第1球目を投げる。外角低め。

地面すれすれでキャッチしたマサに、「走った」というヒロヤの声が聞こえてきた

右打者の外角低めのボールと取ってから、バッターの背後に回り、3塁に送球したが、やはり間に合わなかった。


瀬戸川コーチは思った。(アッ。3盗か。それで、右打席に入ったか。なるほどね。JPもいろいろやってきてくれるね。そう来なくちゃね。つまんないよ。)


2球目から左打席に入る渡辺君に1ファールから3球続けてボールを投げてしまいフォアボール。ランナー1・3塁となる。


ショートのヒロヤがマサにサインを送っている。右手を胸のチームマークの所を右左と何度か動かしている。ずいぶんあからさまなサインだ。


5番打者 矢口君がバッターボックスに入る前に、相手の監督がサインを出す。

1塁ランナーに対して、肘・肩・胸・肘。バッターに対して、帽子のつば・帽子のつば・耳・耳・丸かいてグー。


矢口君に対して、ワタルが第1球目を投げた。

1塁ランナーが盗塁をする。見逃しのストライク。

マサは2塁へ送球する。が、ショートのヒロヤがカットして、3塁のコウタに投げる。コウタは3塁ランナーにタッチするが、セーフ。2・3塁ともにオールセーフだ。


「ツーアウトランナー2・3塁ね。」「外野は、バックホームね。」「内野はオールファースト!」ヒロヤが指示を出す。


2球目はバックネットへのファール。3・4球目は高めのボールとなる。

カウントはツーボールツーストライク。


第5球目

ここは、打てるのか、エラーをしないで守れるのか。勝負をするしかない。

ワタルが渾身の力を込めて投げる。バッターの矢口君も、打ちに行く。

カーン。ワタルの頭を超えて二遊間を抜けるヒットとなる。センターのカイがボールをつかみ、バックホーム。ツーアウトなので、ランナーはボールを見ずにゴー。3塁ランナーは悠々ホームイン。2塁ランナーとホームベース上のクロスプレーになるか。


マサは思った。(カイなら一本でつまり中継なしでバックホームできるはず。)

「カイ!バックホーム!一本で~」


カイも思った。あの2塁ランナーを絶対に刺す。ツーバウンド目の打球が少しだけイレギラーしたが、しっかりグローブにボールは収まった。いつものワンステップワンバン送球。

少しだけ、1塁側にそれてしまう。マサがボールをミットに収め両手でタッチに行く。

2塁ランナーの渡辺君が大回りして滑り込む。キャッチャーミットのタッチをかわしてホームベースにタッチする。


2塁ベース上から大声がする。ヒロヤが、「マサ~セカンド~~~」と叫ぶ。

マサは、ホームベース上の判定を無視して、2塁へワンバンド送球をする。ぴったりベース上への送球となる。ヒロヤがグラブにボールを収める。1塁を回ったバッターランナーに思いっきりタッチする。ベースの50cm手前でアウトになった。スリーアウト。


ホームベース上のクロスプレーはセーフ。JPに2点が入り、攻守が入れ替わる。



1回裏 フォミュラーズの攻撃。

1番 ショート・ヒロヤ

JPのピッチャーは先程2点目のホームインをした渡辺君だ。


吉澤監督がヒロヤに近付き耳元で囁く。

「何でも良い。何しろ出塁しないとだめだ。頼むぞ、キャプテン。」


ヒロヤは、なんとも答えられなかった。もちろん、何とか出塁はしたい。でも、対戦するピッチャーは今日が初めてだ。どのくらいのスピードかも分からないんだ。とりあえず、最低5球は投げさせよう。

ヒロヤの方針は決まった。5球は最低投げさせる。フルカウントまで持ち込むようにしよう。

投球練習が終わり、渡辺君がマウンドで構える。


落ち着いた、良い構えだ。ノーワインドアップから第1球目を投げ込む。

左バッターボックスのヒロヤがバント牽制をする。投手が投げ込む寸前にバントの構えをするが、バントはしない作戦だ。投手がびっくりして投球リズムを崩す作戦だ。

三塁手の矢口君が脱兎のごとくバッターに迫ってくる。

ピッチャーの渡辺君もマウンドを降りて、バントの守備をする。一塁手の鈴木君は、ベース付近に待機している。投球は「ボール」

ヒロヤはその守備隊形を見て、(三塁後ろ側が狙い目)と思った。

(多分、このチームは4番でピッチャーのこいつが中心になっているんだと思う。ということは、こいつを潰せば自ずと道は開ける、って訳だ。)


ピッチャーの渡辺君がキャッチャーからのボールを受取、再び、マウンドで構える。

(そういえば監督が言っていた。このチームはバントばかりのチームだと。やるならやらすか。俺のフィルディングなら、余程じゃなければセーフにはならない。だとすれば、簡単にアウトが取れるのを選択するのも良いかも知れないな。よし。)

渡辺君の考えが纏まったところで、ノーワインドアップから第2球目を投げた。


今度はヒロヤは動かず、普通に見逃した。外角低めの良い球だ。三塁手の矢口君はそれでも、2・3歩前進してきていた。「ストライク」

ワンボールワンストライク


ヒロヤは思った。やっぱり、うちをある程度研究しているようだな。どうしても、バントで来ると思っているんだ。それなら、俺のバッティングを見せてやろう。


ピッチャー第3球目を投げた。インコース真ん中の甘いボールだ。

ヒロヤが強振した。一塁手が反応出来ない位早い打球が、1塁線を襲う。

よし!と、思ったが、1塁審判がファールボールを宣言。


ピッチャーの渡辺君に動揺はなかった。(流石に背番号10番をつけているだけあるな。あの球を引っ張るか。)打つ気になったんなら、裏を書くまで。


ピッチャー第4球目を投げた。渡辺君がスローボールを投げてきた。打ち気をそらすのなら、グッドアイデアだ。しかし、ヒロヤはこのボールをカット気味に3塁後方へ運ぶ。惜しくもファール。


ヒロヤは打席に入る前、ネクストバッターズサークルの所で小早川コーチに言われていた。

「試合開始前の練習で、スローボールのピッチング練習をしていたから、一応頭に入れておけ。で、スローボールは絶対に引っ張るな。ホームランはいらないから。な。」と。

(コーチが言っていた事を覚えておいてよかった。全く知らなかったら、空振りしていたと思うぜ。)


渡辺君は少し動揺した。(球筋も悪くなかった。見逃すか空振りと思っていたのに、バットに当てやがった。しかも、ややこしそうな、3塁後方。ファールだから良かったが、フェアなら二塁打になる可能性もあったぜ。やはり、油断は出来ないようだな。)


5球目、渡辺君はもう一度スローボールを投げる。これは、高く外れてしまう。


実は、スローボールには功罪がある。打者のタイミングを外すという意味では、変化球を投げてはいけない学童野球では非常に有効な手段である。もちろん、投げ方を変えないチェンジアップは禁止されている。バッターには投げる寸前にはスローボールと分かるのだ。

一方、子供が別の投げ方で投げると、いつもの投げ方でストライクが入らなくなることがよくある。

渡辺君が嵌ってしまう。

結局、ヒロヤに対し、よくわかるボールでフォアボールを出してしまう。


渡辺君は和田監督に目をやった。和田監督は2回頷くと大声で渡辺君に伝えた「ドンマイ。ランナーは気にするな。2点リードしている。大丈夫だ、大丈夫。」


渡辺君は思った。

(確かに2点差はある。まだ1回だ。)


2番打者はピッチャーのワタル。

渡辺君がセットポジションに入る。1回、2回とピッチャープレートを外し、1塁ランナーを警戒する。

ワタルへの1球目も分かりやすい高いボール。


ワタルがバッターボックスから吉澤監督のサインを見る。1球目と変わらず『良い球なら打て』だ。ヒロヤにはまだ盗塁のサインが出ていない。


渡辺君が投じた第2球目。少し緩めに投げたられたボールが外角低めに届く。ワタルが見送った。「ストライク!」


カウント、ワンボールワンストライク。


渡辺君はストライクを取ったことで少し気持ちが落ち着く。(多分、投げ急いでいたんだろう。きっちり抑えてやる。)


ワタルがバッターボックスから吉澤監督のサインをみる。『ヒロヤは盗塁。ワタルは良い球なら打て。』だ。

ワタルは思った。(ヒロヤならスタートがきちんと切れれば盗塁は成功するだろう。確実に2塁に進めてから打っても遅くはない。)


渡辺君が1回、牽制球を投げる。ヒロヤは素早く帰塁する。

1塁手からボールを受取り、再び、セットポジションに入る。

第3球目を投げる。

ワタルはヒロヤのスタートが遅いと感じた。高めのボール球が来る。ワタルはちょっと遅れ気味にバットを振った。

キャッチャーの島君が中腰になりながらボールを取ろうとした。バットが出てきた。一瞬の躊躇。しかし、キャッチャーミットに渡辺君の投げたボールは収まるがジャッグルしている。島君はお構いなしにボールを握る、が、握りきれない。再度握りなおす。小幅なステップをしてしまう。思いっきり投げる。

ボールはワンバウンドでショートの成瀬君のグローブへと収まる。タッチに行く。がその時にはヒロヤの右足が2塁ベースに到達していた。

「セーフ」2塁の塁審が両手を横に広げて言った。


ヒロヤがワタルに人差し指で指さした。ワタルもそれに答えるように右手の人差し指でヒロヤを指さした。


ワタルは追い込まれたが、これがチームワークだ。何とかヒロヤを3塁まで行かせたいと、ワタルは考えていた。だが、2ストライク。バントして失敗したら、意味がない。

吉澤監督からは「ワタルうまいぞ~」と声が掛かった。流石、監督も今のプレイを分かっている。ヒロヤを3塁まで行かせれば、コウタとマサが何とかするだろう。


渡辺君は少しイラっとしてしまった。(島~、何でステップを2回踏むんだよ。ワンステップなら楽勝アウトだろうが。ワンナウトランナーなしだぜ。)


島君が渡辺君にごめんという様に手とうを切った。


カウント1ボール2ストライク。

第4球目を渡辺君が投げた。低めにコントロールされたボールはコースが少しだけ外れた。

主審のコールは「ボール」。

『えっ』という顔をして、マウンドから4・5歩主審の方へ歩いて行く。しかし、主審のジャッジが覆るわけはない。


カウント2ボール2ストライク。

2塁のヒロヤもバッテリーとワタルの対決を見守る。が、隙あらば3塁を狙わないはずがない。


渡辺君が5球目のセットポジションに入る。一旦、2塁へ顔を向けるが、左足を上げて、バッターに投げる。

ワタルが強振する。真ん中低めにボールは投げられた。「ファール」主審が両手を広げる。

バックネットを揺らすファールだ。


主審から渡った真新しいボールを見て、渡辺君は思った。(このチームはバントだけのチームじゃない。2番打者だからバントかと思ったが、全然、そんな気配はない。)


渡辺君が第6球目のセットポジションに入る。カウントはさっきと変わらず。渡辺君渾身の1球を投じる。

ここで勝負してくるだろ。と思っていたワタルだが、4球目と同じボールだと思った。

手が出なかったわけではない。

しかし、コールは無情にも「ストライク・バッター、アウト」

ワタルは見逃しの三振となった。


吉澤監督はワタルを呼ばなかった。

小早川コーチがワタルを呼ぶ。

「ワタル。ドンマイドンマイ。あれはさっきボールって言った球と同じだったよな。しょうがない。今日の審判は結構ストライクとボールに波があるから、注意しような。ワタルもピッチャーなんだから、きわどい所は、何回も投げると、変わってくるかもよ。な。」

ワタルは少し口角を上げて、頷いた。


三振を取った渡辺君は小さくガッツポーズをしてから振り向いた。

「ワンナウト~!」


3番打者 コウタ が、打席に就く前に、1度だけ素振りをした。


渡辺君は思った。(ほらね、やっぱりこのチームはバントバントのチームじゃねえ。1番から3番まで誰もバットを短く持たない。思いっきり打ち気に来てるじゃねえか。)と。そう思いながら、コウタの素振りを横目で見ていた。


コウタに対する1球目は決めていた。(ランナーを十分警戒するふりして、スローボールからでしょ。)


渡辺君がセットポジションに入り、コウタに対して第1球目を投げる前に、4回ヒロヤに牽制球を投げた。その都度、ヒロヤはヘッドスライディングで戻る。

私は教えてあげたかった。そのランナーは警戒しているぞって言うのを出せば出すほど、リードが大きくなるぞ。だから、1球目の牽制球の時より、4球目の牽制球の方が、リードが半歩は大きくなっているんだ。


第1球目投げる。スローボールは勢いがなさすぎ、ホームベースで、ワンバウンドした。

ヒロヤはスローボールと分かって、ノーサインで盗塁をする。

キャッチャーの島君がワンバウンドのスローボールを胸にあてて、ボールを拾う。しかし、3塁には投げられない。


ワンナウトランナー3塁。バッターは3番コウタ。

フォミュラーズにとってみれば絶好の得点期だ。


吉澤監督は思った。

(コントロールに自信のあるピッチャーでも、ランナー3塁なら、スローボールはキャッチャーが後逸するかも知れないので投げない。普通なら速球を投げてくるはず。ならば、ここはコウタに期待しよう。あの速球をコウタなら打てると思う。

『打て』のサインをコウタに出す。


コウタはヨシ!!と思った。

(もしかしたらここはスクイズを考えてもいいはずなのに、打てで来た。ボテゴロでもヒロヤならホームインできるはず。)


渡辺君が、コウタに対して第2球目を投げた。

低い。と思った。

コウタも低いと思った。が、主審のコールは「ストライク」。

あの低さをストライクと取るようになってしまった。


和田監督は思った。

ホームで無理やりアウトにするよりも、確実にファーストで1つアウトを取ろう。次の打者はあの大ホームランを打ったキャッチャーの子だ。

ベンチから指示を送る。

「内野~。中間守備。アウト確実に一こ取っていくぞ~。」


サードの矢口君が、「1個1個、確実にアウトね~。」と言うと、ファーストの鈴木君も「確実にいくよー。」と声をかける。


ピッチャーの渡辺君が第3球目を投げる。

インコース低めの球。これにコウタが反応する。

『ガッ』と言う音がした。バットの根元に当たったボールは、サード前へボテゴロとなって行った。


ヒロヤは猛然とホームへ突っ込む。

サードの矢口君が取ってホームへ投げると思ったが、矢口君は、ホームを見もせず1塁へ矢のような球を投げる。

コウタが1塁へ着く4・5m前でアウトになった。

矢口君は監督の指示通り、ホームへ投げず1塁で1つのアウトを取った。


吉澤監督は思った。

助かった。ヒロヤの暴走が救われた。この1点は大きいぞ。


和田監督は思った。

(イヤ、そういう事じゃないんだよな。1個1個とは言ったけど、今のはホームへ投げてればアウトだったんじゃないか?ま、その判断を4年生にしろって言うのはまだ無理か。)


4番のキャッチャー マサ がバッターボックスに向かう。

(ツーアウトランナーなし。か。気楽に打てるな。)


和田監督は気を取り直し、今度は外野に指示を出す。

「ライトー、もっと後ろ。フェンスにくっ付いちゃってもいいぐらい。センター、もっと右。右。ライトの方。そうそう。レフトももっと右~。オッケー。セカンド~。後ろから後ろから。良いぞー」

これでライトを越されたらもうしょうがない。普通の守備位置より6~7mは後ろだ。


吉澤監督は、取り合えず1点入ったことに安堵した。2-0と2-1では、これからのやり方が、全然違う。。ラッキーだ。

そして、マサに『打て』のサインを出す。


マサは吉澤監督からのサインを受け、ヘルメットのつばを2度つまんだ。

ランナーは誰もいない。タイマンでの勝負。リラックスしていけば大丈夫。お父さんもそう言ってた。いつものバッテングをしよう。


ピッチャーの渡辺君は、落ち着いていた。

このバッターとの対決が、もしかしたら一番楽しみかもしれない。ランナーの邪魔もない。こいつをぶっ潰す。


ノーワンドアップから第1球を投げた。マサがバットを振っていく。内角低めにビッシっと来た。バットが空を切る。


マサの打ち方だとその低めの球は当たってもセカンドゴロだ。空振りオッケー。


渡辺君は思った。バットスイングの風が顔に当たったような気がした。(嘘だろうが。そんな訳はない。だが、すごいスイングだ。これが、あのホームランのスイングって事か。)

何気なく、ライトを見た。ライトの鎌田君が遥か遠くに感じるほど、後ろに下がっている。いつもなら、そんなに後ろはないだろと言って、前に守らせるところだが、このバッターならありだなと思った。ライトゴロでのアウトはないな。多分。


ノーワインドアップから第2球目を投げた。

内角のベルト付近の球。マサがバットを振る。ピンポン玉のごとく、ライトへ飛んでゆく。

ライトの鎌田君が1歩2歩と後退する。ライトのネットに背中がくっ付く。グローブを持つ手をめいっぱい上げる。

ボールがそのグローブに吸いこまれるように入って行った。


渡辺君が笑った。そして叫んだ!「ナイスライト~!!」

ライトの鎌田君がニコニコしながら、ベンチへ引き上げてきた。

和田監督が、鎌田君とハイタッチをする。「ナイスキャッチ。あそこまでバックさせていて正解だっただろう。」

鎌田君が大きく返事をした「はいっ。」


2回表JPの攻撃は、三振、ヒッチャーフライ、ファーストライナーで三者凡退に。

2回裏フォミュラーズの攻撃は、ユウスケがセカンドのエラーで出塁したものの、2者連続三振とピッチャーゴロで無得点。

3回表JPの攻撃は、三振、サードゴロ、サードゴロをファーストがポロリとこぼし出塁するが、ライトフライで無得点。

3回裏フォミュラーズの攻撃は、ショートゴロ、サードフライ、ワタルがレフト前にヒットを打つが、コウタがサードゴロを打って、やはり無得点となる。


4回に両軍が動く。

表のJPの攻撃。4番の渡辺君が1球目を打ってサードゴロとなる。ワンナウト。5番の矢口君が4球目を打つと、レフトラインの際に。俊足のユウスケが懸命に追う。水たまりに足を掬われそうになるが、ユウスケはそこがぬかるんでいることを承知していた。

倒れこむ。ボールが落ちてくる。ユウスケがグローブを差し出す。そこへボールが入ってきた。アウト。

ベンチから大声が飛ぶ。「ナイス!レフト~!。」「ナイスキャッチ~。ユウスケ~」

JPも攻撃をあきらめない。

続く6番津田君がフォアボールを選ぶと、7番津田君の1球目に盗塁を決める。2球目、津田君が空振りする。セカンドランナーの津田君が3盗を狙う。

しかし、キャッチャーのマサがこれを阻止。


4回裏、フォミュラーズの攻撃は4番のマサから。極端にバックしている内外野。

マサは思った。あそこまで下がっていたんじゃ、ホームランはない。1点ビハインド。出塁することを優先しよう。ショートが、極端に2塁ベース近くに守備位置を取っている。三遊間ががら空きだ。

ピッチャー渡辺君の投球1球目を軽くレフトに流し打つ。三遊間にゴロが転がり、ランナー1塁になる。


吉澤監督は思った。よし、ナイスバッティングだ。ここで1点取っておきたい。だが、マサの足だと盗塁は厳しいかもしれないな。

ユウスケには『真ん中なら打て』のサインを送る。


ユウスケはヘルメットのつばを2回つまんでオッケーのサインを送り返した。


渡辺君がユウスケに1球目を投げる。真ん中低め。ユウスケはフルスイングする。が、ピッチャー前に転がる。渡辺君が素早くマウンドを降りると躊躇なく2塁へ投げる。

ショートの成瀬君が取って、ベースを踏む。大柄のマサが2塁へスライディングする。成瀬君がマサを躱して1塁へ送球する。

1塁はユウスケの足が一瞬早くセーフとなる。ランナーが入れ替わった。


吉澤監督は思った。

じっくり攻めようと思ったんだが、ランナーが入れ替わったことで、盗塁がしやすくなった。ユウスケはヒロヤ・ケンタに次ぐ俊足だ。仕掛け時さえ間違えなければ大丈夫だ。

今日はユウスケも集中している。よし。1球目から盗塁だ。バッターには待て。の、サインを送る。


バッターは

6番のヒュウマ。左バッターボックスに入る。

渡辺君の第1球目は内角低めのストライク。ヒュウマが漫然と見送る。

キャッチャーの島君が取ったボールを2塁に送球するが、セーフ。

ワンナウトランナー2塁になる。


2球目。吉澤監督からのワインは『打て』


渡辺君の投球第2球目も同じようなコースの球だ。ヒュウマはこれをファールした。

ベンチから「ナイスカット」の声援が飛ぶ。


ヒュウマに対し、3球目4球目はスローボールだが、両方とも大きく外れるボール。

カウントは2ボール2ストライク。


吉澤監督からは『打て』のサインが出続けている。


第5球目を内角の低めを狙って渡辺君が投げた。ヒュウマがピッチャーに背を向けるように避けたがデットボールになる。お尻に当たったボールは、ヒュウマにとっては全然痛く無かった。


吉澤監督は思っていた。

カウントによっては、3塁前のセーフティバントっていう手もある。ワンナウトでユウスケを3塁に行かせたい。ワイルドピッチでもキャッチャーの後逸でもなんでもいいんだ。

ユウスケとヒュウマには『キャッチャーエラーで行け』のサインを。バッターのケンタには『真ん中なら打て』のサインを出す。


それをみて三石さんが吉澤監督に呟いた。

「えッ。吉澤監督、ここは待てじゃないの?あいつ、打っちゃいますよ。」


バッターボックスのケンタはヘルメットのつばを2度つまんでOKサインをした。


渡辺君がセットポジションから、ケンタに対して第1球目を投げた。真ん中ちょっと高め。

ケンタは思いっきり振って行った。

カンという音を残して、ショート定位置くらいにフライが上がった。

主審が「インフィールドフライ。バッターアウト!」と宣言した。


吉澤監督は思った。

アチャー。失敗した。三石さんの言う通りだった。一旦は待たせるんだった。でも、今更しょうがない。切り替えよう。

コウキか。このところ当たってないんだよな。まずは『待て』のサインを出す。


ツーアウトランナー1・2塁。バッターはコウキ

渡辺君が第1球目を投げた。コウキが見送る。外角高めの球。「ストライク」主審がコールする。


うわ~。あのピッチャー。コントロールいいねえ。2アウトじゃもう打つしかない。

珍しく、吉澤監督が三石さんに呟いた。「ここは『打て』しかないよね。」

三石さんが、言った。「タイム取って間を置くのも良いかもしれませんよ。」


「よし」と言うと、吉澤監督が主審に向かって「タイム」と言って、ベンチを飛び出した。

主審がタイムを宣言する。

バッターボックスのコウキを吉澤監督が呼ぶ。そして、コウキが近づくとこそこそ話しだした。


「コウキ。良いか。2アウトランナー1・2塁。打ったらゴーだから、ヒットを打てば、ユウスケなら帰ってくる。さっきのバッティングは1塁ゴロだっただろ。ちょっとだけ振り遅れてる。だから、指2本分短く持て。で、思いっきり振ってこい。いいな。」

「はい。」コウキがちょっと緊張気味に返事をする。その後、コウキがニヤリと笑った。

脱帽した吉澤監督が主審に会釈をしてベンチに戻ってきた。

コウキは吉澤監督に言われた通り、指2本分バットを短く持って、バッターボックスで構えた。

ピッチャーの渡辺君がセットポジションから第2球目を投げた。

外角の高めの球をめいっぱい振る。セカンドの伊藤君とライトの鎌田君の間に落ちる気合のヒットだ。


ユウスケは思った。

(ツウアウト、打ったらゴー。打球がフライになろうがなんだろうが関係ない。全力でホームまで行く。それで同点だ。)


もし、ノーアウトやワンナウトだったら、どんなランナーでもホームまで来るのは難しかったかもしれない。値千金のコウキのヒットで、フォミュラーズがついに追いついた。


なおもランナー1・3塁。バッターはカイ。


吉澤監督は思った。カイだけ3年生である。同3年生でも左のナオキに変えるか。

でも、さっきの回で良い当たりのファールが1本あった。よし、ここはカイに思いっきり打ってもらおう。

カイ『打て』だ。ランナーは『バッテリーエラーの時だけゴー』のサインを送る。


バッターボックスに立ったカイは、サインに合図をし、ピッチャーに向かった。

(流石JPのエースピッチャーだけある。でも、ここで1本出れば勝利は間違いない。絶対に打つ。)


渡辺君は思った。(9番打者とはいえ侮れない。もしかしたら、3年だから9番なのかもしれない。しかし、学年なんか関係ない。1球たりとも油断はしない。)


セットポジションから、3塁に牽制するふりをして1塁に牽制する。偽投だ!

1塁ランナーのコウキが慌てて戻る。「セーフ」


もう一度セットポジションに構える。


カイに対して第1球目を投げた。


内角高めにズバッときた。カイも目いっぱい振る。しかし、空を切る。「ストライク」


吉澤監督は思った。

(カイに内角は厳しいな。カイのスイングはまだドアスイングだ。)


ドアスイングというのは、バットのヘッドの軌道がドアのように半円を描いてしまうようなスイングの事で、スイングの早いバッターはその軌道が楕円形になっていると、言われている。


やはり、カイではむりなのか、と思ったとき、カイはグリップを一握り短くしてピッチャーに向き合った。

カイは思った。

(やはり、僕にはこのピッチャーの球は速い。振り遅れないようにしないとかなり厳しいぞ。速球に的を絞る。)


しかし、ピッチャーの渡辺君はそれを見透かすかのように、次の球でスローボールを投げてきた。

カイが見逃す。「ストライク」 カウント、ツーストライク。


カイがバッターボックスで雄叫びをあげる。「サア、コイヤ!!!!」


第3球目もスローボールだった。カイは何とかボールにくらいつきファールにする。


第4球目、渡辺君の渾身の直球が真ん中高めにきた。カイが力いっぱいバットを振る。

バットは空を切り、ボールがキャッチャーミットに入り、バシンという音を響かせた。「ストライク、バッターアウト」


惜しくもこの回は1点どまりであったが、ついに振り出しに戻ったのだ。


4回の裏の攻撃の時、瀬戸川コーチがマサを呼び出した。

「マサ、ちょっと。相手の監督のサインな。何か分かったか?」

「まだ、分からないですけど、肘・肩・胸・肘って触った時に盗塁をしていたと思います。」

「そしたらな、盗塁らしいサインの時はウエストして刺せ。立って投げられれば、お前なら刺せる。分かったな。俺のサインは無視して良いから。失敗は恐れずに、間違っていてもしょうがない。」

「はいっ。分かりました。」


5回表、JPは下位打線だ。

7番センター小松君からの攻撃。


ピッチャーのワタルは思った。この回、フォアボールさえ出さなければ、裏の攻撃で何とかなる。

打線は下位。置きに行ってもノーフォアボールで行こう。

マサからのつまりは瀬戸川コーチからのサインを見る。スローボールか。さんざん練習してきたんだ。

楽にストライクを取れるぜ。


ワタルはワインドアップから、小松くんに第1球を投げた。スローボールが肩口からゆるくホームベースを過ぎ、キャッチャーミットへと収まった。「ストライク」


マサはバッターを見ていた。

バッターボックスの立ち居地は真ん中で変わりなし。グリップも、一番長く持っている。それも変わらない。瀬戸川コーチからのサインはスローボール。前の打席の時、速球でピッチャーフライになったのが効いている。速球狙いだ。


ワタルがワインドアップから第2球を投げた。1球目と同じスローボール。バッターがあわせるのがやっとという感じで何とかファールにする。

ツーストライク。


マサがバッターを観察する。なんの変化もない。立ち居地もバットのグリップも。

瀬戸川コーチからはもう1球スローボール。

タイミングは全然合ってない。それならファールではなく、サードゴロかショートゴロにしたい。

サインを出すと少しだけ腰を浮かせほんの少し高目を要求する。


ワタルがワンドアップから第3球目を投げる。バッターの目の高さから落ちてくるスローボールを小松君がバットにあてた。

サードゴロ。サードのコウタが前進して捕球、そしてファーストのコウキへ。コウキがグローブにそのボールを収める。

ワンナウト。


ワタルはほっと一息ついた。先頭打者は何とか打ち取った。あと二人。


マサは次の打者を観察した。相手の監督からの指示なのか、バッターボックスのずいぶんピッチャーよりに構えている。前の打席は確かファーストへの小フライ。バットもワングリップ短く持っている。瀬戸川コーチからは外角低めの速球。ワタルへサインを送る。


ワタルが8番打者の鎌田君へワインドアップから第1球を投げる。

低いか。マサが地面すれすれのボールを捕球する。バッターの位置ではギリギリストライクだろう。しかし、判定は「ボール」


第2球目。1球目と同じ攻防が行われる。判定はやはり「ボール」


第3球目 マサが、少しだけ腰を上げ、高目を要求する。

ワタルが腕を振って第3球目を投げた。ちょっと高すぎ。しかしバッターの鎌田君が強振する。

「ガッ」という音とともにキャッチャーの後方へ上がる。マサが反応良くマスクをはずしボールの行方を追う。バックネットを越えるファール。


第4球目 ワタルが投げる。高めの速球。バットが出掛かるが止める。判定は「ボール」

マサがすかさず線審にスイングアピールをするが、認められず。「ボール」のまま。


カウント3ボール1ストライク。


マサがバッターを観察する。打席の位置を真ん中に戻した。グリップは変わらず一握り短く握っている。

ん。どうするか?瀬戸川コーチを見る。速球外角低め。そこを要求するか。セオリー通りだな。

マサがワタルにサインを送る。そして、構えてから少しだけ沈み込む。


ワタルが第5球目をなげた。バッターが反応する。バットに当てただけのボールが、ベンチ前に転がる。カウント3ボール2ストライク。


マサがバッターを見る。構えた後、じわじわとキャッチャーの方に寄ってくる。ワタルの速球についていけなく、だんだん下がって来てるな。なら、速球で勝負だな、ワタル。


ワタルはマサからのサインを見てから、ワインドアップで投げ込む。バットに何とか当てた打球がセカンドのケンタのほぼ定位置に転がる。ケンタが取ろうとした最後のバウンドが微妙にイレギュラーした。ケンタは反応したが、グローブからポロリとボールを落としてしまう。

ファーストのカバーに入るマサが走りながらケンタに叫ぶ。

「慌てるな。間に合う、間に合う。」

しかし、ボールはケンタ右手からも逃げるように出て行ってしまった。ハンブル。1塁セーフ。


マサは、ホームベースに戻りながら、相手の監督を見ていた。

1塁ランナーに肘・肩・胸・肘 バッターには両手でグウのサインを出している。

ちらりと瀬戸川コーチを見ると、あごをしゃくるような仕草をしてから頷いた。


和田監督は思った。

(このゲームを征するには、ランナーを2塁に進める。プレッシャーをかけて、できれば、ワンナウト3塁、最悪でもツーアウトランナー3塁にする必要がある。このランナーを帰す。キャッチャーの肩は知れている。余程の事がない限り、盗塁は出来るだろう。)


マサがタイムを掛けずにピッチャーマウンドの方へ歩いて行った。ワタルもそれを見てから、ランナーを見ながらマウンドを降りる。

マサが小声でワタルに言った。「クイックで。」口元はミットで覆っている。

ワタルが頷いた。もちろん、その会話はバッテリー以外、誰にも分からなかった。


JP 9番打者の伊藤君が打席に入る。バッターボックスの一番キャッチャーよりに立つ。

マサは確信した。(絶対に盗塁だ。)


ワタルに牽制球を投げさせる。1回、2回。マウンドをはずさせて、さらにもう1回。さらにもう1回。

ライトのヒュウマがその度にファーストカバーに入る。

ベンチの小早川コーチがヒュウマに声を掛ける。「ナイスカバー。ヒュウマ。何回でもそれをやるんだぞ~。」

ワタルがセットポジションに入る。流石にもうないか。と、思ったが、5回目があった。

1塁ランナーの鎌田君が逆を突かれる。1塁塁審も慌てた。「セーフ」

いや、今のはアウトだろうが。と、思ったが、ここは堪える。

三石コーチが「ワタル~、惜しいぞ。もう一丁いけ~。」と大声で言う。

鎌田君のリードが小さくなった。

セットポジションからワタルがクイックモーションでウエストボールを投げる。

バッターの伊藤くんがバットを振る。マサが立ち上がり気味に腰を浮かせてボールをキャッチ。素早く2塁へ送球する。

案の定、1塁ランナーの鎌田君は盗塁のスタートを切った。少し1歩目が遅れてのスタートとなっていた。2塁ベース2メートル弱 手前からスライディングする。

マサからの送球をヒロヤが両手で捕球しグローブでランナーの足を思いっきりたたく。


「アウト!」2塁塁審の右手が上がる。


湧き上がる、フォミュラーズベンチと応援団。静まり返るJPのベンチ。

ヒロヤがマサを指さした。マサもそれに答えるように指をさす。そして小さくガッツポーズを取った。


バッターの伊藤君は結局セカンドゴロを打つ。今度は慎重にケンタがファーストへ投げてスリーアウト。攻守が交代した。


ベンチに引き揚げてきたマサを瀬戸川コーチが呼んだ。そして小さな声でマサに話した。

「マサ。ナイス送球。良い働きだったよ。」

「有難うございます。」

二人はグーで、タッチした。



4年生大会は5回までとなっている。つまり最終回の裏の攻撃だ。フォミュラーズに点数が入らなければ、延長サドンデスゲームとなる。


フォミュラーズの攻撃は1番ヒロヤからだ。

吉澤監督はバッターボックスに向かう前のヒロヤに耳元で呟いた。

「サードが前進守備だ。アウトになってもいい。狙え。」

「はい」と返事をするヒロヤ。

「あと、良くボールを見て引き付けろ。」

「はい」とヒロヤ。

「サインはない。全部『打て』だ。」

「はい」


よし、狙いはレフト。出来ればライン際。


JPのピッチャー渡辺君がノーワンドアップから第1球目を投げた。外角低めにコントロールされた速球だ。ヒロヤは余裕で見逃す。サードの矢口君が自動的に2・3歩前進する。

ショートが幾分かセカンドよりだ。ヒロヤの狙いは変わらない。


渡辺君がノーワンドアップから第2球目を投げた。外角の真ん中。引き付けたヒロヤがバットを振る。カンという音とともに打球がサードの頭上をライナーで超え、レフトライン際に落ちる。レフトの津田君が抜かれまいと後ろよりに走る。しかし、ライン際の水溜りで打球は失速し止ってしまう。慌てて止まった打球目指して走る。ショートの成瀬君も走る。先に追いついた津田君が、成瀬君にボールを渡す。その時、ヒロヤ2塁へ滑り込んでいた。

ヒロヤの気迫の一撃だ。


JPのベンチから津田君へ、バックセカンドだぞ~。そんなに近いショートに投げてどうする~。と、怒鳴り声が聞こえる。


ピッチャーの渡辺君は打たれたショックで頭が真っ白になっていた。


和田監督が大声で「大丈夫だぞ」と声を掛ける。が、内心、どうするべきか考えが纏まらずにいた。


吉澤監督が動く。

ワタルには悪いがコウタ、マサと続く打線だ。きっちり送れば良い。サインはこの大会初の『セーフティバント』だ。


渡辺君がセットポジションで構える。(だめだ、打たれたら終わりか。思いっきりなげるしかない。)

ワタルに対して、第1球目を投げた。

投げる瞬間にバッターがバントの構えをしたのを見た。バント牽制か?セーフティーバント!

ピッチャーとサードの間に転がる、絶妙なバントだ。サードの矢口君は3塁ベースを離れられない。

ピッチャーの渡辺君がバント処理に走る。ファーストの鈴木君もバント処理のために前進している。セカンドの伊藤君がファーストカバーに走る。ショートの成瀬君がサードのカバーに行く。

1塁を駆け抜けたワタルが2塁を見ると誰もいない。がら空きだ。

ピッチャーの渡辺君は1塁送球を諦め、サードのヒロヤを見ている。ヒロヤが小さくオーバーランしていた。その隙にワタルがセカンドへ進塁する。


JPが動揺している。ノーアウトランナー2・3塁となる。


和田監督が主審にタイムを告げる。内野選手がマウンド上に集まる。

「相手はフォミュラーズだ。ツーストライクでもスクイズがある。満塁策もあるが、あの4番より3番で勝負しよう。バント処理は渡辺がやる。打ってきて、内野ゴロでもホームでタッチアウト。内野は中間守備。サードランナーが突っ込んでこなければ、1塁でアウト。1塁の鈴木はサードランナーがホームへ行くと思って、必ずホームへ投げろ。1点取られたら負けだからな。」


和田監督が脱帽して審判に礼をしてベンチへ戻った。


外野を全員2・3歩前進させる。外野を抜けたら、負けだ。頼むぞ。


その間、吉澤監督もコウタを呼んで呟いていた。好きな球が着たら目いっぱい振れ。内野ゴロでも、何でも良いから。次にはマサもいる。でも、お前で決めて来い。今日のヒーローはコウタだ。


コウタの目が一瞬キラリと光った。2試合連続でマサにヒーローを持っていかれるわけにはいかない。

ここはオレが打つ。


渡辺君がセットポジションから、サードへ牽制球を投げる。

(スクイズの気配がない。ということは逆に、1球目からスクイズがある。)サードからの送球を受け取り、再びセットポジションに入る。第1球目を投げた。高めにはずす。「ボール」

(ん?スクイズはないのか?)

セットポジションから第2球目を投げた。外角高め。主審のコールは「ストライク」

コウタは微動だにしない。(オレの好きな球はもうちょっと低め。)


渡辺君がセットポジションに構える。サード・セカンドを見て、バッターのコウタに投げる。

真ん中低め。コウタが全力でスイングする。カンという打球音。レフトにフライが飛んでいく。


レフトの津田君が2・3歩後退する。

サードランナーのヒロヤはそれを見て、タッチアップの体制に入る。セカンドランナーのワタルがセカンドを飛び出している。


レフトの津田君がフライをキャッチした。と同時に、ヒロヤがホームへ走る。レフトの津田君からバックホーム。  ではなかった。

キャッチしたレフトの津田君は2塁へ投げていた。ワタルが飛び出ていたのを見て、ホームではなくセカンドへ投げてしまったのだ。

しかも、セカンドには誰も入っておらず、ボールはライトへ転々としていった。

もちろん、ヒロヤは悠々セーフ。

フォミュラーズは、コウタの“さよなら犠牲フライ”で逆転勝ちをした。


生還したヒロヤをみんながハイタッチで迎える。そして、さよなら犠打を打ったコウタが、みんなにハイタッチで迎えられた。


私は、ワタルに聞いてみた。何でセカンドベースを飛び出していたのかと。

ワタルは平然と、ヒロヤの足ならセーフになると思ったし、向こうが間違えて俺をアウトにしようとしたらラッキーだと思って。だとさ。

こいつら、本当に日に日に成長し強くなっていく。



和田監督の後日談。

あの日の敗因は3つぐらいあると思ってます。

まず、私が油断してたんですよね。起きた時に雨が結構降っていたんで、今日は中止だと勝手に決め込んじゃったんですよね。それをずっと引きずったまま試合に入ってしまった。二つ目はバントで攻めてくると思っていたフォミュラーズが、バンバン打ってきたことで動揺してしまったことですね。評判とは違って選手はみんな良い振りをしていました。バントもきっちり決めていましたし。最後になりますが、フォミュラーズさんのかっちりした守備にやられましたね。特にバッテリーと外野手にね。スローボールを投げるピッチャーと、肩が弱そうに見えていたけど、結局2つ、大事な場面でタッチアウトの送球をしたキャッチャー。

うちの選手たちは良くやったと思います。これからきっと何回か戦うことがあると思います。その時は胸を借りるつもりで戦いたいですね。と話している。



その日の夕方、フォミュラーズCチームのスタッフが、新大岩の居酒屋“鳥益”に集合したのは言うまでもない。今回は小早川コーチと瀬戸川コーチも参加した。

今日の祝杯と明日の作戦会議だ。

吉澤監督からの「みなさん、今日はお疲れさんでした。また明日もありますが、よろしくお願いしますね。乾杯!」の発声で、中生を飲む。

うまい!!! 今日のビールは殊の外うまい!!


三石コーチが「今日はみんな良かったね。うちのケンタ位でしょ打てなかったの。」

瀬戸川コーチが答える。「いやいや、カイも全然打ってないっすよ。ケンタは守備で貢献してたじゃないですか。ねぇ。」などと、総評を語っていると、

「吉澤監督、最終回のコウタの打席で打てのサインはどうしてそうしたんですか?あそこはスクイズかと思ったんですが。」と三石コーチが聞く。

「ノーアウト、2.3塁でしょ。コウタが内野ゴロでも、ランナーがヒロヤとワタルなら、ゲッツーはないと思ったんですよ。次がマサだしね。ワンナウトで2・3塁ならスクイズもありだと思いますよ。それに、明日の試合に備えて、スクイズは取っておいてるんですよ。スクイズは悪までも奇襲戦と言うのが、僕の持論なんですよね。」

成程。一同納得の様子だ。

「それで、明日の対戦相手は、船田ブルドックス。で、勝って決勝が、ホワイトホエールと鹿宮の勝者ですね。」と、吉澤監督。

「どこが来ようが関係ないでしょ。でも、明日ダブルなんですよね。」と三石コーチ。

それに、吉澤監督が答える。

「どこが来ても、同じなんだけどね。ダブルじゃない。そこが問題で、第一試合、コウタに投げさせようと思っているんだけど、セトはどう思う?」

瀬戸川コーチが話す。

「コウタは明日になってみないと何とも言えないんですよね。ストライクが入れば使っても良いと思いますが、入らないと、試合になりませんからね。」

それに吉澤監督が答える。

「そうなんだよな。1試合目の東部フレンズ戦、最終回だけ投げさせたじゃない。あのときは点差が離れていたし、と思って交代したんだけどさ、ブルペンで投球練習を俺が受けてた時は、全然ストライクが入らなかったんだよね。でも、本番でしっかり仕事してくれた訳だしね。」

「じゃあ、明日、ブルペンで投げさせて、ばしばしストライクが入るようだったら、ワタルが先発で、点差が空いたらリリーフで良いんじゃないですか。」と私が言うと、

「なるほどね、コウタはへそ曲がりだから、ブルペンで良いときは出さない。ブルペンでストライクが入らないときは、逆に“先発”って事にしますか。」と小早川コーチがフォローしてくれると、一斉に大笑いとなった。

「打順とスターティングメンバーも今日と同じでと思っているんですよ。どう思います?」吉澤監督がみんなに聞く。

瀬戸川コーチが「準決、決勝ですよね。スタメンは今日と同じで良いと思いますよ。打順ですよね。倉野の打順を上げて、ユウスケ・倉野の順の方が打線がつながりませんかね。」

「俺もその方が良いんじゃないかと思ってたんですよね。ヒュウマとケンタを挟んじゃうと、つながりがね。」と、三石コーチがフォローする。

「まあね。ただ、今日の試合でもツウアウトだったんで、蒔田の走塁が迷わずにできた場面があったじゃない。あれが、ワンナウトだったら、あいつは帰って来れないよ。まあ、じゃあ我々がゴーって言えたかどうか分からんけどね。」と、吉澤監督。

「確かにあの場面、コウキの当たりは微妙でしたもんね。本当に。思わず取るな~、って、叫びたくなりましたもん。」と、小早川コーチ。

「それより、先発じゃないですか。ダブルですからね~。ワタルとコウタで、半々は無理でも、ワタルコウタくらいで投げさせたいですよね。」と三石コーチが言う。

「ワタルなら、9回くらい投げられますよ。今なら。僕は、コウタは点差が開いたらで良いんじゃないかって思います、マジで。気持ちが乗って、ストライクが取れれば良いですけど、さっきの話じゃないけど、マジで、今のコウタはそんな感じですもん。だから、B戦も、ワタルに投げさせてますよ。もう。なので、大丈夫っすよ。」と瀬戸川コーチが、ワタルに太鼓判を押した。それを受けて、吉澤監督は、

「ワタルが大丈夫なら、明日は2試合ともワタルの先発で行きましょう。点差があれば、休ませる意味でコウタを出す。ストライクが入らないようなら、ワタルに戻します。」と言った。


結局、打順は監督に一任と言うことでお開きになった。




9月21日日曜日 9時からの試合開始と言うことで、我々は6時に関商一高前公園に集合した。


昨日に引き続き曇天の空だが、太陽が出ているよりはむしろ涼しくて、選手にとっては良い天気なのかもしれない。

6時15分に同じ松島リーグの東松江ファイターズの本拠地、松江第八小学校を借りることができた。

東松江ファイターズのスタッフが、準備をしてくれていた。何と優しい人たちなんだろう。校門を開けて待っていてくれた以上に、グランド整備や、ライン引きまでやっていただいていた。ありがたい話だ。チームだけで戦っているんではない。同じリーグの代表として、今日の準決・決勝を戦うんだ。子供たちに車の中でそう話した。

そこで、軽い体操とキャッチボール、バットの素振りをやらせてもらった。さらに、ラインまで引いていただいたので、内野と外野のシートノックまでできたのだ。



母たちも非常に協力的だった。

9月上旬に、4年生の母親数名が相談していた。

堀内母。「今年の4年生は絶対に強いと思うのよね。でも、私達にできることって、結局、お弁当を作る事くらいしかないじゃない。」

鈴本母。「お弁当を毎週毎週作るのだって大変よね~。」

湯原母。「そうそう、うちなんか、パパの分もだから2つも作ってんのよ。」

堀内母。「まあまあ、そうなんだけどね。昨日、ネットで湯原さんに調べて貰ったんだけど、お守りをね、選手みんなに買って渡そうと思っているのよ。」

湯原母。「昨日ね、堀内さんから電話貰って、“勝ち守り”って言うらしいんだけど、神田明神にあるらしいのね。1つ、500円だって。」

堀内母。「でね、急遽、お参りに行こうと思っているのよ。場所は御茶ノ水から7・8分みたい。

井関母。「良いわね。私、行くわ。」

三石母。「え~。みんな行くなら私も行くわ。」

と、言う訳で、母親たちは、選手や監督に“勝ち守り”を買ってきてくれた。もちろん、願いは、江戸川優勝だ!


たくさん人たちの協力を得て、この日、臨海球技場で準決勝と決勝が執り行われることになった。


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