恋人の作り方
「シンジ、お前って彼女いるのかよ」
新入生への部活紹介があった日の放課後、同じサッカー部で幼なじみのコウヘイがニヤニヤしながらシンジを見た。
「お前、いきなりなんだ? そんなキモイ顔を見せるのはオレだけにした方がいいぜ。女子が誰一人寄ってこなくなるからな」
うるせー、とコウヘイがシンジの背中をぶったたいた。シンジは、危うく足がもつれて前に倒れそうになる。
「ごまかすなよ。言いたくないが、なぜかシンジの周りには女子がたくさん集まってくる。アメ玉に群がるアリのようにな。そんなお前なら、彼女を見つけるなんて簡単だろ?」
コウヘイはうらやましそうに、自分より十センチは高いシンジを見上げた。長身でイケメン、さらに成績優秀ともなれば、女子が見逃すはずはない。
「女子が寄ってくるのは、オレが料理をよく作るからさ。ほら、オレって母子家庭だろ? だから母さんが仕事で忙しい時は、オレが代わりに夕食をふるまうんだよ。女子に料理のテクニックを教えているんだ」
「そうか、料理が出来る男って、女子から見てあこがれるよなー。――おれもなにか作ってみようかな」
コウヘイは、決心したようにこぶしをギュッと握った。その顔は真剣そのものだ。シンジがプッと吹き出す。
「やめとけって。お前は『おはようございます』ってメールを書くのに一分も費やすような男なんだぞ。そんな不器用なやつが作った料理なんて、誰も食べたがらないと思うぜ」
シンジはいつも正直だ。特にコウヘイには。まあ、それを友情から来ているものかは、定かではない。単にいじわるをしたいだけかもしれない。
「そんな……。おれって不器用なのか? そんなにひどいか?」
コウヘイはシンジの肩をつかんで立ち止まった。シンジも足を止める。
「ああ、もう得意技と言っても過言ではないな」
コウヘイは絶望のどん底に落ちかけていた。たしかに、自分は不器用だなとは思っていた。だがそれほどまでとは……。コウヘイは救いの手を求めた。
「助けてくれシンジ。どうしたら、この不器用さは治るんだ? 何かないのか?」
「うーん、それはもうコウヘイの要素の一つと化しているからなぁ。受け入れるしかないと思うぞ」
コウヘイは、がっくりとうなだれた。友達に断言されればおしまいだ。シンジは続けた。
「だけどさ、あまりの不器用さに母性本能をくすぐられる女の子は、たぶんこの世に一人は必ずいるはずだ。まだそんな理想の子と出会ってないだけなんじゃないか?」
シンジのその言葉は、まるで神様の助言のように聞こえた。コウヘイの顔が、ぱあっと明るくなった。
「そうだよな、まだ十六年しか生きてないのに、悲しむなんて早すぎるよな。ありがとう、シンジのおかげで元気が出たよ」
コウヘイは、両手でシンジの手を握った。それは友情の証であり、コウヘイの正直な気持ちだった。
シンジの彼女についての話は、うまく言い狂わされた。コウヘイほど、簡単にごまかされる人は、そういないだろう。
シンジには、中学二年の妹が一人いる。彼女は平均よりかなり小さくて、小学生に間違われることが多い。
ただ、それが逆に男の注目を浴び、特にロリコンな男子がどうにか彼女のハートをつかもうと日々努力している。
シンジと妹は、神社の近くにある三階建てアパートの二階に住んでいた。
アパートとアパートの間にある中庭では、幼稚園くらいの男の子が数人走り回って遊んでいる。
シンジは、さっきコウヘイと別れる際、せっかくグラウンドの整備で部活が中止なんだから、新作のゲームを買ってきていっしょにプレイしようと約束していた。そのため、シンジは着替えたらすぐにコウヘイの家へ行く予定なのだ。
さすがにサッカーのユニフォームのままでは、お店に入りにくい。
シンジは自宅の玄関の前で立ち止まると、バッグから鍵を取り出した。そして鍵穴に差しこんで回す。
「がちゃ」という音がして開いた。
突然、中からドタドタと誰かが走る音とバタンという音が聞こえた。シンジは首をかしげる。
かおりが帰って来てるのか? バトミントン部のかおりが、こんな時間に帰って来てるなんて珍しい。
「ただいまー」シンジは、いつものように棒読みのセリフをつぶやく。
「お、お帰りなさい。お兄ちゃん早いのね」
ブレザーを脱いだかおりが、ひょこっとリビングから現れた。シャツのボタンが何個か外れていて、えりも乱れている。
「ああ、今日は業者がグラウンドの整備に来たもんだから、部活はなしだ」
シンジは、ふと玄関に並べられている靴を見た。かおりが普段はいているものの隣に、男物の革靴が置かれている。黒々とした色だ。
「ん、誰かお客さんか? 訪問販売ならすぐ追い出せ」
シンジは、靴を脱ぎながら妹に言った。かおりは、違うわよと答えた。
「担任の先生よ。家庭訪問しに来たの」
緊張した声だ。何かまずい事でも言われたのだろうか。そういえば前にかおりから、自分の成績があまり良くないのを聞いたことがある。きっとそれについてだろう。
「そっか、中学校はまだ家庭訪問あるもんな。面倒くさいぜ、先生も生徒も」
くすっとかおりは苦笑いした。シンジがスリッパをはいて二階へ伸びる階段の前まで行ったところでピタッと立ち止まる。
「――っていうことは、さっき聞こえた誰かの走る音は……」
「そうよ、先生なの。急にお腹壊したんだって」
へえ、とシンジは、階段の横にあるトイレに向かって、
「いつも妹がお世話になってます。お体に気をつけてください」
と声をかけた。いえいえ、こちらこそという言葉が返ってくる。
「かおり、オレはこれから友達の所で遊んでくるから、留守番よろしくな」
シンジはそう言い残すと、全力で階段を駆け上がっていった。
兄が自室に消えると、かおりはトイレの中にいる先生につぶやいた。
「先生、お兄ちゃんはもうすぐ出ていくので、もう少しそこにいてください」
彼女の表情はピリッと張りつめていた。了解、という先生の低い声がした。
二分後、私服姿のシンジが部屋から飛び出してきた。
「それじゃあな」
あいさつを一言で済ませるとシンジは、あっという間に妹の前を通り過ぎ、靴をはいてドアを破りそうなほどの勢いで開け、出かけていった。彼は笑顔でいっぱいだった。
兄にいってらっしゃいと言って、かおりは自分の靴をはき、閉まりそうなドアを開けて顔だけ出した。兄がいなくなったことをしっかり確かめる。
かおりはドアを閉め、鍵をかけてチェーンもつける。後ろからトイレのドアを開ける音がした。
「……もう行ったのか?」
トイレから現れた三十代くらいの先生は、辺りを警戒するかのように耳をひそめる。
「心配しないでください、先生。お兄ちゃんのあの様子だと、夜遅くにならないと帰ってきませんから」
かおりはふふっとほほ笑み、リビングへ入った。先生も後に続く。
「それにしても先生、トイレに駆けこんだ時のスピードはすごかったですね」
「ああ、一応この家の見取り図は頭に入っているからな」
先生はリビングのドアを閉めた。
「先生、さっそく続きを始めましょう」
かおりは、先生にしゃべる暇を与えることなく、彼のくちびるに自分のくちびるをくっつけた。
かおりの温かくてミルクのような甘い匂いが、先生の理性を狂わせ始める。十秒ほどたったころ、二人はいったんくちびるを離した。
「――それにしても、本当にいいのか? 君のファーストキスを私にくれても」先生は不安そうに尋ねる。
はい、とかおりは、パンツしか着けていない先生の体を眺め回した。筋肉質で、とても包容力がありそうだ。
「先生は、わたしの成績を上げるために協力してくれているんです。それなりの代償は支払います」
かおりは、先生のパンツを脱がせた。生まれたままの姿がさらされる。
「今度は、もっと先へ進みましょ」
かおりは先生に抱きつくと、再びキスをした。とても熱く、そして深かった。