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 校門の前で立っている富樫教諭にいつも通りガンをかけられたので、通常登校である自分の偉大さを誇示しつつその達成感を味わいつつ教室まで行くと、飯倉、服部、山原の三バカトリオが何やら熱心に議論を交わしていた。熱心すぎて近寄りがたい雰囲気まで醸し出しているのだから驚きだ。


 まさかだとは思うが、俺とユウコが直面している事態を話し合っているわけではないんだろうかと思う。最終ファクターとなるべきヒントがこいつらによってもたらされ、すべてはつつがなく解決。なんてことになるのか。じつはこの三人がキーになるのか。


 などとうそぶいてみたところで全くの徒労だけどね。こいつらに限ってそんな重要な役割を担っているわけがない。せいぜいこいつらはにぎやかし役だ。まあ、俺だってその一員だと思っていたんだけどさ。いや、今でも思っているぜ。一介の高校生に変わりはないからな。


「ヒサタカ」


「何だ? ユウコ」


「三人はどうしたの?」


「さあな、わからん」


 ユウコの問いに満足な答えを出せぬまま、俺たちは自分の席にすわって一息つく。

 

 今日も一日平穏にやっていけますようにと熱心に祈るわけではないけど、希望的観測くらいは変わらずに持とうと思っている。


「あーん、神様。今日もかわいいっ」


「ね、お菓子上げるからお口開けて」


「はいですっ」


 神様は神様でいつも通りにクラスのマスコットと化していて、女の子たちからお菓子や果物をもらいまくっていた。


「ユウコ」


 窓際の席だから暑いなと思いながらも、右斜め前の席にすわっているユウコに声をかける。


「あの神様の餌づけされる能力だけは素直に賞賛できると思わないか?」


「うん。すごいと思う」


「生来の人懐っこさというか食に対する貪欲さというか」


「たしかに」


 神様はクラスメイトの女の子たちに囲まれてわいわいやっている。


 ただ、ここでいつもだったら飯倉がいち早く反応して神様を崇めたて敬うのに、今日はそんな様子を一切見せていない。そしてこのおかしな状態であるのをいいことに、飯倉の被害をいつも受けている神様は遠くの場所へと避難していた。


「それにしても飯倉たちはどうしたんだろうな」


 いまだ熱心に議論を交わしている三人が気にかかる。なので俺は近づいて声をかけようとしたのだが、それでも彼ら三人は全く気づく気配すらない。


「おい、何を話しているんだ?」


 結局、迷いに迷って声をかけたのだが、三人は俺の言葉を聞いた瞬間にギロッとこちらを向く。


「おお、楠本か。とりあえず俺の話を聞いてくれ。そして俺を助けてくれ、な」


「えっと、どういうことだ?」


 いきなりの飯倉の調子に俺は困惑する。


「だから第七弾の話だよ、楠本。オマエなら解ってくれるはずだよな」


「は?」


 心底意味が解らないので、ただ首をかしげるばかりである。


「楠本、それはないわ。ないわー」


「これだからにわか勇者は困るぜ」


 服部と山原が知ったような口を利く。勇者の苦労も知らずに。後、にわか勇者ってなんだよ。


「で、話はなんだ?」


「「「おいおい」」」


 三人は息の合ったオーバーアクションで俺をなじってくる。これは心理的にくるな。かなりイラつくぜ。


「てか、いい加減第七弾という言葉で気づけって。弾とくれば飯倉の関連性理論についての是非に決まっているだろ。俺たちは飯倉のトンデモ理論に対する普遍的客観性を指摘して、それがありかなしかを議論をしているんだろうが」


 俺の窮状を見かねてか、ようやく服部が指摘してくれた。


「ついでに言えば、第六弾はハーフパンツの機能的素晴らしさと帰巣本能に回帰するお医者さんごっこの関連性だったぞ。覚えているか? あれはまさしく文句のつけようがないくらいの完全理論でびっくりしたもんだ」


 さらに山原が補足する。


「ああ、そうだったよな」


 俺は遠い目をする。


 日々の喧騒に紛れて、その辺のことがすっかり抜け落ちていたみたいだ。


「だいたい俺たちが熱心に議論をすることでそれ以外にあるのかよ。だったら俺に教えてくれ」


「…………」


 オマエら、まったくもって平和だな。へんな疑いを持った俺がバカだったぜ。


「で、今回の議論は何だったんだ?」


「ああ、本題はそこなんだよ。聞いてくれ。そして俺に同意してくれよ」


 飯倉がすがるように嘆願してくるが、まずは話を聞いてからなのは譲れない。


「で?」


 と、俺はもう一度聞く。


 すると飯倉はかしこまったように勿体つけて言い出した。


「いいか、よく聞け楠本。俺が第七弾で考えた理論は梅雨の日の女の子とうなじの美しさの関連性だっ!」


「な、なんだとっ!」


 こうして朝の時間をいっぱいに使った長い長い議論がまた再開された。喧々諤々、議論は平行線をたどり全く収拾がつかない。つくづく男ってバカだなと自分でも思う。どうでもいいことに厳しい議論を重ね、正しいか正しくないかをきっちり判別しないと気が済まない。特に女の子の趣向に関してはそれが顕著である。


「楠本さん」


 俺たちが議論を交わしているところで、意外なことに神様が寄ってきた。


 神様は飯倉のそばにはめったに近づかないようにしているのだから、この場所にやってくるのが珍しい。


「あの、聞いてください、楠本さん」


「何だよ、神様。今、忙しいんだけど」


 こっちはとても大事な議論を重ねている。だから邪魔しないでほしい。


「それよりも大事なことですよっ」


「ホントか?」


 俺は疑わしそうな視線を神様に向ける。


「はい、そうだったり。あ、その目つきは全然信頼してないみたいですね」


「まあ、前科があるからな」


 神様の大事な話というのは、飯やご飯やオヤツのことだったりする。


「うっ、でも、今度はほんとに大事なことなんです」


「そうか。じゃあ手短にてっとり早く教えてくれ」


「うぅ、楠本さんが冷たかったり。なんだか信頼を失ったオオカミ少年の気分です」


「おい、神様。さっきから何をぶつぶつ言っているんだ?」


「いえ、なんでもないです。それで私の言いたいことなんですが、楠本さんのことをじっと見ている女の子がいるんですよ」


「なあ、それは勇者特有のハーレム機能じゃないのか?」


 今日もその辺の機能は絶好調である。視線を交わすこと自体でフラグになったりするのだから、迂闊に女の子と目も合わせられない。


「いえ、いつもとは違う感覚です。とりあえずあそこの女の子を確認してください」


 神様がひそかに指差す方向を一瞥すると、そこには俺だけを一心に見つめる梨木の姿があった。彼女は正真正銘の神社の娘でクラスのマドンナ的存在だ。学校にファンクラブが実在するという噂がまことしやかにささやかれているくらいの人物でもある。


「まあ、確かになんかいつもと違う感じだよな」


 女の子特有の熱っぽい視線とは違い、俺の様子をつぶさに観察するきらいがある。


「私、心配だったので彼女の思考回路をトーレスしてみたのです」


「久しぶりにでたよ、その無双技」


「でも、ブロックされました」


「は?」


「ブロックです」


 俺は厄介なことがやってきそうな予感に頭を抱える。


「そうなのか。あの梨木が」


「はい」


 神様の神妙なうなずきに、俺は改めて驚く。


 この事実は梨木が一廉の人物ではないことを表しているからだ。

 まずおそらく異世界関係の人間であることは間違いない。そうでなければ超能力者になる。


「だから、今回はちょっと楠本さんへの懸想とは違うような気がします。私の直感がそう訴えているのです」


「そうか。解った。注意しておく。でも、今は忙しいからやっぱり後にしてくれ」


 とりあえずはユウコに危険はない。

 

 それが解ったので、俺はいそいそと集まりに戻っていく。


「く、楠本さーん? この話大事じゃないのですか? もっと私の話を聞いてほしかったり。いや、聞いてください。お願いします。って、その話は終わりだというようにオーケーサインを出している場合じゃないですよっ」


 神様が必死になって訴えてくるが、俺は意に介さない。


「どうしたんですか? 飯倉さんもいつもみたいに構ってくれないですし。こ、これはもしや――聞くに恐ろしいガン無視というやつですね。あわわわわ」


 神様がなんだかずれたことを言っているけど、俺は気に留めない。まあ、神様だしな。自分で勝手に自己完結するだろう。











 やはり学校みたいに人が多いところへいると、勇者や魔王の『核』が顕現する確率ははるかに高くなると今までの経験からしてそう思う。『核』という不確定な存在にどういう基準があるのかはさっぱり解らないのだが、少なくともここ十日間を過ごした感覚としてそういうふうに実感できてしまう。


 加えて、俺とユウコは学校中で勇者や魔王としての認識をされているせいもあってか、自分や相手が大幅に『核』の影響を受けていない時でも厄介ごとに出くわす場合が多い。


 たとえば今日の中休みも、度を越した活動で有名な新聞部の藤沢先輩にまた捕まり、今のこの大変な状況での心境を丹念にインタビューされた。この先輩はコケティッシュとボーイッシュを兼ね備えた不思議な魅力の人で、答えたくなくても抗えない巧みな話術を持っているから苦労したものだ。


 そして俺の取材が敢行されているあいだ、ユウコもユウコで魔王としての資質を思い出したかのように行動をしていたのだから大騒ぎになるのも必然である。この時の神様はおろおろしているだけで、何の役にも立たなかった。まあ、魔王を止めるのは勇者しかいないからな。仕方ないことだ。


 結果、ユウコはクラスの男子の後ろ暗い情熱をアジテーションして爆発させたせいで阿鼻叫喚の地獄絵図の状況が起こり、先生を呼んでも収拾がつかないほどの大騒動にまで発展して授業の開始が遅れてしまった。南無南無。ドンマイだね。


 で、その後、ユウコはものすごく顔を真っ赤にして謝っていたのだが、そのあまりの健気さにほだされてその事態を責める人は誰もいなかった。良かった良かった。全くやれやれだぜ。これにて一件落着か。いや、そうでもないけどさ。


 こうして、今日も今日とて今までの十日間に勝るとも劣らない特異イベントを経験した俺とユウコは、心労が絶えないながらもやっと昼食の時間までこぎつけることができたのである。


 ちなみにここ最近の昼食は、ユウコと一緒に購買のメニューで済ませている。


 ユウコは俺と妹の弁当を作りたいと主張していたが、それではあまりにも大変なので俺が断った。


「ユウコ、昼飯食おうか」


「ん。わかった」


 俺とユウコの席は近いので、容易に机をくっつけられる。


 今までユウコはクラスメイトの女子と昼食を共にしていたのだが、このところの事情が事情だからやむを得ない。


「もう十日も経ってこういうこと聞くのもアレだけどさ、一緒に食べていた女子にはうまく断れているのか?」


「大丈夫。でも」


「でも?」


「ユウコちゃんには負けないからねってよく言われる」


「……」


 話を聞くまでもないことだった。


 思えば学校に行った初日から勇者の俺をめぐる争いが始まっていたのだから、幼馴染としてのアドバンテージを持っているユウコに嫌がらせをされなかっただけでもマシなのかもしれない。いや、そもそも魔王に嫌がらせなどとんでもない話なのだが。


「おーい。楠本」


「今日は俺たちも近くに座っていいか」


 服部と山原がわざわざこっちにまで来てくれた。ちなみになぜ飯倉がいないかというと神様につきまとっているからだ。いつもながら飽きないなと思うが。


「なら、私たちもここにすわっていい? ちょうど三対三になるし」


 他の女の子がこっちに来たがっているのを遠慮している中、藤沢先輩はなぜか梨木を連れてやってきた。


 神様の言質によるとかなりの要注意人物である梨木。なにせ神様がやった相手の心を読む無双超能力がブロックされてしまったのだから。


「どうぞどうぞ」


「おい、勝手に」


 藤沢先輩が男子諸君を誘惑するようにコケティッシュなしぐさで言ってくるので、お姉さん好きの山原がものの見事に引っかかってしまった。服部もクラスのマドンナでもある梨木に鼻の下を伸ばしている。


「梨木さんもここにすわって」


「ありがと、服部くん」


「オマエも勝手に」


 服部と山原がいつのまにか気を利かせていた。


 俺はひそかにユウコの様子を窺うのだが、梨木に対して敵性人物を見つけたかのようににらんでいる。これはお姫様が来た時以来の反応だ。まずいぞ。困った展開になるのか。


「まったく。やめてくれよオマエら」


 とりあえず面倒事になりそうなので、俺は不満をアピールする。


「あら、楠本くん。私たちがいると何か都合が悪いの? それともこの女の子がいけない?」


 梨木がびくっとした。どうやら藤沢先輩にむりやりつれてこられたようだし、ユウコにもにらまれている。彼女も災難にあっているのかもしれない。


「私は彼女が楠本くんのことを一番気になっているみたいだから親切心で連れてきたのだけど」


「そうなのか? 梨木」


「あう」


 梨木は俺と顔を合わせると途端にうつむく。遠くから見ていた場面ではものすごい勢いでこっちを観察をしていたのだけど、面と向かって相対するのはどうも苦手らしい。


 そういえば、前に俺がとんだ大恥をかいた時にも梨木はこんな感じだった気がする。


 そしてあの瞬間の梨木の表情を見た俺は、思春期的な誇大妄想の病気に罹患してしまった。それは彼女が俺を見て照れているのだと完全に勘違いしたのだから。実際は切腹ものの恥ずべきことが起こっていたのだが、俺は梨木との未来計画を呑気に立てていたのである。


「くそ、楠本の奴め。梨木さんにあんな顔をさせて」


「最近もてすぎなんだよ。年上のお姉さんや中学生の妹も籠絡させているし」


「いや、妹は俺が溺愛してるんだよっ」


 自分でもなんというツッコミだと思うが。


「とにかく許せん」


「そうだそうだ」


 やはり二人が口々に避難してくる。


「最近は視線だけで女を射止めやがる」


「全くだ。糸屋の娘じゃあるまいに」


 解りにくい表現を使うな。


「うるせぇ! クラス中の女の子に告白されているくせに」


「幼馴染の稲葉さんにはべったりされているくせに」


「神様にも慕われているくせに」


「鬼才とも言われている新聞部の藤沢先輩のマークにもあっているくせに」


 二人の呪詛はまだまだ続く。いちいち言葉を返していたらきりがないし、そもそも反論できない。


「あら、お二方。私はなんとか大丈夫だわ。まだ、新聞部という誇りがあるから当面は取材の方が大切ね。だから、勇者である楠本くんに籠絡はされてないわよ」


 ウインクをしてこちらを見つめられて困るんだけどね。ボーイッシュな先輩のかわいらしいウインクはなかなか堪えるからさ。


「藤沢先輩。ということは俺にもチャンスがっ!」


 お姉さん好きの山原が調子に乗って求愛をする。


「でもま、これから先、楠本くんに籠絡される保証はないけどね。てか、しゃべってばかりいないで早くお昼にしない? あーお腹ぺこぺこ。いただきまーす」


 藤沢先輩は話しながらもいつのまにかお弁当を広げていて、おかしなはしの持ち方をしながらご飯をぱくついていた。


 なので俺たちもそれに合わせて、各々の昼食を準備する。そして藤沢先輩に合わせるように食べていく。


 それにしても女子は個性の強い奇妙なメンツが揃ったものだ。どんな化学反応が起こるか窺い知れない。


「それで藤沢先輩、どんな話を記事にするんですか?」


「え?」


「コイツの話です」


 山原が藤沢先輩との話のとっかかりを作るために俺をダシにする。


「それは企業秘密よ」


 しかし藤沢先輩は、唇に人差し指を当ててお茶をにごした。どうやら一筋縄ではいかないみたいだ。


 なのに、満足な答えを聞けなかった山原が嬉しそうにしているから不思議である。


「おい、楠本。俺は今、猛烈に感動している」


 なんだ。なんかのスイッチが入ったのか。歯止めが聞かない感じになっているぞ。


「バカ。藤沢先輩の企業秘密が間近で聞けたんだから感動するに決まっているだろ」


 服部も大概ではない。


 ユウコと梨木もさっきまでは昼食をもくもくと食べつつさりげなく視線だけで不穏な会話をしていたのだが、山原と服部の発言であっけにとられている。


「あなたも企業秘密なの?」


 と思ったけど、ユウコがなんだかわけの解らない火花を梨木に飛ばしていた。お互いそんなに好戦的なタイプじゃないでしょうに。


「今の私に対して?」


「ん。もちろん」


「なら、企業秘密かな」


 と、俺の顔をちらっと見て言った。どうやらこっちにまで飛び火してきたようだ。もちろん対処法は知らない。


「待って、二人共。私の決め言葉で遊ばないで。それにその言葉を使うには私の奥深い皆伝が必要よ」


「なんでその言葉が武道や芸事みたいな扱いになっているんだよっ!」


 思わず一つ上の先輩にツッコミをしてしまった。先輩が愉快な性格すぎるのがいけない。


「あら、武道や芸時みたいなモノよ」


 しかも、釈然と言い切りやがった。


「だって、私がこの決め言葉を取得するのにどんだけ丹念を繰り返してきたか。鏡の前で何度となく練習してきたんだから」


「アンタも決め言葉だという自覚があったんですね」


 どうりで決まっていると思ったぜ。


「でも、そういうアナタだって、決めゼリフみたいなのがあるわよ」


「な、なんだって!?」


「私は楠本くんの武勇伝を記事にしようとしているけど、その中からたくさん見受けられるわ。特に説教列伝のコーナーでは」


「うわー」


 俺は人のことを言えない自分の浅はかさに落ち込んでいく。頭を抱え、イスから崩れ落ちてしまう。


「てか、藤沢先輩。説教列伝でなんだよっ」


「いいと思わない?」


「どこかですか」


 その二つ名みたいなのはとにかくやめてほしいのだが。


「私、早くその記事みたい。ヒサタカの説教素敵だから」


 ユウコも魔王になってから感覚がおかしい。ボケすぎで、ツッコミが追い付かない。


「それよりも私は。あっちの方が……。やっぱり解決するには私がやらなければ」


 そして梨木も何か小声で言いかけているけど、その言葉はこっちにまで聞こえない。


「とにかく、説教列伝っていうのはやめてください。こっちが恥ずかしくなるから」


「あら、楠本くんはそれに見合ったことをやっているわよ。だから却下ね」


 笑顔でそう言われても返す言葉がない。


「どうやら勇者も楽じゃないみたいだな」


 山原が珍しく同情してくれる。


「山原、ようやく俺の苦労を解ってくれたか。勇者だって大変なんだよ。すったもんだがありながらもなんとか日々を過ごしているんだ」


「吸っただと!?」


「そして揉んだだと!?」


「オマエら二人はどうして局地的ピンポイントの発言だけを抽出するのかなっ! しかも明らかに曲解しているし」


 なんだか異様に疲れる。昼休みだというのに全然心休まらない。


 と、そこで廊下の方からすっかり聞きなれた幼い声が聞こえてきた。


「く、楠本さんっ!」


 また災厄の種だな。確実に。


「た、助けてください。飯倉さんが私にお菓子を上げようとしてくるんです。私、飯倉さんのアメはなんだか怪しいのでいらなかったり」


 神様の訴えを聞いた俺は脱力して机に突っ伏してしまう。で、めんどくさいのでそのまま寝たふりを決め込むことにした。


「逃げてきたの?」


 と、ユウコが聞いている。


「はい、そうです。撒きました」


 そうか。飯倉から逃げられるようになったんだな。その成長がうれしいぜ。嘘だけど。


「それよりも楠本さんはどうしたんですか? 楠本さーん」


「……」


 俺は構わずに寝たふりを続ける。


「こ、これはやはりガン無視ってやつですねっ。それなら私にも考えがあるのです」


 神様がこんなことを言っているのに誰も反応しない。どうやらここにいる全員が神様の行動に対して固唾を飲んで見守っている感じがする。この雰囲気の中で余計なことをしなければいいが。


「あーおいしいです。チョココロネもクッキーもマフィンもリンゴもトマトも何でもありますよ。楠本さん」


 おいおい、そんな子ども騙しに引っかかるとでも思うのか。食べ物で釣ろうだなんて全く馬鹿げているね。それとトマトなんて代物は誰が持ってきたんだ?


「おいしいですよ」


「……」


「おいしいのに」


「……」


「うわーん。こ、効果がないなんてっ。楠本さんが構ってくれませんので出直してきますよっ。もっと魅力的でおいしいお菓子を誰かからもらってくるのです」


 誰かからもらってくるのは確定なのかよ。 


 結局、こんな捨てゼリフを吐いた神様はここを遠ざかっていく。


「あの子、放っておいていいの?」


「いいんじゃないですか、藤沢先輩。たぶんですけど」


 と思ったら、潔いセリフと共に勢い余って廊下に飛び出してしまったらしい神様が助けを叫んでいる。


 おそらく飯倉に見つかって、また鬼ごっこが再開されたのはたやすく想像できるのだった。 











 勇者が勇者であるゆえんのハーレム機能は相変わらず健在である。


 むしろ女の子にもてるというこの機能は一番が強いと思えてしまえるくらいで、さらにどの勇者らしさの『核』よりも存分に効力が発揮される。


 かくいう今日も、告白イベントは絶好調で何人かの女の子に想いを伝えられた。どの想いも短期間で熟成されたわりには真剣そのもので、油断していると絡め取られてしまう危険性があるものだった。


 女の子の告白方法は多種多様に渡っていて、告白のメッカである体育倉庫裏や階段の踊り場に連れ出されたり、眠気に悩まされる授業中の教室でいきなり愛を叫ばれたり、休み時間に複数の女の子に囲まれて誰を選択させるかを強要されたり、と数え上げればキリがないくらいあげられる。正直言ってダブっている方法があってもおかしくないくらい告白されたのだが、今のところその様子は全くない。


 そしてそんな中、神様によって危険人物に認定された梨木は、手紙という手段で場所の指定を行ってきた。手紙は拝啓で始まり、敬具で終わる簡潔な文だ。


 そういえば、今まで手紙はなかったなとひそかに思う。

 

 うがった見方をすれば、勇者の『核』の影響を受けてしまう人物は突発的に行動を起こす場合が多いためでもあった。


「やっぱり梨木が来たな」


「はい」


 ちなみにその手紙に気が付いたのは放課後で、いつ入れられたのかも解らないのだが机の中に入っていた。


 もちろん状況は逐一神様に報告している。


「それにしても梨木か」


 梨木はクラスのマドンナ的存在であり、大方クラスの女子から告白を受けた今となっては最後の砦のような感覚がある。


「そうですね。予想通りだったり。ただ、私は梨木さんが人気のないところで楠本さんに接触してくるであろうことを予想していました。対策は全くなかったりしますが」


「それじゃあダメじゃん。なあ、神様」


「はいっ。私にはできることとできないことがあって、そして今回はできないことだったので」


 俺はずっこける。やっぱり神様は神様だ。一応頼りにはなるんだけど、肝心なところで抜けているような人間味があるところが。


「私、ダメですね。ダメな神様です。でも、だからこそ何もできない私は心配なのですよ」


 神様が眉根を寄せている。エメラルドの瞳が不安を表す。


 なので俺はその不安を取り除いてあげたくなって、神様のきれいな銀髪にポンと手を置いて言う。


「まあ、大丈夫だ。今回もなんとかなるさ。きっとただ告白されるだけ。だから心配ない。それよりもそこまで心配されるとかえって悪い状況を引き寄せる結果となってしまうかもしれないぜ」


「そうなんですか?」


「ああ、そうだ」


 と、俺はうなずく。


「そういうことってよくあるんだよ」


「そうですか。でも、本当に気をつけてくださいね」


「オーケー。解ってる。俺はいつも通りやってくるさ。間違いなくだ」


「はいっ。いつも通りでお願いします。私も近くで見守っていますから」


「おう。今回も勇者保険の適用だ。後、くれぐれもユウコとは一緒にいてくれよ。思えば、今朝は左腕を抑えていておかしかったし、さっきだって梨木に敵対する視線を向けていたんだ。そう、後いざこざがあったりもした。とにかくいつもと違う感じなわけだ」


 俺がそう言うと、神様は訝しげに首をかしげる。


「あの、本当に稲葉さんは梨木さんに敵意の視線を向けていたのですか?」


 この部分には神様も驚いているようだ。


「ああ、そうだ。あの視線は初日にお姫様と対立した時と同じだった」


「うぅ、あの日は災難でした」


 そういえば、神様はユウコとお姫様の対決で大規模な巻き添えを食らったっけ。


「そうですよっ!」


「……」


 ああ、思い出した。俺は風呂に入りたかったという理由だけで神様を見捨てたんだ。


「楠本さん、さりげなく遠い目をして視線を逸らさないでほしかったり」


「すまん」


「そのことはもういいですから」


「おお、神よ。なんちゃって」


 ちゃかしてはいたが、この北欧風の美少女でもある神様が初めて神々しく見えた。まあ、神々しく見えるのは神様だから当然なのかもしれないが。


「とにかく、稲葉さんも私と同じく梨木さんの存在に違和感を抱えているということが重要なんです」


「そうだな。確かにそういう見方もできる」


「なので、楠本さんたちにとって危険な存在には変わりなかったり。しつこいようですが、そこの点だけは注意してくださいね」


「任せておけって。ちゃんと注意するから」


「はいっ」











 後で思い返してみれば、この時の俺の甘い認識が神様の定義した心象世界という形而上的概念的空間への誘いに乗らなくては問題を解決できないくらいの一大事へと発展した気がする。つまり、この時の俺の心がけが大騒動に発展するかしないかの分水嶺であったのだ。


 しかし、この時の俺はたとえ問題事が起こったとしても、勇者の爆発的な身体強化と簡易魔法と絶対的な勇気と来たるべきタイミングを見逃さない判断とで物事は何でも安易に進むと思っていた。


 実際に異世界でも現実世界でも確実にそうだったわけで、そこのところに完璧な油断があったのかもしれない。


 そんなわけでその辺の判断の甘さを俺は大いに後悔することになるのだけど――。






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