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 そこまで懸念していたわけでもないのだが、服部の家に行く道中で俺とユウコは勇者と魔王の『核』の影響を存分に受けてしまった。


 勇者の俺は隣の美人で優しいお姉さんと曲がり角でゴツンをしてまさかのフラグを立てたり、車に轢かれそうな女の子を危機一髪の無双技で助けて感謝されたり、はたまた喧嘩している少年連中のところに突っ込んでいってそれを仲裁させ信じられないほど長い説教をかましたりとやりたい放題であった。


 対して魔王のユウコも参勤交代もかくやというくらいに道往く人をひれ伏せたり、途中寄ったコンビニでおにぎりの配列をぐちゃぐちゃにするという地味なイタズラをしたり、見知らぬ人を欲望への道に誘い込むように悪魔のささやきをしたりとこちらもやりたい放題であった。


 やはりこれらの行動をしている時は、もう一つの人格が勝手に動いているようでものすごい違和感がある。自分の意識とは別の次元で言動や行動を起こしていて、俺とユウコはその結果を受け入れるという状態になっているのだ。


 そしてその影響は勇者の俺ならまだしも、魔王のユウコは大変である。


 ユウコは自分の言動や行動に信頼が置けないに違いなく、俺よりもはるかに混乱しているはずだ。


「神様よ、どうやら自分を強く保つとか関係ないみたいだな」


「そうみたいですね。勇者と魔王の『核』の影響がこんなにまであるとは思わなかったり」


「とりあえず今は落ち着いてくれただけでも僥倖だぜ」


「ん。助かった」


 ユウコもうなずく。


 しかしさっきまで猛威を振るっていた勇者と魔王の『核』の影響力は、今でこそ治まっているがいつ疼きだすか解らない。とりあえずは感覚として、そういう突発的なイベントはしばらく起こらなそうな感じはしているのだが。


「にしても、さっきのユウコは通りすがりの人に何をささやいていたんだ?」


「……っ!」


 俺は事態を深刻にしないように努めて明るく言ったのが、ユウコは顔を真っ赤に染めて首を振ってしまった。


 それにしてもユウコは魔王の『核』のせいかすっかり表情豊かになったな。甲乙つけがたいけど、どっちのユウコも魅力的なのは間違いないぜ。


「えっとね、ヒサタカ」


「ん?」


「エッチなことを。あっ、言うつもりはなかったのに」


 ユウコが言わなくてもいいことを暴露した。これも勇者に弱いという魔王の『核』の効果だろうか。


「そうか。エッチなことか」


「……っ!?」


 しかしやっぱりそうだったかと俺は思う。あの時のユウコはぞくぞくするほど色っぽかったし、なんだか歯止めが聞かない様子だった。


「ヒサタカ。いくら魔王だからって、私のライバルのユウコを辱めるのはよくないわ」


「うっ、すまんユウコ。つい出来心で」


 お姫様のたしなめてくるのもあって、俺はユウコに謝る。


「ん。いい。ヒサタカだから」


「そうか」


 無垢な幼馴染の信頼が身にしみるぜ。


「お兄ちゃんとユウコさんの関係ってなんかずるい」


 妹がなんだか不満そうな顔していたので、頭を撫でることにしてごまかす。


「お兄ちゃんもずるいっ」


「それは言うな、妹よ。俺も解っているから」


 と、俺が妹に言い訳を述べているうちにようやく服部の家が見えてきた。


 服部は先祖代々から伝わる有名な忍びの家系――というのは嘘ではなく本当で、今でこそ職種は変えているものの忍びの家系だった影響はそこかしこにある。


 例えば、近代的に作られている庭を歩くだけなのに、いきなり落とし穴があったりするから注意しなければならなかったりと。


「おっと」


 今も服部家力作の落とし穴で俺だけ落とされそうになった。俺一人を狙い撃ちするためだけにコンクリートのタイルが剥がれたりするのだから、ここはとんだ忍者屋敷である。


「けど、そんなことをしても無駄だけどな」


 なにせ今の俺は爆発的な身体強化を施した勇者だ。どんな罠を掛けられようとも瞬時に見破ることが出来てしまう。


「お兄ちゃん。さっきからへんな動きしているけどどうしたの?」


「なんでもないさ。気にすんな。奴に宣戦布告を受けたから戦わなくてはならないだけだ」


「?」


 首を傾げる妹だったが、やがて気にならなくなったらしい。女の子同士の会話に加わっていく。


 なので俺はあらゆる状況に注意しながら後ろのしんがりを務め、執拗に攻めてくる落とし穴などを交わしつつも無事本家にたどり着くことができた。


「じゃあ、みんなはちょっと待ってくれ」


 本家付近で女の子たちを待たせて、俺一人服部の家に向かう。すると玄関先には飯倉、服部、山原の三人が手ぐすねを引いて待っていた。


「よう、服部。たいした落とし穴はなかったな」


「くそっ、俺があんなにまで手塩にかけて作った落とし穴なのに。俺の育て方が間違っていたのか?」


 服部は俺の肩をゆすぶりながら執拗に聞いてくる。その方向性はどうかしてると思うんだがな。とりあえず指摘だけはしておくか。


「違うぞ、服部。それは単に俺が勇者だからだ」


「そうか。オマエの勇者気質がいけないのか」


「そういうことだな。服部」


「てか、勇者だからな」


「勇者相手ならしょうがないっしょ」


 山原と飯倉も口ぐちに言ってくる。


 どうやら三人にも俺が勇者に見えるみたいだ。ということはユウコも魔王に見えるのは間違いない。


「にしても、俺たち一族の矜持となっている姑息な手段が勇者にはまったく通用しないとは」


 服部は俺が連れてきた女の子には目もくれずに、がっくりとひざを落として落ち込んでいる。


「てか、服部? 何どうでもいいことで肩を落としているんだ? 相手は最強無敵の勇者だぞ。それよりも楠本が連れてきた女の子にあいさつをするという大事なことをしようぜ」


 山原は服部を助け起こし、女の子の方へ向かっていく。


「おい、ちょっと待て。山原、服部。それに飯倉もだ。オマエらが女の子たちへあいさつする前に言っておくことがある」


「なんだよ、楠本。そんなにかしこまって」


 発言した山原だけでなく、飯倉、服部の二人とも胡散臭そうな目で俺を見てくる。早く女の子たちと顔合わせさせてほしいと言外に訴えてきている。 


「そんなに焦るな。早くあいさつに行きたい気持ちは解るが、とりあえず落ち着いて聞いてくれ。あの外人さんみたいな女の子二人は異世界から来たお姫様と神様なんだ」


 俺とユウコが勇者と魔王であることは解っていて、そうなるとお姫様と神様の存在もばれることが確定であろう。


「あーそういう設定か。年上の方をお姫様、年下の方を神様と呼べばいいわけね。問題ないよな?」


「俺は問題ないぜ」


「俺も俺も」


 服部と飯倉も納得している。


「これで文句はないだろ。楠本」


「えっと、文句はないしそれでいいんだが」


 なんだが結果オーライの雰囲気だ。釈然としないながらも、まあいいかと考え直す。


 こうして俺たちは女の子がいるところに向かうのだが、彼女たち(特にお姫様と神様)の全貌が明らかになるにつれて三人は色めき立つ。


「おいおい楠本、ちょっと待てよ。お姫様はやばいレベルの美人でスタイルは抜群だし、銀髪の神様も美少女すぎるだろ」


「それは俺も認めるぜ、山原」


「く、悔しいが楠本の多大なる功績は認めなくてはならないようだな」


「いや、俺は何もしていないんだがな、服部」


「か、神様があまりにも美少女すぎて目が! 目がぁ!」


「飯倉はうるせぇ」


 さらに飯倉はサッカー選手がワールドカップ決勝で劇的ゴールを決めたようにひざまついて「オー・ソーレ・ミーヤ!」と叫んでいる。


 まったく、どうしたもんかね。初対面の神様は驚いてユウコの後ろに隠れちゃったぜ。これだとファーストコンタクトは失敗だと思うんだが。


「楠本、二次元に近い彼女は俺の理想だ。オマエの妹よりも好きになった。神に感謝する!」


 無宗教のオマエはいつから敬虔に祈りを捧げるようになったんだか。てかその前に、そいつは本物の神様だけどな。異世界限定の神様だけどさ。


「楠本さんっ。この人なんなんですか? 神をも恐れぬ所業に私はびっくりだったり」


「まあ、気にすんな」


「そんなの無理ですよっ。私、飯倉さんの相手をするのには荷が重いです」


「大丈夫。がんばればなんとかなる」


 俺は根拠のない言葉とスマイルで神様を励ます。


「てか、妹のために犠牲になってくれ」


「それが本音だったんですねー!」


 妹は飯倉のことを蛇蝎のごとく嫌っているのもあり、神様に飯倉の変態的好意を押し付けた今回の事態を大いに喜んでいる。


「良かったな。妹」


「うん。神様には申し訳ないけど、でも神様ならなんとかしちゃうよね」


「そうだな。神様には悪いけど。神様だしな」 


 やはり人が幸せを手に入れるためには、その代償としてどこかの誰かが不幸せにならなくてはならない。悲しいけどそういったバランスによって成り立っているのが現実である。


「ロリ神様やっほーーー!」


「ギャー」


 神様は飯倉に追いかけ回され、必死になって逃げていく。


 その姿を見て、まさしく神を犠牲にした神柱だと思った。

 










「神様の純真なるスクール水着姿で目がぁ!」


「飯倉、そのネタしつこいから」


 俺があまりにもノリノリでうるさい飯倉の頭をはたくと、服部と山原も便乗してポカリとやっている。


 すると飯倉はますますネタに走り出したのか、大仰にポーズを取り始めてこんなことを言う。


「み、みんなしてぶったね。親父にも――」


「はい、ストップ。ちょっと待て、飯倉」


 ノリノリだった飯倉を山原が簡単に手で制す。


「その旬を過ぎたネタを言うとアレするぞ。いいか、オマエのトラウマでもあるアレだ。しかも今の俺たちは水着姿だから、あの時のアレよりダメージが絶大だろうな」


「うっ」


 その言葉を聞いた飯倉が身震いをしだし、必死になって謝りはじめた。


「すまん。はしゃぎすぎて本当にすまなかった。こうやって謝るからアレだけは止めてくれ、山原。もちろん楠本も服部もだ。お願いだからいきなり不意打ちとか止めてくれよ。アレだけは怖いから」


 これは芸人のフリや落語の饅頭怖いとかではなく、正真正銘の嘆願だった。飯倉があまりにも必死すぎて、言った本人である山原はもちろん俺や服部も若干引いていた。


 ただ、これは仕方ないと思う。何しろアレは会心の連続攻撃だった。


 でも思い返してみれば、事の始めは飯倉の性癖と優柔不断がすべてだったと言っても過言ではないだろう。


 すべてはアレをされる少し前、飯倉が公園で何かに困っている小さくてかわいい女の子を見つけてしまい、温かく観察するべきか自分が手を貸すべきに悩まされ、結局女の子の自立心を促すために前者を選択したことがいけなかった。


 今ならこの選択は確実に間違いだったと言える。なぜならこの選択により、飯倉を変質者に貶めてしまったのだから。


 こうして飯倉が草葉の陰(死んだ人と言う比喩ではなく)から固唾を呑んで見守る中、俺たち三人は小さな少女をあまねく大切にする飯倉の異常な信念を嘲笑しながら早く事が終わらないかなと待っていた。


 だがいつまで経っても事が終わらなく、対する飯倉も動かざること山の如しで一歩も引かないものだから時間ばかりが過ぎていく。


 こうなればだんだんと雲行きが怪しくなってくるのは誰の目にも一目両然である。飯倉の周囲にもいつのまにか小学校低学年くらいの男の子たちが集まってきて、女の子を見つめている飯倉を明らかに警戒している動きも出てきた。


 そして多大なる危険人物とみなしたらしい。飯倉をどうやって迎撃するかの密談を開始しはじめた。


 俺たちにもその稚拙な迎撃方法が聞こえてくるので、さすがに飯倉にも引き返すように告げてみるがテコでもう動かない。奴はもう女の子の一挙一投足に夢中になっていた。


 今思えば、多分飯倉には天罰が下ったんだろう。いや、さすがに天罰は言いすぎた。ならば不幸か? でも、不幸こそあずかり知らぬところで勝手に積み重なっていて、心構えや準備もなくいきなりやってくるから恐ろしい。所謂、いきなり爆発する不発弾みたいにどっかーんとだ。


 かくして飯倉もその恐ろしい不発弾の餌食になるのだが、その後の少年たちの動向を説明すればこうである。


 密談を終えた少年たちが円陣を組み、さらには大きな叫び声を上げて結束力を固めていく。それから指を交互に組んでいき、人さし指だけをピーンと立てて用意を整える。


 この瞬間、俺は何もかも悟ったさ。


 女の子を見ることに夢中な飯倉の惨劇を。中腰姿勢で尻の浮いている飯倉の惨劇を。


 そもそも小学校低学年くらいの年齢は正義の鉄槌を下すことに関しては残酷なほど純粋だ。思春期少年の賢しい事情なんかを考慮することは万に一つもない。


「飯倉!」


「飯倉ぁ!」


「飯倉ぁぁ!」


 俺たち三人の叫びは後に何度でもリフレインしてしまいそうな少年たちの鬨の声によってかき消されてしまった。もうすでに飯倉が手遅れなことは明白で、少年たちはまるで流行りのダンスグループのように位置を入れ替えながら次々と飯倉にカンチョウをしていく。


 ブスブスブスブスブス。小気味良い音とギャグのような悲鳴。最後の男の子が「ファイナルフィニッシュ!」と叫んで放った一撃に、飯倉はバイーンと世界記録を出せそうなほどの垂直飛びをして「ギャーーー!」と悲鳴を響かせた。


 これにて一件落着。

 いや、違うけどね。


 まあ、そんな飯倉の災難はともかくとして、次々にやってきた女性陣の水着姿に男どもは感動していた。飯倉も服部も山原も鼻の下がのびている。もちろん俺もそれは否定できない。


 特にお姫様のスタイルの良さは本当に際立っていて、赤いビキニがかなり似合っている。さらには素顔まで傾国の美女なのだから、もう言うことなしである。


「やっぱりお姫様がこうごうしすぎるぜ」


 歩くたびに上下して揺れる胸とか、しまったくびれとか。


「おい、お姫様は観賞用だ」


「そうだ。その通りだ」


 山原の発言に服部がうんうんとうなずく。


「俺は神様とサエちゃんの二点押しだな」


「飯倉。妹が嫌がるから、オマエは息するなよ」


「え? 俺、死んじゃうけど?!」


 飯倉はブラックホールにでも吸い込まれればいいのにな。


「ていうか、服部の家はホントにすごいよな。こんなに豪華なプールがあるなんてさ。今まで宝の持ち腐れだったんじゃないか」


「それを言うな、楠本」


「すまん、服部」


 俺は服部に謝りながら、改めて周りを見る。


 服部の家のプールはやはり高級なリゾートホテルといった感じだ。きっと管理の維持費だけで結構な値段がかかるのだろう。


 俺が素直に感嘆していると、隣では飯倉がユウコに対してひざまついていた。


 おーい、飯倉。何やってんだ?


「魔王様、私に女の子の痛みを共有する魔術を施してください」


「ヒサタカ」


 今は魔王の『核』の影響外であるユウコが困惑した目でこっちを見てくる。


 そうだよな。困惑するよな。というか飯倉はロリコンという性癖だけでなくて、マゾでもあったのか。とんだ鼻つまみ者だぜ。


「オマエさ、それかなり難易度の高い変態じゃないか。いい加減にしてくれよ」


「違うぞ、山原。こ、これは義侠心からなんだ」


「そんな義侠心なんてありえねぇ」


「たしかに。お兄ちゃんの言う通りで、変態先輩は相変わらずサイテーです」


「サエちゃん。俺の呼称はそれで確定なの? てか、サエちゃんかわいい」


「見ないでください」


 妹をへんな視線で見る飯倉に俺が勇者の掌底をくらわすと、彼はものすごい勢いでふっとんでいった。


「やべぇ。やりすぎたかも」


 と思ったけど、飯倉がすぐに復活したので気にしないことにする。


 こうして飯倉の変態騒動も終わり、俺たちは準備運動を開始する。アキレス腱を念入りに伸ばしたり、手をぐるぐる回したりして体をほぐしていく。不格好な動きをしていたお姫様もユウコの様子を見ながら準備運動に慣れていき、スタイルの良い手足をぞんぶんに振りまわしている。 


「私、そろそろ入りたいわ」


 お姫様が太陽に手をかざしながら目を細めて言った。まるでリゾートに来た美人女優みたいである。


「じゃあ、お姫様もああ言っていることだしそろそろ入ろうぜ」


 山原が音頭を取って宣言する。


「わーいっ」


「初めてのプール、楽しみだったり」


 妹と神様も喜んでいるし、ユウコも普段見ないほどの笑顔でいる。


 しかし本当にユウコは魔王の『核』が影響してから感情を表に出すようになったな。これはいいことだ。けど、俺にとってはそれが少し寂しい気がするぜ。なぜだか解らないけど、大切な何かを失ってしまった感じがするんだ。ただしそれが何かも解らないし、考えてみても詮無いことなのだろうけど……。


「おーい。楠本も早く来いよ」


「ヒサタカ。私に泳ぎを教えてくれるんじゃないの?」


「てか、オマエだけだぞ。プールに入っていないの」


 みんなが口々に俺を呼んでいる。


「ああ、今行くよ」


 なので俺は、ユウコの笑顔を見た時に感じたほんの一瞬の寂寥を押し殺してプールへダイブした。











 プールでのひとときは思った以上に楽しくて、この現状には良いリフレッシュになったといえる。


 特にお姫様は泳ぎ方をぐんぐんと吸収して上達していったので、俺も教えがいがかなりあった。教えているとさりけなくお姫様が抱きついてきて、それを見たユウコや妹がお姫様と諍いを起こすなんてことがあったけどおおむね平和だったに違いない。


 リレー競走ではかなり白熱して接戦になったが、最後は勇者と魔王の能力を持つ俺とユウコの異次元の戦いに変貌した。抜きつ抜かれつ大勝負を繰り広げた結果、僅差で俺が勝ちを手にできた。


 水球ではよくあるお約束のように女の子の水着が流れたが、それはサイズをちょっとごまかした妹の見栄がいけないと俺は思っている。とりあえず飯倉だけは殴っておいたが。


「さあ、準備が整ったぜ。これでいいよな」


「「「おう」」」


 服部の言葉に俺たちは頷く。


 今は既にプールから上がっていて、七夕で使うかなり大きな竹の準備を終えたところだ。


 一日遅れだというのに、服部の家で七夕パーティーやってくれるというからそれに乗っかった。


「で、オマエが連れてきた女の子たちはどうした? まさか帰った?」


「落ち着け山原。今浴衣に着替えているところだ。ちなみに浴衣は俺が指定しておいた」


「「グッジョブすぎる」」


 飯倉と服部がサムアップしてくる。


「だから、少し待っていればそのうちくるぞ」


 何といっても浴衣の着付けには時間がかかるからな。ただ、便利ポケットさながらの神様がいるから、通常よりそんなに時間はかからない気はしているけどさ。


「それにしても浴衣か。小さい女の子のスクール水着もいいけれど浴衣も同じくらいいいな!」


「オマエはそこまで浴衣好きだったのかよ」


「ああ、もちろんだぜ」 


 ということは、それは相当なモノである。


 なぜなら飯倉は「俺の友達はスクール水着しかいないんだ! 友スクだよ友スク」などと前に宣言していたくらいだからだ。


 しかしその時は、世界を揺るがすような偶然の一致に気がついたせいでそれどころじゃなかった。俺はこれが誰かに発覚したら一生のあだ名が確定してしまうという恐怖におびえていたのだ。そう、それは何かというと、楠本を逆から読めば友スクになるというとんでもない逆さ言葉だった。


「特に体の起伏が隠れるあの感じが完璧。そして胸のない方に魅力を感じる逆転システム。さらには全て女の子を疑似ロリ体型にさせてしまう魔法の格好だぜ」


「……」


 飯倉の語りに、俺だけでなく服部と山原も呆れている。


 ホント、俺はオマエの抗生物質になれればいいのにな。そしたら病原菌であるオマエを始末できるし。


「ていうかオマエらなんでそこで黙るんだよ。しかも俺がいないのような扱い?!」


「ああ、いたのか」


「おい、服部。俺、最初からいたっ!」


「いや、やっぱりいないぜ」


「山原の言う通りだな――っているいる、ここにいるぞ!」


「すまん。俺にはオマエが光学迷彩を着ているせいかまったく見えないわ」


「着てねぇっつーの! 俺、透けてないぞ。ちゃんと見えるからな!」


 全員での飯倉いじりを終えたところで、タイミング良く女性陣がやってきた。


 赤、黄色、緑、紫と色とりどりでとても華やかではあるが、その中でも大和撫子な容姿のユウコが一番似合っていた。にしてもこんなに似合っているとは。俺の知らない間にここまで浴衣が似合う女の子になっていたなんて。


 小学六年の時に定番となっていた夏祭りへ一緒に行って以来だから、ユウコの浴衣姿を見たのは約四年ぶりになる。あの頃は俺もユウコもちんちくりんだったことだけは覚えている。


「ヒサタカ」


「どうした?」


「……私、似合っている?」


 不安そうに聞いてくるユウコ。


 もちろん俺は間髪入れずに答える。


「似合っているぞ。ユウコ」


 俺がそう言うと恥ずかしくなったのか、ユウコは両手で顔を覆ってしまった。


 なんて言うか無表情系の面目はまったくない。感情表現がかなり豊かになっている。それも究極のレベルで。


「ヒサタカ。魔王ばかりずるいわ。私はどうなの?」


「もちろん似合っているぞ」


 お姫様はお姫様で一般人とはちょっと違った感じで似合っている。


「ずるーい。お兄ちゃん。私も褒めてー。後、私の髪さわってみてよ。セットも上手くいったしキューティクルだよ」


「そうか、そうか」


 俺は妹の髪を撫でる。たしかにキューティクルだな。


「って、なんで楠本ばかりなんだよ」


「そうだ、そうだ」


「俺はオマエに消しゴムのカスを投げつけたい気分だぜ」


 山原、服部、飯倉が口ぐちに文句を言う。


「でも、ホントに浴衣は最高だな」


「だろ、そして俺の理論にも説得力がでる。なあ、服部」


「いや、飯倉。それはない」


「しかし夏に京都でも旅行に出かけたら、美人のお姉さんが浴衣を着て街を歩いているんだろうな」


「いや、そこは小さな女の子だろ」


「もうお姉さんでも小さな女の子でもどっちでもいい。大事なのは女の子の浴衣姿だ」


 浴衣に想いを馳せている三人を無視して、俺は女の子たちに短冊を渡す。女の子たちは自分の浴衣と同じ色の短冊を選んだ。


「これにお願い事を書いたらいいわけなのね、ヒサタカ」


「そうだよ。お姫様」


「でも、私はこの世界の字が解らないわ。こうやって話している内容の意味は伝わるのに不思議ね」


 たしかに不思議である。でも気にしないようにしよう。色々とめんどくさくなるからな。


「お姫様。俺が代わりにお願い事を代筆してやるよ」


「そっか。それでいいのね。ありがとうヒサタカ」


 お姫様が嬉しそうにお礼を言うので、おもわず魅了されてしまった。


「で、何を書けばいいんだ?」


「ヒサタカは解らないのかしら。私の願いはただ一つだわ。それはヒサタカと添い遂げること」


「……」


 まさかそのお姫様の想いを自分で書くのか。なんという羞恥プレイだ。


 お姫様が期待に満ちた目で見つめてくるので、俺はできるだけ心の負担にならないようにさくっと書きあげてささっと吊るした。一番乗りで情緒がないのかもしれないが、そんなのは知ったことではない。


「これでいいか」


「うん。いいわ。それでその後はどうするの?」


「後は星に願いを込めるだけだな」


「願いを込める時に魔法は使っていいの?」


「それは良くない」


「そう。解ったわ。ヒサタカ」


 そしてお姫様が真剣に願いを込め始めたので、その場を離れた俺はユウコと妹のところへ向かう。短冊を持った二人はうんうんと頭を悩ませていて、まだ願い事を書いていないようだった。


「何を書くんだ? 二人とも」


 話のとっかかりにでもと思った俺がそう聞くと、二人は顔を見合わせた後に声を揃えて「秘密」と言った。


「秘密かい」


「そうだよお兄ちゃん。いくらお兄ちゃんだからって乙女の心の秘密を覗き見たらいけないんだよ」


「いや、別にそこまで気になってはいないけどな。だいたいオマエが乙女の秘密とか言うな」


「お兄ちゃんひどい。私だっていっぱしの乙女だもんね」


 妹はユウコに抱きついてべーっと舌を出した。あいかわらず子どもっぽい妹だ。


「でも短冊に吊るす時はどうしても見えてしまうぞ」


「そこは魔術で見えなくする」


「ユウコはそんなことに魔術を使うのかよっ」


 ここはつっこんでもいいところだ。


 と、こんなふうにユウコや妹とじゃれ合っていたところで神様が飯倉を連れて走り寄ってきた。


「楠本さーん、助けてくださいっ。私のことを好きな飯倉さんが『かしこみかしこみ申し上げます』ってなんだか訳の解らないことを言っていたり」


「知らん。飯倉の相手は任せた」


「そんなこと言わないでくださいよっ。それに私のお願いは気にならないんですか?」


「まあな」


「たった三文字の返事?! せめて気にならない理由を聞かせてほしかったり。いいや、弱気になるな私。たしか楠本さんが私に構ってくれるって約束してくれたはずだから」


「約束?」


「楠本さんっ。私は楠本さんのピンチを助けてあげたんですよー」


 神様が涙目でぐずり始めたので、俺は小さい子をあやすように言う。


「解ったよ。で、神様の願い事はなんだ? 見せてみろ」


「はいっ」


 神様が俺に短冊を渡す。なので俺はそこに書かれた文字を読んだ。


「そっか。そういうことなんだな」


「はい。そうです」


「一番大切な事だよな」


「はいっ!」


 短冊には『どの世界も平和でありますように』と書かれてあった。


 しみじみと思う。そうであってほしいと。






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