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第二章 『現代帰還』



 



 勇者。誰もが恐れる困難に立ち向かう一廉の人物。爆発的な身体強化と人を魅了する剣技。さらには簡易魔法という異能まで使える。困った人がいるとほっておけないのは当然で、必ず助太刀をしてしまう。ちなみにハーレム機能によるフラグの一級建築士でもある。えっ?


 魔王。誰もが恐れる邪悪に満ちた化身。圧倒的なまでの禍々しい気配に全てを破壊に貶める魔術の使い手。人を悪の道にアジテーションすることも得意とする。些細な悪戯も好んで行う。ちなみに勇者には途轍もなく弱い。あらら?


「俺はともかく、このままだとユウコがまずいぞ。その魔王の『核』とやらがユウコにどんな悪影響を及ぼすのかわからない」


「私は大丈夫。自分をちゃんと保っている」


 ユウコがスレンダーな胸を張って主張する。


「そうか」


「それよりも、ヒサタカが心配」


「俺?」


「ん。心配なの」


 ユウコにしては珍しく、表情豊かに頬を膨らます。


 ともあれ、街は七夕一色だというのに、異世界から帰還した俺たちは願いを込めるために竹の木に短冊を吊るして夢を語るわけでもなく、ひたすら顔を突き合わせて勇者と魔王の性質について深く相談を繰り広げていた。


 まったく何をしているんだろうね。夢から醒めない夢ではあるまいに。


「楠本さん。稲葉さん。とにかく今は様子を見るしかありません。出来るだけ平常心で日々の生活を送っていきましょう」


 言われなくてもそうするさ。それしか方法はないのだからな。


「とりあえず学校が休みなことには変わりはない。そして妹もいない。だから一日様子を見よう。で、ユウコはどうする?」


「私はヒサタカと一緒にいる」


「そうだな。できるだけそうしたほうがいい」


「だから、ここに泊まる」


「え?」


 俺はまるで未知の生物を発見した時のように驚く。


「いくらなんでもやりすぎでは」


 小さい頃はお互いの家に泊まりあったりもしたけれど、今は高校生だし事情が違う。妹がいるならばまだしも、今日は俺一人だ。いや、神様と名乗る少女がいたか。


「こんなかわいい女の子とヒサタカが一晩中一緒。嫌」


「そんなこと言われても困るぞ。事情が事情だし」


 その前にユウコはこんな聞きわけのないことを言うタイプではない。これは魔王の効果? それとも俺の勇者のハーレム機能がユウコにまでも影響している? 


「それにな、コイツは仮にも外国風美少女に見えるけど、ただの妹みたいな神様であって間違いなど起こる可能性は万に一つもないぞ」


「そそそそ、そうですよ。私と楠本さんは純粋な互換関係だったりっ」


「互換関係ではなく一方的な関係だけどな。てか、オマエが動揺してどうする」


 少女の動揺を抑えるために俺はその銀髪を梳くようになでてやる。


「は、はいっ。そうですね」


「というわけで、ユウコが心配することは何も起こらないが」


「それでも泊まる。私はそうしたい」


 ユウコが真剣な目で訴えてくる。


 なので俺は、そこまでそうしたいのなら仕方がないかと思えてきた。そもそも、俺がいろんなことに気をつければいいだけだ。幸い妹の部屋が余っているし、少し狭いけど二人にはそこに寝てもらうようにすればいい。


「ヒサタカ、お願い」


 ユウコがソファーのクッションを抱き、女の子座りの上目づかいでこっちを見てくる。その姿にほだされそうになる――というかほだされていた。


「しょうがないな。今日だけだぞ。両親が心配するから」


「ん。ありがとっ」


 にこりと小悪魔っぽい笑みを浮かべるユウコ。あれ? 俺、なんか間違ったか? いつも無表情がデフォルトである幼馴染のこんな表情は今まで見たことがないぞ。そういえばさっきも表情豊かに頬をふくらましていたし。


 俺はほんの少しだけ不安を抱くものの、この後のユウコがまったくもっていつも通りだったので杞憂かと思い気を取り直す。


 それでなし崩し的に家へ泊まることになった二人と一緒に、勇者と魔王の行動様式に対抗する策をもう一度考えていくのだけどなかなかいい案が出ない。


 気がつけばすっかり日が暮れていて夜の九時を回っていたので、俺はユウコと少女にお風呂へ入るよう進めた。そしてしばらくすると、お風呂場から二人の嬌声が聞こえてくるようになる。


「……………………」


 えっとラッキーハプニング的な何かを期待しているって? いえいえ、私は品行方正な勇者ですから。嘘だけどね。


 とにかく気を取り直した俺はテレビでもつけて気を紛らわす。やっていたのはありきたりのトーク番組だったけれど、異世界にいたせいかやけに懐かしく感じる。内容は七夕をお題にした失敗談をテーマにして、招かれたゲストが面白い話をしていた。


「あ、そういえば」


 俺は去年の七夕を思い出す。


 隣の美人で優しいお姉さんは七夕の日にベランダへ出て男とキスをしていた。今年もそうだろうか。いやいや、さすがにそれはない。二年連続ではまったくもって芸がないね。でも、一応確認だけはしとこうか。暇だしな。こういうくだらないことの積み重ねが人生なのさ。


 などと俺はへんな悟りを開きつつも、お風呂場を覗きにいくよりははるかにマシだろうと考えてベランダへ。


「隣の優しくて美人お姉さんが男とキスしていたら、俺、お風呂場を覗きに行くんだ」


 死亡フラグを小声でつぶやきつつも、青春のリビドーの爆発に身を委ねてさりげなく仕切りの隙間から隣を覗き見る。しかし、去年の出来事が偶発的だったのを示すように、隣の美人で優しいお姉さんはいなかった。


 まあ、去年が奇跡みたいなものだしな。いないならいないで仕方ないさ。これでわざわざ死地に向かう必要もなくなったからいいだろう。残念なんて思ってないんだからね。


 俺は一人納得して家の中に戻ろうかと思ったけど、せっかく今日は七夕なんだし星でも探すのもいいんじゃないかと考え直す。


 空を見上げれば、肉眼でもはっきりわかるくらいの流れ星。

 流れ星が見れるなんて幸運だなと思う。


 なので俺は通例に乗っ取って、妹や幼馴染や級友たちと平和に過ごせますようにと祈りを捧げる。 


「ん?」


 いや、待てよ。流れ星にしてでかすぎはしないか? うん、でかすぎるね。


 しかもその流れ星らしき物体は、まるで自律意識を持っているかのようにこっちへ向かってやってくる。となればもう流れ星なんかではないのは確定で、厄介事の予感しかしてこない。


 そうして予想通りにやってきたその物体が俺の周りを衛星のように旋回した後、目の前でまばゆいばかりの閃光を放ちながら大きくなっていく。やがて等身大になったところでその物体の輝きは収まり、そこから滲み出るように人が出てきた。


「お、お姫様?!」 


「来ちゃったわ」


 その言葉と同時に、お姫様は飛び込んでくるように抱きついてきてキスをする。いきなりすぎて抵抗する暇もなかった。


 と、そんな最中に隣の美人で優しいお姉さんの声が聞こえてくる。


「うわー、ヒサタカくんも大人になったね」


 いやはや、まったくもってタイミングが悪い。


「お姉さん、これは不可抗力で」


 お姫様を必死になって放して言い訳する。なんで言い訳しているか解らないが。


 でも、まさか隣の美人で優しいお姉さんに見られるとは思わなかった。なんという逆転現象だ。


「でもね、ヒサタカくん」


「はい」


「こんなところではキスはお姉さん関心しないぞ」


 どの口がそんなことを言うんだ、とだけは突っ込んでおこうか。











 お姫様の話を聞くと、ハグレント共和国で入手したレアな魔法の鏡にかなり高レベルな人物探索の無系統魔法が備わっていて、なんとそのおかけで異世界を跨いで俺に会いに来れたというのだから驚きである。そんな時空を覆すような鏡が存在するんだな。幸いにもその魔法の鏡は何度でも使用が可能で、俺の説得次第ではお姫様が元のいた世界に帰っていく希望も残されている。


「お姫様よ。元の世界の帰ったほうがいいぞ。みんな心配するだろ」


 俺は必死になって忠告するが、お姫様は首を振る。


「いやっ。私はヒサタカと一緒に過ごすって決めたから。結婚してくれるなら帰ってもいい」


「おい、そんなことしたら国が傾くぞ」


「国は傾かないし、私たちの世界はしばらく安定する。勇者が魔王を倒したから」


「そうか。そうだったな」


 話が全く通じていない。美人すぎるという傾国の意味で言ったんだけどな。まあ、いいさ。


 そういえば勇者と魔王で思い出したけど、お風呂に入っているユウコと鉢合わせになったら大変なことになるのかもしれない。などと思っていた矢先に、心配していたことが現実になる。


「ねえ、ヒサタカ。この部屋にまがまがしい気配が漂っている気がするんだけどどうしたの?」


 しまった。魔王の力を確かめた時の魔術の残り香がまだ残っているとは。


「いや、それはだね」


 俺は頭を必死に捻って考えるが、そんなことも全て徒労に終わる。 


「ユ、ユウコ。もうあがったのか」


 なぜならパジャマ姿のユウコが後ろに立っていたからだ。


 そして二人は敵性人物に出会ったかのように睨みあう。なぜだ。なぜそんな展開になる。お姫様はともかく、穏やかなユウコまでどうしてそんな反応になるんだ。ホント不思議だな。もう現実逃避した方がいいかもしれない。ちなみに後ろでおろおろしている神様はただのオブジェと化していた。


「アナタ、魔王ね」


「ん。アナタは勇者の後ろにいた女」


「そうだけど。なんで魔王が私のヒサタカと一緒にいるの?」


 そのセリフはいろいろとまずい気がする。


「私のヒサタカ?」


 案の定、ユウコは反応した。


「納得がいかない」


 さらに二人は交戦的姿勢を強めていく。


 なまじ二人とも力を持っているのだから、このままキャットファイトを始めたら行き先は間違いなくゴー・トゥ・ヘブンである。


「ヒサタカ。勇者なんだから魔王より私の味方よね」


「ヒサタカ。異世界の人間より幼馴染の私の味方」


 これは板挟みって奴だよな。止めて、私のために争わないで的な展開だし。勇者のハーレム機能は本当に恐ろしいぜ。などと達観している余裕はまったくなく、頼みの綱の神様もただおろおろするばかりである。


「ヒサタカ。どっちの味方なの?」


「ヒサタカは私の味方?」 


 ここで役に立たない神様に説明責任を負わせては、ユウコの時と同じ轍を踏んでしまい、へんな誤解を招いてしまう。なので俺は覚悟を決めて、ユウコを落ち着かせつつもお姫様に俺とユウコが勇者と魔王になった経緯を説明していく。


 お姫様はアルフレッドとは違い、勇者と魔王が形骸化している現状を事前に知っている。勇者と魔王はそれぞれの役割のために召喚されて、まるで定められたストーリーのように結末を迎えることも理解している。だから、俺の説明をうまく飲み込んでくれた。


「そうよね。落ち着いて考えてみれば、魔王だからと言って目くじら立てる必要なんてどこにもなかったわ」


「そうですよっ。その通りだったり」


 神様が今頃になって便乗してきた。遅くて腹が立つ。


「でも私にとって問題なのは、アナタがヒサタカの近くにいるということだわ」


 え? 理解してくれたんじゃなかったのか?


「ヒサタカの近くにいるアナタという存在が問題なの」


「私も最初からそれを問題視している」


 ということは結局、俺の説明は功を奏しなかったわけか。どんな無駄骨だったぜ。


 で、そうこうしていくうちに二人の臨戦態勢がもう一度整っていく。近距離でキリキリと睨みあう二人の視線は火花を散らした均衡状態だ。


「魔王。決着をつけなければならないようね」


「望むところ。ただの付き添い」


 キリキリと痺れるような緊張感。


 俺は耐えきれなくなって二人に問いかける。


「ユウコ、お姫様。一回落ち着こうぜ」


「「ヒサタカはどっちの味方?」」


「どっちの味方でもないけどさ」


「「じゃあ、ヒサタカは黙ってて」」


「…………」


 そっか。黙っててか。もういいや。めんどくさい。為るように為れだ。もう完全に気持ちが切れたね。このタイトルマッチを放置して俺はお風呂に入ろう。温かくて安らげて疲れが取れるお風呂に入るんだ。思えば異世界では湯船に浸かるという習慣がなかったのか水浴びオンリーだったさ。そのせいか、久しぶりのお風呂に胸が踊るぜ。


「ちょっと楠本さんっ。この一発触発のタイミングでどこに行くんですかっ」


 神様が何か喚いているが気にしない。神様だしな。


「な、何か言って欲しかったり。こんな修羅場に放っておいて、私の居心地の悪さはどうすればいいのですかっ」


「知らん」


「知らないってそんな殺生なっ」


「おお、殺生って言葉知ってるんだな」


「へんなところに着目しないでくださいっ」


 追いかけてくる神様を無視して、俺は自分の部屋のタンスからバスタオルと下着を取り出しお風呂場へ向かう。


 途中でユウコとお姫様の様子を見てみたが、ライトセーバーみたいなのを双方取り出して、宮本武蔵と佐々木小次郎ばりのチャンバラごっこを繰り広げていた。


 家の壁や家具や調度品がバッサバッサと破壊されていくが、簡易魔法の『修復』でなんとかなると思えたらそう気にすることもない。それよりもお風呂だ。


「だからいかないでくださいっ。私を見捨てないで欲しかったり」


 服の袖を引っ張られたかと思えば、涙目の神様がすがってくる。かなりレベルの高い外国風な美少女でもある神様だけど、俺の心の琴線に全く触れてこない。


「こ、こうなったら私、楠本さんと一緒にお風呂入りますからっ。だから私を放置しないでください」


「何言ってんだ? 妹と風呂に入るのは小学四年までだぞ。ちなみに異論は認めない」


「何わけの解らないことを言ってるんですかっ。妹? 異論? そんなこと言ったって、私はさっきアナタが邪な想像をしていたのを感じたんですからね。お風呂場を覗きたそうにしていた邪な想像をっ」


 神様は声を荒げて喚き立ててくるが、その前に指摘しなければならないことがある。


「あのな、神様。残念ながらそれはユウコのことだぜ」


「ほえっ?」


「だからユウコのこと」


「稲葉さん?」


 首を傾げる神様。


「そう。つまりオマエはな、最初からそういう対象として論外だし」


「論外?」


「そう。戦力外なわけ」


「ま。まさかの戦力外通告ですかっ!」


 ムンクの叫びの構えをして呆然とする神様を置いてきぼりにして、ユウコがあがった後の効果もあってかやけにいい香りのする脱衣場へ。


 相変わらずドンパチと派手な破壊音が聞こえてくるのだが、俺は構わずに服を脱いでいく。


「ギャー。二人とも人外空間を作らないでっ。楠本さん。助けてっ」


 衝撃波で神様が吹き飛ばされているであろう場面が容易に想像できたのだが、やはり気にしないことにする。


「ギャー」


 神様だからバリアーくらい作れるだろ。たぶんな。


「ギャー」


「……」


 こうして俺は、やっとこそ念願のお風呂に入るのだった。


「ギャー。ボスけて」


 気にしないし突っ込まないぞ。











 俺がお風呂に入っている時にユウコとお姫様が半裸姿で乗り込んできて体を洗うとか言い出すことも想定の内に入れていたのだがそんなこともなく、お風呂から上がってみると二人はお互いの健闘を讃えあうような空気になっていたのだから喧嘩マンガの王道すぎて笑えてくる。


 草むらで寝っころがり、オマエなかなかやるなとかいうセリフが飛び出しそうな展開そっくりの雰囲気になっている二人に対して、お風呂上がりでバスタオル姿の俺が介入する余地など全くといっていいほどない。


 なので俺は黙って簡易魔法の『修復』の起動術式をイメージしつつ構築して、もくもくと破壊された壁や家具や調度品なんかを直していく。改めて思うけど、簡易魔法とは名がついているにしてはかなり使い勝手がいいな。こんな状態が日常生活かどうかは解らないが、日常生活に密着している魔法という触れ込みは正しいのかもしれない。


 高度に発達した魔法は中途半端な科学よりも大いに勝るなどと勝手に自分の中で定義を作りつつも、破壊されたモノを直す作業に一段落をつけて一息つく。勇者の体力は無限大にあるせいか、魔法の消費による疲れはそんなに感じない。むしろ運動した後の心地よささえ感じる。


「で、ユウコとお姫様は仲直りしたのか?」


 俺は二人に問いかけてみる。


「仲直りはしていないわ。でも、私のライバルだと認めたから」


「私もアナタのことをライバルだと認めた」


 ライバルですか。


「なんなんだかな、それは」


 俺は大仰にポーズを取って、今の微妙な心境を主張する。微妙すぎてどう対処していいか解らない。


「だいたい何のライバルなんだ?」


「ヒサタカの伴侶としてのライバル」


「ん」


 強く頷くユウコ。


 お姫様はいいとして、ユウコはここまで俺にべったりだったか? 


 これは間違いなく勇者と魔王の『核』としての影響が出ている。俺の勇者としてのハーレム機能。ユウコの魔王としての勇者に途轍もなく弱いという状態。


「ヒサタカ。お部屋壊してごめん」


「あ、私も悪かったと思っているわ」


 ユウコとお姫様が共に謝ってくる。


「それはすんだことだからもういい。それよりももうこんな時間だし、いろいろと疲れた。そろそろ寝るわ」


 そこでなぜか顔を赤らめる二人。何を勘違いしているんだ。


「あのな、言っとくけど一緒になんか寝たりはしないぞ。俺のベッドはキングサイズなんかではないし、いや、そもそもそういう問題ではなくて年頃の男女が一緒に寝るなんてのはこの世界ではおかしなことなんだぜ。特にお姫様」


「そうなの?」


「そうだ」


 魔王討伐の旅をしてきた時は宿のベットが足りなくなったこともあり、仕方なく煩悩と戦いながらもお姫様と一緒に寝たりもした。お姫様は傾国の美少女なだけあり、アリエスやカーサなどとは比べものにならないくらいスタイルが抜群である。近くで身じろぎされるだけで身が持たなくなったものだ。


「でも、ヒサタカ」


「何だ」


「私はどこで寝ればいいのかしら?」


 お姫様が俺に聞く。


 ユウコも首をかしげている。


 改めて思うが、女の子三人をいきなり泊めるなんてどんな展開なんだ。常識として一人でもあれなのに、三人だとはハーレムなアラブの王様もびっくりである。


「まあ、あそこでのびている神様は居間に放っておくとして、ユウコとお姫様は俺の妹の部屋で一緒に寝てくれ。少し狭いけど一緒に寝れるだろう。案内してやるよ」


 俺が妥協案を提示すると、二人は一瞬だけ視線を交わし、お互いにへんな牽制をしあってから頷いた。


「しょうがないわね。魔王、私が一緒に寝てあげるわ」


「付き添い、それはこっちのセリフ」


 やれやれ。その調子は変わらないか。けど、まあいいさ。なんだかんだ言って折り合いはつけているみたいだし、大事にはならないだろう。


 俺は一人納得して、ユウコとお姫様を妹の部屋に案内する。


 妹の部屋はよくあるファンシーな女の子の部屋とはだいぶ違っていて、おかしなアジアン雑貨など実生活に必要のないモノがいっぱいあったりととらえどころのない部屋である。意味不明でとんちんかんなことをやり出したりする性格をよく表しているといえよう。


「サエちゃんの部屋、久しぶり」


「そうだったか?」


「うん。また変なもの増えてる」


 踏み台昇降のセットを見て、あまり表情を変えずに笑うユウコ。


 それにしても踏み台昇降か。懐かしいぜ。これは俺が神様によって異世界召喚される前、妹の杜撰なダイエット計画に付き合わされて一緒にやったものだった。って過去形ではないな。同じ時間軸で帰って来たのだから今も続いているのだろう。ということは明日の夜からまた踏み台昇降の日々が始まるのか。


 ともあれ、妹の踏み台昇降のやり方は独特で、自作の変な節をつけてやるからたまったもんじゃない。ホホ、ホレホ、ホレホレホとかいうどっかの怪しい魔術師が言ってそうな言葉を連呼してくるのも悩みの種で、一緒になってやらされている俺なんかはタイミングが取れずに困っている。


 ホホ、ホレホ、ホレホレホとはどういう意味なんだって聞いてみても、意味なんてないよとかいうものだから心底がくっとくる。


 ただ、それよりももっとがっくりきてしまうことがあって、踏み台昇降をする時の妹の格好がロンTに下着姿という慎みのかけらもないことである。なぜその格好なのかというと、踏み台昇降をする時にパンツがパツパツするの感じるからという意味不明な答え。


 言葉を掛けているのかね。まったく意味が解らん。まあ、そんな妹がバカかわいいけどさ。


「とりあえずそのベッドに二人で寝てくれ」


 と、妹のベッドを指し示したところで、俺は素晴らしい解決策を思いつく。


 別にユウコとお姫様は一緒に寝てもらう必要がなかったことを。


 なぜなら妹が無粋のシュラフ好きで、山に行く用専門のシュラフを二、三種類も持っているからだ。しかもどこかの豪雪地帯に遭難しても大丈夫ないくらいしっかりして大きいやつだから、妹に限らず俺がそこに寝たとしても全然問題がない。だいたい夏だしな。寒さは関係ないね。


「と言ったけど、そうしなくてもよくなったぞ。俺がこれに寝るから、ユウコとお姫様のどっちかは俺の部屋で寝てくれ」


「「ヒ、ヒサタカの部屋!」」


 二人が同じことを呟き、それから押し黙ってしまう。


「ん? どうした?」


 そしてなぜか不穏な空気になっていく。


「魔王。私がヒサタカの部屋で寝るわ」


「付き添い。私がヒサタカの部屋」


 おかしいな。なんだかまた不毛な争いが始まりそうな予感がする。原因はなんだ。あ、そうか。俺の部屋か。


「何勝手なこと言っているの、魔王。私がヒサタカのベッドでヒサタカのにおいをすーはーするのよ」


「付き添い。私がヒサタカのベッドでごろごろするって決まっている」


 いや、決まっていないからなユウコ。それに二人とも何を言っているかが解っていないみたいだけど、自分の性癖を暴露しているみたいなもんだぞ。


 しかしユウコとお姫様はそんなことを歯牙にもかけずに、気合の入った睨みあいを始めた。


「こうなったら力づくでわかってもらうしかないようね」


「ん。そっちこそ」 


 無系統魔法の使い手であるお姫様が特殊召喚の魔法を唱え始めれば、ユウコは魔王特有のまがまがしい魔術を展開していく。またもや一発触発の空気だ。触れれば爆発してしまいそうなほど雰囲気が整っていく。


「今度こそ私が勝つわ」


「ううん。私」


「……」


 しょうがないので俺は二人の間に剣を構えて割って入る。


「ユウコ、お姫様。ここまでにしておけって」


 俺に言われて、二人は硬直する。


「二人ともそんなことでまたドンパチをするならば、俺が自分の部屋で寝る。決めた」


 その言葉を聞いて、威勢の良かった二人がしゅんとなる。


「だいたいな。ユウコもお姫様もこんなことではいけない。異能を持っている俺たちはもっと清く正しく生きていかなくてはいけないだろ」


 やばいぞ。意図していないのに説教が。俺は偉そうな主人公もかくやというくらいに説教を垂れていく。脳は中止命令を下しているはずなのに説教の歯止めが聞かない。これが勇者の『核』の影響か。柄にもなく正論をぶっ放す説教が止まらない。


「――だから俺たちの力はこんなところで使うべきではないんだ。困っている世界を守るために勇者も魔王もお姫様も関係なくやっていくべきなんだから」


 自分でも呆れるくらいの説教がやっと終わった。


 俺は二人の反応が気になって、恐る恐る様子を窺う。


「ヒサタカの説教素敵だわ」


「ヒサタカ。かっこいい」


 目をハートマークにして迫ってくる二人。


 どうしてそうなる、と俺は頭を抱えてしまう。


「とにかく二人で仲良く寝るように。ベッドでもシュラフでもいいからな」


 俺は今の現状を極力に気にしないようにして、妹の部屋をそそくさと退散するのだった。






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