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 さすがに二日連続ともなれば慣れというのが出てくるもので、背中に二つの膨らみの柔らかい感触が当たっているのにも関わらず、俺はあっさりと眠りにつくことが出来た。目を覚ました時にはアリエスが雑事をこなしていたのだから、相当遅くに起きてしまったことがわかる。


「あ、おはようございます。勇者様」


 優しい微笑みを投げかけてくるアリエス。


「おはよう、アリエス」


「今日は昨日よりも良く眠れたみたいですね。良かったです」


「ああ、それよりも出陣式はいつだ?」


「まだ大丈夫ですよ。今、朝食をお持ちしますので少々お待ちください」


 そう言ってアリエスは部屋を出て行く。


 なので、俺は一人残された部屋の中でユウコのことを考える。


 ユウコ。幼馴染。魔王としての責務。役割としての勇者反抗。それはどんなことだろうか思う。その役割は複雑怪奇で多岐に渡るものなのかもしれない。勇者みたいに目的に向かって邁進するわけでもなく、ただ魔王城で部下に指図して攻防戦を整えて待ちかまえているのみ。そして最後の対決は派手にやられる。


 ……やはりこの上なく大変だ。至れり尽くせりの勇者より何倍も大変に違いない。どうかユウコにはあまり苦労がのしかからないようにと願う。


 と同時に役割を終えたら、また平凡な日常を送りたいとも思う。平凡な日常こそが大切で、その中で小さな幸せを共有していくのが一番の幸福だ。


「勇者様、朝食をお持ちしました」


 部屋のドアが開き、アリエスが朝食をトレーに乗せて入ってくる。


「勇者殿」


「勇者様っ」


 そしてその後ろから、アルフレッドとカーサもやってきた。


 オマエたち、そんなに召喚された異世界人が珍しいか。


「いえ、勇者殿にはやく会いたくて」


「わ、私もですっ」


 二人とも人懐っこい子犬みたいだな。アルフレッドはともかく、たしかカーサは同じ歳だった気がするが。


「とにかく、今はオマエたちに構っている暇はないぞ。俺は朝飯を食うんだからな。いっぱい食うんだ」


「うん、わかってるよ。な、カーサ」


「はい」


 二人は威勢よく返事をする。威勢が良すぎるくらいだ。


「さて」 


 俺はベッドから起き上がり、顔を洗ってから朝飯を食べることにした。


 ちなみに、両脇にはアルフレッドとカーサが陣取っている。


「勇者殿」


「なんだ?」


「友達のハットリのバカな話をしてよ」


「ああ、その話はまた道中でな」


 どこまで話したっけな。たしか服部が自作のトラップにひっかかった面白おかしい話をしたはずだ。アイツ、俺をひっかけようとしたのに自分がひっかかっているのだから世話がない。


 相当精巧な作りだったらしくなかなか抜け出せないでいたのが笑えたもんだ。あまりの精巧さに、サバイバル生活をしてもそのトラップで野生の動物を捕まえてしまえるほどに違いない……いや、ダメか。自分で引っかかっているんだからな。


 しかしどうしてこんな理不尽な目に遭いそうになったんだと思い返してみれば,その発端にあったのは自分の大恥だったので俺もとんだ災難である。後に服部が話していたのだが、クラスのアイドル的存在であり本物の神社の娘でもある梨木に脈ありそうな真っ赤な顔で話しかけられたという一点突破のみで俺にトラップをしかけたらしい。


 ただ、俺だってあの時は奇跡が起こっていると思ったものさ。その奇跡に舞い上がりもしたし、明るい未来日記を勝手に脳内で描いたりもした。思春期のどこまで広がるブラックホール的妄想の爆発さ。


 既に俺と梨木がこの先上手くやっていける可能性はすでに万の一つもないのだが、この時は本気で上手く行きそうな気がしていたんだ。


 だが、その裏では壮大な羞恥ストーリーが待ち構えていたのだから現実は残酷で無残で無様である。無様すぎて笑い話だ。


 え? 何々、この顛末を話せって?


 それは俺の尊厳に関わるからNGだぜ。


「勇者様っ」


「ん? 今度はカーサか?」


「あの、そんなに神妙な顔をしてどうしたのですか?」


「ああ、それは人生の難しさについて自問していたのさ」


「?」 


 首をかしげるカーサ。


 そりゃ解らなくて当然だ。煙に巻いたのだからな。


「カーサ、それよりも他に聞きたいことがあったんじゃないか?」


「あ、はい。昨日話した非系統魔法の疑問について何かありますか?」


 非系統魔法の疑問に関しては大いにあるし、そもそもこっちの世界にはない魔法という分野自体に興味がある。


「でも、その話も道中でしようぜ」


 とにかく今は朝飯に集中したい。なぜならここの世界の食(サザンライト王国だけかもしれないが)はなかなかに美味でおいしいのだ。特に今食べているパンはこっちの世界の方が数倍おいしい。材料は変わらずに小麦のはずだろうから、このおいしさは窯か何かで焼いているに違いない。それともコックの腕が一流なのだろうか。


「勇者殿、勇者殿」


「勇者様、勇者様」


 俺が朝飯を一生懸命頬張っているのに、二人が横で姦しい。そんなに俺と話したいのかね。俺はただのフツーな高校生だぞ。君たちみたいに本物の王子様でも魔法使いでもない。役割だけのなんちゃって勇者なんだぜ。


「勇者様は人徳がおありですね」


 しかしアリエスまでそんなことを言う。


「あのな、アリエス。この人徳ももしかしたら神様に授けられたものかもしれんぞ」


「そんなことありませんよ。それよりもやはり勇者様は敬虔ですね」


 人の話を聞いちゃいない。それに敬虔という言葉が俺に当てはまるのならば、全国の敬虔なクリスチャンとかに失礼だぜ。


「ごちそうさま」


 こうしていろいろと忙しかった朝食も終わり、その後はアルフレッドやカーサと一緒に今後の展望などを話していると部屋がノックされた。どうやら出陣式の準備が整ったらしい。これから国民の大歓迎を受けて、魔王討伐に向かい旅立つというシナリオになっている。


「皆様、準備はできましたか」


「おう」


「うん」


「はいっ」


 各々の武具に身を包んだ俺たちは思い思いの返事をする。アルフレッドもカーサも気合が入っていていい返事だ。


「では行きましょう。緊張なさらず堂々としていてください」


 連絡をしてくれた人の後に続き、たくさんの廊下などを抜けて城を出る。城を出ると雰囲気が一気に変わる。


 凱旋門らしきところをくぐると、そこから整備されていたように人が左右に別れて待っていた。湧きおこる歓声の中、俺たち三人は手を振りながら進んでいく。耳をつんざくような歓声はまったく鳴りやまない。鳴りやまないどころか、ボルテージがどんどんと上がっていく。


「勇者様、王子様、魔法使い様。がんばってください」


「ぜひ、魔王を打ち破って、この世界に安寧をもたらしてください」


 とはいうが、安寧はとっくにもたらせているんだぜ。人族と魔族はとっくに和解しているんだ。


 政治的事情と思惑は俺の知ったところではないけど、なんだか国民を騙しているようで申し訳ない気がしてきた。


「カーサ」


「はい、なんですか? 勇者様」


「オマエも事情を知っているんだろ」


「……はい、知っています」


「なら、この歓迎っぷりは罪に思うことか?」


「……は、はいっ」


 カーサは唇をきゅっと引き結んでうつむいてしまった。


 どうやら余計なことを聞いてしまったようだったな。

 俺が勇者としての役割をこなす間、パーティーとは円滑にやっていきたい。


「すまんな、カーサ。答えにくいことを聞いてしまって。カーサにもカーサの事情というのがあるのにさ」


「あ、はい」


「さっきの発言は気にしないでくれ」


「わかりました。勇者様」


 俺がそう言うと、カーサはほっとした顔でうなずくのだった。











 能力値の低い魔物から出てくるのには大きな理由があったんだなと今にして思うが、なぜファンタジーのゲームをやっていて疑問に思わなかったんだろうか。実戦経験があまりないアルフレッドもカーサも問題なく魔物を倒して経験値を稼いでいくのを見て、俺はいまさらそんなことを考えていた。


 かくいう俺も能力値の低い魔物相手に二つ名などを叫んで倒していく。エターナルフォースブリザード。いや、これは違うか。


 ともあれ、経験値がぐんぐん上昇しているのを感じる。魔物たちもいい倒れ方をしてくれるし、だんだんと剣の感覚もなじんでいく。まるでずっと鍛えてきたかのようになじんでいくものだから、やはり勇者の能力というのはチートだなと思ってしまう。もう少し苦労があってもそれはそれで楽しいんだけどな。でも、この俺最強という感じも心地よいさ。


「勇者様、今度は勇者様が魔物を倒す番ですよ」


 満足感に浸っていたら、カーサに呼ばれた。


 しかし言ってやらねばならないことがある。


「カーサ」


「はい、何ですか?」


「約束はどうした?」


 約束とは俺を名前で呼んでくれること。少し前にそういう約束をした。それはお互いに親しみを込めるためで、名前で呼んでもらうように嘆願したのだ。


「あ、そうでした。ヒサタカ様」


「様はいらないぞ」


「ヒ、ヒサタカっ」


 カーサは完熟トマトのように真っ赤になって俺の名前を呼んでくる。


 なんだかいけないことをしているみたいだね。けっしてそんなつもりはないんだけどさ。


 王様の激励などもあった出陣式などを終えて、俺たちはもう魔王討伐の旅に向かっている。旅の行程はかなり短く、魔王の本拠地まで十日もかからないほどだ。もっとも魔物を倒したりしているともう少し日数もかかる気がするが。


「ヒサタカ」


「何だ?」


「右に魔物がいる」


「おう。任しとけ」


 アルフレッドからの指摘を受け、もう一度八双の構えをし直す。


 そして回し蹴りの要領で回転してから、流れるような早業で袈裟切りを繰り出す。


 ――ズッシャァァァ。


 完璧な感触とともに気持ちのいい効果音が響き、魔物は一刀両断にされて跡形もなく霧消していく。この跡形もなくというところが爽快感を誘う根源となっていて、魔物のほうも解っているなと思う。


「ヒサタカ、まとめて出てきた」


 アルフレッドの言う通り、今度は魔物が複数で現れてくる。


 本当に解っているぜ。微々たるものだけど、徐々に難易度が高くなっていくところがさ。さて、いっちょやってやるか。


 俺はその魔物たちを睥睨し、剣に類い稀なる破壊のイメージを与える。動力の源は圧倒的破壊。ブレイク。すべての感覚を剣の切っ先に集中して込めていく。すると剣が一本芯通ったように形を変えていき、紫紺の輝きが瞬いた。


 魔物たちは力を集中させているこの時を好機だと思ったのだろう。その双眸を限界まで見開いて、猛然と襲いかかってくる。地響きとともに徐々に近づいてくるのだが、その迫力は演技だとしたらたいしたものだ。


 と、ここで異様に早い一匹の魔物が俺に向かって体当たりを試みた。


 おっと、危ないぜ。剣呑剣呑。


 すんでのところで攻撃をかわすと、その魔物はアルフレッドが始末してくれる。


「カーサ」


「はいっ」


 俺がカーサに合図を送れば、彼女は水の魔法を放つ。水の魔法は確かな意思を持って魔物の方へと進んでいき、彼らがいる場所で爆発する。


「よし、完璧だ。アルフレッドも行け」


「任しといて」


 アルフレッドは首尾よくジャンプして、ひるんでいる魔物の方へと向かっていく。と同時に俺も速度を上げ、演算から割り出した魔物の中心点に向かって剣を振りあげる。紫紺の輝きがさらに増す中、俺とアルフレッドの攻撃は華麗な連続技となって致命的なダメージを与えた。


「やったぞ、ヒサタカ」


 アルフレッドが無邪気に喜んでいるので、こっちにまで伝染してくる。


 ともあれ、こんなに気楽な魔王討伐の旅は他にないものだね。


 その後も俺たち三人は苦戦することもなく魔物を倒して経験値を上げていき、ちょうど日が暮れた頃に都合良く宿のある町にたどり着いた。


 俺が率先して宿の手続きをしようかと思ったけど、カーサが気を利かしてやってくれる。


 一度こういう交渉をやってみたかったけどまあいいか。きっとこれからだってそういう機会が何度もあることだろうし。


 宿の主は勇者一行が泊まりに来たのを歓迎してくれて、周りの人を巻きこんでの大宴会となった。


 ただ、その大宴会で問題になったのはカーサが間違ってワインを飲んでしまったことだ。ワインを飲んだカーサはいきなり泣き出すものだから、俺とアルフレッドは彼女をなだめるのに大変だった。カーサは泣き上戸なのか。


「ヒサタカ」


「何だ? アルフレッド」


「僕たち、魔王を倒せるよね。魔王は絶対の悪で強大な力なんでしょ」


 急に不安になったのかそんなことを聞いてくる。


 まあ、違うけどな。魔王はユウコだし。事情を知らないのだから仕方がないけどさ。


「大丈夫に決まってるだろ。俺がついてるんだぜ」


「そっか。そうだよね。絶対無敵の勇者がいるんだから」


「ああ、そうだ」


 勇者は最強で魔王に打ち勝つ。

 それが勇者の役割である。











 魔王討伐の旅はやはりといっていいのか、かなり順調に進んだ。旅の日数をこなしていくごとに連携にも慣れというかスムーズさが出てきて、俺たち三人はますます無双になっていった。


 それぞれ新しい剣技や魔法も習得したので、もはや向かうところ敵なしだ。魔物のレベルもどんどんと上がってはいたが、あまり影響がないのだからまったくもってのほかだといえよう。


 そうそう、そういえばクレスメルド公国へ寄った時に仲間ができた。やっぱ道中で仲間ができるのが定番だねなどと思いつつも、その仲間こそが王様の語っていた傾国なお姫様だからびっくりである。彼女は非系統魔法の使い手で、回復や移動などが楽になって大助かりになった。


 旅で一番大変だったのは気力体力を使うという意味で宿泊の時かもしれなかった。どこに泊まっても手荒い歓迎を受けるし、ひっぱりだこだったのでみんなをなだめるのが苦労した。それにお姫様が仲間になってからは無自覚で周りを魅了するので別の意味で大変だった。


 で、そのお姫様なのだが、俺が勇者だからなのかえらい高く買ってくれてあからさまな求愛までしてきた。まったく困ったものだね。すごい美人だし、一介の高校生である俺にはどう対応していいか解らん。


 そしてその時には、かなり懐いてくれたはずのカーサの機嫌も悪くなり対抗してくるのだから困ったものさ。カーサは同じ歳だけど妹分にしか思えないしな。ていうか、勇者にはハーレム機能まで付いているのかよ。


 ともあれ、そんなこんなしながらも魔王城はもう目と鼻の先である。


 ここまで来るのにかかった日数はわずか二十日。ホントあっさりだ。まるでゲーム感覚である。


「さあ、行こう。アルフレッド、カーサ、そしてお姫様」


「うん」


「はいっ」


「わかってるわ」


 こうして俺たち四人は心身共に充実して、いざ魔王城へと乗り込んでいく。


 魔王城のタンジョンはさすがに手が込んでいたので攻略するのがそれなりに大変だったが、迫りくる魔物をコンビネーションで順調に倒していき、ついには最後の関門を乗り越えて魔王の部屋に到着する。


 ユウコとの久方ぶりの再開。いやでも緊張が増していくのは当然で心が高鳴る。でも、勇者と魔王。勇者は魔王を退治しなければならない。これは神様に与えられた俺たちの役割で、それをこなしてこそこの世界の均衡が保たれるのだから。


「ヒサタカ、どうしたのさ」


 魔王の部屋の扉を前にして立ち止まる俺。それを不思議そうに見てくるアルフレッド。


「いや、今までの旅を感慨深く思ってな」


「そっか。僕は楽しいことばかりだったよ」


「私もですっ」


 アルフレッドが言い、カーサが同意する。


 二十日間だけだったけど、あまりにも濃い思い出。寝食を共にして数多くの魔物を倒してきた。これは何物にも代えがたい経験だ。などと今は感傷に浸っている場合ではなかったが。


「よし、開けるぞ」


 俺が覚悟を決めてそう言うと、アルフレッド、カーサ、お姫様がうなずく。三人ともいい目をしている。事情を知っているカーサやお姫様もそれは変わらない。


 俺はこの重そうな扉に手を掛けゆっくりと開けていく。扉は今までに聞いたことないくらい重厚な音を立てるが、そんなことに驚いている場合ではない。


 ――ギギギギギギギギィィ。


 そして扉を開けきると、イメージ的に魔王といってもいいほどの格好をしたユウコが鎮座していた。


「いたな、魔王。僕が倒してやる」


 アルフレッドが威勢よく叫んだ。


 するとユウコはそれに応えたのかゆっくりと立ち上がり、黒のマントをなびかせてこっちに歩いてくる。歩き方が堂に入っていて、なかなかの雰囲気だ。魔王らしい自信に満ちあふれていて、隙などまったく感じさせない。どこからどうみても完全無欠の魔王である。


 ここまではユウコも完璧に役割をこなしている。


 だけど、それは言葉を発することによって崩れていく。


「ふっはっは、よく来たな、勇者、一行」


 おい、ユウコ。セリフ棒読みすぎだぞ。まずいんじゃないか?


 ああ、そういえばユウコはお芝居が苦手だった。幼稚園の時の学芸会ではそのかわいさでヒロインの座を射止めたが、セリフがまったくだめで降板させられたという逸話を持っている。それに比べれば、言葉を喋るだけでもなんと成長したことなのだろうか。無口キャラには辛いことだろうに。


「そなたらを、倒して、この世界を、滅ぼしてくれるわ」


「なんだと。オマエの好きにはさせない」


 アルフレッドが売り言葉に買い言葉で応戦する。


 しかしこのやり取りの最中、なぜかユウコの言葉が聞こえてきた。それは心の中にユウコの言葉がしみこんでいく感じで不思議な感覚だ。きっと魔王の力に違いない。


(――私を遠慮なく倒して)

(――ダメージは受けないから)

(――私をメチャクチャにして)


 最後の表現はまずくないか。いろんな意味で。


 ともあれ、俺はみんなに適宜な命令を下す。


「アルフレッド行け、俺も後から付いていく。カーサは魔法で後方支援。お姫様は回復援護」


 命令するとアルフレッドが勢いよく駆けていくので、俺も剣を構える。


 ユウコ、すまんな。少しの間だけ我慢してくれ。おそらく役割なのだからダメージを受けても痛くもかゆくもないんだろうけど、やっぱり俺の心は痛いさ。


「ヒサタカ」


「おう」


 アルフレッドの合図で俺も駆けていく。


 剣にはイメージ。動力の源は圧倒的破壊。ブレイク。すべての感覚を剣の切っ先に集中して込めていく。すると剣が一本芯通ったように形を変えていき、紫紺の輝きが瞬きはじめる。紫紺の輝きはパワーを増すごとに大きく広がっていく。今では増大な瞬きに変わっている。


 アルフレッドと俺が双方に剣技を繰り出し、カーサは水の魔法で後方支援をしてくれる。お姫様も回復援護を欠かさない。魔王はそれに応戦し魔術を唱えてくるが、だんだんと劣勢になっていく。俺たちの繰り出すコンビネーションの連続攻撃に魔王がついていけない。


 魔王の体勢が揺らぎ始めてきたので、俺たちはここぞとばかりに攻撃をしかける。四対一の一斉攻撃。魔王にとってはひとたまりもなく、息も絶え絶えになっていく。


「……あ」


 その姿を見て俺は思う。魔王はなんてかわいそうなんだ。ユウコがこなしている役割の悲しさを考えるのだが、それでも俺は攻撃していく。だって俺は勇者だ。勇者は魔王を倒すもの。そういう思想が俺の中で勝手に核になっている。勝手になっているのだからそうとしか言えない。


(――大丈夫、大丈夫。ヒサタカ)

(――私は大丈夫。問題ない)


 俺の苦悶する表情を見て、ユウコが心の中に言葉をしみこませてくれる。俺の罪悪感を和らげてくれているのだろうか。


 やがて魔王が体勢を崩してどさっと倒れ、鬨の声を上げるアルフレッド。


 ユウコが霧消して消えてしまうと、勇者としての達成感よりも寂寥感だけが残っていた。











 お姫様の移動魔法でサザンライト王国に戻ってくると、魔王が退治されたという一報をいつのまにか知らされていたのか民衆の大歓迎にあった。民衆は俺を本物の勇者と崇めたて、祈りまで捧げてくる。民衆がいかに勇者を信仰していたかがよくわかった。


「勇者殿、よくぞ魔王を倒してくれた」


「ははっ」


「アルフレッドも、カーサも、そしてクレスメルドのお姫様も」


「ははっ」


 王室の間では王様に多大なる感謝を受け、警察なんかでよく渡される感謝状みたいなのをそれぞれもらい、それから盛大なパーティーが始まった。誰もが飲めや歌えやの大騒ぎで喜ぶので、人族と魔族が対立していないという設定を忘れそうになってしまうほどである。


「勇者様っ」


 そのパーティーも終わって部屋に戻ると、アリエスが出迎えてくれた。


 アリエスは俺にあいさつすることもなくパーティーの途中で抜け出したのだが、それは部屋の準備をしてくれたからなのだろう。


「おかえりなさい。無事で何よりです」


 アリエスは涙を浮かべて、俺に抱きついてくる。


 まったく、アリエスはカーサに比べて羞恥心ってものが欠落しているぜ。そんな状態で神官が務まるのかね。


「アリエス。と、とりあえずな。一回離れてくれ」


「あ、はい。ごめんなさい」


 アリエスは慌てて俺から離れる。


 にしてもこのアリエスの安心具合といったら、まるで俺が魔王に滅ぼされてしまう可能性も考慮していたみたいだ。実のところ、勇者と魔王の存在はすでに形骸化していて、むりやり異世界から召喚させて役割を持たしているのが現状だというのに。


「なあ、アリエス」


「はい」


「アリエスはこの世界における勇者と魔王の役割と結末を知っているんだろ。俺を召喚させたぐらいだしさ。なのにどうしてそこまで俺の身を案じてくれるんだ?」


「もちろん大切な勇者様だからですよ」


 アリエスは祈りを捧げるようなポーズをしながら言う。


「その勇者様のおかげで、私たちの世界が一時的にでも安寧を手に入れるのです。神の救済と勇者様と魔王様の協力のおかげで」


「神の救済と勇者様と魔王様ね。でも、どうしてそれでこの世界が平和になるんだ?」


「それは私にもわかりません。ただ、誰かが唱えたのかこの世界はそういう仕組みになっているのです」


「へぇ、そうかい」


 俺は生返事をして、お茶を濁す。


 窓の外では民家の明かりが煌々と輝いている。魔王が倒された今日という日に、民衆は何を思うだろうか。


 本当は勇者も魔王も厳密には存在していないし、勇者が魔王を倒しても根本的な解決にならない。もはやガス抜きにしかなっていないのが現状である。


 この無限に続く勇者と魔王の結末はどこかで区切りをつけなくてはいけない。なぜならそれは、とても危うい均衡でいつ崩れてもおかしくないからだ。


 などと思ったところでこうも思う。そもそも俺たちがいる世界だってそういう危うい均衡なのかもしれないと。針の上を歩くような危うい均衡で日々の生活を享受しているのかもしれないし、いつどこでデウス・エクス・マキナのような神様の救済が必要になるのかわからない。


「ともかく、俺の役割はこれで終わった」


「はい。ご苦労様でした。そしてありがとうございます」


「で、この後はどうなるんだ?」


「それは後日、私が神様を呼びよせる儀式をしますのでその時に異世界送還が為されるものかと」


「そっか。その日まで俺はのんびり過ごせばいいんだな」


「そうですね。身の回りのお世話は私に任せてください」


 こうして勇者の役割を終えた俺に最後の難題とかいう裏設定などもなく、アルフレッドやカーサなどと過ごしながら日々の平穏さに安らいでいるうちに異世界送還の日がやってきた。


 召喚された祭殿のような場所に王様などが集まり、その人たちと最後の挨拶を交わした後は神官のアリエスを中心にして儀式が進んでいく。


 アリエスは詔みたいなのを唱え、この世界で信仰されている神様を呼びよせているらしい。もちろん神様とは俺の家に突然やって来たあのちんまい美少女だ。


「――、――、――」


 詔が続く中、俺はアリエスの前に鎮座して目をつむっている。今は三方の光の柱からなる三角錐に囲まれていて、その頂点を見上げている。


 この世界でやってきた数々の出来事を思い出しながら、送還されるイメージを作っていく。


 勇者。魔王。異世界召喚。アルフレッド。カーサ。お姫様。剣技。魔法。無双……。


 ここ一ケ月の思い出が走馬灯のように駆けめぐっていく。


(楠本さん、楠本さんっ)


 と、ここで懐かしい少女の声がした。


 自分を神様だと主張するあの少女の声は、遠い昔まではいかないけれど随分前のことのような気がする。


(私です。迎えに来ました)

(ああ、オマエか。神様のお迎えなんてなんだかもう死ぬみたいだ)

(何を言っているんですかっ。今、術式を唱えますから戻ってきてくださいね)


 そして少女が不可思議な言葉を唱えると、俺の意識がたゆたっていく。まるで海の底を潜っているような感覚。クリアで透明な安らぎを感じる。


 でも、やがてその感覚も無くなっていき、海の底から浮かび上がってくるように意識が覚醒してくる。


「楠本さん、稲葉さんっ」


「……」


 俺とユウコを呼ぶ少女の声が聞こえて、在るべき世界に帰って来たのを深く実感する。


 ゆっくりと目を開ければ、俺とユウコと少女の三人が手を繋いで立っていた。そのまま辺りを見回してみると、ここは間違いなく俺の家である。


「戻ってきたんだな」


「はい、戻ってきましたよっ」


「そうか。俺には帰る場所があるんだ。こんなに嬉しいことはない」


 いや、まさかこのセリフが言えるとは思わなかったぜ。


「ユウコ、大丈夫か?」


「ん。大丈夫」


 いろんな意味を込めて聞いてみたのだが、ユウコはいつものようにあっさりと返答した。あっさりしすぎていて、俺たちにあったとんでもないことが無かったよう思えてしまうくらいだ。


 だけど、俺たちは異世界に勇者や魔王として召喚されて帰ってきた。その証拠に簡易魔法が使える。起動術式を構築してイメージしてみると、『回復』の簡易魔法を唱えることができた。


「……………………って、アレ?」


 ちょっと待てよ。簡易魔法なんて使えたら、科学が跋扈するこの現代社会において大いにまずいんではないだろうか。いや、かなりまずいぞ。


「もしかしてユウコも?」


 俺が聞いてみると、ユウコは何やら魔術めいたものを唱え始めた。すると俺の家が一気にまがまがしい気配になり、黒い霧が辺りを覆っていく。


「使える」


「使えるじゃなくて。ユウコ、ストップ」


「ん」


 勇者の力で必死に家を元通りにさせた後、俺は少女の方に向き直る。


「おい、オマエ。これはどういうことだ? 今もなお俺たちは超常的な存在になっているじゃないか。勇者と魔王なんて異世界ではともかく、ここでは笑えないぞ。俺はな、誰もがそうであるように平和な日常を愛しているんだぜ。いや、平和な日常の中にほんの少しの面白さを見つけていくのがいいんだ。いくらなんでもこの状態を楽しむのに難易度が高すぎはしないか。難易度が高すぎて攻略できないじゃないか」


 俺は文句を言うが、少女も途方にくれたような顔をしている。


「お、おかしいですね。そんなはずでは。原因はなんでしょうか。勇者や魔王としての『核』が出来上がっているでしょうか。『核』が存在しているせいで――」


 何かをぶつぶつ言っているが、こちらまでは聞き取れない。


「おーい。神様? 戻ってきてくれ」


「あ、はい」


 戻ってきた。


「それで原因は何なんだ? この異能は消えることはないのか?」


「わ、解らなかったり」


「解らないのか。それは困ったな」


 俺はオーバーアクションさながらに手を広げる。こうでもしないとやってられない気分だ。


「神様にも出来ないことがあるわけか」


「はい。私にもできることとできないことがあるのです」


「まったく、そのセリフが本当だったとは思いもしなかったぜ」


「ごめんなさい」


 少女がものすごい勢いで落ち込んでいくので、これ以上責めようにも責められない。おかげでこのやり場のない気持ちをどこにぶつけていいか解らずに困惑する。


「……」


 まあ、為るようにしか為らないのか。ケ・セラセラか。


「あーあれだ。当面は日常生活には支障はでないように制御してやっていくからそこまで落ち込むな。オマエが全面的に悪いわけでもないのにそこまで落ち込まれたらこっちまで気分が滅入ってくる」


「あ、励ましてくれてありがとうございます。でも、残念なお知らせなのですが制御は不可能だったり。なぜなら楠本さんと稲葉さんには勇者や魔王としての『核』というのが形として出来上がっていて、思考や行動がその『核』に影響される仕様になっているからです」


「は? 『核』? 影響?」


「はい。例えば、勇者としてよく顕著に表れる行動の一つに誰かを励ましたくなったりというのがあるのですが」


「……」


 思い当たる節があった。


 残念なことにユウコも頷いている。


 ていうか勇者ならまだしも、魔王としての思考や行動というのが大いに不安なのだが。


「ということは、必然的に俺とユウコが勇者と魔王として異世界召喚されたことも白日の下に晒さなければならなくなるのか。その言動や行動から」


「はい。おそらくそうだと思います」


 これはとんだ災難である。今時勇者と魔王なんて、小学生のごっこ遊びでもやってない。しかも実際に力が使えるのだからたまったもんじゃないわけだ。


「と、とにかく、オマエはしばらくここに残れ。俺と妹との生活を邪魔されるのは不本意だが、非常事態により勇者保険と魔王保険の適用だ。オマエは解決策に探すことに尽力しろ」


「イエス、ヨア・ハイネスですっ! 私、最善を尽くします」


 少女の懸命な返事を聞いても、俺がこれから先待ち受けるであろう受難を想像するのは容易いことだった。






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