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アリエスと名乗る神官兼お世話役の白装束女の子に案内されて部屋にたどり着く。そこは誰が見ても高価だと解る調度品や天蓋付きのベットもあって、ザ・貴族っていう感じの部屋である。こんな豪華な部屋は見たことがないし、今後お目にかかれることもないに違いない。
「ベッドに入る際は靴をお脱ぎくださいね」
「ん? 靴なんて履いてないぞ」
そりゃそうだ。着の身着のままだからな。考えてみれば、もっとしっかりと準備をしていっても良かったんじゃないだろうか。
「あ、失礼しました。歴代の勇者様もそうだと文献に書いてありました。ということはまずはお靴の用意ですね」
「ちょっと待て。文献?」
それがどうかしたんですか、という顔で首をかしげるアリエス。
「その文献によると、歴代の勇者たちはどれくらいの頻度で召喚されるんだ?」
とりあえず俺は好奇心に任せたまま聞いてみる。
するとアリエスは思考を巡らせた後、端的にこう言った。
「だいたい一世代に一人です」
「つまり約三十年くらいか。ずいぶんな割合で勇者が召喚されているもんなんだな」
「はい、そうですね。でも、サザンライト王国ではそうする必要性があるのですよ」
「ああ、そうか。いろいろと大変なんだな」
「あ、勇者様も事情をお知りで」
「まあな」
「さすが勇者様ですっ」
アリエスは胸の前で手を組んで尊敬の意を示してくる。
「その勇者様というのはやめてくれ。むず痒くてたまらん。他になんか呼び方はないのか? 俺はヒサタカという名前だからそう呼ぶとかさ」
「そんな恐れ多いことはできません。私に天罰が下ります。それにこれから勇者様は勇者様と言われ続けていくのですよ」
そんな大層な人物でないぜ。俺は単なる一介の男子高校生だからさ。
ともあれそんな事情が通用することなく、俺はアリエスにあれやこれやと世話をされていた。細々と身の回りの世話をやってくれる。
「アリエス、今日はいろいろと世話をありがとな」
「いえ、私が進んでしたまでのことなので。それに勇者様のお世話が出来て光栄です」
アリエスはやはり謙遜してこんなことを言う。
このままでは埒が明かないので、話題を変えることにする。
「あのさ、アリエス」
「はい、何ですか?」
「明日、俺は王様と謁見して、勇者としての責務を言い渡されるんだったよな」
「そうですよ」
俺が召喚されてすぐに、たしか王様がそんなことを説明してくれた。明日謁見があり、そこで正式に勇者として任命がくだされるようだ。
「なので勇者様。本日はゆっくりお休みくださいね」
「ああ、わかった。ってなんでオマエまでベッドに入ってくるんだよっ。しかも何のためらいもなく白装束を脱ぎかけているし」
「え?」
俺のベットに入ったアリエスが不思議そうな顔で見つめてくる。
「とにかくその格好は目に毒だ。白装束を着てくれ」
「それよりもあの、添い寝はしないほうがいいのでしょうか?」
なんでそんなことを聞くんだろうね。何か価値観に決定的な齟齬があるような気がするぜ。
「いや、してほしいんだけど、してほしくないというか。あるいはしてはいけないというかね。とにかく心休まらないんだよ」
アリエスはちょっと変わった白装束を身に着けた神官だけど、とても魅力的な女の子であることには変わりはない。添い寝なんてもってのほかだ。妹と一緒に寝るのとはわけが違う。
「だからさ、控えてくれ」
俺がそう言うと、アリエスははた目から見てもがっかりする。
「そうなのですか」
そんなにがっかりしなくてもいいだろうに。
「私は勇者様のために全身全霊を尽くしたかったのですが、勇者様に馴れ馴れしく近づきすぎて嫌われてしまったみたいで」
ほろりと涙を流すアリエス。
俺はだんだん余裕がなくなっていく。
「そ、そんなことないからな。俺はアリエスが添い寝してくれることを嬉しく感じているから。ただ、恥ずかしくてどう対応していいかわからなかっただけだ。だから全然迷惑なんかではないぞ」
「そうなのですか?」
「ああ、そうだ」
「だったら添い寝しても」
「ああ、もちろん構わない」
「それは良かったです」
顔を上げ、着直した白装束の袖で涙を拭く。なんだかとてもいじらしい。
しかしアリエスは涙を拭いたあと、またいそいそと服を脱ぎだす。
「おい、ちょっと待て。だからなぜその白装束を脱ぐんだ」
俺はなんとか冷静さを保って聞いてみる。
「えっと、勇者様。私何かおかしなことをしているのでしょうか」
「だからアリエス」
とつぶやいたところで、俺はにわかに言葉が詰まった。それは脳裏にとんでもない考えがよぎったからだ。
そもそもこの世界では寝巻きという代物がないのではないか。考えれば考えるほどそうとしか思えなく、そうでないとこのアリエスの反応はおかしくなる。それに高貴な身分の方ほど下着姿で就寝すると聞いたことがある。
「どうしたのですか? 勇者様」
アリエスがこっちを見て首をかしげる。すでに白装束は脱いでしまって下着姿になっているが、羞恥心はないのだろうか。
「アリエス。とりあえずベッドの中に入って暖めてくれ」
「はい、わかりました」
俺がとんでもない懊悩を抱えているとも知らずに、アリエスはにこにことベッドの中に入っていく。
「ふう」
俺はため息を一つ吐き、これからどう心を落ち着けるかを考える。しかし煩悩に支配されて、にっちもさっちもいかない。さてどうしようかなどと目をつむって沈思黙考していたら、かなり時間が立っていたみたいだ。
「勇者様。そんなところで寝てしまっては風邪をひきますよ。ベッドは私が温めましたので、入ってきてください」
「オーケー。わかった」
覚悟を決めてベッドに入ろうとすると、アリエスが当然のように衣服を脱がせようとする。やっぱりそういう習慣なのかと確信してしまう。
「アリエス、俺は脱がないぞ」
「そうですか? へんな勇者様ですね」
ふふふと笑うアリエスはとてもかわいらしく、邪気のない笑顔だった。
「では、おやすみなさい。勇者様」
「おう、おやすみアリエス」
隣で下着姿の女の子が俺に抱きついてすうすう寝ているとなるとこっちは目が覚めてくるのも当然で、誰がどう言い繕っても心も休まるものではないのは確かだ。しかもその女の子がどうやら着ヤセするタイプのようで、上下する呼吸とともに柔らかな二つの膨らみがぎゅうぎゅうと押しつけられていく。
どうすればいいんだろうね、これは。
幸せといえばいいのか地獄といえばいいのかもわからない。とりあえず心の中で何度も般若心経を唱えていたのだが、気が付けば夜が明けていたのでびっくりする。
「おはようございます、勇者様」
ベッドの中でもぐもぐしながら、アリエスが朝の挨拶をする。
「あーおはよう。アリエス」
「昨晩はよく眠れましたか?」
眠れなかったと言えば、アリエスはまた責任を感じてしまうんだろうな。なので俺は、笑顔でこう言うしかない。
「まあ、それなりに眠れたよ。アリエスのおかげだ」
おもわず妹にそうするようにアリエスの頭を撫でていた。
するとアリエスはくすぐったそうに目を細める。
「勇者様のお役に立てて光栄です」
「そうか。それは良かったな」
アリエスに生返事をした俺は一睡もしてない頭でぼんやりと考える。
今頃、俺と同じく異世界に召喚されたユウコはどうしているのか。無事、魔王として魔族に歓迎されているのだろうか。何か不都合が乗じていないだろうか。ああ、何か不都合があったら神様が何とかしてくれるんだっけ。
俺たちのところに突然訪ねてきたあの神様だと名乗る女の子とは、いつも見守ってくれるという約束を交わしたはずだ。だから大丈夫だと信じたい。
「勇者様?」
物思いにふけっていた俺を見て、アリエスが心配そうにこっちを見る。
「ああ、何でもないよ。アリエス」
アリエスはいつのまにか下着姿から白装束になっている。昨日着ていたやつではあったけれど、まるで新品のようにきれいだ。
「アリエス。何か魔法でも使ったのか?」
俺はある推測をつけて言ってみる。
「あ、そうです。私はほんの少しだけ『浄化』の簡易魔法が使えるのですよ」
「浄化? 魔法?」
「はい。魔法です。能力のある勇者様なら、簡易魔法はすぐに覚えられると思いますよ」
「そうか。じゃあ謁見まで暇だし教えてもらうぜ」
「はいっ」
そうして謁見を知らせる連絡の人が来るまで、俺は簡易魔法の習得に時間を費やすことになった。
話を聞くと、簡易魔法は『浄化』の他にも数十種類あって、主に生活に密着しているという。俺が想像するように派手に呪文を唱えて敵を倒すとかいうことはなく、起動術式(ヒエログリフのような不可思議な記号がいっぱい並んでいる)というのを頭の中でイメージして設計していくものだった。
一般の人は起動術式の構築に必要な情報をサーチしていくのが大変らしいのだが、俺はなんなくこなせたのだから不思議だ。一度見たら、自然と頭の中に思い浮かべる仕様となっているらしい。
「すごいです。さすが勇者様」
「そうか? 俺は勝手に思い浮かぶんだがな」
「その意気に達するまでが難しいんですよ」
簡易魔法ではあるが、本来は習得するまで何ヶ月もかかるらしい。
なんだかチートな性能だな。さすが神様に異世界召喚をされただけあるぜ。
そうしてほぼすべての簡易魔法を習得したところで、王様の謁見を知らせる人がやってきた。
「勇者様、こちらへどうぞ」
「おう」
さしもの俺でもテンションが上がる。
このテンションは、昔、飯倉と服部と山原の四人でフリーハグの看板を掲げているかわいい女の子といかにして平常心で抱き合うかを夜中に立案していたときに近い。後々、この計画を立てたことを大いに後悔する人物が一人いるのだが、それでもその時の妙なテンションといったらすごいものだった。
今すぐハグできるわけではないのに、俺たちは勝手に自分ルールを決めこんで、あれやこれやと練習をし始めるのだから面白いものだ。若さって本当に青春だよな。特にロリコンの飯倉なんか年の離れた女の子を想定しているものだから、自然と体勢が低くなっていき明らかにハグではないだろうという構えになっていたので気持ち悪かった。
そしてこの話はここからで、翌日、学校が創立記念日なのをいいことに都内でフリーハグをやっているところを検索をして四人で出かけることになったからすごい行動力だといえよう。
俺たちはわざわざ電車賃をかけて都内の街中にある有名な公園に繰り出し、フリーハグの看板を探しに探した。
看板を掲げている人はいるにいるのだが、お眼鏡にかなうかわいい女の子がいない。でも俺たちは諦めずになんと三時間以上も探し回ったのだから、バカもここに極まれりである。
さあ、どうしようか。結局いなかった。などと四人の誰もが無駄な徒労を実感した時、類い稀なる奇跡が起こった。奇跡的にかわいい女の子がフリーハグの看板を掲げて立っていたのだ。
その女の子は舞い降りた天使のようにかわいくて、なおかつ純粋無垢な表情を浮かべてこっちを見ていた。期待を裏切らなそうな優しそうな微笑みが俺たちを虜にさせた。
しかしここで問題が起こった。誰が最初にハグするかでもめたのだ。土壇場になって急に気恥ずかしさが芽生えたところにこそ、完全無欠な思春期の男子だった。
それで俺たちは主要先進国首脳会議ばりの真剣さで緊急会議をやった結果、お姉さん好きでお調子者の山原が出陣と相成った。もちろんこれが初陣である山原だったが、時代を乱世の戦国と勘違いしたのか、事前に打ち立てた『クールにクールで』という標語をすっかりと忘れて鬨の声を上げ女の子に向かっていた。もうどこからどうみても完全に危ない人である。
……ああ、この時の光景は今でも忘れない。残された俺、飯倉、服部が手を伸ばして非常事態と仕切り直しを告げるのに、アイツは振り向きもしなかった。伸ばした手の切っ先がやけに切なく無情にも感じたもので、この後すぐにどうしようにもならないことがやってくるという確信に満ちあふれていた。
案の定、猪突猛進に向かってくる山原に恐れを為したのか、女の子が悲鳴を上げて寸前でかわした。山原は勢い余ってたたらを踏んで公園の側溝に足を突っ込んでしまい、その姿はあまりにも滑稽で会心の出来の喜劇となった。
俺たちは笑いがこらえ切れなくなり、人目も憚らずに爆笑した。この時の三人の連帯感は最強だった。女の子はいつのまにかいなくなっていたのが、俺たちにはそんなことは関係なかった。
あれは俺たちの願望が見せた蜃気楼、または妖精だったのかもしれないと、今でも山原が神妙に語り出すので笑えてくる。いや、本人は確かにいたんだけどな。避けられたという事実を認めたくないからそういう発想になるんだろうね。
ちなみにこの時、山原が叫んだ断末魔の叫びが「ウガゲボァ!」という稀に珍しい吃音だったので『ウガゲボァ!』事件としてメモリーに残されている。
この事件は中二の夏のことだった。
「勇者様、こちらの部屋へお入りください」
「おう」
昔の回想していたところで声を掛けられたので、俺は言われた通りに部屋へ入る。
部屋は俺が案内されたところよりも質素で簡易な造りだ。
「勇者殿。我が世界へようこそ。私がこの世界のサザンライト王国の王様だ」
「ははっ」
とりあえず俺は慇懃な態度を取っておく。
周囲には王様の他に護衛が一人いるが、オーラを消しているのかあまり気にならない。
「そんなにかしこまらなくてもよろしい。勇者殿、とりあえずここに座ってくれ」
「ははっ」
言われた通り、俺は椅子に腰かける。
「さて、昨晩はよく眠れたかな」
「それなりには」
「そうか」
王様は威厳を保ちながらも、人の良さそうな笑みを浮かべている。
それからアリエスに粗相がなかったなどかを尋ねたりして、いよいよ話題は本題に入っていく。
「勇者殿、そなたがなぜ召喚されたのかはわかっているか?」
「はい、わかっています。私は世界を救うため。いや、この世界の均衡を保つための政治的事情として召喚されたのですね」
「そうだ。魔族側も昨夜魔王を召喚したという。だから形式的に魔王を打ち破ってほしいのだ」
そう、それが役割である。
勇者は魔王を倒す。
魔王は勇者に倒される。
「そこでだ。勇者殿には早速出発してほしいと思っている。盛大な出陣式の準備もできているしな」
「はい、わかりました」
俺が返事をしたところで、王様が声を落として言う。
「あとな、これはお願いなのだが、剣士の見習いでもある我が息子も旅に同行させてほしいんだ」
「はぁ、それは構いませんが」
それはパーティってことだよな。それだったら一人よりも二人の方がいい。いや、三、四人くらいがちょうどいいのかもしれない。それがファンタジーの醍醐味ってやつだ。
「ただ、裏事情を知らないし、都合上として純粋に魔族を害悪だと思わせる教育をしてきた」
「っておい、なんだそれ。事情を知っている奴から見たら息子の壮大な羞恥プレイじゃないか。息子のジュブナイル成長物語に一役買えってことかい」
おもわずツッコミで敬語が抜けていた。
王様は遠い目をして斜め上を見ている。
ああ、この王様も昔は役割をこなすための茶番である魔王退治に駆り出された一人なんだろうなと思う。
「とにかく勇者殿、あと一人魔法使いも派遣するから、その二人と協力して事を上手く進めてくれ。頼むぞ」
王様が念を押してくるので、俺は返事をするまでもなく力強く頷くしかない。
でも、まあいいさ、楽しくやっていこう。人生とは楽しんだもん勝ちだからな。
王様の話はもう少しだけ続き、ここの世界観などの丹念に話してくれたのだが、はっきりいってどうでもよかったので話半分しか聞いていなかった。
いや、だってさ……サザンライト王国の成り立ちとか、クレスメルド公国のお姫様が傾国の美人だとか、ハグレント共和国は貿易に秀でているとか聞いても、ああそうですねとしかいえない。なぜなら、勇者という役割をこなしたら後は帰ることしか考えていないからだ。妹も待っているしな。妹には壮大な勇者奇譚を語ってやろうではないか。
やがて気合の入った校長先生よりも長い王様の話も終わり、ちょうどそのタイミングでドアが叩かれて誰かが入ってきた。
「おっ、来たか」
王様が来客者に慈愛の眼差しを向ける。
「はっ、父上」
ということは王子様か。
「それと魔法使いのカーサ」
「はい」
二人は俺が入ってきた時と同じように頭を下げる。
「それはいいから、二人とも適当なところに腰かけてくれ。そうじゃないと話が進まない」
「わかりました、父上。ほら、カーサも」
「はい。王子様」
そして俺の隣の椅子に腰かけた二人を見て、王様が口を開く。
「勇者殿。もう解っているとは思うが二人は旅の仲間だ。これが私の息子のアルフレッド」
紹介された王子は俺よりも二、三歳若くて利発そうな少年だ。今は幼さを残しているが、将来は精悍な顔つきになるに違いない。髪は見事なまでの金髪でキラキラと輝いている。
「勇者殿、僕をよろしく頼む」
「ああ、任せとけよ。アルフレッド」
王子だけどこんな感じの付き合い方でいいのかね。疑問は募るばかりなのだが、王様が暖かく見守ってくれているのでこんな感じでいこうと思う。
「で、こちらは魔法使いのカーサ」
こっちの方の女の子は俺と同じ歳くらい。腰よりも長く広がる黒髪が特徴的だ。
「よ、よろしくお願いします。勇者様」
少し人見知りのようで、俺と目を合わせられないでいる。幼い時のユウコみたいでかわいらしい。
「よろしくな、カーサ」
「はい、こちらこそ」
カーサがはにかみながらうなずく。
「さて、顔合わせも終わったところで一つ。三人にはやってもらわなければならないことがあるんだ」
王様がまた神妙な顔をして語り出すので、三人して顔を見合わせる。どうやらアルフレッドもカーサも事前には聞いてなかったみたいだ。
「それはなんですか? 父上」
アルフレッドが率先して聞く。
「何だと思う? アルフレッド」
「そうですね。お互いにパーティとしてのステータス確認でしょうか」
ステータス? ステータスとか存在するのかね。しかも自分で確認できるとかなんてファンタジー。
「どうですか? 父上」
「不正解だ、アルフレッド。それも大切だがもっと大事なことがあるぞ。カーサはどうかね」
今度はカーサに質問がいく。この分だと最後には俺に回ってくるに違いない。
「私には……わかりません」
「そうか、それなら勇者殿。そなたなら解りそうな気がするが」
案の定、王様に指名されたので俺は考えてみる。でも、全くもって解らんね。こういう場合は自分の願望を言っていいのだろうか。自分がやりたいことといえば……そうだな、武器の選定か。
「正解だよ、勇者殿。そなたたちがしなければならないのは武具選びだ。武具選びは旅の相棒としての基盤作りに一番かかせない。なので、今からそこにいって各自あったものを選んでもらおうか」
というわけで、王様の案内のもと秘密の宝庫らしき場所にやってきた。
ここは外から見て鍵穴もなく、しっかりと頑丈に封がしてある。なので俺はどうやって扉を開けるのかなと思っていたら、なんだか専門っぽい人が難しそうなスペルを唱え出した。
「カーサ」
俺が呼びかけると、カーサがこっちを見て首をかしげる。
「どうしましたか? 勇者様」
「あのさ、あれも簡易魔法なのか?」
簡易魔法は起動術式を頭の中でイメージして構築するはずだった。だけど今、その簡易魔法の特徴とは違う方法で魔法を展開している。
そんな疑問を持つ俺に対して、カーサの答えはある意味推測通りであった。
「いいえ、簡易魔法でありません。あれは非系統魔法という特殊な部類に入る魔法です」
「非系統魔法? ほかにもこの世界には魔法の種類があるのか?」
「はい、ありますよ。この世界の魔法の分類は系統魔法、非系統魔法、簡易魔法の三種類から成り立っています。まずは系統魔法。これは火、風、雷、水、土の五系統がある基本的な魔法です。それに対して非系統魔法というのは、まだあまり解明されていないその人独自の魔法のことを総称して言います。そして簡易魔法は文字通り簡単な魔法で、唯一人々の生活にも根付いている魔法ですね」
と、カーサが説明してくれている間に、秘密の宝庫の扉は開いていた。
「あ、ごめんなさい。話が長すぎました。わ、私、魔法のことになると夢中になっちゃって」
「いいんだよ、カーサ。何かに夢中になれるのはいいことだぞ。あとで俺にもっと魔法のことを教えてくれ」
「は、はい。勇者様」
カーサは恥ずかしそうにうなずく。
でもちょっと疑問に思うことが一つ。俺、普段からこんなくさいセリフ吐いていたか? 勇者になったせいで精神的に影響しているのかもしれない。それだと後々影響が出そうで困ることになりそうだけど、気にしないことにする。
「カーサ、勇者殿、早く」
アルフレッドにせかされて、俺とカーサは秘密の宝庫の中に入っていく。
「おお、すごいな」
秘密の宝庫だけあって様々な種類の宝がある。金銀財宝はもちろんのこと、高価な調度品や武器などがきれいに整然と積み上げられている。
「三人ともこの中から自分にあった武器、防具を選ぶがよい。何を選んでもよいぞ」
王様の太っ腹な宣言を聞いて、俺たちは武具選びに時間を費やすこととなった。王様が言うには旅の相棒としての基盤作りに一番必要なことらしい。なので、慎重でありながらも大胆に武具選びをしていく。
武器を手にした瞬間、闇の声が聞こえるなんていう一風変わった展開もなく、数十分が経過すると各々の格好がぼちぼち決まっていった。俺が選んだ武器と防具はなんとなくだけど、アルフレッドやカーサはちゃんと吟味して特性にあったやつを選んだみたいだ。
「三人ともそれでよいのだな」
王様の最終確認に俺たちはうなずく。
それにしてもここまで高価な剣を持つと心が躍るな。チャンバラごっこをしていた幼少時を思い出すぜ。
こうして自分の適応力に感心しつつも、武具選びが終わった後は、アルフレッドにこっちの世界の話をしてあげたり、カーサから系統魔法の話を教えてもらったりしてその日はすごした。二人ともすっかり打ち解けてくれたので、中々上々な旅ができそうな予感がする。
ちなみに系統魔法は勇者という特権だけでは習得できなかった。さすがにそう簡単にいかないもんだね。簡易魔法とはわけが違うみたいだ。
ただ、剣の方は練習したわけでもないのに自由自在に使いこなせるようになっていたから驚きといえよう。不思議だな。勝手に型が出来ていて大技も繰り出せるんだからたまげたもんである。
「さすがは勇者様ですっ」
で、そのことをアリエスに話すと、彼女は手放しで喜んでくれた。
「でもその言葉は聞き飽きたぜ、アリエス。それに俺は役割をこなすために神様から能力を授かったものだしな」
「敬虔なんですね、勇者様」
何を勘違いしたのか、アリエスはそんなことを言ってくる。
「いや、そういうのも違うさ。まあ、とにかくもう寝るぞ」
立食式の晩餐会みたいなのを終えた今、あとはもう寝るだけだ。ただし、今日も今日とてアリエスと一緒に就寝は変わらないらしい。
「今日も添い寝させていただきますね」
「お、おう」
いそいそと白装束を脱ぎだすアリエスを横目に、俺は気後れしつつも返事をするしかないのが現状だった。