エピローグ
終わりよければ全てよしという言葉に集約されるわけではないが、ある程度はその考え方も理に適っているのではないかと思うわけで、それは俺とユウコが異世界召喚や心象世界などといった到底普通では考えられない複雑怪奇な経験したための袋小路的な納得という側面を多分に含んでいてもそうだと言えてしまう。
いや、単なる勢いで袋小路的な納得とは言ってしまったが、おそらく考えうる限りのベストな結果だったとひそかに思っている。
ややもすれば、安易な軽楽小説のラストみたいにたくさんの瑕疵があるのかもしれないけど、結局のところ、俺は妹や幼馴染や級友などと一緒にささいで平穏な日常の日々を過ごしていければそれでいいというスタンスであるからにして――波乱に富んだここ最近の日々もそれはそれで楽しかったが――もはやそんなことはどうでもいいというのが正直な本音なのだ。
ただ、それでも事後処理というかその後の顛末は軽くしようと思う。
俺たちがユウコの『器』から分離した魔王の『核』を破壊した後、神様の内なる声の迎えとお姫様の移動魔法によって、全員が我が家にて会することとなった。
俺とユウコが真の意味で勇者や魔王でなくなったことを全員で喜び、事情があまり解っていないアルフレッドやカーサなんかも交えて盛大なパーティーを行った。
パーティーは言うまでもなく盛り上がり、飲めや歌えやの大騒ぎになった。
そうして宴もたけなわになり、誰もが陽気に身を任せる中、大根料理も食べれてご機嫌なはずの神様だけはなぜか悲しそうな顔をしていた。両方の目から尋常じゃないほどの涙もあふれさせている。
「どうした? 神様」
俺が問いただすと、神様は瞳をうるうるさせて言う。
「く、楠本さん」
「だからどうしたんだ?」
「うぅ」
神様はなかなか泣き止まない。
「わ、私にとってここにいる意味がなくなってしまったり。だって、楠本さんと稲葉さんはもう勇者と魔王ではないのですから」
「そうか。それもそうだな」
「ぐすん。ここでの生活は新鮮で楽しすぎて幸せで嬉しいことばかりでした」
「オマエな。泣くことないだろ」
俺はあきれつつもさらに言葉を続ける。
「ていうか、クーリングオフって知ってるか?」
「え?」
「クーリングオフだ」
「し、知らなかったり」
「なら、教えてやるよ。クーリングオフとは購入の申し込みや契約をした消費者に一定期間内ならば契約の解除ができる制度なんだ」
「えっと、それが今と何の関係があるのですか?」
「何言ってんだよ。俺とユウコは保険という商品の返品ができないんだぜ」
「え? 保険ってなんですか?」
「忘れたのか? 勇者保険と魔王保険っていう契約が残っているんだが」
意味が解っていない神様は俺を訝しげに見つめる。
「だからさ、問題が解決してもあれだぜ。オマエは勇者保険と魔王保険の中の俺とユウコを近くで見守っているという項目を無視できないんだよ。こっちだって神様にはもう用がないんだから、そんな契約はクーリングオフしたい。けど、もうできないんだ。一定期間の日にちなんてとっくにすぎてしまったから」
「ということは、これからも楠本さんと稲葉さんを近くで見守っていなくてはいけないんですか?」
神様のその問いにはわざと答えない。
「だいたいな、仮にもこれから問題が起こりえる可能はゼロではないんだ。オマエにはいてもらわなくてはいけないだろ」
「く、楠本さんっ!」
神様は体当たりするかのように俺へと抱きついてきた。
「くっつくなって。冷房が効いていても暑苦しいんだよ」
しかも、誰もがその様子を温かい目で見ている。なんだかとても居心地が悪い。
「わ、私、嬉しいです。とても嬉しいですっ」
「こっちは遺憾の意を表明したいけどな」
俺が放った言葉はほとんどが建前だ。でも、コイツには建前くらいでちょうどいい。
構って欲しがる神様に、もう少しいてほしいなんていう言葉は金輪際必要ないのだからな。
そして翌日の二学期最終日、すでに勇者の『核』を失った俺は当たり前のように遅刻してしまい、鋭角な唾を飛ばすことで有名な富樫教諭の嬉々とした説教をたっぷりと聞かされるはめになった。
「まったく、富樫の奴は」
そのおかげで屋上へ行くのが少し遅れてしまった俺は、階段を二段飛ばしにして急いでいる。
呼び出し人はクラスのアイドル的存在なあの女の子。勇者の特権であるハーレム機能を見事に失いながらも彼女からはかわいらしい便箋を一通承ったのだが、今回も拝啓から始まり敬具で終わる丁寧な手紙なので恋文特有の色気はない。おそらくは昨日の出来事を清算したがっているのだろう。間違いなく俺でもそうするしね。
屋上に着けばすでに梨木が待っていたので、俺は昨日の仕返しとばかりにゆっくりと後ろから近づいていく。
「梨木」
「ひゃあっ」
耳元で声をかけたら異常なまでに驚いてくれたので、少しやりすぎたかもしれないとひそかに反省する。
「とりあえず遅れてごめん。富樫に説教されてた」
「あ、うん。いいの。そんなことよりも私は楠本くんに謝りたくて。後、色々と弁解もしたくて」
「ああ、解っている」
「うん」
「……」
「……」
少しのあいだだけ沈黙が訪れるが、やがて覚悟を決めたのか梨木が口を開く。
「とにかくごめんなさい。本当にごめんなさい。私、あの時、その、勝手にキ、キスしたから……。そして、その他にも色々と不躾なことを聞いたり迷惑をかけたの」
言い終わると、梨木は深々と頭をさげてきた。
「梨木、その件についてはもう気にしてないぜ。それに今回は梨木がそういう不遇な役どころだっただけなんだ」
「き、気遣ってくれてありがとう。あ、で、でもね、こんなこと言うと電波なんだけど、私、異世界の住人の子孫で変わった力が使えるの。それだけは本当で楠本くんならきっと解ってもらえると思って」
「ああ、大丈夫だ。俺は信じているぜ。俺だってそういう経験をした。だから俺と梨木は仲間だよ」
「あ、く、楠本くんっ」
梨木の顔が急に紅潮してきた。
「どうした? いきなり顔を赤くして。日射病か?」
「な、なんでもないの」
しかし、梨木の視線が下へと向けられる。具体的に言えば、俺の股間付近だ。
「梨木?」
「あう」
紅潮していた顔がさらに赤くなった。これ以上赤くなることなんてありえないくらいのレベルだ。
「やっぱりここにものすごいエネルギーがある。それが気になって仕方ないの」
「は?」
「それ以来、私は楠本くんの顔がまともに見れなかったりするの」
それは恋であってほしいのだが、絶対に違うんだろうな。だって、俺の股間の不可解なエネルギーについての話だし。てか、オチはそれでいいのかよ。
――パシャパシャ。
と、ここでいきなりフラッシュが焚かれた。その方角へ目を向ければ、新聞部の厄介な先輩がいる。
「これはスクープかしらね」
「開口一番そのセリフですか。てか、藤沢先輩止めてください。俺はもう勇者ではないんですよ」
「あら、私にとってそれは無理なお願いね。スクープはいつだってキャビアなんだから」
「そのセリフ、意味が解らないんですが。梨木もそう思うだろ」
俺は梨木の方を会話を振ってみたが、当の本人はあわあわしていて全く頼りにならない。
「それよりもね、屋上でのハレンチ行為は禁止よ」
「ハレンチって。なんか年の差を感じますね」
「楠本くん」
「やべぇ」
精神的優位に立とうと思ってついうっかり口を滑らせてしまった。これでは元も子もないじゃないか。
「あなたは私にぐりぐりされたいのね」
「い、いえ」
藤沢先輩の様子を見るとこめかみの辺りがかなりぴきぴきしている。このままだと新聞部の権限を生かして、不当なまでのペンの暴力を受ける可能性がありそうだ。
「覚悟しなさい」
しかし、その前にぐりぐりという恐怖の攻撃が。
「梨木、助けてくれっ!」
「く、楠本くんの、あそこが七色にっ」
待て、オマエは何を見ているんだよ。
「やっぱり私しか救えないの!」
「救わなくていいからっ! あ、いててててっ! 藤沢先輩、ぐりぐりの威力強すぎますって!」
どうやら俺の受難はもう少しだけ続きそうな気配だった。
予想外に発展した騒動と本格的な夏の暑さのせいですっかり疲弊した俺は、汗だくだくになりながらもいつもより長く感じる通学路を丹念に歩いていた。
やはり一人ということもあってか恒常的かつ普遍的な女の子に対する疑問を思い浮かべたりしたのだが、しかしそれはなんてことない日常の一コマだと考えているうちにいつのまにか自宅の三〇五室にたどり着いているのだから世界は不思議である。どのくらい不思議かというとくだらない飯倉理論を心の底から納得してしまうくらいだ。
「お兄ちゃん、おかえりー」
そして俺がまだ鍵穴もいじくっていないのに、まるで玄関で待ち構えていたかのごとくドアが開く始末でもある。不思議だ。センサーでも働いているのかね。
「お兄ちゃん、ただいまは?」
「…………」
一服の清涼剤とも言うべき妹の声はいいのだが、その恰好はだめだと思う。
「オマエ、裸エプロンかよ」
俺の妹がこんなに露出狂なわけがない。ただ、ほんの少しだけ肌をさらしたがりなだけだ。いや、この二つはかなり矛盾してるが。
「ちっちっ。甘い甘い。練乳をたっぷりかけた特製アイスより甘いよっお兄ちゃん。これは半裸エプロンだって。だいたい女の子はそこまで男の人が好んでいるシチュばかりを狙って行動しているわけではないんだからね。カン違いもいい加減にしないとエプロンめくっちゃうよ」
あれ、こんなウザかったっけ。
「ウザくないってばっ。サービスサービス」
「はいはい、サービスね」
「そう、サービス。って、お兄ちゃん。親切に靴べらを差し出した私を無視して置いていかないでっ! 私は置き物じゃないよっ! 待って!」
とにかく妹を軽くあしらうことで妥協しつつも居間へ行くと、神様とお姫様が仲良くアイスを食べていた。
「あ、楠本さんっ。おかえりなさい」
「おう、ただいま」
「ヒサタカ、おかえり」
「ああ、ただいま」
ここでも食べる手を止めない二人はアイスに夢中なのがよく解る。
「これは手作りみたいだな」
「そうです。稲葉さんのお手製だったり。今日はあまりにも暑いので、私たちはアイスパーティーをしていたんですよ」
「アイスパーティー? そんなパーティー聞いたことないんだが。てか、オマエたちはまたユウコに料理させているのか。昨日のパーティでもユウコは働き詰めだっただろうが」
俺はおそらく台所にいるであろうユウコのところに向かう。
「ユウコ」
「なに?」
「手伝おうか?」
「大丈夫」
「そうかい」
「それよりヒサタカも食べる?」
ユウコが無表情でアイスを差し出してきた。
「じゃあいただくかな」
というわけで、俺はスプーンでアイスを一口すくう。
「おいしいな。さすがはユウコだ」
「……ありがと」
「でも、あんまり俺たちのために無理するなよ。ユウコが魔王になっていた時、稲葉家は家族団欒の時間が取れなかったんだから」
「うん。でも、今日だけはどうしても来たくて」
「ん? なんかあったのか?」
「私、確認しに来た」
「確認?」
「梨木さんだけは心配だから」
「梨木? たしかに彼女は思い込みが激しいところがあるからさ、まだ勇者関連のことを勘違いしている可能性はあるだろうな」
「違う」
「え?」
聞き返してみたけど、ユウコからの返事はない。
意図を汲んでもらえず、ほんの少しだけ機嫌が悪くなったみたいだ。
これは何か良くないことが起こる前触れなのだろうか。はてさて。
「えっと、ユウコ?」
「なんでもない」
「そうかい」
「大丈夫。夏休みだから当分は大丈夫」
「ああ、そうだな」
梨木のことは心配しなくてもいい。
なにせ明日から夏休みがはじまる。
「あ」
ふと名案が思いついた。
「今年の夏は久しぶりに夏祭りへ行こうぜ」
「え?」
「俺さ、もう一度ユウコの浴衣姿が見たいんだよ。服部の家で七夕祭りをした時、あんなにも似合っていたから」
俺は鼻の頭をかきながら照れくさそうに言う。
てか、あの時のユウコは大和撫子そのものだった。
「どうだ?」
「ん。行く」
嬉しいことにユウコは即答してくれた。
「そうか。じゃあ行こうな」
「うん」
ユウコが無表情で喜んでいる。
どうやら機嫌を直したみたいだ。
「楽しみだな」
「楽しみだね」
と、ユウコがオウム返しみたいに言う。
「……」
そうだな。出来れば今俺の手元にある四年前のやつと同じのがいいな。
俺はそのユウコの変わらない表情を愛しく思いながら、屋台の射的で新しいネックレスを取ってあげようと心に決めたのだった。
『俺が勇者で幼馴染が魔王で』は一応これで完結になります。
続きはいくつかの要望があれば考えてみますが、どうでしょうかね。読者数見る限り厳しいかな。それにネタはまだ浮かんでいませんし。
とりあえずはもう少し整合性を保たせるために序盤の方から少しずつ推敲していくつもりです。
後、感想も待っています。ほんの一言でも作者は喜ぶのでぜひお願いしますね。
そして、最後にここまで読んでくださった方は本当にありがとうございました。
私は『幼馴染との付き合い方』という作品の方がメジャーですのでそちらにも目を通してくださるとても嬉しいですね。待っています。