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05.従者と王子

久々の投稿ですみません。

まだまだ続きます。今回は従者視点。


 その日、リムは困り果てていた。



「僕が、ですか?」



 麗らかなとは言い難い冬の午後、王宮の一室にリム・マーティオスの姿はあった。

 謁見の間ではなく王族がプライベートに使用している応接室でリムを待っていたのは、現王ヤーレムの第七王子レインダール。

 彼は、第二王妃エレンシアが産んだ長男であり、スノウティナの同母兄でもある。


 第七王子でありながら、父譲りの深い洞察力と枠に囚われぬ政治力。

 若いが優しく温和な青年は、やや頼りないと評されながらも、将来有望な宰相候補と目されていた。



「ああ。君以上の適任者はいなくてね」


「はぁ……」



 リムの敬愛する王女の兄であり、王女の次に尊敬しているレインダールからのお願いにも拘らず、快い返事が出来ない。

 尤も、王女がそれを聞いても「仕方ないわ」と頷いてくれただろう。

 なぜならば、”お供”と書いて”猛獣の世話”と読んでも差し支えないような、面倒極まりない仕事を申し付けられたからだ。



「こちらも今は忙しくてね、とても暴走馬鹿の相手は出来そうにない。頼むよ」


「……仕方ないですね。スノウ様の為ですから」



 レインダールはリムと似ている。

 スノウティナを溺愛している一点に於いて、互いに信用の置ける人物である。

 他の虫が付かぬよう、長年結託していたある意味相棒だ。それ故に彼の願いは聞きたいと思う。例えそれがストレスばかり溜まる任務であろうとも。


 眼裏に愛しい女神の微笑を思い浮かべながら、リムは頷いた。










 そもそも、リム・マーティオスは異例(イレギュラー)の存在なのだ。


 くるりと巻いた金の髪。

 晴天の空に似た綺麗な碧の眼を持つ愛くるしい童顔の持ち主。

 彼はアルスヴィド王国の”救国の女神”スノウティナに忠誠を誓った魔導師だ。


 彼の精密な術展開方式は特殊で、発動する時に星の煌きを思わせる鮮やかな力の軌跡を描く。

 見るものを魅了させ、彼の魔導術を一度でも受けたものは魂を抜かれると云った、真否が定かでない噂までも存在するほどだ。


 王国一の実力者である魔導研究所長が絶賛するほどの魔力保持者であるが、リムは魔導研究所に籍を置いていない。

 破格の好条件をぶら下げての幾度とない勧誘にも関わらず、彼は一度たりとも出世に興味を示した事がなかった。


 理由は簡潔、且つ明快。


 この力は、生涯の忠誠を捧げる王女の為に。

 だから力を奮うのは王女に関することだけ。


 ……とは流石に立場上、貫き通せないのは解っている。

 それ故に王女個人だけでなく、王族お抱えの魔導術師という身分と責任を賜っているが、それは王女の親兄弟だから敬意を表しているだけに過ぎない。

 リムにとって、王も国もその程度だ。


 彼にとって、世界は主人の庭という認識しかない。









 




 客間に控えていた衛兵に名を告げると室内に通された。



「ご機嫌麗しゅう、フェルナンド殿下」


「貴様か。相変わらず湿気た面してやがる。」



 客間の豪奢なソファに踏ん反り返る青年にじろりと睨みつけられるが、気付いていないフリをして「申し訳ありません」と笑いかけた。

 クレゾンの童話に描かれている”神の御使い(エンジェル)”そのものの微笑みは、殺伐とした空気を一掃した。

 事実、隅に控える侍女の頬が紅に染まっている。ソファを独占する男は一層剣呑な視線を投げかけてきたが。



「スノウティナはまだ見つからないのか」



 ”暴走馬鹿”とレインダールが闇で渾名するこの男、王宮の貴賓として招かれているだけに一般人ではない。

 砂漠の国エレーニルの第三王子だ。

 名をフェルナンド・ルイ・ノイブルク・エレーニル。

 この際面倒なので”暴走馬鹿”と改名すればいいのに、レイン殿下はネーミングセンスが抜群だ……とリムはこの場に居ない王子を心の中で褒めたかどうかは、柔らかな微笑からは伺えない。



「先日も書簡でお答えした以上の進展はありません」



 リムが答えると、チッと舌打ちの音が聞こえた。



「役に立てねぇ連中だ。……まあ、それ故にオレが来てやったんだがな」


「では調査の為に、わざわざ、お越し下さったんですか?」


「調査じゃなくて討伐だ。婚約者殿を助けるのは当然の義務だろう。それにあの女もまさか救い出したオレを拒むまい」



 嫌味というスパイスたっぷりの問いにも気付かず、フェルナンドが頷く。 

 ”元”婚約者でしょう、とか色々とツッコミを入れたいのは山々だが、敢えて「そうですか」と関心無しの一言だけを返した自分を褒めて下さいスノウ様。一瞬だけ意識を魔界へ飛ばした。



「なぁ貴様。スノウティナの好みはどんな男なんだ?あれだけ周りを付きまとっていたんだ、貴様でも知っているだろう?」


「……付き纏ったのはお前だろうが」


「何か言ったか?」


「いいえ別に。…………そうですねぇ」



 主人の好みは知らないが、彼女が自ら魔王の元へ下った原因だけは知っている。

 毛嫌いされるほど付き纏っているのはアンタですよ。

 とは面と向かって流石に言えないので、リムは思慮深げな従者の仮面を被り直して王子に向き直った。



「僕は一介の従者に過ぎないので存知上げておりません。ですが……」


「何だ?」


「恐れながら、私個人の推察を申し上げても宜しいでしょうか?」


「構わん。言え」


「では申し上げます。……スノウティナ殿下は読書がお好きです。伝記や歴史書の類から魔導術学や医学に至るまで、ジャンルを問わない程に。生きた昔話を知りたいからと、我が国の老賢者の話を幾度となくおねだりになっておられました。ゆえに叡智(えいち)に富んだ優しい人、読書が好きな人、博学な人、などがお似合いではないかと。……勝手な解釈に過ぎませんが」



 嫌味だ。

 この傲慢で残忍な第三王子に、叡智も優しさも欠片だって存在しないのは、各国王室関係者の常識なのだから。



「ふむ。いかにも俺のことだな」


「……はぁ?」



 絶っ対有り得ないっ!

 


「貴様みたいな下民上がりのガキでも、たまにはまともな事を口にするんだな。ところでエイチとは何の意味だ?」



 こいつアホだ!

 嫌味が通じない。っていうかまさか自分が賢いと思ってたなんて世界びっくり大百科だ!

 どうしましょう姫様ぁ! マジで手に負えません殴ってもいいですかいっそ消しちゃいたいんですけど!



「まぁいいか。じゃあな」


「え? ……殿下?」



 フェルナンドが立ち上がり扉を開けるよう衛兵告げた。

 開け放たれたその先に進む広い背中をそのまま見送りかけて、我に返る。

 仕方なくリムも長い廊下に出た。


 足早に廊下を進み厩舎に着く。既に馬に跨った格好の王子は、漸く追いついたリムを見下ろした。



「で、殿下! 魔王を倒すって──」


「は? 当たり前だ。何の為にオレが来てやったと思っているんだ?」


「……」


「オレ様の剣にかかれば”魔王”の一匹や二匹瞬殺だ。たかだか魔族の分際でスノウティナを欲する輩なんか、滅びればいいんだよ」



 そう言ったきり、リムには眼もくれず馬の腹を蹴った。

 颯爽と跨る彼は自ら豪語するだけあって、確かに卓越した剣技の使い手だ。だが……。



「瞬殺されるのはお前だよ、フェルナンド殿下」



 何も、知らないくせに────。


 立ち尽くすリムの空気ががらりと変わった。

 瞳の澄んだ翠が段々と翳ってゆく────水面に落ちた墨が染み渡るような速度で、ゆっくりと。

 つられて気温が急激に下がった。

 成人男子としては些か大きいリ瞳の色が染まりかけた時、



 『────静まりなさい、リム』



 頭の中で、自分とは違う声が命令を下した。



「……っ」



 リムははっと顔を挙げ、それから深い息を吐き出した。

 すると変わった時と同様の速度で、瞳の色が戻ってゆく。


 危ないところだ。

 怒りのあまり、変質しそうになっていたとは。



「……わかっています、僕は」



 まだ、その時じゃない。


 幸いにして、空気が剣呑な闇に染まった事態に、近くを通る兵達も気付かなかった。

 いつの間にか彼を囲む結界のお蔭だ。

 意識を通じ合わせている存在が異変に気付き、咄嗟に魔力を張り巡らせたのだろう。


 リムは諦めたように息を吐き、それから右手で反対の手首に触れた。

 ひんやりとしたそれは幼い頃に恩人が嵌めてくれた腕輪。

 水に似た感触がリムは好きで、力が暴走しかけたときはいつも、腕輪の存在を確かめていた。


 その清らかな冷たさが好きだ。王女に似ているから。



「あなたに、生かされてる」



 ────ねえ。

 愚かだよ、フェルナンド殿下。


 彼は何も知らない。

 世界の闇も光も全てを知らないで、救世主になるつもりでいる。

 彼だけでない。知らない人間が多すぎる。

 

 それのなんと愚かなことか。


 フェルナンドが魔王を倒すことは決してない。

 その前に、リムが全力であの”暴走馬鹿”を排除するから。










 真っ白な雪の中、孤独に怯えたリムを拾ってくれた、────あのひとの為に。


 


 

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