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04.盛り上がる

 


「ねえ、変態。ちょっと思ったんだけど」


「んー?」



 ソファに寝そべった魔王に、読書用の椅子に腰を掛けながらページを捲る王女が珍しく自分から話しかけた。


 スノウティナが魔王城へやってきて、かれこれ半年。

 魔界では昼夜の区別が特にない。

 時間の経過を知りたいという彼女の為に、魔王が時計を用意した。

 流行の置時計でなく、王女の身長ほどの振り子時計。魔力で動くそれは『お願い』した時間になると小鳥の歌で教えてくれる。


 幾つか持ち込んだ私物のうちのひとつ小さな日捲りカレンダーが、ベッド横の趣向の凝ったテーブルに鎮座している。

 眼がくりくりとしたラブリーな子猫のイラスト。

 毎日変わるのが嬉しくて、朝起きれば日付を更新するのが彼女の小さな幸せなのだ。

 捲ったイラストは勿論丁寧に保存。

 そんな日課だが、王女らしくない地味な趣味なのでバレないように気をつけてくれ、とある意味随分不敬なことを、かつて王女の護衛役兼幼馴染みにしつこくお願いされた。

 故に、王宮でも幼馴染と侍女しか知らなかった、ささやかな趣味だったりする。


 カレンダーを見ると、人間世界ではそろそろ夏の暑さが和らぎ次の季節へと経過する、そんな日のこと。



「”勇者”とやらは実在するのかしらね」



 勇者、と聞いた魔王の耳がぴくりと震える───訳もなく。

 さりげなく問いかけながら、些細な変化も見逃すまいとじっと見つめる王女に、身体を起こしながら彼は笑った。



「今度は何を読んで……ああ、クレゾンの本だね。成る程」



 クレゾンはユヴェール大陸の中心アルスヴィド王国の南西に位置する小国だ。

 特出した産物こそ他国に比べ随分少ないものの、人が生み出す芸術を財産としている。

 音楽や絵画の道を目指す者が一度は夢見る憧れの国、それがクレゾン。

 芸術の国として有名だが、一部の分野を扱う書家にとっても憧れの地であった。



「あそこの童話は面白いね。”鞭打ち姫と七匹の駄犬”なんて秀逸だなぁ。王子が登場するところとか」


「ああ、眠る王女の鞭に惚れて高値で買い取った通りすがりの馬面王子? 確か、その金を元手に暴利な金利で金貸しを始めた姫と下僕が、悪い父王から継母を救い出す為に軍事国家を作り戦を仕掛けるのよね」


「そうそう。ラストの”そうして王子と杖はいつまでも幸せに暮らしました。めでたしめでたし”───って所が好きなんだよ。 クレゾンの童話は、アルスウィドの本と違って堅苦しくないのがいいね」


「アンタが童話まで読むとは想像しなかったわ。意外ね」


「読む? そんな事はしないよ。こうして手を翳すだけでいいんだ。中身が全部頭のナカに入るから」


「……勿体無い」



 魔王の能力の一つなのだろう。


 そう言えばまだ自国に居た頃、聞いた事がある。

 魔王は触れることなく秘密を暴く、と。

 羨ましさよりも、読書の虫を自覚している王女にとって、もし自分が魔王なら耐え難いなと思った。


 「勿体無い?」と魔王に問い返される。


 

「読書ってね、ひとつずつ文字を拾いながら頭の中で構築してゆくのよ。学問書でも歴史書でも、童話だって同じ。ページを捲りながら、この先はどうなるのか、この謎はどうやって解明されるのか。そんなことを考えながら読み進めるの。たった一行に込められた言葉に感銘を受けたり、人生観まで考えさせられたりね。かくいう私も何度、…………だ、だから! アンタは勿体無いって言ったの!」



 途中からまじまじとこちらを見つめる視線に気付き、語尾が荒くなる。


 ……我ながら恥ずかしい。熱く語ってしまうなんて。


 赤く染まった顔を背けた。

 魔王からは、まだ信じられないモノを見るような眼を向けられている。

 その眼を止めろ、と言いたいが、言ったら何が返ってくるか予想付く。



「勿体無い、なんて初めて言われた」


「……何よ、私じゃなくてもそう思う人はいるわ」


「そうかもしれない。でもね、スノウ以外は誰も”言えない”」



 魔族には敬意を抱かれ、人には恐れられているからか。

 魔王の言葉に含まれた意味──”言えない”──の中身を尋ねようとしたものの、訪れたのは重い沈黙。

 どうしてか、聞けない。聞くことを許されない、そう宣言されたかのような。



「勇者は、いるよ」



 ややあって魔王が口を開いた。



「……は?」


「あれ? スノウってば、自分で聞いたのに忘れちゃったの?」


「覚えているわよ。いきなり話変えるアンタについていけなかっただけ」



 今、王女が読んでいるシリーズ小説も、クレゾンに住む人気想像小説作家の代表作だ。 

 世界を暗黒に変えた魔王に挑む”勇者”と後に呼ばれる少年の話。

 勇者と、仲間の亜人──犬族、鳥族、猿人──が、伝説の武器”メロメロリン☆ソード”という、聞くだけで殴りたくなるような名前の剣を求めて、ダンジョン内に溢れるモンスターをばっさばっさとなぎ倒してゆく冒険談だが、これはこれで面白い。


 面白いと思ったのはストーリーそのものよりも、”勇者”という固有名詞。

 魔王を殺す事の出来る能力を持った、唯一の希望が”勇者”だ。

 ある日突然神託を受けるという。

 突然、神々の加護を授けられて、「魔王を倒せ」と脳裏で誰かが囁く。──決して勇者が妄想癖とか、精神的におかしくなった訳じゃない、らしい。



「その本はね、ただの物語じゃないんだよ。だからスノウが選んだ」



 そもそもこの世界には勇者など存在しなかった。


 何故ならば、魔王が出現したのは10年と半年ほど前。

 それ以前に魔王が存在したという記録はない。

 また、魔族の数も非常に少なく、魔域と呼ばれる結界の外に出なければ、人が襲われることもない世界だったからだ。


 だからこそ人々は突然世界を闇に陥れた魔王、魔族の王を未知なる物として恐れる。

 10年の間に各国で魔王討伐の軍隊を差し向けたものの、誰一人として帰ってきた者が居ないから。


 魔王と共に魔界に引っ込んだ”救国の女神スノウティナ王女”も、ヤーレム王の懸命な捜索をもってしても、杳として行方が知れないままなのだ。

 一応アルスウィドではそういうことになっている。


 そんな無敵の暗黒存在を殺せる”神々の祝福”を受けた人間、それが勇者。

 その設定を考えた作者の着眼点が面白いから気になった────のでは、なく。


 ただの直感だ。



「選んだ? ……さっきから、わざとらしい意味深な言い方でむかつくわ」



 ソファから立ち上がった魔王が、ゆっくりと王女に近付く。


 ああ、私が引き金をひいたのだ───と確信した。

 魔王の中の、奥に位置していた引き金を。



「うん。むかつくように言ったんだもん」


「語尾がウザイ」



 いつもなら此処で蹴りの一発や二発お見舞いしているのに、今は身体を動かせない。

 動かないように圧力を掛けられた空間。

 誰の力が作用しているかなんて考えるまでもない。


 ……柔らかな笑みを浮かべる青年が、魔王だ災厄だと恐れられている史上最悪な存在なのは、知っている。

 本能が恐れている。

 彼がその気になれば、スノウティナというちっぽけな人間なんて一瞬で消されてしまう事も、悟っている。


 何故だか、魔王が今、スノウティナの暴言を気に入っているだけ。

 だから自分は”救国の女神”と何も知らない民から崇められて、生きていられる。ただ、それだけ。



「ねえ、どうして君を攫ったのか、聞きたい?」



 一歩、近付く。

 反射的にに込み上げる震えを堪えて、魔王を睨み据えた。



「……私にとって愉快な話じゃなさそうね」



 攫われた、とは思っていない。

 魔王についてきたのはあくまで自分の意思だ。

 国を救う為に取引をした、と言えば外聞はいい。少なくとも、民はそう思ってくれているらしい。後世にもそう伝えられるだろう。

 ──真実は自分だけの胸に秘めているだけ。


 魔王の口ぶりが今にもその秘密を暴きそうな気がして、だからやんわりと断った。



「聡明だね。聡明すぎてつまんない。……まあ今はいいか」



 また一歩。

 手を差し伸べたら触れてしまう位置で魔王が足を止める。

 いつものように抱きつく事も、胸や尻を撫でながらの変態発言も、今の彼から想像がつかない。

 魔王は立っていた。理知的な微笑が口元を彩っている。



「あのね、勇者は居るよ。まだ目覚めていない。勇者担当の神が眠っているから」


「た、担当……」



 ……神の世界まで当番制なのか。

 こんなに緊張感漂ってる中なのに、王女はがっくりと力が抜けそうになった。



「勇者は魔王を殺せる。だから神に眠ってもらったんだよ、勇者を起こせないように」


「卑怯ね。堂々と戦う気概はないの、アンタ全知全能なんでしょうが」



 そもそも全知全能なら死なないのでは、とは思うが。



「やだよ面倒臭い」



 呆れた。戦うのが面倒臭いから眠らせてると聞けば呆れるしかない。

 けれど一番呆れているのは。



「忙しくなったら、こうしてスノウに触れられなくなる」



 ……自分自身が理解できなくなる。

 壊れ物のように優しく抱き寄せられると、抵抗する気力すら起きない自分に。

 どうせ魔王の手の中に居るのだ。

 どんなに足掻いても、きっと逃げられない。逃げる場所なんて、ない。



「……馬鹿、万年馬鹿、ぐうたらしてんじゃないわよ。一遍勇者に殺られたら頭もスッキリするんだから、さっさと起こして殺られてこい」



 だからせめて、憎まれ口を叩く。



「うんうん、相変わらずスノウの匂いはたまんないね。舐めつくして突っ込んで啼かせて昇りつめさせてあげたくなる」



 ちゅっ。

 軽いリップ音が聞こえる。

 間近で……間近?

 何故か顔が近すぎる、否近すぎるなんてものじゃない。距離はゼロ。そして唇がなま暖かい。詳しく掘り下げると、生暖かく濡れた感触が唇に残っているのだ。

 満足気な顔が離れてゆくのを王女は呆然と見つめていた。 



「……」


「ゴチソウサマ」



 語尾にハートマーク乱舞な食後の挨拶。



「……っ、今すぐ死ねぇぇぇっ!!」



 魔王城に普段と変わりない悲鳴(?)が響いた。




fim feliz?

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