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03.恋愛なんて語ってみる

大したことはありませんが今回少しばかりお下品なのと、これからの展開で避けられないかもしれないので、全年齢からR15とさせていただきます。


 


 ”恋愛”とは如何なるものか。


 最近読み始めた人間界の書物に、よく描写される単語だ。

 魔族が魔王に抱く従属の意思や”玩具”に抱くお気に入りの感情とは異なるものらしい。

 その恋愛とやらは時に奇跡を呼び、時に低俗な魔が好む憎悪と狂気を産みだすという。


 突然何だ、と?

 例えが欲しい?


 ……そうか。

 では、徹夜して読んだ書による、”恋愛”が人間にもたらす主な症状を私なりに見解してみよう。



 1.対象物に対し思考を巡らせると心臓(魔族の”核”とは異なる)が痛む。

 2.対象物を視界に入れると特に動機が激しく、時に涙を浮かべ軽い呼吸困難に陥る。

 3.対象物の為になら自己犠牲も厭わないと思う(実行に至るケースは殆どない)。

 4.対象物を相手に様々な妄想をしてしまう。

 5.そんな自分に浸る。

 6.寝ても醒めても思うは彼の事ばかり。

 7.これが恋なのね! そうよそうだわ!

 8.だったら、



「告白して彼の身柄をゲットするしかないのよ! そう決意したカナは、下校途中のタカシを捕まえこう言った。───あなた私の奴隷になるといいわ、一生飼い慣らしてあげるから。タカシは恍惚の表情を持ってそれに応えた。こうしてタカシは優秀な下僕となりその、」



 最後まで言い終わる前に、目の前の青年を無言で止めることに成功した。

 ぶん、と思い切り投げつけたカップは顔面を正確に狙ったのに、肌に触れる直前の位置でぴたりと静止した。

 勿論、中身の茶はとうに飲み終えている。


 魔族相手に当たりっこない。

 分かりきっているが、分かっていると我慢できるとは同義語じゃない。



「姫君、恋愛考察の邪魔をするおつもりか」



 やれやれと肩を竦めながら、目前で止まったカップをローテーブルにことりと置く。



「全然考察になってないわ気っ持ち悪い! ソランジル、あんた徹夜してまで何読んだのよ」



 わざわざ自ら説明してやったのに……、と恨みがましい視線を投げられるが鼻で笑い飛ばす。

 暇潰しに話に付き合ってやろうと思ったスノウティアは、少し前の自分を叱り飛ばしたいと後悔した。


 己が身を抱き締めくねくねと捩りながら、裏声でSM宣言をし始めた青い髪の魔族(しかも美男)。

 ……を目の当たりにして、鳥肌が立たない自分がいたら拍手喝采をしてやりたい。



「書題か? これだ」



 男は頷くと何もない空間から一冊の本を出現させた。

 手渡されたその本のタイトルを見て、スノウティナの手は固まる。



 『レンアイからの脱皮──SとMの攻防戦──』



 既にタイトルで、恋愛とやらからズームアウト宣言している。




「ベストセラーで当店オススメ! と人間界の本屋店主(58歳未婚・男)が言っていた」


「……その本屋店主、だから独身なのよ」


「ふふ、驚いたか? 私は魔族でも人間でいう学者肌らしくてな。こうして人間界への研究に余念がない。この私に掛かれば魔族の知り得ぬ恋愛感情すら深い造詣をもって語れるのだ! ふはははは!」


「うわ……」



 高笑いするソランジルに、ひくりと口元が引き攣った。知らず憐れみの眼差しを向ける。


 気持ち悪い。

 見た目が主従揃って極上な分、色々残念としか言いようがない。

 魔王がアレなら側近もコレだ。

 何というかもう、流石。


 そもそもこの男、ソランジルとは今まで必要最低限の会話しか交わしたことがなかった。

 深海を思わせる深い青の長髪を頭の後ろで緩く纏め、同色の瞳は酷薄な視線を投げかけていた筈。


 嫌悪や憎悪を感じない。

 が、魔王の気まぐれに過ぎぬと関心すら抱いていない。

 普段言葉数の少ない慇懃な態度の側近ではなかったのか。


 それなのに、今の状況は何故。 


「最悪。あんただけはまともだと思ってたのに」


「何の事だか分からないが。魔王様いわく私は人見知りが激しいらしくてな。打ち解けるまで緊張して喋れない。馴れると話せる様になるんだ、丁度今のように」


「いい歳して思春期か」


「失礼な。まだたった500歳の人間界でいう青二才だ」


「変態ナルシストの側近が、ムッツリだったなんて……」


「失礼な姫君だな。だから私はただの人見知りだといっただろう」


「そうそう、ソラは内気なんだよねー?」



 その声を聴いた瞬間、スノウティナの形のいい唇から条件反射で舌打ちが漏れた。

 一体どこから、誰が、とは今更つっこむまい。

 こんな風にドアからでなく空間を飛んで入室できるのは、この部屋を創造した主だけだ。

 しかも、ソファに。スノウティナに抱きつくように。


 『魔王の花嫁』と言う名の体のいい捕虜に与えられた部屋は、主が許可を出した者以外、足を踏み入れるのはおろか内部を覗き見する事すら不可能な仕掛けになっている。



「お帰りなさいませ、ミケラヘイム様」


「ただいまぁソラ。ね、スノウも僕と同じく寂しかった?」


「一生帰ってこないように祈ってたわ」


「かっ……可愛いっ! 本当は寂しくても僕を心配させたくないんだね! 本音を言えない健気なスノウ! ……あああ、考えただけで興奮するよ!」


「ウザいっ!」



 ぎゅうぎゅうと絞め殺さんばかりに抱きつくその腹に、思い切り肘鉄を叩き込む。

 うっ、と男が唸る。

 どうせ大した衝撃も、痛みすら感じない。スノウティナに調子を合わせているだけだ。

 その証拠に、すぐに復活するとスノウティナの白く滑らかな手を握った。



「それはそうと、ソラには気をつけてね」


「はあ? っていうか手を離しなさい」


「だめ」



 振りほどこうとした手は更に引き寄せられ、叶わない。

 ───いつもと違う。

 何かが違う。そうだ、表情だ。

 魔王の表情が普段と違うから、スノウティナまでいつもの調子が出なくなる。


 対面に座っていた側近が眼を見開いているのも気にせずに、魔王は真摯な面持ちで彼女の手を包み込んだ。



「……ソラにあまり近付かないで」


「な、なに……」



 強い眼差し。

 ここにきて嫉妬とも取れる発言に、スノウティナは一瞬だけ身構える。

 ……まさか。それはない。

 


「だってソラは自称人見知りのくせに、自分が気に入った女をモデルにしてイカガワシイ本を書くのが副業のド変態なんだよ。近付くとスノウが餌食になるもん」


「何を仰る。ミケラヘイム様こそ先日、姫君の足を舐め尽くして蹴られるのと、赤いピンヒールを履かせて背中を踏み躙って貰うのとどちらが快感かと三日間悩み続けて結論が『どちらも甲乙つけられない!』だったド変態ではありませんか」


「そっ、それを言うならソラだって! 来月発刊する『魔界ピア』の最新号のコラム、あれは痛いよね。ケーキプレイは生クリームよりチョコクリームの方が興奮を掻きたてる根拠について50ページの図解入り検証論、だっけ?」


「な……何故それを!? まだ入稿したばかりなのに」


「ふふん。僕は全知全能の魔王だよ? 大体さぁ、イチゴは? イチゴの重要性に気付かないなんて、まだまだ甘いよね」


「い、いちご……? 確か、人間界の果実でしたか。甘味と酸味が程よくミックスされているという、あの」


「そうだよ。……潰された赤い果肉から滴り落ちる鮮やかな果汁。それが白い肌をたらりと流れてゆく」


「……っ」


「甘ったるい匂いは赤い実から漂うのか? それとも組み伏せた神秘の肌から? 君はどう思う? 柔肌をキャリス川の流れの如く滑るその極上の雫にゆっくりと唇、────っ!!」


「いい加減にしろこんっのド変態っ!」


「──ぐっ、う!」



 バネ式蝶番の要領で足を振り上げ、ソファに座ったままの状態から見事に鳩尾を蹴り上げる。クリーンヒット。


 何が『全知全能』だ。

 こんな低俗な会話に振りかざして『全知全能』に失礼な。



「いいっ! やっぱりこれだよこれ、見たかいソラ? スノウの蹴りこそ愛情の証!」



 片や身悶える魔王。と言うか愛情を与えた覚えは欠片もない。



「そうか……イチゴか! 盲点だった……っ!!」



 片や苦悩する魔王の側近。と言うか随分浅い盲点だ。



 今やスノウティナは心底から断言できる。

 他の魔族は会った事がないが、トップの二人はただの変態だ。

 否、ただのではない。真性の変態だ。

 間違いない。



「ああそうだ、そこの変態魔王に聞いてもいい?」


「もちろんだよ! スノウの問いなら喜んで!」



 変態魔王呼ばわりでも平気らしい。

 再び手を握ってくる魔王を殴りたくなるのを堪えながら、スノウティナは口を開いた。



「あんた全知全能の魔王でしょ? じゃあ恋愛って何なのか知ってる?」


「恋愛?」


「そう、恋愛」



 先程の側近との会話を思い出して振ってみる。

 あのくねくねっとした側近を思い出すと気持ち悪かったが、全知全能という魔王はどの様な反応を返すのだろう。


 ───魔族が魔王に抱く従属の意思や”玩具”に抱くお気に入りの感情とは異なるものらしい。


 側近の言葉によるとつまり、魔族は恋愛感情を持たない。そういうことだ。


 ミケラヘイムは目をぱちくりと瞬かせると、にっこり笑って答えた。



「僕がスノウティナに抱く感情」


「……え」


「詳しく聞きたい? 一晩かけて舐め回した後スノウのぐっちょぐちょになったからだに僕のいちも、ぶっ───っ!!」



 とりあえず、人間の男と同じで魔王でもそこを蹴り上げたら多少はダメージがあるらしい。



「さぁてと、読書でもしようかしら? 読書の秋っていうし。魔界に季節はないけど」



 恍惚とした顔でソファに沈む美形とその正面で頭を抱えイチゴイチゴと喚く美形を放置して、部屋の壁一面に広がる本棚へと足を運んだ。

 その頬が微かに赤みを帯びていたのを、スノウティナは知らない。


 それと。

 本棚の一列を占めている魔界ベストセラー『熟女VS眼鏡っ子』シリーズが、側近の著であるとも、今は知らなかった。





frohes Ende?

 

9月12日改

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