4年前
窓からの朝日で目が覚めた。
枕元の時計に手を伸ばして見つからないのでそっちを見ると何も無かった。
そうかここは日本じゃなかったし、何時もの時間に起きる必要も無いんだった。
テーブルに置かれた腕時計は六時を指しているがこの世界の朝として早いのか遅いのか分からない。
2度寝の誘惑に打ち勝って適当に身支度をして宿の1階に下りた。
1階は食堂になっているのだがそこにはヒロ君が湯気の立っているコップ1つをテーブルに置いて1人で座っていて他には誰もいない。
どうやらこの時間はまだ早いらしいな。
「おはようございますカイさん」
後ろから近づいたのに振り向きもせずに俺だと分かるらしい。
「ああ、おはよう。いつからここに」
「この宿には昨日からですね。あまり外を出歩くわけにはいかないんで」
なるほど。この時間の自分と接触することは避ける必要があると。
あるいは何処かで何かが起きてしまうかもしれないと。
「ずっとここにいたのか。寝てないのか」
「いいえ。勝手に部屋で休ませてもらいました」
「不法侵入かい。鍵は」
部屋には一応鍵がついている。
ピッキングとか出来るのだろうか。
そんな事を考えている俺に気付いたのか、チラリと俺の方を見ると何やら聞き取れないくらいに早口で呪文のような物を呟いた。
「写す事あたわず。不可視」
最後の所だけは聞き取れた。
何かは分からないがおそらく何かの魔法の類。
するとすっとヒロ君の姿が音もなく消えた。
これは透明になる魔法か。
日本にいる頃なら是非知りたかっただろうが、今は便利かなと思う程度だ。
戦うには不意を付けるから便利だろう。
日本では使い道が殆どない。
透明になって何が出来る事がかあるとすれば犯罪くらいしか思いつかない。
だがそれでも日本にいる時に使えたらあの連中を痛い目に合わせてやった。
それだけは間違いない。
本当に嫌いだった。
「金は勝手で悪いですが置いておきました」
つまり勝手に鍵を持ち出して部屋に泊まって一泊の代金は置いて来たと。
ヒロ君は音もなく姿を現した。
「それでどうでしょうか。ローは何て言いましたか」
「好きにして良いと」
「そうですか、そうですか。それでどうですか。一緒に行って頂けますか。もちろんただでとは言いません」
「一応聞くけど、勝てるんだよね」
それが1番重要で、行きました負けましたは嫌だ。
戦いなんだから負ける事は死ぬ事だ。
せっかくこんな機会を得たんだから死にたくは無い。
「相手に戦闘能力はありません。そこまで魔物が出ますが大した相手ではありませんし、問題の相手はカイさんなら問題なく倒せます。中ボスもいますが、そいつらは俺が片付けます」
自分で言うのもなんだが今の俺でも倒せるボスなら、それこそイベント戦闘に違いない。
しかも守ってもらえるなら大丈夫か。
「分かったよ。行こう」
「ありがとうございます!」
ヒロ君は大きく頭を下げた。
「では早速行きましょう。カイさんの部屋に」
「俺の部屋なのか。まあいいけど」
何故俺の部屋に行くのだろうか。
一応朝食を取ってから2人して俺の泊まっている部屋に。
そして昨日買った装備を身に着けた。
「準備は良いですか」
「それは良いけど、どうするんだ」
鎧を着て剣を腰に差して俺の準備は完了。
ヒロ君は頷くと背負っていたリュックから何か取り出した。
「それは何だい」
それは野球のボールくらいの大きさでうっすらと赤く輝いている綺麗な玉。
見ていると何か吸い込まれそうな気がする。
「魔力結晶です。迷宮で魔物を倒せば手に入ります。中でもこいつはちょっと特殊な奴ですけど」
そっとそれをテーブルの上に置くと背中の長い剣に右手を伸ばして柄を握り締めるとガチャンと小気味の良い音を立てて剣を引き抜いた。
待て。
あの長さの剣をどうやって抜いた。
いや違う、引き抜いた動作じゃない。
そんな俺を他所に続けて左手で腰に差していた剣を抜いた。
どちらも素人の俺でも一目で分かる程の業物だ。
一体いくらするのだろうか。
少なくとも昨日武器やで見た一番高い剣より凄いのは分かる。
昨日も聞いたが本当に二刀流だ。
俺もかっこいいとは思うし、剣で戦う格闘ゲームではよく二刀流のキャラを使っていた。
両手で剣を持って戦うのは防御を捨てての攻撃特化。
それが一本を両手でだろうが二本を片手ずつだろうがだ
二刀流はロマン装備と言いたいが、ファンタジーの世界なら現実とは違う強さがあるのかもしれない。
ヒロ君は大きく息を吸って目を閉じた。
「彼方より此方へ」
ダラリと握られた2本の剣には細かい日本語ではない文字が無数に刻まれていて、それがうっすらとそれぞれ赤と青い光を放ちだした。
「導け!パス・エクステンド!」
カッと目を開き剣を左右から交差させるように魔力結晶を一閃した瞬間、キンッと澄んだ音が響いた。
一呼吸遅れて魔力結晶から赤い光が爆発して目を焼いた。
その瞬間世界が歪んだ。
その瞬間自分が立っているのか分からなくなった。
それは一瞬だったのかそれとも数分か数時間か。
光が収まった時、体の感覚は戻ったが何も見えなくなった。
俺は目を開けているはずだ。
だが何も見えない。
本当に真っ暗で目の前に持ってきた掌さえ見えなかった。
平衡感覚が曖昧になってきて、立っているのも辛くなっていく。
俺は目を開いているのか。それとも目をやられたのか。
それさえ分からなかった。
「静かな明かりをここに。光」
声とともにうっすら光を掌に浮かべたヒロ君が現れた。
ほんの僅かな明かりだが、それがたまらなく嬉しくほっとした。
「こっちです。気分は大丈夫ですか」
「ああ、何とかね。それでここは。さっきまでの宿じゃないよね」
僅かな明かりに照らされているのは石の壁に床。
何処かの遺跡か迷宮だろうか。
「ここは4年前。場所は王都の東にあるセカイエの街のさらに東にある遺跡です。時間を移動するとこの場所になるんです」
「でもどうやって過去に。魔法かい」
「まあ、魔法と言うか何と言うか。それに特殊な条件がありまして。それが簡単には揃わないんです。でも帰る事は出来るから大丈夫です」
条件か。
たぶんあの赤い魔力結晶が絶対にいるんだろうが、それが中々手に入らないと。
「さあ行きましょう。目的地は王都の北にある王家の森です」




