【白ジツ夢】
こんにちは。
降野椛葉です。
今回は短編小説三作品目『白ジツ夢』
というのを投稿させていただきます。
ぜひ夢に堕ちていただければ。
〈白ジツ夢〉
夢とは、現実ではなくその夢の創造主である
主人の記憶が紡がれて形成される理想郷だ。
だが、理想郷であるのに夢から覚めたあとは
その夢の内容を覚えていないことが殆ど。
俺、瀬戸川 龍斗は幼い頃からそれに対し、
勿体無いとばかり思っていた。
だって、夢の中で無くし物が見つかっても忘れてしまったら
その無くし物を見つけることは難しいだろう。
反転して、夢は残酷だ。
好きな人と恋仲になってもそれは全て虚実になってしまうのだから。
夢は見ない方が良い。
ずっと思っていたことだ。
だから、俺が今見ず知らずの寺に
佇んでいることに対しての説明が欲しいのだ。
夢は記憶と記憶の繋ぎ形成で成る郷。
これが夢なら、俺はこの寺に来たことがあるんだろう?
でも全くもって知らない。
動かないと落ち着けない俺は、
寺の縁側をスタスタと歩き、
たまに床が軋む音を既に幾度も聴いていた。
ただ考えてもしょうがない。
俺はとりあえず寺の門へ向かってみることにした。
歩いていると、袈裟のようなものを着た女性が立っていた。
俺は構うことなく話しかけた。
「すみません、はばかりさんです〜。ここってどこではるんでしょか?」
訛りきった言葉で聞いたが、
伝わらないか。と思い訂正しようとすると、
「おおきに〜。ここは██寺です〜」
(ん?)
聞こえなかったな。
「もう一度言ってくれます?」
俺はすみませんという少し顔を笑わせ聞く。
「あぁ、ここは██寺いうとこです〜」
(・・・)
なぜか寺の名前だけ聴こえない。
でもさすがに何回も聞くのは億劫だと思い、
「すみません、ありがとうございます〜」
と言い、頭を少し下げ歩き出した。
結局何という寺なのかわからなかったな。
(それにしても、凄い訛りやったなぁ)
俺も人のことは言えないが、
生まれが生まれなので仕方がない。
少し歩くと、そこには総門と呼ばれる大きな門があった。
だが、門は閉まっていた。
おかしい。
俺のような一般人が入っているのだから
普通門は開いているはず。
とりあえず引き返して
さっきの人に尋ねようと思った。
だが、どうやらそうにもいかなそうだった。
先程まで、快晴と言えるほどの青い空が
今は墨よりも暗い闇夜に塗り変わっていた。
普通じゃないことは、誰でもわかる。
俺は急いで、さっきの案内人のような人のところへ向かった
が、そこにあったのはハリボテの案山子だった。
「じゃあ、さっきの人は一体なんやったんや…?」
"神隠し"という言葉がある。
だがここは寺。
そんなことが起きるのか…?
そんな時、俺はふと一番大きい
本堂であろうお堂に行こうと考えた。
人間の深層心理というのは、その本人は知覚できない。
ゆえに、俺があのお堂へ行きたいと突然思ったことへの
説明の付けようが無いのだ。
はたまた、前世の記憶が残っていたのならそこへ帰るという
思考に至ることも不自然では無いだろう。
例えば、その記憶が夢へ繋がっている理想郷だとしても。
まあ、ただ、お堂へ行こうと思った。
それ以上の説明を付ける必要があるか?
と自分に問うても意味がない。
今はただ、進むしかないのだ。
俺は大方丈なるものへ着いた。
その屏風には、墨で強く描かれた龍が蠢くが如く聳えていた。
すると、その屏風がカンカンカンという節柝の音とともに
二重三重と開いていき、おそらく最後の屏風が開くとそこには
般若の面を被り、紅色の死装束を着た武士なる者が立っていた。
その者は、真剣と思われる太刀を握っていた。
「は?」
思わず声が出た。
こんな舞台劇としか思えない登場に、疑問を持たざるを得なかった。
ただ、その疑問も消し去るとともに
俺の脳に現れたのはただ一文字の『死』。
俺は咄嗟に大方丈前の池へ飛び込むつもりで跳んだ。
そのつもりが、手前の枯山水に着地し、
何事もなく丘を登ることにした。
石碑には『望京の丘』と書かれており、
おそらく京をよく望めた処なのだろう。
と、そんな古の記憶を辿っている場合ではなかった。
後ろを振り返ると同様の節柝の音を
鳴らしながら般若は近づいて来ていた。
俺はどうするものかと考えた時、脳によぎった。
『これは夢である』と。
いわゆる、『明晰夢』だ。
じゃないと、こんな事象に説明は付けないし、夢だと知覚できない。
そうだ。
これが明晰夢ならこの今起きている事象は全て俺のキャンバスの上の物語。
ならば、俺がこう描きたいと思えばそれは現実になるし、
俺の思い通りに行くはず。
なら、俺が今想像すれば…
いや違う。
何かがおかしい。
なら何がおかしい…?
そんな俺に降りかかってきたのは鉄色に輝く剣。
間一髪と言って良いほどに、俺はその太刀を避けた。
「考える暇はくれへんわけやな」
俺は丘を勢いよく降り、先程の大方丈を越えて法堂へ着いた。
法堂の縁側をドタドタと歩いていると、そこには謎に打刀があった。
「ははっ、これで一騎討ち言うわけか?」
だが、その打刀の鞘を左手に持った時、なぜか懐かしみを感じた。
なぜだろう?
好奇心か、はたまた正義感かはわからない。
が、俺はいつの間にかその打刀をズボンのベルトループに差し、
大方丈前の池に立っていた。
そして、苑の中から般若の武士がゆっくりとやってきた。
ずっと気になっていた、この違和感。
結局わからず仕舞いでスッキリしなかった。
でも、なんとなく、般若を斬ればわかる気がする。
そう、刀が言っていることが刀身から伝わる。
「お前に実態があるんかは知らんけど、その刀が俺に
当たる前提で振り翳してきたってことはそういうこっちゃやな」
俺は柄を握り締め、重心を足に乗せ刀を抜いた。
人生で初めて、刀という刀を握り、
初めて剣道なるものを手掴んだ。
鞘から刀が擦れる音。
その音一つ一つに、美学が籠っていると感じた。
でも、悔しかったのは実際に刀を使って
何かを斬る事が成せなかったことだ。
俺の抜いた刀は、般若をすり抜け、
俺自身は般若の太刀によって斬られていた。
真っ二つとまでは行かなかった。
だが、左肩から右腰まで斬られている。
その合間合間から唐紅色の血が流れていた。
俺は今、死を目の前にしているんだと自覚する。
俺が感じた違和感に出した答えは、この夢は
明晰夢ではなく『白昼夢』だということだ。
現実が、夢に見えているだけ。
だが、これは無意識下で起こる現象で、
こうやって夢であると自覚することはない。
人間の深層心理と同じだ。
本来、己が知る由もない由縁を知ってしまった時のような。
俺もできることならこれは夢であって欲しかったし、
夢であることを知りたくはなかった。
だって、こんな白昼夢を見てしまうくらいに、現実に疲れているんだから。
聞きたくもない上司の怒号や、恋愛関係のいざこざなんて。
俺は残火のように残った力で、ふと池の水面鏡を見た。
写っていたのは、ただの俺だった。
でも、俺であるなら良かった。
今死のうとしているのが俺なら、それは俺にとっての幸せだ。
この手に馴染んだ刀も、もしかしたら前世からの伝なのかもしれない。
そう黄昏れ、俺は赤い夜に浮かぶ月を眺めた。
夢は残酷で、夢が創った理想郷は虚実となる。
ただ、時にそれは人を一時的な幸福へ誘うものだ。
それが人によっては救いにもなるし、生き甲斐になってしまう。
その夢が、幸福で有り続けるのはその夢の主人が
幸福であれていたから。
でも、その夢が幸福で有り続けると、いずれ人はそれに縋り
夢を夢であると認識できなくなってしまうかもしれない。
だが、夢であると認識した夢は明晰夢であろう。
なら、夢に幸福を追い求めた人の人生は
一体どうなってしまうのやら。
ただ、一つだけ言えるのは
夢を見続けてはいけないということだ。
この瀬戸川龍斗のように、いつ般若に斬られるかはわからないのでね。
数時間後、京都のとある寺で
変死体と思われる遺体が見つかった。
その遺体は、刀で斬りつけられたような痕が
ありながらも溺れたように亡くなっていたらしい。
果たして、瀬戸川龍斗は何処に行ったのだろうか。
その男の行方の真実は、誰かが夢を見るまでは
無くし物のように見つからないだろう。
〈白ジツ夢ー終わりー〉
夢は良いことばかりでもないことは
「悪夢」というもので周知されているはず。
でも、「幸福」も見れてしまう夢は
ある意味中毒性が高い劇薬かもしれませんね。
でも、夢を見ない方が良い睡眠を得られるそうです。
皆さんは夢を見たいですか?




