聴蛙
夜の田に蛙たちの声が広がっていた。音の記述は簡単にはできない。ぐわいぐわいという金属質の音が通奏的に前方に広く鳴りながら、ぎっぎっぎ、ぐおけけけ、りりりり、りりりり、きゅりきゅりきゅりきゅりきゅりきゅり、きいきいきい、きいきいきい、くるるるる、くるるるる、そうした音が左右のあちこちに飛んでいた。すべての音が蛙の声なのか、俺にはわからなかった。虫の声、鳥の声、そんな音も混ざっているように思えた。いずれにせよ、いざ目の前にすると音量と音圧は想定よりかなり大きく、俺は夜の田の前に半ば呆然と立ち尽くしていた。
◆
草の匂いのする、気持ちのよい夜だった。俺がここにいる理由は、結局はそういうことだった。
セリエAの最終節を見届け、いくつかの喜ばしくない考え事をし、散歩をしてから朝に眠った。夜に起き、書籍を注文し、ジャージを羽織り、代金を支払いに外に出た。熊谷ナンバーの軽、雲に隠れた月、目の高さに咲いた青いあじさい、ぴふぴふとした間抜けなロッピーの音、カウンターの上のワイヤレスチャイムと顔文字付きの指示書き、いつものように奥で寝ていたアトピーの店長。いくつかの印象の中に刈り立ての草の匂いがあり、それは梅雨の前の涼やかな夜に調和する、心地のよいものだった。
ぼんやりするには惜しい夜だが、やることがない。ポケットに残った小銭をデスクにじゃらりと撒きながらそんなことを思った脳に、「隣町の駅まで歩いてくる」という発想がよぎった。なるほど、と俺は思った。土手を下って川を渡り、国道を横切って台地に上がり、住宅街を抜けて隣町の駅。片道三十分。悪くない案だ。ごく短時間の検討を経て、俺は素直に説得された。
台所で湯を沸かし、上はジャージのまま、下はショートパンツでは寒いとわかっていたからジーンズに履き替え、ショルダーバッグに水筒とマテだけを入れ、暗い玄関でジョギングシューズを履いて、眼鏡のままで出た。コンタクトレンズを入れるほどでもない、夜のちょっとした散歩だった。
土手に上がり、夜の空気の中を、マテを啜りながら歩いた。高水敷の叢ではクビキリギスがびいんと鳴き、夜に音を広げていた。対岸では黄色い低誘虫灯を照らした大型倉庫が積み降ろしの音を立てていた。電線が横切る雲がちの空を見上げ、俺はぼんやりと考え事を始めた。すべての日々に天体の運行があったというのは不思議な話だ、それぞれの日々に、こうして歩いていたのだ――そんな思考だったはずだ。
やがて思考が過去と現在を巡り、喜ばしくないものに傾き始めた頃に、大橋が近づいてきた。ここで対岸に渡るつもりはなかった。せっかくの夜に、殺伐とした国道を虚しく歩いても仕方がないからだ。俺は土手の散歩を続けたかった。
橋の下を潜ろうとスロープを途中まで降りてから、遊歩道に一昨日の雨の大きな水溜まりが残っていることに気がついた。俺は今朝の光景を思い出しながら、スロープを戻った。茶色く溢れた川と、高水敷に打ち揚げられて乾いて死んだ小魚たち。こんな川にも、あれだけの魚たちが生きている。今朝の散歩で驚いたのは、むしろそういうことだった。戻りながらふと見上げれば、雲がかりながら現れた月は、満月だった。
橋からは珍しく車が消えた。ニュータウンと国道を繋ぐ、交通量の多い橋だった。国道の音もいつもほど尖ってはおらず、照明を落とした靴流通センターの看板もいつもより静かに見えた。俺は道路を横切り、右岸の土手を下流へと歩き続けた。
テニスコートを過ぎ、川面に光を映しながら鉄橋の上を下りの東上線が通り過ぎると、クビキリギスの声が小さくなり、蛙の声が大きくなってきた。それだ、と俺は思った。聴蛙だ。聴蛙がまだ終わっていないではないか。
◆
蛙の声を聴きたい、という欲求が生じたのがいつからなのかは正確にはわからない。四年前、五年前、いずれにせよ父親の死後ではあった。
父親の火葬を終えた翌日、葬儀場から川沿いの火葬場までの道のりを、俺は自転車で辿り直した。七月の始めの夜だった。
憂鬱と喪失感と心身の激しい疲労を抱えながら、霊柩車の助手席から眺めた道を再現的に走り、バイパスの下を潜って火葬場の門前に着いた。トンネルの向こうはやはり、別の世界だった。俺は火葬場の敷地をぐるりと回り、自転車を担ぎ上げて土手に上がり、風に吹かれた。死の世界は静かで落ち着いていて、居心地がよかった。
死の世界に引きずり込まれそうな心身をどうにか動かし、俺は夜の道を帰った。そのときに、蛙が鳴いていた。田の中の道だった。そして俺は、提燈が揺れる町に辿り着いた。生者の世界だった。祭りが近づいていた。
◆
父親の葬儀と蛙の間に因果関係や象徴性があるかはわからない。いずれにせよ、その頃から俺は、時期になるたびに蛙の声を気にするようになっていた。
気にはしながら、なにをすることもないまま数年間が過ぎた。多忙、母親のトラブル、自分のトラブル、伝染病の流行、失意と絶望、そうした数年間だった。そして今日、ようやく時期と意思と状況と感情が噛み合い、発想が生じた。聴蛙。やるならば今日しかない。
蛙の声を聴くべき場所はすぐに思いついた。川沿いの広い田だ。鉄道を過ぎ、その先の橋を渡れば辿り着く。それは隣町の駅へのひとつの経路でもあった。どうして自分がそそこで蛙が鳴いていることを知っており、すぐにイメージできたのかはわからなかった。いつの日か、酔って終電を乗り過ごした帰りに、ふらふらと歩いたことがあったのかもしれない。ともあれ、目的と目的地が確定的に決まり、俺は再び歩き始めた。
蛙は対岸に広く鳴いていた。下流域の低地であるこの辺り一帯、昭和中期までは水田が広がっていた。そこに団地ができ、インターチェンジができ、バイパスが通され、駅が新設され、ニュータウンができた。バイパスはやがて国道になり、国道沿いには物流倉庫と工場が増えた。川は汚れ、水田は消え、蛍も消え、蛙も減った。人間は増え、それから減った。団地は廃れ、ニュータウンも廃れ、商店街も廃れ、小学校は潰れた。俺は桜並木の下で立ち止まり、顔についた蜘蛛の巣を払い、べっとりと脂がついた指を眺めた。子どもの頃の凧揚げや橇遊び、そんな記憶が心をよぎった。父親はもういなかった。母親もじきにいなくなる。鉄道の向こうのマンションの明かりがひとつ消えた。対岸の産婦人科病院の光が川面に落ちていた。
東上線の高架下を過ぎれば川の匂いが強くなり、蛙の声はさらに大きくなった。こちら岸に聴こえ始めた蛙の声は妙に音楽的な鳴き方で、ごげげごげげごげげごげげごげげと十六分音符の三連フレーズで鳴く蛙がいる一方で、げっごげっごげっごげっごげっごとアクセントを変えながら鳴く蛙も、がーちくがーちくがーちくがーちくと素直な十六分音符で鳴く蛙もいれば、げっ、ごっ、げごっ、とリズミカルに休符を入れてファンキーに鳴く蛙もいた。俺はしばし足を止め、可笑しさを感じながら蛙たちの声を聞き、橋へと歩いた。
緩やかな坂を上がって橋に近づけば、蛙の声は小さくなり、大型車とバイクの音が耳につくようになってきた。俺は不快を感じた。大型車は理解できる。業務上の必要があり、生活があるからだ。バイクは愚かで醜悪なだけだ。どういう類の精神異常があんな――。
そんなことを不機嫌に考えながら坂を上がり終え、信号が変わるのを待って横断歩道を渡り、片側にしか歩道のない橋を渡り終え、照明の下を右に折れて土手に入った。遠くにはさいたま新都心のビル群の航空障害灯が赤く点滅していた。下りの傾斜路はアスファルトから砂利に変わり、やがて平らになった。橋の照明が届かなくなったところで、俺は左を向き、夜の田に正対した。
◆
夜の田に蛙たちの声が広がっていた。俺はしばらく半ば呆然と立ち尽くし、やがてふと気がついたようにしゃがみ込んで、ショルダーバッグから水筒を取り出し、マテに湯を注いだ。今の俺に必要なのは冷静さと、鋭敏な感受性だった。眼鏡が湯気で曇り、左手にこぼれた湯が熱かった。俺は立ち上がり、マテを啜りながら、再び田に向かい合った。
真っ暗闇ではなかった。空はほの白く、足元には叢が、近くには鉄塔と送電線が見え、時おり過ぎる車の照明が田の中の細い電柱を照らした。広がる暗い田の向こうには国道が横一直線に伸び、長距離トラックの電飾が過ぎていくのが木々の間にちらつきながら見え隠れしていた。国道の向こうには斜面林の黒い影が不規則に盛り上がっていた。田には国道の照明がところどころに星のように落ち、そこに水があることを感じさせた。
聞こえているのは蛙の声だけではなかった。川を渡る東上線、国道を過ぎる救急車、左後ろから大きくなってきて横を過ぎて向こうへと消えていく車の音と振動、下痢屁のようなバイクの騒音、橋を渡る馬鹿女ふたりの馬鹿げた笑い声。そうした要素に鬱陶しさは感じたが、この場所を現実の空間たらしめているのがそうしたノイズであることも否定はできなかった。
しばらく耳を澄ませていて、背後に川のせせらぎが聴こえていることに気がついた。それはそうだろう、と俺は苦笑した。川を背に立っているのだから、背後に川の音が聴こえていてもなんの不思議もない。むしろ、意識するまで音が聴こえていることに気づかなかったことの方が不思議だった。
俺は振り返り、川の方を向いた。今度は川の音が正面の下の方から、蛙の声が後ろから聴こえるようになった。背中から聴こえてくる蛙の声は、妙に官能的に感じられた。
少しの驚きのあと、それはあり得ることだ、と俺は頷いた。人間は正面からの音より、背後からの音を官能的に感じる。あり得ることだ。
クラブではどうだっただろうか、と俺はふと思った。俺はどの位置を好んでいただろうか。DJブースの正面、フロアの中心、女が立つお立ち台の前、盛り上がりたいときは当然そうなる。瞑想したいときはスピーカーの正面、それから、と、atomの4Fを思い出した。深夜三時、テキーラの酔いの中で、人の少ないフロアを眺めながら、スピーカーを背にして煙草を吸う。そんな時間があったかもしれない。5Fに戻る前の休憩のような、ちょっとした隙間の時間だろう。それは平和で、優しく、官能的で、少し寂しく、幸福な時間だったかもしれない。
――俺は意識をこの場に戻した。聴こえの不思議をもう少し実験してみたいような気分になっていた。
田に向き直れば、再び蛙の声が正面から、川の音が背後から聴こえるようになった。それは当然そうなる。左の橋の方を向いた。右からは蛙の声が小さく聴こえ、左からは川の音が大きく聴こえた。橋を背にして反対側を向いた。右から聴こえるようになった川の音は小さくなり、左から聴こえるようになった蛙の声が大きくなった。
おや、と俺は思った。なにかがおかしい。重くなってきたショルダーバッグを足許に置き、俺は何度か向きを変え、目を開いては閉じ、音の変化を探り、そして気がついた――俺は右耳の方が遠い。
苦笑した。聴力検査の類で指摘されたことはなかったが、気がついてみれば思い当たる節はいくつかあった。ミキシングがどうしても上手くいかず、ヘッドフォンの左右を架け替えて作業したこともあったが、右耳の方が遠いならば定位を不安定に感じるのも当然だろう。俺はもう一度苦笑した。なんてこった。自分の耳の癖さえ知らずに、俺はこれまで生きてきたのか。
首を振りながらしゃがみ込み、マテに湯を注いだ。暗がりの中に、ぽん、かんるるる、とん、という水筒の音が鳴った。さっきこぼした湯の跡が地面に黒く残っていることに、俺は気がついた。
ボンビージャを咥えながら立ち上がり、もう一度田に向かい合った。口の中で転がしている茶は苦く、温かかった。葉の香りが鼻の奥へ立ち昇り、懐かしいなにかを思わせた。風は右から優しく吹き、川と泥の匂いを運んできた。ひんやりとした空気が下から上がってくるのを、肌と鼻腔で感じていた。頭の中にはマテの効きがじんわりと穏やかに広がっていった。蛙たちは力強く、豊かに鳴き続けていた。
◆
やがて疲れと集中力の切れを感じ、俺はポケットから携帯電話を取り出して、サブパネルを光らせた。〇時五〇分。さすがにそろそろ去り時だろう。三十分以上はここにこうしていたようだ。俺は息をつき、ショルダーバッグを拾い上げて肩に掛け、橋に向かってスロープを上がっていった。ほとんど働いていない思考の中で、意識は隣町の駅に向かおうとしていた。当初の予定を機械的に実行しようとしていたのだろう。東上線の音と光が右に流れていった。まだ終電があったのだろうか。そんなことをぼんやりと考えた。川には信号の光が揺れていた。
橋の袂からはゆるやかな下り坂が左に膨らみ、坂の先はS字を描くように右に向かって伸びていた。道の先にはモルモン教会があり、その先が国道、そして隣町だった。
俺は坂を降りていった。歩くに連れて、蛙の声は少しずつ小さくなっていった。通り過ぎる車のライトが防護柵を白く照らし、田に立つ貸看板に縞状の影を動かしながら去っていった。街灯に照らされた縁石の影と歩いている自分の影が重なって濃くなるのを、俺はなんとなく眺めた。なにを考えていたかはよくわからない。吸血鬼には影がない、あるいはそんなことだったかもしれない。
坂を降り切ってマンションを左に過ぎ、モルモン教会が近づいてくると、蛙の声は再び大きくなってきた。むしろ、さっきより近く、大きい。気がつけば、田は歩道のすぐ右脇にあった。
これほど近くで聴けるならば、もう少し蛙の声を聴いていきたい。そんな欲求が生じ、俺は歩きながら適当な場所を探した。通行人はほとんどいなかったが、歩道は狭すぎ、立ち止まるにはふさわしくなかったからだ。ほどなくして、道路から畔に向かって突き出すコンクリートの短いスロープが草の陰に見つかった。俺は足元の安全を確認しながら、排水溝を踏み越えてそこに降りていった。
悪くない場所だった。しゃがみ込めば、音はさらに近く、大きくなった。ごげっごげっごげっごげっと右の真下に大きく聴こえ、こだまするようにさらに右に鳴き、ぎごえぎごえぎごえぎごえと奥に響いていた。ムックリだ、と俺は思った。メタリックでスペイシー。北海道旅行で聴いたムックリの響きがこうだった。
音に囲まれたい。そう思って俺は目を閉じ、さらによく蛙の声を聴こうと耳を澄ませた――上手くいかなかった。目を閉じてより強く感じられたのは蛙の声ではなく、背後を左右に通り過ぎる車の音と振動と風圧、暴力的な存在の圧だった。
俺は諦めて目を開き、どこかよい場所はないかと辺りを見回した。見れば、右には一斗缶やはしごが背後に積まれたプレハブの倉庫や軽トラックのある土地が、田に向かって突き出していた。あそこなら、ここよりは交通に煩わされずに蛙の声を聴けるかもしれない。俺は立ち上がり、来た道を戻った。
土地に門はなかったが、入口に立つ赤い看板が俺の足を止めた。月極駐車場。そういう用途の土地であるようだ。土地内に人の姿は見えず、仮設のような一階建ての事務所にも人の気配はない。物理的に侵入することは可能だし、咎められる可能性も低いが、この土地が私有地であることは間違いなく、深夜の不法侵入にはいささかのためらいがあった。どうしたものか。答えが出ないまま、俺はひとまずモルモン教会の方へと歩いていった。
モルモン教会の手前には照明に照らされた横断歩道があった。時おり色を変える信号機の下には短い防護柵があった。白い防護柵は田の角に沿うようにL字型に配置されているようだった。一辺は通りと平行する柵だが、もう一辺とモルモン教会の間には距離があり、そこに田の方へと入っていく道があることを示しているように思えた。俺はさらに近づいていった。
道はあった。法的状況を確認するために、俺は田の角に傾いて立っている看板を眺めた。「この道路は通学路です。農耕□以外の通行は――」俺はそのあとの文言を無視した。通学路であるということは、少なくとも公道ではあるということだ。公道ならば、俺にも立ち入る権利がある。ロジックはそれで充分だった。
暗い道だった。草の陰の水路は黒い筋として見えていた。左にモルモン教会の側面を、右に田と蛙の声を感じながら、俺は歩いた。進むほどに道路の明かりは遠ざかり、道はさらに暗くなっていった。五十メートルほど進むと教会の敷地は切れ、黒い塊に変わった。黒い塊が土砂や資材なのか、それともなにかの葉なのか、俺にはわからなかった。
視界の先には赤と青の光の点滅が低く見えていた。水路の黒い筋がその手前で途切れていることに、俺は気がついた。橋があるのかもしれない。俺はさらに歩いた。
確かに橋だった。橋の先には車一台分ほどの畦道が続いていた。俺は足を止め、少し考えたが、結局は橋へと足を踏み入れた。不法侵入。再びそんな概念が頭をよぎったが、黙殺した。今は素朴な欲求が――ここなら蛙の声に囲まれることができそうだという素朴な欲求が――俺の脚を動かしていた。泥で足を滑らせないように気をつけながら、俺はコンクリートの短い橋を渡り、田に侵入した。
轍が黒く伸びていた。砂利と土と草を足の下に感じながら、俺は凹凸のある畦道を入っていった。右の田にはマンションの光が映っていた。暗い草が繁る左側は田と言うより池のように思えた。どちらにも蛙たちが鳴き続けていた。
七十歩ほど入ったところで、水路の光の反射に切れ目が見えた。目を凝らせば、土嚢袋、パイプ、そうしたものがあるようだ。近づいて見下ろせば、水路はコンクリートブロックの蓋をされていた。俺は立ち止まり、右を向いて、田と向かい合った。
――音響だ。
蛙たちの声が、広がりと、奥行きと、音量と、音圧を持って響いていた。音の響きが鼓膜を物理的に震わせ、鼓膜の震えが脳を震わせ、脳の震えが心を震わせた。音響だ。
ぎゆぎゆぎゆ、くろっくろっ、きゅいきゅいきゅいきゅいきゅい、がっがっがっがっがっ、くこけけけ、くこけけけ、ぶもう、ぶもう、ぶもう――。
音楽会なんかに行くのは馬鹿馬鹿しすぎる、と俺は思った。目を開け、耳と頭を遣えば、こんなところにもこれだけの音響があるのだ。俺はより直接的に蛙の声が聞こえるように、コンクリートブロックの上にしゃがみ込んだ。皮肉な思考は、静かな興奮を抑えるためのものでもあった。
稲の若い苗が目の前に整然と並んでいた。しゃがみ込めば、蛙たちの声はさらに近くに、明確な定位で聴こえた。正面二メートル、右下一メートル、左前五メートル、右十メートル、背後三メートル――。姿は見えなかったが、夜の中には蛙たちが、個体としての蛙たちが、手を伸ばせば届きそうな距離で、喉を震わせて鳴いていた。声は時おり小さくなり、大きくなった。目の前の蛙たちが鳴き休めば、遠くの蛙たちの声が聞こえてきた。車の音が止まれば、蛙の声しか聞こえなくなった。声は空間に響き、頭蓋骨に響いていた。澄んだ冷気と土との匂いが俺を取り囲んでゆっくりと動いていた。右膝をつき、踵に尻を載せて、俺は蛙たちの声に耳を澄ませ続けた。
三十分ほど、そうして座っていた。不思議で、自然で、幸福な時間だった。やがて膝とふくらはぎが疲れ、足先が痺れてきたことに気がつき、俺は去ることにして立ち上がった。
蛙たちの命は長くない。今は生きている。そして鳴いている。その事実を愛しく思った。そして、繰り返される。この営みは繰り返される――。
そんなことを考えながら歩き始め、ふと立ち止まって見返れば、田の水面に月が映っていた。水面が幽かに揺れて、月も揺れた。
泥に踏み込まないように気をつけながら、俺は畦道を戻った。爪先のメッシュはいつの間にか湿っていた。充分に満足はしていたが、橋を過ぎた俺の足は帰路である左へは向かわず、通りから離れていく右へと向かった。それは名残りが惜しくなったからかもしれないし、赤と青に点滅する光の連なりに心が引かれたからかもしれなかった。
点滅する保安灯と、ところどころのトラフィック・コーンを伴いながら並んでいたのはうさぎ型をしたピンク色の樹脂製のバリケードで、暗がりの中では白い筋に見える金属製のパイプの一本は頭部の耳の間に固定され、もう一本はうさぎたちの腹部を貫いていた。五十羽ほどいるうさぎたちはランダムに左右に傾きながら二列に並び、大半のうさぎの黒目は消えて、生気を欠いた白目になっていた。俺は特に考えもなく、うさぎたちの間を抜けて歩いていった。蛙たちは鳴き続けていた。田から上がる空気はひんやりとして気持ちがよった。足元ではごぼごぼと水路の音がしていた。
うさぎの列が途切れ、道に暗さが戻ってきたとき、ふと鼻腔に違和を感じた。なにかの匂いだ。この場にそぐわない、なにかの匂いだ。なんの匂いだろう、と訝しく思い、脳内の嗅覚データベースと照合した。すぐに答えは出た。煙草の匂いだ。
少しの驚きのあと、俺の脳は論理的にその答えを否定した。煙草の匂いがするということは、煙草を吸っている人間が近くにいるということだ。だが、周囲に俺以外の人間がいることは考えづらい。ここは午前一時半の田だ。午前一時半の田に用がある人間は、そうそういない。
幻臭だろう、と俺は判断し、歩を進めようとした。煙草を控えるようになってから、時おりあらぬところで煙草の匂いを感じるようになっていた。今回もその類だろう。仮にこの状況で他者と出会うならば、それは『Kの昇天』のような――
――視線の先に幽かな赤い光が揺れていた。赤い光は斜め上に動き、少し止まって明るく大きくなり、再び暗く小さくなり、横に動き、また止まり、それから下に降りて、上下に揺れた。俺は足を止めた。遠くには住宅街の明かりが見えていた。暗い田の中に認識できたのは、バイクを停めて煙草を吸いながら、田を見つめて蛙の声を聴いている、男の影だった。
同業者だ。
瞬間的に俺が思ったのは、そういうことだった。もしかしたら暗がりの中でにやりとしていたかもしれない。わかっている。彼はわかっている。
数秒の認識と思考ののちに、俺は振り返り、来た道を引き返し始めた。彼の孤独を邪魔したくなかったからだ。煙草が孤独を楽しむためのアイテムであることを、俺は知っていた。
バリケードのパイプが薄白い線として見えていた。水溜まりに交差点の光が映っていた。俺はうさぎたちの間を戻りながら、このあとの道筋を考え始めていた。林の脇から国道に出て、予定通り隣町の駅まで歩こう。それがよいだろう。人間の世界に戻ってから帰ろう、意図したのはそういうことだった。国道に出れば町のノイズと臭気が戻り、さっきまでいたのが冗談のような非日常空間だったと気づくのだろう。今はここをこうして歩いていることが自然だった。ぶおう、ぶおう、ぶおう、ぶおう、と汽笛のような蛙の声が左を過ぎて、後ろに変わった。
モルモン教会が少しずつ大きくなってきた。月はぼやけながらマンションの上にゆっくりと上っていた。俺は振り返らずに歩いた。鳥肌が立つような満足が、胸の中に広がり始めていた。夜の田で、彼は孤独であり、幸福だった。俺もまた孤独であり、幸福だった。




