息子のよすが
バフラーム辺境伯が私に望んだのは、戦死した彼の息子の遺品から彼の最期を映し出して欲しいという事だった。
「お持ち下さった遺品から遺品に残る記憶を浮き上がらせることは可能です。でも、どんな記憶がそこに残っていたのかは映像化するまで私にはわかりませんの。それから、この魔法でご子息様の想いは消えてしまいます。新品同様になりますから遺品と言えなくなるかもです。それから、どんな映像が出てこようが、たった一回限りで終わってしまう事をご理解ください」
「わかっている。あれの死に関係のない記憶しか見る事ができないかもしれないことも。もう五年近くも前のことだ。だがまだ五年だ。あれが簡単に死ぬはずないと、私はどうしても納得できないのだ」
そうして辺境伯が私の前に出したのは、銀貨をペンダントトップにしたシトリンが嵌ったお守りだった。
魔物に襲われ、遺体の損傷がひどかった、という話では無かっただろうか。
腐食してはいるが、柔らかいはずの銀に全く傷跡が無い。
これこそお守りの効力ってところ?
「息子の胃の中にあった。息子はこれを誰にも奪われまいと、死ぬ前に飲み込んだのだろう。このペンダントは息子の最愛の妻であった、ミティーア、あれから贈られたものだからだ」
辺境伯の息子の嫁の名が出たところで、カイヴァーンのカップを持つ手が少し揺れた気がした。あ、また揺れた。え? 動揺? いえ、アブがカイヴァーンの上着の裾を引っ張っていた。
「アブ。どのお菓子が欲しいの?」
「おかしない。ぼくもおそろいの、むぐ」
「静かにお菓子を食べようか」
カイヴァーンがアブの口にクッキーを突っ込んだのだ。
カイヴァーンはいつもと違って怖いくらいで、でもアブはそんなカイヴァーンにも慣れているのか、可愛らしくクッキーを頬張りながらうんうんと頭を上下させている。
「いい子だ。アブ。大人が大事なお話し中の時のお約束は?」
「しずかにだまる」
「いい子だ。――失礼しました。それで、あなたのお望みは、息子殿、ティアム殿の最期をグローリアに再現して欲しいという事ですね」
「ああ。カイヴァーン第一王子。そういうことだ。私は彼女をお前達がするように害することはしない。幼子に見せたくなければ、君はここから出て行け」
「ティアム殿は私の友人でもありました。そして、この子は、」
カイヴァーンが王子様、だった?
側室どころか母親の身分が低くて、成人してすぐに臣籍に降格され、その後を一切聞かない、あの不遇の第一王子様?
それで、王子様のカイヴァーンを兄と呼ぶアブは。
「本心は、その子の顔も見たくない、だ。息子を裏切った嫁と息子を殺したに違いない、欲に溺れた醜悪な老人の息子など、な」
「アブに酷い言葉を吐かないで!!」
私は伯爵令嬢にあるまじき大声を出していた。
そして、アブを自分の腕に抱えていた。
アブとはまだ出会って一週間にも満たないけど、私の中では生まれた時から一緒にいたぐらいに大事で愛している存在だ。私の弟で、私の子供みたいな感覚。
それに、全くの他人でも、大人はか弱き子供を守るべきなのよ!!
アブは良く聞こえる耳も賢い頭もある子供なのに。そんな子供に聞かせるべきでない言葉ばかりを重ねる大人達を、私はギッと睨みつける。カイヴァーン、私の睨みに「自分もか?」という顔をしているけど、この場にアブを連れてきてしまったあなたこそ、よ!!
いくら自分のことでも、こんな子供に聞かせる話じゃ無いでしょ!!
「アブには何の罪もないわ。それどころか、愛されるべきなのに、ひどい、ひどい、呪いをかけられている。誰にも抱きしめられないように、アブに触れた人間は、全員が醜いオークになってしまうの。それでもアブは優しい子だわ!!アブをこれ以上傷つけるのは私が許さない。ほんとうに、どうしてこんなひどいことを、こんなに可愛くて優しい子にできるの? 一体誰がこんなひどいことを!!」
「愛に狂った俺の父親、タルマド王だ」
この場の全員の視線がカイヴァーンに向けられた。
それだけカイヴァーンの台詞は衝撃的だった。
どうして一国の王が自分の息子に呪いをかけるのよ。




