お部屋の中でピクニック
カイヴァーンは本気で優秀な方だった。
狭いけれどベッドがあって扉が閉まる部屋を手に入れて戻って来たのだ。
「君も一緒の部屋で悪いが、ベッドで寝られるんだ。感謝しろ」
「まあ、それでは私とアブが一緒にベッドで、あなたは床にお眠りになるの?」
カイヴァーンはそれとなく私から目線を逸らす。
私はピンときた。
この宿屋にアブと一緒にこっそりと潜り込んだ時、私は見たのだ。中年に差し掛かった女中がカイヴァーンの腕に手をかけて仇っぽく笑っていたのを。彼女のベッドに潜り込むから大丈夫ってことなのかしらね。
「まあ、もしかして、この小さいベッドに三人一緒でございますか? ま、まああ。カイヴァーン様はこのベッドからはみ出すぐらいに大きくていらっしゃいますわよ。あ、カイヴァーン様の上に私とアブが乗るってことかしら? それならば三人一緒にベッドに乗れますわね!!」
「――お前、天然装って俺を揶揄っているだろう?」
私は吹き出す。
すると、カイヴァーンは怒るどころか同じ様に笑い出す。
「令嬢ってみんなこうなのか? 部屋が狭くて汚くて嫌だと騒ぐどころか、床に毛布を敷いてピクニックを始めるし。楽天的すぎる」
私はカイヴァーン達が馬車で使用していた毛布を床に敷き、そこにアブと横並びで座ってカイヴァーンから手渡された夕飯を頂いているのだ。カイヴァーンは宿の食堂から三人分の料理を持って部屋に戻って来たが、内容は焼いたベーコンとチーズを挟んだパンと小さな器に入った野菜スープである。
「ピクニックって、そうね、この状況はそんな感じね。カイヴァーン様に言われるまで気がつかなかったわ。ピクニックと聞くと急に楽しくなるわね」
カイヴァーンは私に顔をしかめて見せたのに、パンに齧り付く彼はなんだか鼻歌を歌いそうな機嫌よさが見える。素の顔に戻れたし、宿の確保も出来たものね。
「ぐり、ぐり」
アブが私の膝をぱしぱし叩いた。
スプーンで叩くのは行儀が悪いと言いかけて、この子は私に素手で触れまいと気遣っているのかと瞬間的に思って注意をするのを止めた。
「なあに、アブ?」
「ピクニック、楽しいの?」
「ええ。こうして毛布敷いた上でご飯を食べるのよ。テーブルですましてお食事よりもずっと楽しくない? ねえ、アブ」
「うん、たのちい」
アブの笑顔は輝く花や光の幻影が見えるぐらいに無邪気で可愛い。
私は思わず彼の頭を撫でていた。
向いに座るカイヴァーンが吹き出す。たぶん、アブに触れた瞬間に私の顔がオークに変わっちゃったからだろう。
「グリ、イヤない? 僕触るとお化けになる」
やっぱり!!
ああ、いじらしさに胸がキュウと締め付けられる。
私はアブの頭を自分の胸に押し付けていた。
「お化けになってもアブを触るのは止められないわね。アブが可愛いから」
「きゃああああ」
アブは頬に拳にした両手を当て、可愛い喜びの悲鳴を上げた。
可愛い。
アブは四歳にしては言葉が遅いが、四歳児にしては賢い子だわ。
とっても気遣いできる良い子だし。
それがこの呪いのせいで、嫌われないように人の顔色をうかがわねば生きていけない、という生育環境だったのならば可哀想どころじゃないんだけど。
私は涙顔になりそうな自分を建て直すために座り直し、茶会を進行させるときの女主人のような声を出す。
「さあ、ご飯を食べてから遊びましょうね」
あ、これじゃあ、まるでアブの方こそお行儀悪かったみたいな台詞だわ。私こそアブを撫でたり抱いたりして、アブの食事の邪魔をしていたというのに。
でも、アブはそんな私に幸せそうな顔を向け、それから素直に食事に戻った。
「おにく、ちーず、おいしいね」
「あ、本当にアブって賢い」
「うふふ」
このパンは少々硬めだ。カイヴァーンは平気で具ごとパンを齧れるが、私とアブにはパンは大きくて硬すぎる。私はそれでちびちびパンを齧っていたのだが、アブが目から鱗な行動をとったのだ。
パンに挟まれた具だけに齧りついたのである。
私も早速アブの真似をして、パンに挟まれた具に齧りつく。
ぱし。
何故かカイヴァーンに後頭部を軽く叩かれた。
「何をなさるの?」
「俺の手間を全否定ありがとう。君達」
「うふふ。ごめんなさい。せっかくパンにおかずを挟んで下さったのに、バラバラにしてしまいまし……くく、うふふふ」
「うふふ。おにちゃ、ごめんちゃ。おにいちゃ、きゃああ」
カイヴァーンがアブの頭をガシガシ撫ではじめたのだ。
アブはスープが零れそうになりながらも、カイヴァーンの手が自分の頭をガシガシ撫でる感触に嬉しさいっぱいの笑顔ばかりだ。
もちろん、アブを撫でるカイヴァーンの顔はしっかりオーク。
「それで、君はどこに行く予定だったんだ?」




