オークだった彼は紳士であるばかり
魔法発表会で一等の実力を持つならば、時代遅れの魔女弾劾行為などに対抗できるはずだ? 出来ません。私の魔法は静物に刻まれた記憶というか記録を映像化するだけのもの。攻撃なんてとてもとても。
「猪突猛進しそうなタイプにしか見えないんだけどな」
「猪突猛進しかしなさそうなオークに言われるなんて!!」
オークの眉間に皺が寄り、私に睨むような視線をむける。
はい、初対面の方に失礼でした。
で、彼から目線を外せば、私は彼の腕の中の幼子の可愛い姿に釘付けになってしまった。彼はなぜか自慢そうな顔で、私に向けて指を三本立てている、のだ。
私は小煩い正論ばかりのオークな男なんか斬り捨て、私に好意的ばかりな子に応えることにした。
だって、ずっとそのポーズのまま期待した顔をしているんだもの。
いじらしすぎ。
「ええと、あなたは三歳なのかな?」
幼子は、あれ? という顔をした後に、自分の手を見返した。そして、見るからに、「あ」という顔をした後、自分の子指をもう片方の手でもう一本立ててからもう一度私にその手を見せつける。
「アブ、よんちゃい、だった」
オーク父の存在を忘れるぐらい、この子可愛い。
私はそれ程子供のこと好きじゃないけれど、この子可愛い。
「おねえちゃまは?」
「あ、ああ。ごめんなさいね。グローリアよ。ええと、十八歳」
「ぐりょりあ?」
ぐりょりあって言い方も可愛い。
けどそういえば、私は魔女ってことでの逃亡者だったわね。
「グリでいいわ」
「グリ」
「ええ。逃亡者のグリですわ。一緒ね、私達」
「いっしょ」
「おい。一緒ってアブを洗脳するな。君の面倒までなんざ、俺は御免だぞ!!」
「うわ~ん。グリ」
「まあ、アブ、いらっしゃい」
「ダメだ、君!!こら待て、アブ!!」
本当に私は何をしているのか。
オーク父の怒鳴り声に脅えた子供が私に両手を差し出したからって、父親の手からアブを奪ってしまうだなんて。
そして、子供を奪われたオーク父は、私達の様子にポカンとするだけ。
いいえ、私こそポカンとしちゃった。
オークだった男は、見たことが無い素敵な男性に変化していた。
茶色くて硬そうななめし皮みたいだった肌は、少々日に焼けているだけの健康的な白い肌に。それから、豚鼻だった鼻は、鼻すじをなぞって見たくなるぐらいに真っ直ぐで王者の品格もある形の良い鼻に。口元も形よく、皮肉そうに歪めていようが、下卑たところが見られない。
つまり、オークだった男性が、とっても素敵な美男子に変化しちゃったのだ。
二十代半ばにしか見えない男性は、悪戯そうな笑みで頭を掻く。
「アブは人見知りが凄いんだけどな」
でもって、と、彼は言葉を続けようとして吹き出した。
百年の恋もこれで覚めるな、と聞こえるように呟いて。
「何か?」
「いや。俺にかかった魔法が君にいっちゃったみたいだ。美女がオークに変化すると、意外にくるものあるね」
彼は笑いながら、懐から小さな手鏡を取り出して私に翳す。
狼の刻印が裏に彫られたメダル程度の大きさの鏡が映す私は、先程までの男の姿の女版となっていた。
彼がもともと髪を整えていて身ぎれいだったのと違い、髪がぼさぼさの逃亡者丸出しだった私では、オークの顔になった今の姿に違和感がない。
目の前の男は呪いが消えたと大喜びでしょうが、こんな姿になっちゃった私は一体どうすればいいのよ。
「ぐすっ」
「ああ。大丈夫だ。ほら、アブ戻って来い」
彼は私の腕からアブを奪う。
すると彼は再びオークの姿に変わってしまった。
「どういうこと?」
「アブは誰にも愛されない呪いをかけられたんだ。アブに触れた者は外見がオークになる。こんなに幼いのに、誰にも抱きしめてもらえない。可哀想だ」
私はもう一度アブに対して両手を差し出した。
なんだか、母に抱かれたかった幼い自分を思い出したから。
お父様が愛してくださったから、私は母がいなくて寂しいなんて言えなかった。
でも、幼い子供は母という温もりをつい求めてしまうものなのだ。
「アブ。いらっしゃい」
「グリ。抱っこ、いいの?」
「ええ。私があなたを抱いている間、お父様は宿の手配に行ってくれるかもしれないし」
「あ、この野郎」
「言葉が汚いわよ。アブのパパ」
「カイヴァーンだ。くっそ」
カイヴァーンと名乗った彼は、アブを私の腕の中に放ると、すくっと席から立ち上がった。そのまま彼は大股で歩いて馬車から降りて行った。
半分冗談だったのだけど、彼は私の分の宿も手配してくれるみたい。
「アブ。あなたのお父さんは良い方ね。紳士、だわ」
「おにいちゃ、なの」
「あら」




