貴婦人としてあろうとしているだけなのに
アブの呪いを解くにはどうするべきか。
以前にカイヴァーンが私に提案してみた様に、私の記憶を読む魔法でまっさらにできたらいいのだけど、それでアブがどうかなったら大変だ。
でも、カイヴァーンが言った呪いを映像化って魔法研究としては面白い。
ただし、呪いをかけられた人に私の魔法をかけたらどうなるのか、そんな人体実験などできないので、検証も何もできないのだけど。
「私は自分の無能を噛みしめながら見守るだけしかできないなんて」
私の視線の先では、バイラムとアブと犬が意味をなさない叫び声と笑い声を上げながら駆け回っている。アブは仔犬に夢中だ。そして仔犬との付き合い方に詳しいバイラムを尊敬し、バイラムの後を付いて回るようになっている。
つまりシュクーが来てから、私はアブ不足になっているのだ。
アブが私やカイヴァーンに纏わりつくことがガクッと少なくなった。
だからこそ、アブの呪いを解きたい気ばかりが逸るのだ。
自分が触れたら大好きな人がオークになると幼心に思い悩んでいた可愛い子。
アブが何の気兼ねなく私に抱き着けるようにしてあげねば。
幼児の時間は短いのよ!!
「奥様。お館様がお呼びです」
「今行きます」
私は館のメイドの言葉に当たり前のように答えた。
カイヴァーンの妻として扱ってくれていることに対し、私は何も訂正しない。
ちゃんと外堀を埋めておかねば。
状況的に天涯孤独な私は、カイヴァーンの妻の座は大事だ。
「グリ、どこに行くの?」
「あなたのおじいさまに呼ばれているの。バイラムの言う事を聞くのよ。バイラム。少し早いけど、アブを連れて厨房でおやつを頂いて」
賢いバイラムは大人の紳士がするように、私に頷いて見せた。
こんな風にバフラーム伯が私だけを呼ぶことなど無かったから、彼らを安心して任せられる人間がいる場所に行っていて欲しいって私の気持ちがわかったのだ。
お菓子に反応しているだけかも、だけど。
「では行きましょう」
私を呼びに来たメイドはにこりともしないで踵を返す。
これは躾が行き届いたメイドだからでなく、この館の女使用人達の私に対する対応が一様にこんな感じで排他的なだけである。
彼らは私を奥様と呼べども、私をカイヴァーンの妻と認めていない。寝室を一緒にしていないのだから夫婦じゃないと断じられるのも当たり前だが、だからといってどうして愛人と考えるのか。
まだ夫婦じゃ無ければ婚約者じゃないの? と思うが、私を愛人と思い込みたいらしい。それでもって愛人の私が砦内の風紀を乱す身持ちの悪い女だとして、彼女達は戦々恐々しているらしいのだ。
意味が解らない。
私は彼らの誤解をどう訂正するべきか頭が痛い。カイヴァーンはカイヴァーンで私の評判を変えようと、聞かれれば私のことを大事な人だと答えてくれてはいるらしい。
「するとな、あんな女は止めてしまいなさいと言われるんだ。君は大丈夫? 同性の友人ができない人って地雷らしいって叩くな。俺が言ったんじゃないって」
「婚約者ってはっきり言えばいいでしょう」
「ハッキリと嘘を言えるか。俺はまだ自由でいたい、痛いって」
カイヴァーンを叩いた事は忘れよう。
でもその時に私への反発の理由もカイヴァーンは聞いていたと教えてくれた。
「君がじいさんに媚び売っているってとこが気に入らないらしい。俺よりも辺境伯? 俺を捨てて辺境伯の愛人になりたいのかなって?」
「あ~」
「それだけ? 反省とかしない?」
「私は自分の生存権の為に一生懸命なの」
カイヴァーンが私に蔑みの視線を向けたことは気にしない。
だって女性はいつまでもぼろ服姿ではいけないの。それなのに、カイヴァーンはドレスの一つも買ってくれないのだもの。アブのことで好意的な辺境伯様は、ほら、困ってた私にドレスを下さったわ。
私は鏡に映した自分の姿を思い返しながら、背筋を伸ばして姿勢を真っ直ぐにする。
凛とするの。
ドレスは女の尊厳を守る鎧と同じ。
逆に言えば、ドレスを着ていない女は、貴婦人として認められないの。
ドレスは華美なものでなくて良い。
この砦でアブを守り、アブを守るための私の言葉を誰もに聞いてもらうためには、私はいついかなる時でも凛とした淑女であらねばいかないのよ。
…………淑女でありたい私を案内するメイドは、私を裏口へと誘導していた。
殴ってもいいかしら?
「こちらです」
「何のお間違い? そちらは裏口でしょう」
「あなたに開かれるべき扉はこれだけですわ」
メイドは鼻でフッと笑い、目の前の扉を開いた。
開け放たれた扉の向こうには、黒の法衣を身に纏った異端審問官達が立っていた。
真ん中に見覚えのある青年が一人、その後ろで彼を守るようにやはり見覚えのある三人の青年。そして左右の端にそれぞれ立つ二十代後半から四十代ぐらいの二人男は本職か真ん中の青年の護衛なのか。とにかく六人の男達達が裏口前に扇状に立ち並んでいたのである。
一番高位であると示す金の刺繍のあるストールを首から下げている真ん中の青年が、私が良く知っている男が、胸から取り出した羊皮紙を翳すと私に向けてそこに書いてあることを偉ぶった声で読み上げた。
「司法神の加護を受けしタルマド王の裁定により選ばれし査問官とし、我第三王子ラティムが汝グローリア・マーフを魔女として査問にかけることを宣言する」
ラティムの口上が終われば、私は侍女に背中を押され、ラティムの前に押し出された。それに合わせ、ラティムの横にいた二人、名も知らない二十代半ばの男達が私の両脇に立つ。
ニヤニヤと下卑た笑みを隠さない男達は、遠慮も無く私の二の腕を掴んだ。
「悲鳴も上げないのだな」
「悲鳴を上げるのは私じゃないから」
私は微笑みながら両腕をあげ、私の腕を掴む男達の手に触れた。




