三人一緒がきまりごと
バフラーム辺境伯の何てことない台詞が怖かったのは、そこに辺境伯の息子を殺された思いや国王への殺気などの色々が詰まっていたからであろう。
箱入り令嬢だった私でもわかるわ。
彼が息子を殺された恨みを忘れていないどころか、その復讐をしっかりと企んでいるだろうってことは。
だけど私は辺境伯の復讐には付き合えない。
だってもしもよ? バフラーム辺境伯が息子夫婦を不幸に貶めたタルマド王を廃してアヴァロンを王に据える、そんな王家簒奪となる復讐を考えているかもしれないじゃない。アブは辺境伯の孫でタルマド王の息子じゃないけれど、アブの公的な身分は王位継承権を持つ第五王子様のままなのよ。
第一王子は臣籍落ちしているし、第四王子は生まれてすぐに亡くなっている。
そして第二王子様は第三妃までいるのに、お子様が生まれた話を聞かない。
つまり、アブは継承権三位という王冠に果てしなく近い場所にいるのよ。
私の中では、第二位ですけどね。
第三王子、アレが王位に就くのだけは絶対阻止したい気持ちですから!!
でもね、私はアブを王様にする気は無いの。そんな事にアブが旗印にされるなら、彼を抱いて山に逃げると決めている。きっと山奥でひっそりとくらすことになっても、カイヴァーンが一緒ならば何も心配いらない気がするから大丈夫。
バフラーム辺境伯領までの旅路、野宿するにしても快適だったわ。
辺境にたった四日で辿り着いた事こそ驚きだけど、それもカイヴァーンのおかげ。
でも、カイヴァーンは元王子なせいか、以外に繊細なのよね。
虫が苦手のようだったから、山暮らしは嫌かしら。……逃亡者として町の片隅に住まう事にするかしら? でも私的には裏路地で瓦礫のような家に住むよりも、花々に囲まれた山小屋暮らしの方が絶対にいいわ。でも、カイヴァーンがどうしても嫌だって言ったら?
あらもう計画がとん挫。
どうしたらカイヴァーンの気持を変えられるかしら?
「どうした? 何か心配事か? きれいな額に皺ができるぞ」
カイヴァーンが城の中庭で子供達を見守っていた私の横に立つなり、私に憎まれ口を叩いた。だけじゃない。私の額にさも皺が出来ているという風に、無いはずの皺を伸ばすようにぐりぐりとされた。
「止めて、私のきれいな額に、額に?」
そうよ。私はキレイだった。
バフラーム辺境伯から与えられたドレスを着て鏡の前に立った時、私ってやっぱりきれいだわって思ったじゃないの!!
「グリ?」
「ねえ。私を手に入れられるならば、あなたは私の思い通りになって下さる?」
「頭腐ってる」
私のセリフを聞くや腐れ物を見るような視線を私に向けて、そしてそれ!?
「失礼ね。常に未来を考えている私の頭が腐っているはずありませんでしょう。いいこと。アブの健やかな成長のために山に逃げるとするでしょう? でも、幼いアブと私では生きていけないわ。そこであなたよ。カイ。あなたが一緒なら、私達は素敵な山生活が送れると思うの。ご安心して。私をあなたの妻に出来るという特典もございましてよ」
「俺の犠牲がまずありきの未来を描かないでくれるかな?」
「あら。美しい妻を娶るのは男性の最高の夢じゃなくて?」
「常識的な、美しい妻ね。家を任せても安心な、社交的で経済感覚が壊れていない、真っ当な女性のことね。うん、そんな女性を妻に出来たら最高だね」
「あら。私は計算が得意よ。学園では残念な結果でしたけれど、夜会ではそれなりな評価は頂いていたわ。そして私は美しい。恥ずかしながら私は、あなたが願う女性そのものではなくて?」
「色々言い返したいことがあり過ぎて、ぐうの音も出ないのが悔しいよ」
「では決まりですね。アブが大人の思惑に巻き込まれそうな時は、あなたは私とアブを連れて一緒に逃げますのよ?」
「俺がアブを連れて行くのは確定だが、え、君も連れてかなきゃなの?」
「ひ、ひどいわ!!」
「ハハハハ。だって美しい君は結婚相手として最高の女性だろう? 君と結婚したい男性はきっと多い。俺達に拘ることはありませんよ」
「でも、私とアブとあなたじゃないと、いけませんのよ!!」
「かもな。俺じゃない男だと、君は半日で火炙りにされそうだ」
「んまあ!!」
「きゃあ」
私の驚き声に驚いた可愛い悲鳴。
私はぱっと笑顔に戻り、戻ってきたアブの目線になるようにしゃがみこむ。
彼は誇らしそうに、はい、と私に黄色い花を差し出した。
小さな小さなバラの花で、まるで砂糖菓子みたいで可愛い。
「まあ嬉しい。これを選んでくれた理由を教えてくれる?」
「はい。グリはお花を持って来て、言いました。僕はきいろがいちばん好きなので、きいろのお花を選びました」
「まああ!!一番大好きな色のお花ですのね。最高のプレゼントよ」
「うふふ。つぎのおだい!!」
「そうねえ」
「俺に赤いものを持ってきてくれるか?」
「はい。おにいちゃま」
アブは兵隊のような敬礼をカイヴァーンにすると、カイヴァーンに渡すものを見つけるためにと駆け去って行く。
幼児走りして去って行くアブの後姿を、私は可愛いばかりだと見つめる。
安心して幼い子供を一人で走り回らせられる場所が、最前線ともなるバフラーム砦の中にあるというのはなんて不思議な事だろう。
バフラームの祖であるアヴァロン卿が、愛した妻が殺風景な砦で心細くならないようにと、彼女の故郷の風景を模して庭造りしたそうだ。花々は四季を通して咲き乱れ、小魚が泳ぐ小さな池や小川まであるのだ。
「アブの言葉がしっかりしたのは君のお陰だな」
「いいえ。アブを世界に連れ出したあなたのお陰でしょう」
「いいや。君のお陰だ。君は学校の先生でもしていたのかい? 君のお陰でアブの語彙もそうだが喋り方が改善している。お題のものを探して持って来させて、選んだ理由を説明させる。頭と体のいい運動だ。それに」
「グリ様!!僕のお題はどうでしょうか!!」
カイヴァーンの言葉を遮ったのは、ベージュ色の髪色に薄茶色の瞳をした、利発そうで体格が良い十歳にも満たない少年だった。




