アヴァロンはこの国の英雄の名前だよ
カイヴァーンは全てを知っていた。
なんて秘密主義。
でも仕方がないわね、カイヴァーンは母親の身分が低すぎて臣籍に落とされた王子様で、アブも第五王子様だなんて、軽々しく言えないわ。
そしてこの可愛いアブに呪いをかけたのが、アブの父親のタルマド王だなんて、絶対に軽々しく言えない秘密だわ!!
タルマド王め、さすがあの第三王子の父親だわ。
「なぜだ? 我が息子を殺し、息子の妻ミティーアを愛人にと奪ったのはあいつだろう? それなのになぜ、戦利品とも言えるミティーアとの子供に呪いをかけるのだ?」
「それはアブがティアムの、アブは、アヴァロンは、あいつの子だからですよ!!そして俺は知っていた。このオークの呪いは、ミティーアが自分に掛けた呪いだって。大事なティアムの子が腹にいる自分を、二度とタルマドに汚されないようにと、彼女は自分に掛けたんですよ。あいつのは自分がオークの姿になる奴ですけどね。そしてタルマドは、二年前に、俺の遠征中にアブがティアムの子だという事実を知って、ミティーアを殺してアヴァロンに呪いをかけたんです。反吐が出る」
「では、アヴァロンは私の孫? ティアムの息子、だった?」
「同じ目をしているじゃないですか!!同じ水色だ。俺の親友だったあいつと同じ目をしているじゃないですか!!」
私はこの目の前で起きている愁嘆場に、ただ呆然とするだけだ。
これでアブはここの辺境伯の子として可愛がられる?
それで、ええと。
アブを見下ろせば、彼は服の中に隠していた? 何かを取り出しているところであった。
「アブ。なに? それは?」
「おにいちゃ、が持ってなさいって。ずっと隠していなさいって。おしょろい」
アブの手の中にあるのは、確かにお揃いだった。
ティアムが死の間際に飲み込んでも隠したかった、あのお守りのペンダントと同じ、お守りのペンダントヘッドだ。こちらの石はアブの瞳と同じ色だけど。
「そうね。お揃いね」
でも、どうしてカイヴァーンがこれを一度は隠せとアブに言ったの?
アブがティアムの息子だと伝えるならば、これこそ辺境伯に見せるべきだろうに。
なぜ?
そんな事を考えながらアブの大事な母親の形見に触れるのでは無かった。
アブの手の中にあったペンダントヘッドが光り輝き、部屋の天井付近に大きな光の窓を作り出したのだ。
光の中には、アブによく似たとても美しい女性が祈りを捧げていた。
両目からポロポロと涙を流して。
違う、彼女は懇願しているのだ。
このペンダントを渡した相手に。
「お願い、これを隠して。そして、この子に、このお腹の中の子に真実を伝えて渡してあげて。私は一生嘘をついて生きて行かなきゃいけない。だから、私から真実を伝えてあげられないかもしれない。だからお願い。あなたは私の最愛の人、誇り高きティアム・バフラームの子だと教えてあげて!!」
パシュッ。
魔導具ランプが壊れた様な音が立ち、幻影がそこで消えた。
私は全てを知っていて、アブに母親の形見を渡した人を見つめる。
彼の瞳は語っている。
涙を流した顔で天井を、もう何も無くなった天井を眺めている彼こそ、きっとあの美しく気高いミティーアを愛していたに違いない、と私が理解するぐらいに。
カイヴァーンがアブの持つミティーアの形見を出したくなかった理由がわかった。
彼こそがアブに真実を伝えたかったんだ。アブが大きくなった時に、ミティーアが望んだように、彼こそが。
「素敵な内緒話はいつだって、何度だって、繰り返して良いのよ」
「何がだ」
「アブはきっともう少し大人になったら、お父様とお母様のことをもっと知りたくなる。ミティーア様に頼まれているあなたの出番よ」
「本気で魔女だ」
彼は自分の目尻の涙を拭うと、その手でアブの頭を少々乱暴に撫でた。
アブは今まで幻影が映っていた場所を夢見心地で見上げているだけだ。
動きを止めて、何も無い場所を必死に見上げているのは、幼い彼でもあの幻影の中の美女が自分の母親であることは分かっている証拠だろう。
アブに乱暴に撫でられても、まだまだぼんやりしたままだなんて。
本当はあの美しい母親と、その母親を愛してた父親に愛されて育つはずだったのに、アブはその全部を奪われてしまったのだものね。
あああ、アブの不幸が胸に痛い。
いいえ、アブはもう不幸じゃない!!
ちゃんと血を分けたお爺ちゃんがいるじゃない。
私はアブをぎゅっと抱きしめると立ち上がり、アブと同じく天井で起きた数分の幻術から未だ覚めずの男性にアブを手渡した。アブを腕に抱いた途端に彼は、みるみると白い鬣を持つオークに変化してしまったが、彼はそんなことは構わずに素晴らしき宝物であるようにアブに頬ずりまでしている。
「息子様については、あとででいいかしら?」
「ああ。私も今はこの子との時間の方が欲しい。アブ。君の本名はアヴァロンか。この国では多い名だが、それはティアムだけでなく、この国の誰もが大好きな英雄の名であるからだよ」
祖父が子供に名前の由来を教えるよくあるセリフだが、辺境伯の声の調子に私は胃の底がずしっと重くなった気がした。
どうして恐怖を感じたのかわからないけど。




