不思議な親子連れ
「峠で土砂崩れが起きましたので、この馬車はこの先に行けなくなりました。土砂の処理に二週間はかかる見通しです」
連絡馬車が休憩地に着いた途端に、伝達兵が馬車の乗客に道の不通を伝えてきた。
乗客が一斉に私を見た気がするが、そんなの私のせいじゃない、と言いたい。
いえ、これも仕方ないわね、と自分の姿を見下ろす。
学園の制服姿のままな上に、履いているブーツは泥まみれだし壊れそう。
そして私の持ち物と言えば、下着程度が入っている学園で使用していた鞄だけ。
こんないかにも運の悪そうな私が同乗していたのだ。
雨の降る中、町ではなく単なる馬車の休憩地点で足止めなんて喰らったら、この馬車に降りかかる悪運全て目の前の不気味な娘のせいなんて思ってしまうのも仕方が無いだろう。
自慢の黒い髪はぼさぼさでところどころちぎれたみたいになっているし、顔にはきっと殴られた後の青あざだってある。
たった一日でここまで自分の境遇が変わるとは、と私は自分を笑う。
かしずかれるばかりだった伯爵家の令嬢が、この転落具合は、と。
私は昨日急に婚約者から婚約破棄されて、ついでになぜか周囲から魔女扱いされたので、学園から逃げ出す羽目になったのだ。
王都のタウンハウスにも、領地のマナーハウスにも私は戻れない。
魔女のレッテルが貼られた以上、どちらに戻っても私を匿った者達含めて火あぶりされてしまうかもしれないから。
だから、修道院に向かっているんだけどな、と顔を上げる。
あら、皆さん普通に馬車を降りて行った後だわ。
私が感じた抗議の目線こそ、私の被害妄想だったのかしら?
いいえ、もしかしてここでも私が魔女だからって結論で、私を殺そうなんて?
私は自分が考えた事に脅え、ヒュッと息を吸い込んで震える。
ここから逃げなきゃと、馬車の車窓から外を見て、今度こそさっさと動かねばと焦燥感に駆られた。
休憩所は泊まれる宿もあるが、連絡馬車に乗り合わせた全員が泊まれるほどの部屋数はなさそう。だから乗客は私をほっといて、我先にといなくなっていたんだ。
私も馬車から降りなきゃ、と、座席から立ち上がり。
まだ座席に座ったままの人がいたのを知った。
毛布を被っていて小山みたいな状態だったから気がつかなかったようね。
いいえ、こんな人がいたかしらと、毛布の人の存在を訝しく感じる。
私は昨日の昼過ぎからこの馬車に乗っていて、追われている身の上だから馬車が止まるたびに乗り込む人や降りる人を見ていたけれど、知らない、この人。
でも、毛布を被っているだけで、私がわからななくなっているだけ、かな?
「あの」
私が声を掛ければ毛布を被った人物は顔を上げ、私は悲鳴を飲み込んだ。
彼が毛布を被っていたのは、彼が人の顔をしていなかったからであったのだ。
茶色の肌は財布に使われている革みたいな質感で、顔の作りがその皮膚の形状に見合った魔豚みたいだ。というか、オークそのものにしか見えない。
けれど不思議だけど、私は彼が魔物には思えなかった。
私と彼は目が合ったが、彼の青い瞳が知性を感じさせるのだ。
あ、知性的と思った婚約者は、いつの間にか私の友人と恋人関係になっていた。
ついでに、友人だと思ってたアレの愚にも付かない言葉を信じるばかりというぼんくらだったことも思い出す。
あら、まあ。
私の見る目も判断も、信用がおけないわね。
「向こうに行け」
唸るように言い放った彼は、さっと毛布で再び顔を隠す。
しかしその代わり、という風にして子供がしゃくりあげる声が聞こえた。
「ぐす。暗い」
「あ、ああ。悪い。我慢してくれ」
毛布を彼が深く被り直した事で暗さが増して、子供が脅えてしまったのだろう。
まだ夕方前だが、雨が降っていて車内は暗い。
私は制服のポケットを探り、いくつか入っていた飴玉の一つを取り出してオーク親子に差し出した。
「何か?」
「いえ、あの。お子さんに」




