002_1_追放されたので人外娘を集めて世界をダンジョンで埋め尽くす
魔「アイツ……マジか……」
余は石畳の道を、ぽつりぽつりと歩いた。街の灯りが白い吐息の中にかすむ。
雪が顔にあたる。
魔「ご丁寧に、人間の体に押し込めよって……」
アスモデウスが描いた魔法陣に飲み込まれて、気がつくと余は人間になっておった。
しかも、子どもだ。10歳くらい。
ぼろ布をまとった孤児として、裏路地に倒れておった。
アスモデウスの術式は、転移だけではなかった。余を人間の体に憑依させて縛る術式も組み込まれておったのだ。これはもはや、封印に近い。
これは、凍死した孤児の体だろうか。この体に憑依したとたん、寒気と空腹でクラクラした。
本来、高位精神体である余が、寒さや、ましてや空腹など感じるはずもないのだが、今のこの状況では憑依した人間の体に引っ張られてしまうようだ。
このままでは死を待つばかりだ。最後の力を振り絞り、這い出すようにして、街道に出てみたが、結果は変わらなかったかも知れない。
街道を行く人影はまばらで、そのわずかな人々も誰も余に目を止めない。
魔「……いかん、これは……」
寒さが限界を迎え、余はうずくまった。もう一歩も歩けぬ。
追放されて、すぐに凍死とか、これのどこがなろうテンプレなのだ。
指先から感覚が消えていき、視界が白くかすむ。
かつて魔王と恐れられた余も、今やただの凍えた孤児。
何故こんなことになってしまったのか……
女「おい、坊主。生きてるか?」
目を上げると、そこには革鎧を身にまとった女がいた。腰に二本の剣をさして、背には大きな皮袋を背負っている。
冒険者とかいう人種だ。魔王である余にとっては、配下の魔獣を減らす、うっとうしい小バエのような存在だ。
魔「今、死ぬところだ」
女は吹き出した。
女「それはまだ、生きてるっつーんだよ」
自らのマントを脱ぎ、余の小さな体を包んだ。
そして、余を軽々と抱き上げる。
魔「なんだ……なにを……」
温もりが伝わってくる。全身の力が抜けて、意識がもうろうとする。
女「目の前で死なれちゃ、気分悪いからね」
女は照れ隠しの笑みを浮かべた。余の心にあたたかい火がともったような気がした。
……安堵、しておるのか……?
余は自分自身に愕然とした。
身も心も、脆弱な人間に成り下がってしまったというのか。
女「あんた、名前は?」
女の声が聞こえて、余は薄れゆく意識の中、夢うつつのまま答えた。
魔「魔王……」
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いや、魔王はマズイ、魔王はマズイぞ。
覚醒直後、余の心に浮かんだのは自分に対してのツッコミであった。
女「起きたかい?」
頭上から女の声がする。
余が目を開いたことに気がついたのであろう。
ここはどこだ。
焦げた薪と香辛料の匂いが鼻をつく。ガヤガヤと騒がしい。そして、なによりあたたかい。
身を起こして、ここが石造りの酒場の一角だと分かった。
魔「……あの……」
口を開いてから、自分がまだ女のマントにくるまれていることに気がついた。
すでに指先の冷たさは薄れ、代わりに鈍い倦怠感が身体を満たしている。
女「運が良かったな! 凍え死ぬ寸前だったんだぞ、お前」
ジョッキを手に、女は上機嫌に笑った。
女だてらに剣を使うわりに、小柄な女だ。もちろん今の余よりは大きいが。
燃え上がるような赤い髪を無造作に頭の後ろで束ねている。豪快な言動だが、顔立ちは若い。もちろん今の余よりは年上だろうが。
女「えーと、マオっていったけ?」
そうか、余の名をそう勘違いしたか。たしかに、凍死寸前の子どもを魔王とは思わんかもな。
これは好都合と、余はうなづいた。
女は、余の頭をわしわしと乱暴になでた。
なんと無礼な。余を誰と心得る。
女「ほら、飲め! 身体が温まるぞ」
女が差し出した木のカップには、湯気を立てるスープが入っていた。
施しを受けるようで癪ではあるが、余の空腹はそれを見逃すことを許さなかった。
魔「……うっま」
どうしたことだ、これは。
うますぎる。
単なる薄い豆のスープでしかないこれは、これまで口にした何よりも美味であった。
現代世界でも人間の真似事として飲み食いをしていた。あのときも、ファンタジー世界に比べなんと成熟した食文化かと驚いたものだが、このスープはそこで食べた何よりもうまかった。
一息に飲み干して、余は息をついた。
女は豪快で下品な笑い声をあげた。
女「い~い、飲みっぷりだ! ほら、飯も好きなだけ食いな!」
テーブルの上には肉料理を中心に、さまざまな大皿がところせましと並んでいる。
魔「はわわわわ……」
どれも衝撃的にうまい。
人間な体を通して味わっているからか、それとも初めて感じる空腹のせいか。
余は夢中になって口に料理を運んだ。
男「チッ……」
料理に夢中であまり気にしていなかったが、テーブルの向かいには不機嫌そうな男が座っておった。
男「なんで、C級昇格祝いで知らねえガキがメシ食ってんだよ」
どうやら歓迎されておらんようだ。
鉄板のような胸当てを身につけておるから、コイツも冒険者だろう。
そこの肉、食わんならもらうぞ。
テーブルには他にも、女が二人座っておった。
おそらくこの世界の宗教なのでだろう、大きくシンボルが描かれた神官風の服をまとった女と、明るい色の布を体に巻き付けた魔術師風の女。
どちらも余を歓迎してはおらんのだろう。眉をひそめておる。女神官などは露骨に口を抑えておるな。
そっちの麦料理もうまそうだな。一口もらおう。
女神官「うわ……」
余が手づかみで一口いただいた麦料理の皿を、女神官はまるで汚いもののように自分から遠ざけた。
男「なあ、ヴァレリア……お前がリーダーだから、とやかく言わねえけどよ……」
女「じゃあ、黙ってな」
ヴァレリアと呼ばれた女が、ぴしゃりと男の言葉を遮った。
男はなにも言い返せず、顔を背けた。
女神官は無言で立ち上がった。我慢の限界とでも言いたげに、余をにらんで、そのまま歩き去る。
続いて、女魔術師も後を追った。こちらは余にあまり興味がないようだ。
男はしばらく不満げに酒をあおっていたが、木製のジョッキが空になったタイミングで席を立った。
魔「すまぬな。邪魔をしたようだ」
余の言葉をヴァレリアは笑って受け流した。
ヴァレリア「子どもが変なこと気にすんじゃないよ」
そして視線を遠くに向けた。
ヴァレリア「あたしにはね、昔、弟がいたんだ」
なんか語り出した。
魔「……その話、食いながら聞くのでも良いか?」
すまぬが、今、余の手は止まりそうにないぞ。
ヴァレリア「だから、気をつかうんじゃねえって」
再び、ヴァレリアの手が余の頭に置かれる。
不敬とは感じたが、最初ほど嫌な気はしなかった。
ヴァレリア「あんた、あたしらと一緒に来るか?
どうせ、行くあてがないんだろ?」
今の余ほど行くあてのない者は、よっぽどおらぬであろうな。