第1話(Bパート) 今日は牢屋で5時
涙はとっくに枯れ果てたと思っていた。
だが実際のところ逸斗はもう数十分も情けない声で泣き続けていた。
その間、他の牢屋から嘲笑や怒号が聞こえてきていた気するがそれどころではないくらい悲しみに暮れていた。
これは現代、ストレス社会で生きていた時に身に付けた自分なりのストレス発散方法だ。
理不尽なストレスを抱えたままだと、いずれ心や体を壊してしまうことに繋がる。
だから逸斗は泣きたいときは目一杯泣くのだ。
それがどんなにみっともなかろうが関係ない。
自分を守る為なのだから。
そしてようやく涙が枯れたところで、再び思考が冴え渡ってくる。
「ふぅ…スッとした。」
「ようやく泣き止んだんか…まったく煩くてかなわんわ!」
向かいの牢屋から聞こえる少女の声。
その声の主は角に赤い肌、口から鋭い牙が見え隠れしモンスターのようでありながらも人間の少女のような歪ながらも可愛らしい姿だった。
その異世界的な姿に逸斗は無意識に見惚れてしまっていた。
「なにジロジロみてんねん!いてこますぞ!」
グルル…と唸るように逸斗を睨み付ける角の少女。
迫力よりも怒った犬や猫のようなその顔に逸斗は思わず微笑んでいた。
いや、それにしても…。
「何故に関西弁…?」
そもそもこの世界の言葉が全て日本語で聞こえるのはデフォルトなローカライズ翻訳なのだろうか?
だとしたら関西弁らしき方言はどこかの地域の訛りなのだろうか?
「なんやようわからんこと言うたり、泣きわめいたと思ったらニヤケだしたり気持ち悪いやっちゃなぁ……どうせろくでもないことやらかして捕まったんやろ?」
異世界に来て初めてのまとも(?)なコミュニケーションは心を深く抉る。
「な…なんでもいいだろ!大体お前だって牢屋にいるってことは何かやらかしてるんじゃないか!」
逸斗が言い返すと角の少女は「フフン!」とどこか誇らしげな表情で胸の谷間に隠し持っていたソレを取り出しおもむろに見せびらかしてきた
少女の手のひらいっぱいの大きさの鉱石のようなソレは、元いた世界では見たことのない、呑み込まれそうになるような深い藍色で美しい輝きを放っていた。
「これはな、【ブルードラゴンの瞳】言う、いわゆる『オタカラ』ってやつや!」
「ドラゴンの目玉?倒したのか?」
「ちゃうちゃう、希少さからそう呼ばれてる宝石や。暗黒の大陸の奥深くにしかないっちゅう噂で、この大きさで街1つ買えるくらいの価値があるんや!」
街1つ!?!?
流石異世界…スケールが違いすぎる…。
「ってなんでそんなものがお前の谷間の中に?」
「盗んだに決まっとるやん。じゃなきゃこんなところにオタカラを隠しとらんわ。」
「盗んだ!?どこから!」
「そこの城から。なんで王城にそんなもんがあるのかはしらんけどな。暗黒の大陸なんてここからじゃ半年あってもたどり着かんくらい遠い所やで。ましてやあそこは魔王の領地のど真ん中なんやから、足を踏み入れるアホもおらんやろうし。」
よく分からないが、少女の手にある【ブルードラゴンの瞳】が物凄く希少なものであること、少女が王様の城から盗みを働くとんでもない泥棒であることは理解できた。
「それで…なんでそれを俺に見せた?」
「べつに?ただ自慢したかっただけや。」
「そんな貴重なものを?!監守に見つかるリスクだってあるのに!」
少女はしばらくポカンとした後、急いでオタカラを胸の谷間に押し込んだ。
まさか考えてなかったのか?
もしかしてこいつ…バカなのか?
「なかなか頭冴えとるな兄ちゃん。確かにバレて取り上げられなんかしたら大変や。おおきに!」
ニッと笑う少女の笑顔はまるで無邪気な子供のようで、呆れる気持ちすら消え失せた。
「せや、お礼に世間知らずの兄ちゃんにいいこと教えたるわ。このままやとウチら全員明日の朝には死刑や。」
その無邪気な笑顔のまま発せられた言葉とのギャップに驚きを隠せない。
「全員!?城に忍び込んだお前はまだしも俺もなの!?」
「そうやで。この王都では治安維持のために犯罪者は全て死刑になるんや。それがどんな些細な罪であってもな。」
そんな殺生な…これが異世界……。
まさか転生して即ゲームオーバーなんて…何のためにここに来たのか…。
落胆している逸斗の表情を気にすることもなく少女は続ける。
「そこでや!兄ちゃんもうちらの仲間にならんか?頭もキレるみたいやし、きっといい働きができるで!」
「…仲間…?なんの…?」
「うちらの盗賊ギルドのや!」
「盗賊…ギルド?俺に泥棒の仲間になれって言うのか!?」
仮にも勇者として異世界に転生した(はず)の人間が泥棒なんて…それに元々逸斗は善人でもなかったが決して悪人ではなかった。
どちらかと言うと悪いことは許せないタチの人間だ。
ただ少し、考えが至らなかった為に今牢屋にいることは確かだが。
「まぁ嫌ならムリにとは言わんわ。どうせもうすぐ"来る"からそこからどうするか決めるのは兄ちゃん次第や。」
「来るって?」
そう訪ねた瞬間、大きな爆発音と共に少女のいた牢屋の壁が吹き飛んだ。
「!?」
壁の破片が勢いよく飛び散り、衝撃で他の牢屋も次々に破壊されていく。
最早牢屋のみる影すらなくなったボロボロの廃墟と化したこの空間の奥、最初に吹き飛んだ壁があった穴の奥から2mはゆうに越えるであろう大男が姿を表した。
「お嬢ー!助けに参りましたぞ!!」
野太い声で叫ぶ巨人が『お嬢』と呼んだのはあの角の少女だった。
「おー!時間ぴったりやな!流石親父の右腕や!!」
「全く…お嬢は無茶しすぎですぜ!ボスが心配しすぎてただの腑抜けになっちまって大変なんスからね…」
「悪い悪い!まぁ親父腑抜けなのはいつもの事やろ!」
この場に似つかわしくない和やかな会話を呆気ない表情でただただ眺める逸斗に少女は近づき手を差し伸べる。
「んで、うちらと来るか?」
壁がほぼ完全に崩れ落ち、建物を支える柱も崩れようとしている。
遠くからは衛兵と思われる複数の慌ただしい声と駆ける足音が聞こえてくる。
残念ながら迷っている時間はないようだ。
有無を言わぬまま逸斗は無言で少女の手を取った。
この瞬間、逸斗のオオドロボウになるルートは始まった。
アイデアを書きなぐった形で細かいところは後々手をいれると思います。