背景世界 改訂版
歴史は人が竜に滅ぼされようとしていた時に始まる。名のない魔術師は竜(なお過去と現在ではその意味する範囲が異なる)を魔法によって殺した。これによって彼は竜殺しとして知られる。彼は死んだ竜の魔力を元に巨大な結界を張りおよそ三千人の人々を救済した。これが現在まで残る人々の祖先となった。この時に古代の三十の王朝が救われたと伝わる。現在まで知られているのはキュムグ、カムレである。それらはいずれもクドゥル及びデンバクドゥルの王家である。ペボエト、ユズズナエグ、ワゴーフイ、ワンカウワンという名も記憶されているが既に滅びた。結界内部は後に内域と呼ばれ、名のない魔術師はその中に自ら閉ざされる運命となった。名のない魔術師は唯一の神の存在を認めたが、神を必要としなかった。以後彼に従う魔術師は本質的には無神論だが、自らが人間を超えた存在として神のようになれると信じている者が多かった。内域にはそれまでは殆ど孤独であった魔術師が一箇所に集中することによって人と竜との戦いにおける研究が進み月の魔力によって竜を殲滅する方法を見出した。
これによって竜殺しと呼ばれるようになった魔術師は三人の魔術師を結界の外へと送り彼らは月が天頂にかかる位置で魔法陣を張って月を鈍くも破壊した。月からは魔力が溢れ出し世界は月の魔に覆われて竜はこれらによって喰らい尽くされた。なお結界外苑に侵入できた弱い竜はそのまま生き残りその後人々を苦しめてきた(内部に秘める魔力が大きいほど結界内部には侵入できなくなる)。月はそのおよそ二千年後に崩壊し六つに分裂したがその時代の内に五つは破壊されて現在に至る。竜殺しと呼ばれた魔術師は結界内部に閉ざされておよそ千五百年後に肉体が朽ちて消え去った。竜は月の魔力が大地に満たされたことによる自然結界によって大空に押し出されその命が尽きて後延々と空を飛び交っていた。その密度は地域によって変化し時には渦巻いていた。右巻きと左巻きでは左巻きの方が尊ばれていることが多かった。地上に取り残された竜は基本的に精霊湖の水を啜るか竜砂魔砂漠の砂をしゃくらなければ飛べないようになった。なお魔術の言語化に成功したのはこの時代であり一人の少年による奇跡的な精霊との交流により実現した。その後異なる人物であるがスウヤーウルウンによる魔術は星穀峡谷の全ての魔術師の規範となった。
地上には地下深くに沈んだ竜の血が各地から噴き出して精霊湖の水と混ざり合った地では悪し水泥虫或いはボーニャパケトロイミと呼ばれる半固形の液状の生命体が飛び出した。それは魔力を集め増大したため魔術師と後述のトークレムによって重宝された。古い時代のレイスには悪し水泥虫の沼地が広がっていて魔力溜まりを広域に展開していた。それはその地域の王の王権の象徴であり、右手の王笏と共に左手の悪し水泥虫を持つのである。
内域の北東には無尽森林が広がり多くのクドゥルが住み着いた。無尽森林とは魔力によって領域が結界となってある森の一点が無限に広がるように受け取られることからそう呼ばれる。つまり有限の領域の森が外側からは見えずとも内部で無限の森として広がっていくのである。球状の大地の一点の接平面としての領域空間として一にして多の、多にして一の無尽森林が無数に出現するのである。このため事実上無限に多くの木材を得ることができたためクドゥルはこれを魔術師を介して人々に提供していた。これはデンバクドゥルにも同じことが言えるのだがクドゥルとデンバクドゥルの違いは曖昧でありながら斧が片側の刃しかついていないのがクドゥルで両側についているのがデンバクドゥルといった具合である。
クドゥルは人々から離れた存在となって魔力による影響を受けずある部族は食料や水分を摂る必要がなくなった。死から遠かったが寿命の上では百三十年程度の存在である彼らは魔術に対して敵対的な考えを抱いていてスッザーリヤと呼ばれる永遠の命を持つ人々の存在を信じていた。以後剣を携えてあらゆる戦いに関わるようになった彼らは人々の王国の王から雇われて傭兵となる例が相次いだ。魔法は禁忌のように唱えられていたが一方で魔術師として育てられることになる者も中にはいた。本質的に魔術師の才能のある彼らは成長して五百年生きるようになったのだが魔法を禁忌としていた反面魔術師との関係は穏便なものとしていたため長老として部族を指導することがあった。
内域の西には東西にドーブニウ山脈が走り多くのデンバクドゥルが住み着いた。デンバクドゥルは人々から外れた異質の存在であり勇敢な者を多く輩出した。デンバクドゥルは山地に数多くの王国を設立して山を下り支配地を拡大することがかつてあった。後のレイスで青銅の時代と呼ばれるその時期は炉竜と呼ばれる獣に青銅の精錬をさせて斧を携えていた。「我ら斧の戦士」という言葉で知られる彼らは精霊湖周辺の湖に生えた木々を伐採し魔術師の仲介を経て人々に多くの木材を売っていた。ここで手に入れた金貨や銀貨などがドーブニウ山脈の坑道に残されている。鉄鉱石などを採掘していた彼らは鉄を生産しようとしたが炉竜によってうまくいくことはあまりなかった。そのため青銅の戦士として有名である。なお人々の救済からおよそ千年後にエンスとカンを無尽森林から支配地域としたクドゥルらは鉄の王国と呼ばれそれは鉄の時代とされている。製鉄技術に優れたクドゥルは無尽森林に現れた。デンバクドゥルの信仰体系には名のない魔術師が組み込まれていて魔術師を神的存在或いは神の使いとして扱っていた。彼らの有名な王ダウムネオグによって統一的な見解が形作られた。彼らは独自の星詠文字によって占いをし、様々な散文や韻文を粘土盤に刻んだ。
人々は内域の南東にある大河の周辺に人口を集中させていて特に「剣河」(エダルカド)と呼ばれる大河周辺に文明が起こった。その地では架空の王の名の下に多くの魔術師が知恵を働かせて文明の発展に努めていた。すなわち多くの魔術師が一人の王の名という偽名の形で活躍した。その名はクリストスである。その地においては公共事業としてピラミッドが数多く建てられた。また使用期限のある貨幣を導入しその時代において経済が著しく発展した。
レイスにはいち早く人々が集まって王権が成立したが百年と経たない内に暗断裂によって滅んだ。環レイスと呼ばれたレイスの北東地域では魔術の知恵が重んじられ数多くの図書館が建てられた。暗断裂によって滅んだレイスの知恵を集めるためにある魔術師が立ち上がり暗黒のレイスの魔術にまつわる石版を集めて環レイスの各地の図書館にそれらを取り戻した。その後オープ・パルクによってルガムの北東に建てられた大図書館にその知恵は移された。大図書館は全ての魔術の知恵を集結する目的で築かれた所であり、後に魔術の使用が段階的に禁じられていく過程において、後世にそれまで知識や知恵を残す拠点となっていった。
この頃までに小人族の手によってエレノイヤ(エル・レノイヤ)と呼ばれる聖剣が打たれた。それは刀身が輝きを放ち、精霊が宿っていると言われた剣で、時が経っても錆びて古びることなく、その切れ味と美しさを増し、職人としてのデンバクドゥルにも知恵のある魔王にも再現できず、その名を汚されたことがないので、ほとんど唯一の聖剣として知られる。それはレイスの様々な王家によって守られて、月魔世に行方が知れなくなるまで、その地における支配権の象徴だった。その後小人族は衰退し、歴史の表舞台から姿を消して各地に点在する森の中で細々と暮らすようになった。
人々の救済後八百年の間に各地に残された巨竜が人間の手によって墜ちていった。その一つとして現在にも伝わるのが大長虫ことツァロメロズである。竜を殺した者としては別にダエーセンやツォーレヌーが知られている。彼らはその業によって富を得て穏やかな余生に暮らした。またエリンという女性も竜殺しに数えられその地の王に城を報酬として得た。彼女の書いた書物群はエリン派と呼ばれる一種のカルト集団を生んだと伝わる。
エンス、カン、ルガムには人々が集まり繁栄した。というよりは人々が集まった地域が歴史以前の有名な地名によって呼ばれるようになった。その間の地域は隙間(以後インパル)と呼ばれ、その地の人々は厳しい環境に置かれ、多くは飢えか渇きで死んでいった。
その時代、月の魔力が地に満たされたことによってその魔力と局所的に結びつくことによって魔術を扱う非魔術師が現れていた。彼らはトークレムと呼ばれ、魔術を扱えない者はトークレと呼ばれていた。トークレムは魔術師とは違い短命である者が多く五十年ほどで命を地の魔力に奪われていた。魔術師は基本的に魔力の塊のようなものでありそれぞれが固有結界を持っている。このような人々は肉体が朽ちるまで命が存続し五百年以上の寿命を持っていた。魔術師はトークレムをあまり好ましく見ていなかったのだがトークレムは王国の支配者となることがかつて多かった。魔術師は宮廷魔術師として政治に参与することが通例であったがこれはエンスの地において多く見られた。魔術師はまた、ル・エルの救いとル・イルの滅びを信じていた。それは神によってある特定の知識が与えられた者は神の言葉を担い、永遠の命を霊の内に実現するというもので、自分からそれを手に入れたと思い込んでも滅びに至るというものである。これは心に刻まれた知識の価値というのが絶対的でなければならないというもので、特に「聖なる神の正しさの基準に適う正しい者は死んで(墓に葬られても)その日のうちか数日で復活する」という理解が神から来た者は永遠に生きられるという信仰があった。しかし彼らは名目上神を必要としない人々が多く、自らが神のようになれるという自己認識の下で運命を自力で左右しようとした。特にある人々は永遠の眠りというのを求め、魂の消失を目指していた。彼らは名のない魔術師は神か神の子、神の霊を持つ者であるということを信じていて、彼が復活することを信じる者はその人も復活すると言われた。しかし竜殺しと呼ばれた名のない魔術師は肉体が朽ちた後千年以上に渡り消失したままで、復活する気配はない。この頃までに魔術師は魔術の論理的解釈としてある種の四項理論を理解していた。それは天蓋(sphere、ソルカ)、蒼穹(azure、オグザンル)、星珠(orb、コルマリフ)、地蓋(globe、ステイラ)によって魔術の概念を説明するものである。(詳しい説明は対話篇などで試みられているが、)天蓋的魔術師として天水の魔術師、地蓋的魔術師として地下鉱の魔術師というのが導き出され、剣河において、それは能力の高さを表したものではなくそれぞれが一長一短なのだが後世には上級魔術師と下級魔術師として知られた。カンの地では魔術師は自治を行い、魔術の継承が盛んに行われ、若い魔術師やトークレムが大量に発生した。しかしながらトークレムは状況によっては死刑に処された。それは魔術を扱うと称していながら実質的に何も行わない不義と看做された者に対する処罰であり、比喩的に論文を書かない学生紛いや学者紛いに対する扱いである。ルガムの地においては急速な発展によってそれ以上発展しない段階に至って、余生を過ごす魔術師やある程度裕福な人々が住んでいた。ドレイスの地から奴隷を得ることによって、人々は仕事による人生の円環から解放されていた。また魔術師はその知恵を買われ法律の運用を任されていた。ナナキと呼ばれる人々を深層心理から操作するような大魔法と呼ばれるもので民衆の行動を大きく決定するなどした。
内域の北西に位置したエンスでは天の神と地の神が信じられ例えば人を殺せば天の神に好かれるが地の神に嫌われるといった具合にどちらかの神に愛されることを目的にした信仰が発展した。エンスでは長く戦争状態が続き領域が確定しない国家によってその全土が覆われていた。エンスにおいては宮廷魔術師が活躍して政治の実権を握る場合があった。その地においてはトークレムが非常に多く水を得るために魔術を扱う者が多かった。魔術で得られた水は大量に摂取しないと渇きを潤せないため魔術の使用によって寿命を縮める者が多かった。その地において有名な王はゴスリム・リムである。本名はゴスリムであるが、古の魔王ベルクゴルム・レムになぞらえて名を改めた。彼は最後の王と呼ばれ、その地を一度完全に統一した。
内域の北東に位置したカンでは「能」と呼ばれた才覚が非常に重要視され演劇や歌唱の才能のある者が有名を得た。いわゆる放送の仕組みが作られ画面の中では能人と呼ばれる人々が活躍した。放送は五百年余り続いたが魔法戦争による中断を経て停波となった。以降その文化が復活する兆しはない。カンには魔術の学校が設立されてこの時代に有名になった魔術師の多くがこのカンの魔術の学校の出身である。なお学校と言っても師の集まりといったもので弟子を取ることによって魔術が伝承された。その中でラティス魔大学は現在まで存続している最後の学校である。その地では魔術師による自治が認められていた。このため砂漠の魔王による支配以外で正当な魔術師の支配がある意味では理想的に成り立っていたと言われる。各地の人々を写した映像記録が集積された。
内域の南に位置したルガムはその地の発展が人々の救済後五百年から始まって百年の内に急速に進みこれ以上発展することはないという状態に至った。その地においては民主主義が発展して法律を作る者が一定の力を持った。その地では大域小法と呼ばれる法律集が成立して魔術師を通して後の全地の法体系の基礎となった。その地において権威を失った王達がルガムの西側に細長く高い線形の城壁のような宮殿を建てて数百年に及んで暮らしていた。ルガムの東には三日月の弧状の広大な海が広がっていて永遠の海と呼ばれた。またその地とカンの間の砂漠は魔術師によって海のように流動的な砂海にされて、カンとの間に貿易船が運行した。それらの船は沈没することがあり後世冒険者などによって貨物の回収が行われた。ルガムから南に離れると、アルカ・フューリー(Capital frost)と呼ばれる最高峰があり、その別名を凍王の玉座、それが連なる山脈をヴリサン連峰と言うが、その山は一つ独立したように聳える。
ルガムの南西にはドレイスと呼ばれる地熱地帯が広がりポルケと呼ばれる鳥が集まった。ポルケの卵が信仰の礎となりその地の王達に献上された。ドレイスには幾つもの温泉が湧いていて温泉の精霊に対する信仰が起こった。その地には剣河の支流の流れ着く巨大な塩湖があった。
ドレイスに起こった王として有名なのはハンベスである。彼はエンスとルガムを相次いで支配して六人の守護者と四人の騎士を支配地域に配置した。その地においては王家に生まれた者の内最も若い者が騎士となり最も老いた者が守護者となったその後四人の騎士は守護者と同一視されたのだが有名な話として騎士であるハドアは守護者として認識された。ハドアは砂嵐に巻き込まれて行方不明になって以来永遠の守護者として崇められた。またその地は後の時代冒険者ギルドの拠点が置かれたことで有名である。月魔世の終結後数百年の輝きの時代に各地に残された宝物がその地に集結した。
エンス、カン、ルガム、ドレイスの円環の地域の南西に位置するレイスは一度暗断裂によって滅んだ後に悪魔と呼ばれる悪しき魔術師たちが集う地域となった。悪魔はまた魔王としても知られていてザナレルなどが有名である。彼らが中央レイスにかけてを支配して彼らの思い通りにその地は作り変えられていった。レイスの東には円形の内海が広がっていて単に海と呼ばれたがここでは内海などと表現する。
中央レイスはハールワー人が支配した。彼らは後に不気味文字と呼ばれ神聖文字と自称する文字が刻まれた。彼らは三の民族を支配して奴隷として扱っていた。ハールワー人の王ハルワチュケトムは最盛期の王として有名である。彼は太陽王として知られていて天候を左右する魔法を扱った。特に有名なのは曇天を晴れ間をもたらす魔法である。
この頃までに名工イヴァヌスの手によって魔剣イズファロアが打たれた。レイスにおいて様々な魔王がそれを所有した。またイズファロアに次いで有名な魔剣フィフィフィもこの頃から月魔世までには成立していた。魔王はそれらを根源として多くの剣を生成し、自ら作り上げた軍勢に持たせていた。このため、レイスには多くの魔剣が残されたのだが、聖剣エレノイヤの刻印と刀身の輝きは魔王の知恵と魔法を持ってしても再現できなかったと言われる。
所謂内海の周辺の都市国家が同盟を結んで海の帝国が成立した。海の帝国で貨幣の流通が進み経済が著しく発展した。その海には海賊が蔓延ったことで知られており海賊王と呼ばれる豪族が出現した。彼らは海の帝国や周辺の島々に集められていた宝物を奪って黒水牛帝国の人々などと交易を行っては栄華を極めていた。海賊を襲う海賊なども出現し混沌の様相を呈していたのだが冒険者ギルドが設立されてから後の時代には宝物が散逸し始めてむしろ彼らが冒険者になるか、或いは追われる身となった。この時に冒険者になれなかった者の中には島に占拠してそのまま王となった者もいる。
魔術師たちは人々がこのまま魔術を使い続けると世界が滅びに至ると観測した。そこで彼らは段階的に魔術の使用を廃止する決定をした。各地の図書館に収められていた知恵を廃棄して唯一大図書館に知恵の集中を図ることにした。魔術の使用が抑えられたことによって世界は半安定に至った。これによって魔術は三段に渡って活用されるようになった。つまり魔術の離散化が起こって大中小の状態でしか顕現しなくなった。半安定となってから異世界からいわゆる聖獣や魔獣と呼ばれる存在が紛れ込んでくるようになった。これは暗断裂が軽く全地に広まるからである。魔術師は一刻も早く安定状態にすべく努めていたが、それは一度実現した後月魔世で再び不安定になった。月魔世の終結後は安定に戻った。しかし暗断裂によって綻びが出た地域では半安定や不安定となって、異世界からの異物を招きやすい。
無尽森林に住んでいたクドゥルがカン及びエンスの方向へ大挙して押し寄せて後のレイスで鉄の王国と呼ばれる十ほどの王国群を建国した。これによって人々によって保たれていた魔術の知恵は失われていき青銅の王国たるデンバクドゥルと合わせてクドゥルとデンバクドゥルの時代が二百年近くに渡り続いた。この間にクドゥルらは人々を奴隷として支配するようになり魔術師たちの助言を受けながらいわゆる全世界の主となった。しかし完全な支配は魔術師の管轄の元実現しなかった。
シシとプッポルケの子アビト、ザンガ、マドウェフはそれぞれ有名な氏族の祖となった。ゴーデマの自称であるにも関わらずザンガング朝オノノンド王国のゴーデマの孫ハーデンの祖として特にザンガは有名である。
エンスやカンの北には北原平原が広がっていた。その地では魔術の使用が限られていたため剣や弓矢が重んじられていた。また竜の祠が建てられ空に渦巻く竜に対する信仰が確立した。竜が渦巻く地では魔術を自然に扱えたため魔法による儀式が数多く行われた。その地において乗竜術が見出され竜と人との共存が一部果たされた。この流れを魔術師たちは良いと見ていなかったが竜と共生したミュオガ、ヤパン、ソルキアの三国が台頭し乗竜部隊でもってエンスやカンを襲撃した。その地に長く留まることはなかったものの魔法戦争後の世界を混迷へと向かわせた。乗竜術はその後各地に伝わり乗竜隊を生んだ。特にこの時代のレイスにおいて盛んになり穢が竜の世話をした。
無尽森林の東、永遠の海の北西海岸上にはイェッシェッシェ王国が無尽森林内から移動して、長い年月をかけて衰退しながら存在し続けた。後の月魔世の間に滅んだ。
ルガムの南東に半ば想像上の魔術師たちの理想郷「知恵の原」が広がっていた。その地において魔術師たちは有限の領域を分け合いながら、自由王国連合を結成し、彼らの統治に従う者をその地に集めていた。その地は制限された結界魔法によって拡張され、人々はその地で働く必要がなく、生活における何の義務も負わなかった。大図書館の南に位置したのだが、唯一中に魔術の研究が許された地域で、時に破壊的な結果をもたらすこともあったが、結界内のみの影響に留まるようにされた。この地の研究で小さな暗断裂を意図的に引き起こし、それが起こらない程度の魔術の使用度合いの境界線の研究が行われた。
魔術の使用禁止の決定に反する悪しき魔術師たちは人々を命糧として監禁し魔力の根源として用いた。これらの魔術師は悪魔或いは魔王とも呼ばれレイスに置いて強大になった。レイスは悪しき魔術師によって彼らの思い通りに作り直されていった。最悪の魔王として知られているザナレルは中央レイスに巨大な宮殿を魔術で建設した。その大きさは人が百年かけても巡れないほどであり現在もダンジョンとして残されている。随所に宝が封じられていたため盗掘目的で遺構に入る冒険者が後を絶たなかった。ザナレルはまた自らの幾何学的な観念世界を築き上げ、この世界の全ての存在をその世界へ流出させ、全ての命をある種の記号に落とし込もうとした。それは生きているとも死んでいるとも言えない状態であるが、ザナレルの計画が明らかにされると彼は善き魔術師によって意図的に起こされたレイスの大暗断裂によって、インパラルシャンドウに流されて消えた。このことは初め善き魔術師の間で強い抵抗があって、大暗断裂のために悪しき魔術師へと身を翻す者が現れた。
魔王キロクはこの世の全ての本質は「無」であるとし、魔王アーウムは「有」であるとした。キロクは地球世界の仏教「涅槃寂静」には到達しなかったが、所謂永遠の眠りによる幸福を説き自身の結界の影響圏で破壊的な活動をした。アーウムは自身を神の子とみなして、全ての存在を己の奴隷とすべく、全ての僕とされた人々の人生を管理するシステムを作り上げた。この体系は後に多くの魔王の規範となり、人の能力を言葉や数値として可視化するステータスの走りとなり、善き魔術師たちにも取り入れる動きがあったのだが、その後禁忌とされ封印される。しかし魔術師同盟の善き魔術師たちは人々を管理するために背後ではそのシステムを起動して、非表示にしていると言える。魔術師たちはどこに魔力の流れをもたらすのかを常に計算して、実行に移していると言える。更に戦争などが起こった時にはステータスは人々にも表示され、事態解決に動くものの動機づけであったり、人々の中で諦めをつけるものを納得させる一つの要素になっている。なお冒険者はそれを確認するためのカードのようなものを支給される場合がある。レイスではそのようではない。ただしステータスに表示されることが全てではなく、特に極限の状態ではそれは管理を外れ、崩壊する。
ザナレルをはじめとする魔王は魔法戦争の時にこの世界から追放されるに至った。魔法戦争は良き魔術師と悪しき魔術師の戦いの様相を呈していて人類史上最大の戦争であったと記憶されている。それは魔術の使用を消極的に認める立場と積極的に認める立場の対立のようなものであり、前者は善き魔術師、後者は悪き魔術師或いは魔王や悪魔と呼ばれることが多い。魔族はルガムの南にあるフンベール半島に逃れ、また、レイスに立て篭もった。その後の月魔世では更にレイスに多くの魔族が集まり、人々の王からの信仰を食い止めたため、以後その二つの地域は二種類の魔族がそれぞれ生息している。多くは人間として、一部は人間を離れて亜人と化した。しかし亜人としての印象が強い。この亜人のような魔族を旧魔族、また月魔世以後魔族と認定された人間としての魔族を新魔族と呼ぶことも多い。
多くの魔王は対妻或いは対夫と呼ばれる人の形をした霊体を愛する目的で生成しそれぞれが理想とする形に作り上げていた。複数の対妻を維持するにはその数百倍もの人々の犠牲を必要とした。特に彼女或いは彼と交わる時には最も多くの犠牲を必要として、また魔王は対妻との間に魔族を生んで更に魔法によって魔物を作り出した。カンの地において大量に発生したこれらの存在は魔法戦争中から終結後にかけてレイスや永遠の海に捨て去られた。
魔法戦争で追放された魔王は強大な存在のみで弱小の者は放置されていた。新たに起こる魔王の連続に魔術師たちは対処しきれなかった。
魔法戦争の後に対妻を持つ魔王が各地に留まり特にルガム周辺の砂漠に置いて勢力を拡大した。これによって世界は海の帝国と砂漠の魔王とによる二つの権威の時代が訪れた。海の帝国はレーヴィア帝国などと呼ばれ、砂漠の魔王の国の一つはインパルの平原を支配してエッティノ帝国などと呼ばれた。
オダエスが魔法隊を組織して戦争を行い以後それは後の戦術の基本に組み入れられた。魔法隊は魔術を詠唱しながら行進する部隊と自由に動き回る部隊によって構成されて以後戦争の規範となる。
魔術の離散化から八百年余りで魔法革命がルガムの南の一帯で起こった。これは魔術使用の離散化によって魔術の数値化を実現するものであった。これによって魔術師たちは安易に魔術の運用ができるようになった。
ルガムとドレイスの冒険者たちが連盟を組んで冒険者ギルドをそれぞれの地域に設立した。以後国家や人々から依頼を受けてそれを解決する職業が発生した。冒険者は暗断裂の解消や竜の討伐を大きな使命としていて、異世界から紛れ込んだ異常な霊体や悪しき魔術師が創造した様々な獣や、魔力の影響を受けた動植物を破壊していった。完全に解決することはなく、月魔世に一旦計画は放棄された。冒険者ギルドは階級が複数あり、赤銅、鉄、青銅、銀、金などのクラスに分けられた。彼らの活躍は書物に書き残され、特に大いなる名と認められた者は星の巨人と呼ばれた。引退後の彼らは他の人々の階級を引き上げるかどうかの決定権を持っていた。冒険者の序列はギルドから支給されるステータスカードのようなもので確認ができ、新神の子、星の巨人、英雄、所業の完成者、有能な冒険者、並の活動者などの称号があった。魔術師と冒険者という二つの人間の姿形というものが以後の世界で最も重要なものとなったが、彼らは互いに重複する意味を持つことが多く、大別されるわけではなかった。
クドゥルや特にデンバクドゥルを含む多くの人々は弱小な魔王や更にその影響を受けたトークレムによってエンスやルガム、ドレイスにおいて結界に閉じ込められナナキにより人格を崩壊した後人体改竄の実験台となって解放されたため人々とは更に逸脱した存在となり獣のように営む穢として知られるようになった。それは群をなして人々に襲いかかるなどの行動を取るようになるなど特にレーヴィア帝国にとっての脅威となった。
デンバクドゥルが衰退してレイスにおいてはそのまま穢と同一視されるようになった。山岳地帯で鉱石の採掘にあたっていた穢が支配的となりデンバクドゥルの監督不在のまま勢力が拡大した形となる。
ドレイスにおいてゲルルム、ヘルヌン、シルムウという三つの国家が起こった。それらの国においては所謂「輪廻転生」が信じられていて、守護者や騎士に対して敵対していた。人々は修行によって天界に転生できると考えられたのだが、そこに至るための道は様々な理論が提唱され一貫しなかった。そんな中でヘルヌンのザッカーシードは輪廻転生を終え、神と同等の存在として永遠の観測者になるための道はこの世の全ては移り変わり、実体のあるものは自己の深部にある真意識だけだと唱えた。それをも消し去れば存在が消滅するという彼の理論によれば魂は転生しないが、霊は転生する。初めて生まれた時に魂を受け、それから霊が初めの肉を離れると、様々な魂を経由して、最終的に神の位置に還るという思想であった。魂は陰府に留まる。
オノノンド王国の王エクシザール・オヌーナンドはチン王と決闘し勝利、レイスの北東に領土を獲得する。その後王位を簒奪しザンガの子孫を自認してザンガング朝を名乗ったゴーデマは山の竜として知られる黒の鎧胆王エテュドを討った者で中央レイスの支配権を確立したことで知られる。ゴーデマの孫ハーデンはオノノンドをポロズ王国に改めて北レイスの山脈に人が登れないほどの巨大な要塞ポロゼロログを竜を使役しつつ建設していた。これは結局完成を見ずに終わるが、後述の月魔世においてテイロクの居城となった。オノノンド王国建国千年を祝う祭りに関して七年前から前夜祭を行なっていた。千年祭の時に現れた名のない英雄が武闘大会の優勝の褒美としてハーデンとの直接対決を望んだ。これが受け入れられた結果ハーデンは死んだ。ポロズ王国は崩壊して周辺の未開の民族が中央レイスに攻め入った。
ハーデンの死から数年後月が崩壊して六つに分裂し破片が地上へ落下した。地上では月の魔力を支配下に置いた者が覇権を握る月魔世が訪れた。天にかかる六つの月にちなんで六大魔王と呼ばれる存在が起こった。現在その名は人々の記憶から抹消されることとなったため伝わっていない。しかしその内の一人の名は確定的なのはケーズーであると言われる。また他はべべ、クノム(ヒュノム)、ハヌン、スルキン、ノトン、ポナ、アブムとも言われている。
レイスはハーデンの孫であるサロスが支配するに至った。サロスは周辺の王を打倒して覇権を唱えた。しかし彼は魔王ではなく比較的早くに寿命を迎えて死んだ。
ダイマゴンとして知られる悪魔大のテイロクがサロスの死後レイスにおいて台頭しナナキによる穢の軍隊や支配した竜などの力によって全地を闇に覆い覇権を唱えた。六大魔王の主となり各地に竜の神殿やダンジョンを地上や地下に構えて、後の時代に冒険者の討伐の対象となった。
全地における月魔世を集結に導いたのはゼウンンレエエルである。彼はあらゆる魔王と同一視される結界を消失させ全地の暗断裂を回避した。この時代の魔術師として最も有名である彼は大図書館の館長と魔術師連盟の指導者を務めた。彼は後世ザナレルとその存在を混同された。月魔世終結を記念して甲魔歴が制定され、千二百年以上続いている。
人々の救済後千五百年余りで名のない魔術師は肉体が朽ちていた。その朽ちに及んだ言葉に十戒が示されていてゼウンンレエエルの生前に公表された。その中には特に魔術師による支配が明示的に禁じられた。以降魔術師やトークレムによる支配者は魔族などと同一視されるようになる。
西暦二千年代の日本から甲魔暦二百年代に池田誠一が転移し、イケダ王国を築く。彼は多くの女性と結婚し多くの子孫を残すが、魔術師によって敵対視され、記憶ごと抹消されることになる。彼は聖書(The Bible)と呼ばれる書を携えていて、新共同訳だとされ、これを封印する。彼の子孫は聖書に書かれていたキリストに対する断片的な信仰を持っていた。
この時点で大地の中央部を支配しているのはフィーネシア王国、セムル王国、ドーブニウ王国、フェンフレイユー王国、フォーンフェヴォー王国、イクツドゥーク王国、アーゲスティア王国、デレクタード王国である。カンから無尽森林を含む北東域を支配する魔法大国がある。エンスの北西にはクドゥルの都市国家連合が、北原平原にはミュオガ、ヤパン、ソルキアは健在。この頃までにこれらの国家を含む大陸がソルカティヤ、或いはゼオンカディヤと呼ばれるようになった。
フィーネシア王国は教会と冒険者ギルドが一体、更に魔術ギルドが一体となった組織が支配的だった。王は既におらず、首都とされるのはフィーンで内域を含んでいた。その国は魔術師連盟とも協力的な関係にあった。その国では冒険者と魔術師となることが人々の幼い頃の憧れのようであった。魔術を扱う者は魔術師やトークレムではなく魔法使いなどと呼ばれ、サンフィネス神殿とその下部組織の神殿でその人の使用可能な魔法が制約の上で決定された。セムル王国とはアラルガル平原によって隔てられていた。
セムル王国には竜の里と呼ばれる多くの竜が生息した谷があり、人々の侵入を拒んでいた。冒険者たちは竜が食して腹に蓄えた銀を求めて竜の里を目指したが、その途中にある砂漠で息絶える者も少なくなかった。その国の首都はセムリアと言い、小規模ながら十分な高さのある城壁に囲まれていた。特に結界によって守られていたので、空からの竜の侵入は大方防げていた。
ドーブニウ王国はドーブニウ山脈から山麓域にかけてを支配した王国であり、古都はニウド、新たな首都はヤ=グザンロン・サン=フィネスシスであった。教会の理念を受け入れた国家であり、支配者と支配的な種族はデンバクドゥルであったが、前述の通り彼らは衰退しつつあり、人間との共生が図られている最中であった。卑金属や貴金属を多く算出し、特に銅はアルカ(大陸)中央部の消費の半数近くを賄っていた。
イクツドゥーク王国は魔術師連盟による支配を受けていて、王は儀礼的な存在として担ぎ上げられているだけである。リギュル王国を属国としている。首都はアブクズで、既存の宗教の変形で固有の宗教であるアンダークシャーハン教の中心が置かれている。その宗教と共鳴する形で反竜を掲げている国であり、その国に侵入した竜は全て駆逐の対象となる。冒険者ギルドの中北東の中心があると言ってもよく、その地で竜を討伐することを生業とする者も少なくない。
フェンフレイユー王国の王家は多数の神格を持つ天の神を信じ、フォーンフェヴォー王国の王家は多数の神格を持つ地の神を信じていた。彼らは魔術師連盟の指導の下実権を失うのだが、それぞれある神殿の祭司としての立場を保ち、それぞれの王国の神官団は政治的権力を持って一般の階層の人々を支配した。フェンフレイユー王国では多数の空塔が建てられ、空帝の補給の要衝となっていた。フォーンフェヴォー王国においては多数の城壁が築かれ、時代を遡りカンの地域に築かれた都市をある種の模範としていた。天の神の王国の首都はフレイヤー、地の神の王国の首都はシャーンヴィーである。いずれの王国も都市圏ではフィーネシア王国の教会の教えが受け入れられ始めていて、三割ほどの人々は教会の会徒であったのだが、王家の信仰と融合がなされている状態で、教会の教義の枠組みで天の神、地の神をそれぞれ信じているような状況だった。二つの王国はそれぞれの神はかつて恋人であり結婚して夫婦だったが、現在では離婚しているという認識を持って、基本的に合同の祭祀を行うことはない。しかし七百年に一度天地は夫婦に戻り、交わり、それからまた離婚すると考えられていたため、甲魔暦においては800年頃に一度だけ二つの王国を横断する大きな礼拝が行われた。
アーゲスティア王国は一度アーゲスティア共和国として貴族の元老院による統治が行われたが、貴族制は緩く保たれたまま、王が空位として形式上の王国が復活した。摂政についているのが魔術師によって選定された統治者である。その国はデレクタード王国と共にアア帝国を保護している。その帝国に肌の黒い人々を集め、その国に隔離していると言ってもいいが、自由と自治は十分に守られている。
月魔世の終結後千年ほどして2020年頃の地球世界の日本から錦戸咲良が転移し、九年ほど後次いで2018年頃の日本から西野雄太が転移する。「天国行きから異世界へ」を参照のこと。彼らは夫婦となり生涯共に過ごした。ハーンヴァール王国、ブレドツリュウゲなどに住んだ。(西野雄太と錦戸咲良の双子の娘は彼らが名付けた陽彩花、璃耀華がいるともされる)
(またドレイスの王ハンベスはドレイスの塩湖の近く平野に一つ聳える山に巨大な城を築いていた。錦戸咲良により再発見されたのだが、残されていた文書によればそこにはアマネという魔女が少女時代に拠点としていた。彼女の配偶者西野雄太は彼女を「失われ魔女ん」と表現した。)
大魔王デゴルボルンが現れ、勇者ジンが彼に勝利する。世界は一時全てが大魔王の支配下に置かれたが、その支配は結果的に長期間には及ばなかった。(彼はポロゼロログにザナレルの砦を再現し、ザナレルポロゼロロガルザナレルを実現して、そこに住んだ。その体を魔の結晶と化したが肉体を保存していて、子孫を残すために多くの女性と交わった)その以前に錦戸咲良は死に(正確には生きながら天に上り)、西野雄太はその前後に死んだ(正確には生きていて40年後に死んだ)。彼ら二人は池田誠一の子孫との関係と、封印されていた聖書の知識からイエス・キリストに信頼を置いたと言われる。これは西野雄太が書いたこの世界の歴史に加筆を加え編集したものである。