第9話 フランは聖女に納得いかない
「アルベルト〜。こっちこっち!」
「はい、フランさん」
俺がグイグイ引っ張ると、アルベルトは長い髪を揺らしながら後をついてきてくれる。
「フラン。さっきから俺が放置されている」
「えー、ごめん。でもアルベルトを引っ張るので忙しいんだ」
小さな体だと少し動くだけで疲れるし、ちょっと何かをする時も力をグーっと使うからあれこれできない。
ユウに構うほどの余力は無いのだ。あきらめてくれ。
「パパ悲しい……」
そう言いながらもユウは俺とアルベルトの姿を何枚かカメラでサツエイしていた。
ぶっちゃけ俺もユウもアルベルトの性別は気にしなかった。
そもそも俺たち自身が異様な存在だし(転生した魔族と異世界人の勇者って他に聞かないし)見た目だとか男だとかあまり大した問題じゃない。
人様の事情だしね。どーこー言う立場じゃないし突っ込むだけ野暮なのだ。
「フランさん、こちらの花壇には町の特産品のひとつである花を植えてるんです」
「わーっ綺麗! ユウ、お前もこっちに来い」
花壇には鮮やかな橙色の花が一面に咲いている。
前世では花を愛でる習慣は無かったが、今の俺は素直に花を美しいと思う。
ユウは俺の隣で屈むと不思議そうにこちらを見た。
「フランも花を好きになったのか?」
「お前が教えてくれたからな」
ユウはちょっと驚いた後に嬉しそうに笑った。昔の笑い方に少し似ていた。
「ねぇ……あれ」
3人で花壇を眺めていると、ふと近くでヒソヒソ声が聞こえてくる。声の方を確認してみると、住民だろう中年の女2人がアルベルトに冷たい視線を向けていた。
「よく外を出歩けるわよね。恥を知らないのかしら」
「親子に媚びを売ってアピールしてるのよ」
あんまりな言い方に俺はムッとしてしまう。こんな綺麗で優しいアルベルトを建物に閉じ込めておく方がもったいないだろ!
見る目がないのか見る目が。
でも周囲がアルベルトに向ける視線はとてもとげとげしくて嫌な感じだ。ユウも察しているらしく、苦笑を漏らした。
「ずいぶんな反応だな。どうした、何か大きな失敗でもしたのか」
「いえ。私が聖女……という話が回っているせいだと思います」
ユウが途端に笑みを消し、真っすぐアルベルトを見る。
「聖女? 聖女はアンナだろう」
「彼女はもう歳ですから。次代を選ぶお告げがあり、そして選ばれたのが……」
男のアルベルト。世間はそれを受け入れきれなかったらしい。
「聖女は女性がなるのが当然とされてましたから。それに私は大した力もなく……」
お告げは「間違い」とされ、その件でアルベルトは教会のみなから拒絶されるようになった。今は代わりの女性を聖女候補として立てて、うやむやにしているのだとか。
「この話は一般に公表されていませんが、噂はあっという間に広がるものです。今の私は聖女の名を騙った愚かな男だと思われているでしょう」
「そんなの納得いかない……」
俺はユウの袖を引っ張り、こっそり耳打ちをする。
「なあ、お告げに間違いはあるのか? アルベルトは本物じゃないのか」
ユウは俺の耳に口を近づけ、一言だけ返す。
「おそらく本物だ」
ユウは確信しているようだ。勇者の力を持つユウが言うなら本当だろう。
なのに性別だけで批判する聖職者共がなんとも阿呆に感じてしまう。
まあ、魔力の属性だけで差別するんだもんな。これだから人間は。
無意識のうちにしわを寄せていたのか、アルベルトの指先が俺の眉間を擦った。優しく優しくなでられる内に顔に入っていた力が抜けるのを感じ、アルベルトもふわりと微笑む。
「心配してくださりありがとうございます。私は大丈夫ですよ」
やっぱり優しいよな。
またギュッとアルベルトの腰に抱きつくと頭を撫でてくれた。
温かい。どうにかしてあげたいな。
「……フラン、アルベルト。下がって」
急にユウが発言したと思ったら、少し離れたところで獣の咆哮が響き渡った。
同時に人々の叫び声がこだまする。
「この声……狼型の魔物か」
俺の言葉にユウはうなずく。アルベルトは俺を守るように抱きしめ、ユウは俺たちの前に立ち前を見据えた。
もう一度獣の鳴き声が響く。近い、しかも……。
「上だ!」
ユウの言葉と同時に3階建ての建物から真っ黒な獣がこちらに向かって飛び降りてきた。大きく開けられた口から鋭い歯が見え、ギラリと太陽光を反射する。
その歯はユウが放った蹴りで全て弾け飛び、首ごと頭が捻じれ飛んだ。
「うわっ……」
コイツ丸腰なのに一発で魔物倒した。お陰で緊張感も何もない。
蹴られた方向に血をぶちまけ絶命した魔物は、ユウと同じくらいの大きさらしい。一般人なら噛まれただけで致命傷を負うだろう。
次々と魔物が現れ俺たちがいる広場に集まってくる。住民は一目散に逃げていくが、魔物は彼らに目もくれず一斉にユウに迫ってきた。束にならないと敵わないと思ったのだろうか。
ユウは足元に落ちている石を拾うと前方にいた3匹に向かって投擲する。それぞれの石が魔物の眉間や眼球を打ち抜き、勢いで後方の地面に叩きつけられた。
いやぁ……怖。
さらに嚙みつこうとしてきた2匹を拳で胴体に風穴を空け、遅れてやってきた1匹は首をつかんで片手で骨を折った。
ゴキリ、と耳を塞ぎたくなるような音が聞こえた気がする。
「今ので最後みたいだな」
ユウに軽々と倒された7匹の魔物よ。小さな町ならあっという間に全滅するほどの脅威だったはずだ。相手が悪かったとしか言いようがない。
「あの……あなたは」
アルベルトは俺を抱きしめたままおずおずとユウを見上げる。
「その力、もしかして本物の勇者様なのですか?」
「ああ。魔力が漏れないよう抑えているが一応元勇者だ」
にっこり微笑むユウ。いいなあ、勇者は堂々と名乗れるから。俺が名乗ったらすぐ処刑になるから真似できないもん。
現にアルベルトは深く感動したようで、フルフルと肩を震わせありがたいものを見るような目をしている。
すると慌ただしい足音がいくつも聞こえてきて、俺たちの前で止まった。
兵士とみられる男2人と、アルベルトと同じような服を着た聖職者のおっさん。でも魔物の惨状を見て目をかっぴらいている。
「まさか……全部倒したのか」
「そうだ。何か用か」
兵士とおっさんは圧倒されたのか姿勢を正してユウに頭を下げる。やっぱりユウは引退しても勇者の風格があるのだろう。
「その……旅人よ。この町の危機を救ってくれて感謝する。礼はまた改めて……」
「社交辞令はいらない。何の用だ」
冷たく返すユウにおっさんは控えめに口を引きつらせると、すぐアルベルトに鋭い視線を向けた。
しかも住民とは違う。殺意を感じる。
「アルベルト、お前には魔物を町に引き入れた疑いがある」
「えっ……」
……はあ?
何言ってるんだこのおっさん。
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