第8話 ユウはフランの写真を撮りたい
森を抜けるとユウは日が沈んだ後も走り続けたらしく、気づけば村をひとつ越えて町に辿り着いていた。
流石元勇者というか、魔力がそのまま体力に直結しているとはいえ人間離れをしている。ユウは「メロスみたいだ」と笑っていたので、メロスはさぞ剛健な馬なのだろう。
ちなみにその間、俺はおんぶされたままずーっと寝てた。意外と寝心地が良かったんだよな。
町に入る前に、ユウは魔法で俺の髪色と目の色を奴とお揃いにした。俺の故郷の噂は回るかもしれないし、親子と名乗るなら特徴を似せた方が良いだろうと言うのだ。
ただ金髪はユウのより明るく綺麗な色で、空を思わせるアイスブルーの目は、想像より俺の顔に合っている。前は地味なうす茶だったので気になっていたのだ。
さらにユウはダダ漏れになっている俺の闇属性の魔力を、さらに上から奴の魔力で押さえつけることで仮封印という形でコントロールしてくれた。
定期的にユウの魔力を流してもらう必要があるが、自分で魔法を発動しない限り簡単に外れないようだ。
そのまま賑やかな町をうろついてると、ユウは立派な店の窓越しに見えるガラスケースに釘付けになっていた。
「か、カメラだ!」
「きゃめら?」
ユウに連れられるまま店内に入ると、奴は迷わずガラスケースに近寄ってあるものを指さす。
それは四角い箱のようだった。中央に背の低い筒のような物がついていて、ガラスがはめこまれている。
「お客さんお目が高い! そのレンズ越しに映る風景を魔力で特殊な紙に転写させるんだ」
「つまり写真が撮れるカメラの機能を魔力で補っているということか!」
「しゃ……きゃめ……?」
意気揚々と話しかけた店主も、ユウが発する単語を理解できず首を傾げている。
「お前さっきから何を言ってるんだ。きゃめら?」
「あーすまないフラン。俺の故郷の物に似ていたからはしゃいでしまって。つまりお前の姿を一瞬で絵より精密に紙に描きだせるということだ」
魔族が使う魔水晶の劣化版みたいなものか。人間は魔道具の分野でまだまだ技術が劣っているらしい。
あるいは一般人も手を出しやすいよう、あえて劣化品を安く売り出しているのかもしれない。とはいえ店の感じからして人間感覚では高級品のようだ。
「もう良いだろ。どうせ買うわけでもないんだしさぁ」
「買うに決まってるだろ。せっかく可愛いフランを形に残せるんだからな」
ほほう……?
可愛い俺を、形に残したいとな?
「仕方ないなぁ。ふふん、ユウがそこまで言うなら〜別にいいと思うけどぉ?」
「こら、パパと呼びなさい!」
「はいは〜い。ま、親の期待に応えるのも子どもの役目だし?」
「そうだな! そして子どもの可愛い姿を撮影するのも親の務めだ」
「しゃつえぃ……? 何だこいつら」
勝手に盛り上がる俺とユウの姿に店主はドン引きしているらしい。
でもまあ許してもらえるだろう!
俺は可愛いらしいしな!
故郷でも言われていたけど、魔力の属性が発覚してから「忌み子」とか「汚らわしい」とか「おぞましい」とか言われてちょっと自信無くしてたんだよな。
前世なんて見た目で褒められたことすら無いし!
ユウは再会した当初から俺を可愛い可愛いと褒めてくれる。
でもまぁ? ユウはちょっと評価が甘いところもあるかもしれないけど、言われて気分は悪くないよなぁ!
ユウはキャメラと転写用の紙を購入すると、すぐに俺のシャツエイ? を始めた。
「おおっ! 見てくれフラン」
パシンと軽い音をたてたキャメラはセットしていた紙を吐き出す。ユウにその紙を見せてもらうと、鮮やかな色で写実的に描かれる俺の絵が浮かび上がっていた。
「想像以上に可愛いなぁ!」
「可愛い? 俺可愛く転写されてるかな?」
「世界で1番可愛い!」
世界で1番だとぉ? この男マジで評価チョロ甘すぎないか。
「どこが? 具体的にどこが可愛いんだよ」
「丸い目も柔らかいほっぺも可愛い。自信満々の笑顔も可愛いな。うん、金髪もよく似合ってて可愛い。やっぱり小っちゃい子どもは可愛い。だからフランは可愛い」
「おいおい言い過ぎだってば。しかたないなぁ~ならもっとシャツエイされてやっても構わないぞ」
「そうだな! 次は噴水の前に行こうか」
ユウはにこやかに答えると俺の手を引いてぐんぐん進んでいく。まったく、本当にしょうもないやつだ。
周囲は微笑ましく俺を見る人が半分、珍妙なものを見るような反応をする人が半分ってところだ。まあ目立つのは当然かもしれない。
「ふふ……可愛らしいですね」
近くを通り過ぎた人が俺を見て柔らかく笑う。
長いジンジャーヘアに垂れがちな紫の目、金色のラインが入った白いローブを着ているから聖職者だろうか。ユウより少し背が低く、聖母を思わせる綺麗な人だった。
「ありがとう、ここは良い町だな。活気があるし綺麗だし住みやすそうだ」
「ありがとうございます。旅をされているのですか? 高度光転写魔道具をお持ちなんてすごいですね、高価な物でみな手が出ないと言ってましたから」
「こ……ひ……?」
ユウがキョトンとするので助け舟をだしてやる。
「お前が言ってたキャメラのことじゃん?」
「ああ〜なるほど。今まで稼ぎは使い道がなくて貯めてたから問題ない」
ユウがどんな生活を送っていたか詳しくは知らないが、50年なら結構貯まっているのかもしれない。
「ぜひ思い出を沢山切り取ってくださいね。よければ町を案内しますよ」
ニコニコしたまま提案してくれる女性。綺麗なうえに親切で優しいだなんて!
少し低めの声もしっとり心に染み渡るようで、こんなに魅力的な人はそうそういないと思う。雰囲気は少しヒーラーに似ているだろうか。
トキメキを感じて抱きつくと、彼女は軽やかに俺を抱き上げてくれた。鼻腔にふわりと甘い空気が漂う。
「えへへっ、すっごく良い匂いがする。香水か?」
「いえ、私の立場は禁止されているので」
元から良い匂いなのかぁ。ユウは長年染みついた戦士の臭いがするので、こんなに甘い香りはしない。
花をまとっているような魅惑的な香りに思わず頬擦りをしてしまう。あまりにも俺の態度が違うせいか、ユウは少し眉尻を下げていた。
「すまない、息子はずいぶんあなたを気に入ってしまったらしい」
「構いませんよ。ふふ、本当に可愛らしい坊やですね」
「俺はユウ。この子はフランと言うんだ。失礼ながらあなたの名前を聞いてもよろしいだろうか」
「ユウ様、かの英雄様と同じお名前ですね。私はアルベルトと申します」
アルベルト。とても穏やかな女性には似合わない名前だ。ユウも同じことを思ったらしい。
「ほお……ずいぶんと勇ましい名前だな」
「ありがとうございます」
ユウを見上げるアルベルト。首元を覆う襟からはチラリと喉仏が見えた。
……喉仏が見えた?
俺は思わず抱っこしてくれるアルベルトにたずねる。
「その、アルベルト」
「なんでしょう」
「お前は男……なのか?」
ユウが驚いたように俺を見る。
「はい、そうです」
平然と答えるアルベルトにさらにユウは驚き目を見開いた。それは俺も同じだ。
女性にしては低いと思った声は、男性だとしたらかなり高い。体つきはよくよく見れば男性の特徴をかろうじて捉えている。
何より喉仏。つまり下にはついている。
聖母のようなアルベルトは男なのだ。
せ、世界って広いなぁ……!
ここまで読んでいただきありがとうございました。