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第7話 勇者ユウはフランに愛を誓う(後編)【勇者視点】

「勇者様はフランが好きなんですか?」


 森を抜けて村に向かっている途中、ヒーラーがフランのいないタイミングで俺にたずねてきた。


「好き? もちろん好きだけど」

「ああ……その感じは親愛の方ですね。そうではなく恋についてです」


 聖職者が何を言っているんだ。

 その場はてきとうに話を流したけど、改めて言われると当然意識してしまう。


 俺はフランとどうなりたいんだろう。友達、恋人、仲間、家族。漠然としていて何もわからない。


 ただひとつ言えるとしたら、この先もフランと旅をしたい。


「ふふっ……変なことを聞いてごめんなさい」


 いつまでも答えに悩む俺を微笑ましく思ったのだろう。ヒーラーは小さく笑うとそのまま話を終えた。


 彼女の本当の名前はアンナだったか。しかし勇者一行は国民の希望という象徴性と話題性のため名前ではなく肩書きで呼ぶことが決められていた。それは本人達も同じだ。


 俺は浅野優ではなく勇者。それだけの存在だ。


「ユウ、どうした」


 魔法使いと魔法について語っていたフランが俺のところに戻ってくる。

 彼女だけは俺を名前で呼んでくれる。


 騎士は「勇者様への礼儀がなっていない」と怒るが、フランは「勇者からシャを抜いただけだし良いじゃん」と適当なことを言って改める様子はなかった。


 フランだけが俺を勇者じゃなくて1人の人間として見てくれている気がした。


 村に着いて少し過ぎた頃。俺はフランと2人きりの時にこれからも一緒に旅をしないかと誘おうとした。

 だけどその前にフランから「一緒に逃げよう」と手を差し伸べられてしまう。


 本当はその手を取りたかった。


 ただ1人の人間として、浅野優としてフランと自由に生きられたらどんなに楽しいだろう。


 でも俺はもう覚悟を決めている。大切なひとを守るために勇者として戦う。

 その気持ちを真っ直ぐに伝えた。


「何だ。結局上手くいかないのかよ」


 フランは悪態をつくと、パチンと指を鳴らした。


 綺麗な銀髪はくるぶしまで伸び、1つの長い編み込みに変形する。雪のように白い肌は灰色に染まり、目は血のように赤く色を変えた。

 女性らしいボディラインは10代後半の少年の体つきとなり、ファンタジーの世界らしい戦闘装束は見慣れない黒い民族衣装へ。


 一瞬でフランは魔族らしく、それでも以前とはまた異なる美しさを持つ姿となった。


「それが……君の本当の」

「そう、俺は魔王の後継だ。お前に近づくためにハーフエルフの女に変身した。こんなに簡単に騙されるなんて、やはり人間はマヌケだな」


 動こうとする前にフランが左腕を刃に変形させて俺の喉元に突きつけてくる。


「フラン」

「それは偽名だ」

「じゃあ君の本当の名前は」

「無い。俺は魔王の後継で、当代が死ねば次に魔王と呼ばれる。それだけの存在だ」


 まるで俺と同じだ。優ではなく勇者を求められる自分。それしか価値を見出されない自分。


 目の前にいる彼女……じゃなくて彼も魔王の後継としての役割を求められ、ただそれをこなすために動いている。


 だから歌を知らない。踊りを知らない。物語を知らない。

 水遊びをしたことも、誰かに愛された記憶もない。


「なら君はフランだ。俺が知ってる君はフランだよ」

「は? 何言ってんだお前」

「今の君は歌うことも、踊ることも、物語も知ってる。俺と湖に飛び込んで笑って、騎士に怒られてもへっちゃらで。ご飯を食べるのが少し下手で」


 だから。


「君と戦いたくないよ」


 瞬間、左頬に鋭い衝撃を感じ、次には口の中に鉄の味が広がった。殴られて口内を切ったのだ。

 刃に変形させた腕と反対の拳を振り抜いたフランは怒りで表情を歪めていた。


「俺を侮辱しているのか。お前の目の前にいるのは誰だ? 宿敵の息子だぞ!」

「でも君はフランだ」

「違う! お前はさっきから何を言っているんだ。狂ったのか。それとも異世界人はみんな頭がおかしいのか。俺たち魔族はお前ら人間を虐殺している! その命令を出してるのは魔王で、俺だって多くの命を奪った」

「でも君は俺を救ってくれた」

「騙すために決まってるんだろ!」


 肩をブルブル震わせ、呼吸も荒い。フランは見るからに苦しそうにしている。

 本人はわかっていない。


 君も。君と俺と同じで。


「旅が楽しかったんだろう、フラン」


 フランは目を大きく見開き、次にはボロボロと涙をこぼした。本人は無意識だったらしく、頬を拭い手についた雫を見て驚いていた。


「勇者! 何かあったのか」


 騎士を先頭に魔法使いとヒーラーがこちらに駆け寄ってくる。魔法使いはフランに気づくと顔色を変え、迷わず杖を構えた。


「待ってくれ!」


 俺の声に一瞬ためらい、杖から放たれた魔力の弾はフランの横を通って地面を抉る。フランはハッと仲間に気づくと身をひるがえし、近くの林に飛び込んだ。


「フラン!」


 声は届かない。姿は遠くなってすぐに見えなくなる。

 フランは敵だった。

 人間は誰しも彼を恨み、彼の死を望んでいる。


 でも俺はあの時の涙を忘れることができなかった。

 どうして人間と魔族は争っているんだろう。みんなただ生きたいだけなのに。


 傷ついた心を抱えて旅を続けた。その末に出した答えは、やはり戦争を終わらせるため魔王を討つことだった。

 魔王を討てば次はフランが魔王になる。そうならないよう彼を止めないといけない。


 争いを止めるため。そう割り切って剣を振るうようになってから自分の心が冷たくなっていくのを感じた。奪う命は平和のための犠牲で、仕方のないこと。


 魔王城を見つけ玉座の間まで辿り着いた時、魔王の横にはフランがいた。


 フランを殺したくない。でも戦わないといけない。

 熾烈な戦いを繰り広げ、俺はどうにかフランに魔力切れを起こさせて、足の腱を切り動けないようにした。


 そして魔王を追い詰め剣を振り下ろした時だった。

 フランが最後の力を振り絞って魔王を庇い、俺の一太刀を受けた。

 胸から腹部まで深く深く肉が切り裂かれる。鮮血が飛び散って俺の顔を濡らした。


 覚悟をしなければならないと思ってたのに、頭が真っ白になった。

 その後は無我夢中で、必死で、訳がわからなくなって。気づいたら魔王の首を切り落としてその心臓に剣を深く突き刺していた。


「フラン……」


 地面に倒れるフランを抱き起こすと、目の焦点がブレて視線が合わない。血も止まらず、体は冷たい。助からないことは一目瞭然だった。


「ごめん、ごめん……」

「なんでお前が謝るんだよ。俺はお前を殺そうとしたのに」

「でも……君を救いたかった」


 フランは不可解そうに眉をひそめ、深いため息をつく。

 だんだん目の光が消えていく。


 死んでしまう。俺のせいで……。


「やっぱお前は笑ってる方がいいよ」


 フランは少し口元を笑ませると、そのまま動かなくなった。

 彼の遺体はすぐ灰になり、風に流されて消えた。


 その後はどうしたんだっけ。騎士達に先導してもらいながら王都に戻って、盛大なパレードが行われて、王様から色々褒美を貰ったんだっけ。


 でも全部どうでもよくて、報酬は全部被害に遭った町や村に寄付した。王都の名誉職や貴族の娘との結婚などの話も出されたが、全て断って「被害にあった各地を巡ってくる」と言って1人で旅に出たと思う。


 騎士は俺の選択を尊重してくれて、魔法使いは定期的に連絡するよう念押しをしてくれ、ヒーラーは体を大事にするよう貴重な薬草が入った袋を持たせてくれた。


 やっぱりみんな良い人だ。彼らはきっとこれからも輝かしい人生を歩むのだろう。

 そしてしばらくは各地を巡り、50年経つとどの地域も落ち着いてきたのでフランと旅をした森に戻って身分を隠しながら静かに暮らし始めた。


 今後どうするかなんて何も決めてなくて、空虚な日々をひたすら過ごしていた。


※※※



 背中から聞こえる小さな寝息にホッとする。

 再会したフランは魂こそ魔族のものだが、すっかり毒気は抜け本来の素直さと優しさのある普通の少年になっていた。


 10歳は日本ではまだランドセルを背負っている時期だ。遊んでばかりで、争いと無縁で、親に甘えるのが当たり前の環境だった。


 フランは今までどれだけの重さを背負っていたんだろう。

 例え脳や体が急激に発達しても心まではわからない。現に俺が知ってるフランはとても強いのにどこか頼りなくて、傲慢なのに繊細で、自信過剰なのに人の弱みに寄り添える。とても不安定で、だからこそ心優しい性格だった。


 優しい人が幸せになれる世界にしたい。

 そう思って俺は戦い抜くことを決めた。でも役目を終えた今はフランの幸せを何よりも優先したかった。


 君に笑って欲しい。だから今度こそ君を幸せにしてみせる。

 例えどんな形だろうと君を愛する。


 背中に感じる温かさに幸せを感じ、俺は静かに決意を固めるのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

次からフランとユウの親子旅が開始します。

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