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第6話 勇者ユウはフランに愛を誓う(前編)【勇者視点】

 愛犬のマロンが危篤という連絡が来て、俺は雨が降る町中を走っていた。


 実家の茨城から通うには遠すぎるという理由で、大学進学の時に都内に引っ越した。それでも3時間かければ帰れるし、年老いた愛犬に会いたいと思ったら気軽に行けると思っていた。


 実際そう甘くはない。大学の授業についていくのに必死で、サークル活動やバイトをすれば時間なんてあっという間に溶ける。


 まだ大丈夫だろうと思って実家にもロクに帰らず、20歳になった今、愛犬の危機を知らされて後悔しながら駅に走っていた。


 ああ、俺は馬鹿だ。きっとマロンは寂しがっていただろう。


 最後の最後に会えずに逝ってしまうかもしれないと思うと、みるみる血の気が引いた。間に合ってくれと思いながら走り続けた。


 なのに気づけば目の前に魔法陣が現れ、俺は異世界に来ていた。


「勇者様が召喚されたぞ!」


 なんで、どうして。


 儀式を行うような妖しい空間で大勢の人達が喜びの声をあげる。杖を持ってローブを着ている人たちは互いを称賛し合い、聖職者と思しき人たちは俺に向かって拝んでいた。


 家に帰してください、元の世界に戻してください。お願いです、どうか……。


 王様と名乗る初老の男性にどれだけ訴えても無駄だった。そもそも帰す方法が無いと告げられた。

 代わりに目的を果たせば高い地位と巨万の富を与えると言われたが、そんなものはいらない。


 愛する家族の最期を看取れるだけで良かった。それだけで良かったのに。


 俺の意思に関係なく周囲は勇者の到来を喜び、祭り上げ、魔王討伐の旅に送り出した。高価な装備に頼もしそうな仲間。高すぎる期待を寄せる国民達。


 容赦なく襲いかかる魔物達に勇者という肩書きで憎悪を向けてくる魔族達。


 争いと無縁の世界で教師を目指していた俺には、血濡れた戦いの日々はあまりにも辛すぎた。


 周囲に訴えても「名誉あること」「使命だ」と言って心に寄り添う人は誰もいなかった。騎士も魔法使いもヒーラーもみな価値観が異なり、戦うことこそ名誉だと信じて疑わなかったのだ。


 俺はこのまま孤独に戦って死ぬのだと思った。

 フランが現れるまでは。


「この先の森を抜けるんだろう。俺は腕が立つし、魔物が多い道を通るなら人手が多い方が良いに決まってる」


 どこかで勇者一行の話を聞きつけたのか、食堂で話しかけてきた女性は開口一番に仲間に加えてくれと頼んできた。


 銀髪で金色の瞳を持つ綺麗なハーフエルフで、その美しさに見惚れてしまう。美人なのに口調が少し粗暴で一人称も「俺」だし何だか不思議な人だと思った。


 でも取り繕わない雰囲気に親近感を抱き、少し話せばその砕けた口調が友人のような近しさを感じて懐かしい気持ちになった。


 騎士はフランと名乗ったハーフエルフに「勇者様に対して無礼だぞ」とたしなめたが、フランは「旅の仲間に身分は関係ねぇ」と軽く流してしまった。

 顔を真っ赤にして怒る騎士を見るのは初めてで、フランと出会ってすぐに閉ざされた世界が広がっていく気がした。


 ああ、なんて素敵な人なんだろう。


 もしかしたら最初は異性に抱く好意に近かったのかもしれない。

 でもフランは俺にとって生きる光だった。尊くて眩しい存在で、もっと知りたいと思った。


 結局俺が頼んだことでフランは一時的に仲間となり、一緒に次の村へ向かうことになった。


 フランはとにかく謎が多い。故郷の話も家族の話もしたがらず、また誰かに愛された経験も無いと言っていた。

 それが当然というような反応で、笑った記憶も滅多にないのだと話した。


 歌を知らない、踊りを知らない、物語を知らない。


 さらに彼女の魂から見える魔力の属性は「闇」だ。魔力の色は俺にしか見えないらしく、他のみんなは気づいていない様子だった。

 フランは魔法剣士を名乗るだけあって、五大元素の魔法を使いこなしていたからだ。


 でも魂に刻まれる属性は1つ。相性というものがあって、魂に刻まれていない属性は運と血がにじむような努力で後天的に得ることができると魔法使いが言っていた。


 そしてエルフに闇属性を持つ者は存在しないとも言っていた。


 フランは本当に謎が多い。

 川遊びも知らなくて水に飛び込むと聞いた時は「濡れるだけの行為だろ」と怪訝な顔をした。

 だけど興味を持ったのか、フランは俺の手を引くと近くの湖に勢いよく飛び込んだ。


「ちょっとフラン! ずぶ濡れになったじゃないか」

「本当だ、まるで濡れネズミだ。あははっ」


 幼な子のような無邪気な笑いにつられ、俺もつい声をあげて笑ってしまった。

 様子を見ていた騎士たちが不思議そうな顔をしているのがまたおかしくて、しばらくフランと笑っていた。


 湖からあがった後は濡れた衣服を乾かすために火を焚いて、夜が明けるまでずっと話していたと思う。


 楽しかった。この世界に来て初めて楽しいと思った。


 フランと出会って間もない頃はまだまだ心が不安定で、成人したくせに何度も落ち込んでフランに慰めてもらった。


 涙を拭いてもらった、抱きしめてもらった、励ましてもらった。

 大丈夫だと言ってくれた。間違ってないと言ってくれた。


 そのお陰で俺は少しずつ世界に向き合う覚悟を決めることができた。


 勝手に召喚されて大切な人たちと引き離された恨みは消えない。

 でもこの世界で生きる人たちに罪はないのだ。


 命を落とした先人の騎士達に報いるため努力を重ねた騎士、友人の命を魔物に奪われ復讐を誓う魔法使い、家族を失い聖職者として世界の安寧を願うヒーラー。


 そして俺の心に寄り添い、励ましてくれるフラン。


 もっと知りたい。もっと深く関わりたい。

 だから俺はこの世界での役目を果たそう。新しくできた大切な人たちを守るために。


 そして勇者の使命を果たした後も、隣にフランがいてくれたら良いなと思う。


勇者ことユウ視点のお話です。

若様ことフランは自信過剰のため気づいていませんが、結構うっかりミスやドジっ子ムーブをかましています。


ユウはそれを含めて好意的に思っていました。

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