第5話 元魔王の後継、元勇者が養父になる(後編)
前回のあらすじ:元勇者の若作り隠居じいさんが突然俺の父親になると宣言した
「お前は何を言っている」
お前は何を言っている。
ダメだ、声と頭の中で復唱してしまう。
仮にも俺たちは殺し合った仲で、俺は相手を騙したし、相手は俺に致命傷を与え結果的に殺した。
お互い引退したとはいえ、仲良しこよしの家族ごっこをするなんて正気じゃない。
「まさか俺が魔王の意志を継いで悪さすると思ってるのか?」
「いや全然。フランは元から進んで悪事をするタイプじゃないだろう」
それを言われたらまあそうだ。魔王の息子として生まれたから役目を果たしているだけで、殺戮に快楽を感じるタイプではない。
むしろ肉片が飛び散ってばっちいし、服が汚れるのは嫌だし、お下品なことは好きじゃないのだ。
何が楽しいのか全然わからない。臭いし。
そんな魔族的には病気と言われるほど潔癖症な俺を、魔王は「不良品」と言っていた。でも仕事はちゃんとしてるから文句は言わなくなった。
それを1ヶ月一緒に過ごしただけのユウに見透かされてるのはなんだか腹が立つ。
「話を聞く限りフランは生まれ変わってからの生活に不満はなくて、むしろその環境から離れざるを得ない現状に不満があるんだろう」
「まあ、そりゃ。豊かな環境を散々与えておいて突然取り上げるなんて薄情だと思わない?」
しかも俺は悪くないもん。人間にだって闇属性の魔力を持つやつは一定数いるだろうし、ソイツら全員悪だと決めつけるのは侮辱に等しい。
俺はまあ前世があれっていうのはあるけど、理性的な生き物だと主張するなら、せめて話し合いの場くらい設けて欲しいよ。
「だから俺がフランの父親、いや……パパになるぞ!」
「お前が何でパパになるんだよ」
「フランの事情やリスクを知ったうえでパパになれるのは俺だけだからだ」
ぐっ……それを言われると反論できない!
実際俺の前世を知っても害そうとしないのはコイツだけだろう。
いや、何でコイツも敵意がないのか謎だけどさ。
「お前の意思はどうなんだよ。こんな面倒な案件好んで抱え込むだなんて、せっかくの隠居生活が台無しになるぞ?」
「かまわない。君が幸せになれるなら」
そう答えるユウの顔に迷いはない。むしろ目はキラキラ輝いていて、希望に満ち溢れていた。
「どうして……」
「俺は君を笑顔にしたい。君が幸せになれる未来をずっと望んでいたんだ」
「だから何でそこまで。俺はお前の敵だったんだぞ」
そんなことない、と奴は首を横に振る。
そんなわけあるに決まってるだろ!
わからない、わからない、怖い。
またあの時の恐怖心が込み上げてくる。現世の両親に愛されている時は感じなかったのに、ユウにその情を向けられるのは怖い。
多分……前世の自分にその資格がないと思うから。
「フラン。生まれも育ちも環境も関係ない。生きてるものは生まれたその瞬間から愛される資格がある」
「……いいの? このままの俺でも」
肯定するようにユウは俺の前で屈むと、ニッと微笑んだ。
「だがユウ」
「パパだ」
「なんだよ、年齢的には祖父だろ」
「パパ」
もう腹を括るしかない。俺は愛してくれる人を望んでいて、ユウは俺が愛されることを望んでいる。何だそりゃ、おかしな話だ。
でも……望んでいいのなら。
「……パパ」
「おおっ! そうだぞ、俺がパパだぞ〜! なんだフランっ、抱っこして欲しいのか。よ~しよし可愛いなぁ」
まくし立てるようにベラベラ喋ると、ユウは俺を抱き上げて再びギュウ〜っとしてきた。まるで子猫を可愛がるような扱いには納得がいかない。
「お前ふざけんな! 一時的に認めただけだから調子に乗るなよ」
「そうかそうか、俺の息子は世界一可愛いなぁ」
すでに親馬鹿を発揮してどーするんだ。暴走したユウを止められず俺はされるがままになる。
柔らかい俺のほっぺが男の頬ずりに蹂躙される屈辱よ。
「よし、フラン。今日から俺がお前のパパになる。お前のこと一分一秒この一瞬さえ全力で可愛がるからな!」
「あーー、うん。わかった……もう好きにしてくれ」
でもユウの腕に抱かれていると温かくてだんだん眠くなってきた。
そうだ、今の俺は7歳の子どもの体なのだ。体力なんてとっくに尽きていた。
「ねんねんころりよおころりよ~ぼうやはよいこだねんねしな~」
ユウの口から変なメロディーの歌が聞こえる。「なんだそれ」と笑いたかったが、まぶたが重くてそのまま俺は眠りについた。
まるで家のベッドで眠るような安心感だった。
「これからは絶対俺が君を守るから」
そんなユウの呟きは聞こえなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次は勇者ことユウ視点のお話です。
それが終わったらやっと二人のゆるい旅が始まります。






