第3話 元魔王の後継、一時的に幸せな日々を送る
人間に生まれ変わってしまった。
魔王の息子として生まれた時は、すでに立ち上がって魔族の統制についてつらつらと語れた。
今は何もできない。ミルクを飲む、排泄する、泣く、寝る。
俺は今激しく尊厳を破壊されている。尻を拭かれるなんて耐え難い屈辱だ。乳房を吸えだなんて堪ったもんじゃない。
でも生きるためには必要なのだ。なんてこったい……転生するならせめて精神年齢もリセットして欲しかった。
相応の歳になってから前世を思い出すパターンだって良いじゃないか。
人間が脆弱なことは知っていたが、生まれた時からこんなに弱くてどうする。部下やそこら辺の獣が襲いかかってきても返り討ちにできないじゃないか。
そうあせっていた俺だが、驚いたことに俺を取り巻く環境は甘ったるいくらい恵まれていた。
まず母親も父親も優しい。俺の顔を見るたび幸せそうな笑顔を作って丸い声色で耳触りの良い言葉を並べてくる。恥ずかしげもなく愛してると言ってくるのだ。
前世では一度も言われたこともない。いや、一度だけユウが言っていた気がする。よく覚えてないけど。
2人は商人らしくそこそこの広さの家に住んでいて、父親は外で忙しそうに働いていた。
母は1人使用人を雇っているようで、手を借りながら俺の世話と家仕事を同時にこなしているみたいだ。読み書きも計算もできるから人間社会では教養がある方に分類されるのだろう。
食事には特に困らず、両親にも使用人にも親切にされながら俺はすくすくと育っていった。立ち上がれば褒められ、歩けば父親が感動して泣き出し、走り回る頃には周囲の住民から「仲良し家族」と優しい眼差しを向けられた。
美味しいご飯に優しい両親。温かい住民たちにフカフカのお布団。
さらに中性的な美少年(もちろん前世の方がもっと美形だった!)に生まれた俺は「可愛い」「賢い」とみんなにチヤホヤしてもらえた。
うっはぁー! 正直めっちゃいい。あ、俺一生ここで暮らしたぁい!
自己肯定感が爆上がりする。
幸福に過度な豊かさも地位も必要ない。まだ生まれて5年なので好き勝手行動できないのが難点だが、それ以外に不満はなかった。
遠くに飛べる翼も、一帯を更地にできる力もいらない。
俺はここでヒューマンライフを満喫するのだ。話ここでおしまい!終了終了!
……さて、読み書きができるようになって最初に確認したのは年代だ。
俺はどうやら魔王が討伐されて50年後に生まれたらしい。しかもユウ達と一緒に訪れて別れた村が栄えて町となり、そこに住む夫婦の子どもになったのだ。
魔王の死亡によって魔王軍は解体。今では残党による被害があるものの、争いは小規模で戦争は今まで起きていないらしい。だから町の住民もどこか平和ボケしているようだ。
俺は前世の記憶があっても人間への深い恨みはないので、特に何かしようとは思わなかった。
だが運命は皮肉で、俺が7歳になった時に魔力に目覚めた。しかも前世の魂が宿っているせいで魔族の力に酷似している闇魔法。
人間の世界で魔法は五大元素に光と闇を加えた7種類の属性がある。その中で最も神聖視される属性が光で、反対に嫌悪され不吉とされるのが闇だ。
魔族が持つ魔法の属性はその大半が闇だから、悪の象徴とみなされるのだ。
元々将来は魔法使いになって両親の商売に役立つ魔道具をたくさん開発しようと思っていた。しかし魔族と同じ力を持つ俺は住民に恐れられ拒絶された。
両親はどうにか俺を庇おうと悩み、教会にいる神官に相談しようと話し合っていた。だが魔族を悪とする神官は俺の存在ごと葬り去ろうとすると判断して断念した。何より彼らが俺に対して恐怖心を抱いていた。
せっかく恵まれた環境にいたのに。愛してくれる両親がいたのに。俺自身のせいで手放さなければならない。
っていうか、みんな突然手のひら返しするなんてひどくない?
俺、こんなに可愛くて賢い美少年なのに。散々自己肯定感上げさせておいて、いざ魔力の属性がハッキリしたら「不吉」と言って怖がるなんてあんまりだ。
ああ、人間は愚か。やっぱり人間は愚かなのだ。馬鹿みたいだ、バーカ。
結局俺は悪魔が幼子の体を乗っ取っていると嘘をついて村を去ることにした。もし生まれながらの素質だと知られれば俺を産んだ母まで疑われる。
逆に外的要因でこうなってしまったと嘘話を作れば、両親は悪魔に子どもを奪われた悲劇の夫婦になるだろう。
町で1番大きな銅像を闇魔法で吹っ飛ばして、住民の前で悪役を演じ、街路樹を荒らしながら出ていった。
罪のない木々や銅像を建てた職人さんごめんなさい、許してくれ。
そんな俺を見送る両親の目は酷く悲しそうだった。でももう俺を息子として見ていないことがわかった。
俺は彼らの家族ではなくなった。見たくなかったなと思いながら俺はそのまま去った。
愛情とはちょっとした亀裂ですぐ無くなるものなのだ。
人間共は一方的に与えておいて全て奪い去る。まさに愚の真骨頂であった。
泣いてない、別に泣いてない。
勝手に目から体液が流れ落ちてるだけだから。
ここまで読んでいただきありがとうございました。