第21話 フランはただ愛されたい
二度の打撃を顔面にくらえば、流石のヴァンも平気ではいられない。顔を腫らしながらヒビが入った壁にもたれかかり、忌々しそうにユウを見据えた。
一方のユウは半裸同然の格好だが、その身を覆う闘気は前世で見た姿に似ている。
「常に結界を張って魔法が使えない状態のはず……っ」
「ああ。威力も速さも俺の純粋な身体能力だ。魔族でも違いがわからなかったか?」
ヴァンは相手に魔法を使わせないことが最大の強みで、それ以外は平凡だ。さらに自分以外の敵味方関係なく魔法を封じるため使い勝手が悪く、闇討ち要員として俺の側に置いていたのだ。
だからユウとはすこぶる相性が悪い。魔王城での戦いでも上記の理由からまともに参戦できなかったから、他の部下たちと同じようにまとめてぶっ飛ばされてどうにか生き延びたのだろう。
「どうやってこの場所を探し出した。そんなふざけた格好で……なめた真似を!」
ヴァンがユウに向かって手を伸ばすと、手のひらから魔法陣が浮かび風の刃が撃ち放たれる。しかしユウは軽やかにかわし、勢いで蹴りをヴァンの側頭部に叩き込んだ。
「ガッ!」
容赦ない一撃にヴァンの体は大きく痙攣する。
ユウは手加減をしていない。ここまで無慈悲に相手を追い詰めることができる人だとは思っていなかった。
いや、勇者として戦い続けたんだから当然できるとは考えられる。
でも暴力は良くない、痛いことはダメと口酸っぱく言っていたユウの印象が強くて、目の前の光景が信じられなかった。
「フラッガー=シェン=アステリア。魔法の残滓から使い手を辿る術。フランが使うところを見て、感覚を繋いで体感したことがあったから、見よう見まねで使ってみたんだ。途中で効果は切れたが、あとは気配や木の枝が折れた痕跡からここを見つけた」
「ま、まさか魔族の魔法を人間が!?」
俺がタコに向かって使った魔法から辿ったのだろう。だけど魔族の魔法と人間の魔法は別物だ。俺だって人間の体だったせいで五感を持っていかれそうになったのに。
「術式も魔力の回路もまるで違うから体の負担は大きかったけど、お陰でたどり着けた。他の人達が来るのを待てるほど気は長くなかったけどな」
「くっ!」
再び魔法を発動しようとする前にユウの蹴りがヴァンの腕にめり込む。ゴキリ、と鈍い音が響いた。
「う、あアっ!あ……!」
「下手なことをするのはやめて欲しい。話が進まないだろう」
「話……だと」
「そうだ。君たち魔族が人間に抱く感情は理解しているし否定はできない。俺だって人間に対して思うところはあるからな。魔王が討たれて無念だっただろう」
そう語るユウの声は未だに冷たい。
「だけどこの子はダメだ」
「それは……勇者としての責任か」
「違う。俺個人が許さない」
その言葉に揺らぎは無い。ヴァンは理解できない異物を前にしたような、恐ろしいものを見るような顔をしている。
俺だってわからない。どうしてそこまでユウは真っすぐな気持ちでいられるんだろう。
「お前だって……本来は人間が憎いはずだ。人間が掲げる禁忌、命の冒涜。異世界からの人間を召喚することも、身勝手な理由で世界に命を増やす禁忌のはず。それを人間達は行い、お前に全ての責任を押しつけた!」
「そうだな、君の言う通りだ」
「若様はそんな愚かな人間を一掃できる力を持っている。彼は世界に求められているんだ」
「フランは望んでない。だからダメだ」
話にならないと思ったのだろう。ヴァンはすがるように俺の方を見た。
無感情だった当初とは対照的な切迫した表情に、心が少し痛くなる。
「若様……あなたは選ばれた存在です。あなたはそれを受け入れないんですか! こんな男といることを選ぶというのか!」
「……ごめん、俺は世界征服とか興味ない」
そのために作られたとしても、俺は感情を持って生まれてしまった。
人の温かさを知って、それが欲しいと思ってしまった。
「俺はただ誰かに愛されて穏やかに過ごせればそれだけで良いんだ。だからヴァンの期待には応えられない」
「嘘だ……嘘だ、嘘だ」
ヴァンは折れていない方の手で頭を掻きむしる。普段から丁寧に整えられているさび色の髪は土で汚れ、額から出た血で染まっていて痛々しい。
一緒に過ごした時間が長かった分、辛くて目をそらしてしまった。
「そもそも若様を葬ったのは勇者、お前だ。 そのお前がこの方に何をすると言うのだ! お前は若様の側にいる権利があると言うのか!?」
「確かに俺は前世のフランを救えなかったよ。だから後悔したし、今のフランを絶対に幸せにすると誓ったんだ」
ユウは倒れていた俺に近づいて優しく抱き起こしてくれる。髪についた泥を払う手つきが優しくて、やっぱりユウなんだって思った。
「フラン、遅れてすまなかった」
「ううん。来てくれて嬉しい」
俺の答えにユウは表情を柔らかくする。
その光景がなおさら癪に障ったのかヴァンは頭を搔きむしり続け、髪はブチブチと切れた。
「どうして……何故だ、こんなのおかしい」
うわ言のように繰り返すヴァンにユウは静かに向き合う。
「魂が前世の記憶や力を受け継いでいたとしても、今のフランは一人の人間だ。俺はそんなフランの望みを叶えるために全力で愛すると決めたんだ。……もうこの子は君たちの魔王じゃない」
「……」
ヴァンの動きがぴたりと止まる。
「……もういい」
「ヴァン……」
「魔王の魂は失われた。もうこの世に希望はない」
ヴァンはゆっくりと手のひらを自分の心臓に当てた。風の魔法陣が浮かび上がる。
「待って……!」
俺が止める前に肉の裂ける音が洞窟に響いた。大量の鮮血が飛び散ってヴァンの周囲を赤く濡らす。
口からも多量の血を噴き出し、一目で致命傷だってわかった。
「ヴァン、どうして……」
「私は……あなたが作る未来が見たかった」
俺はユウから離れて痛む体を引きずりながらヴァンに手を伸ばした。それに応えるようにヴァンも俺に向かって手を伸ばす。
でも指先が、手が、腕が、灰になって消えていく。
そのまま体も塵となりヴァンは消滅した。
俺のせいだ。
俺が裏切ったせいで死んだのだ。
どうして?
どうしてどちらかが死ぬまで対立しないといけないんだ?
俺はただ争う世界に戻りたくないだけだったのに。
しばらくヴァンがいたその場所を呆然としながら見つめる。
「……帰ろうフラン」
後ろから声をかけるユウに俺は首を横に振った。
「俺……帰れないよ」
これからも同じことを繰り返すのだろうか。
「この先も俺は魔族につきまとわれるかもしれない。きっとユウに迷惑をかける」
また誰かを傷つけて、気持ちを裏切って。
そのうえで誰かに愛されながら生きたいと望むなんて、俺には過ぎた願いじゃないのか。
「……」
ためらうように近づいた足音の後に、ギュッと抱きしめられる。
ユウの腕は硬い。でも安心する。
「フラン、確かに君は特別な存在かもしれない。でも望んじゃいけないことなんて何もない。もし難しくても俺が叶える」
「どうしてそこまで……」
「君が幸せになれる未来をずっと望んでいたと言っただろう」
腕にこめられる力が強くなる。少し苦しく感じるくらいで、ドクン、ドクンとユウの心臓の音が大きく聞こえてきた。
「俺は君に救われたからこの世界で生きようと決めた。フランはだましてるだけで、全部嘘の言葉だったかもしれない。でもあの時孤独だった俺は本当に助けられたんだ」
「俺が……ユウを?」
「そうだ。元の世界に戻ろうと模索した時期もあった。でもこの世界も同じくらい大切で、大好きになって。そのきっかけをくれたのが君なんだ」
腕が離されて優しく肩をつかんで振り向かせられる。見上げるユウの顔は今まで見た中で一番穏やかで、温かかった。
「フラン、君は俺の太陽だ。そんな君を幸せにしたい。だから……本当の気持ちを教えてくれ」
ああ、ユウはすごいな。
俺が欲しいものを全部くれる。
俺はユウと初めて出会って一緒に過ごした一カ月がとても楽しかった。
大好きだった。手放したくなかった。
それをユウがまた与えてくれる。
「……パパ」
「え?」
「パパ……、パパ。パパ……!」
俺は自らユウに抱きついた。硬いし汗や海水、土が混じった臭いがする。
でもどんな人よりも安心する大好きなお父さん。
「うっ……ひっぐ。俺、もう会えなくなると思って……俺ぇ……怖かった」
ボロボロ涙が止まらない。でも悲しい以外でも出るものなんだなと思う。
ユウは俺を抱きしめて背中をさすってくれた。手のひらは大きくて、強い熱を感じる。
生きてるんだって思う。
「一人にしないで。側にいて。もっと俺を愛して……大好きって言って」
俺のひとつひとつのワガママに相手は「ああ」と相槌を打つ。
その安心感に俺はどんどん自分の欲求が溢れてくる。
愛されたい。
「もちろんだフラン、もう大丈夫だ。俺たちはずっと一緒だから。大好きだ、大好きだよフラン」
俺の泣き声はしばらく止まらず、その間もパパはずっと抱きしめ続けてくれた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回で3章終了です。




