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第2話 魔王の後継、死す(後編)

 村に着いてからは野宿続きだったからとそこそこ立派な宿に泊まって休むことになった。騎士は鍛えているから慣れているようだが、魔法使いやヒーラーは大分疲れが溜まっていたらしい。


 ユウも元から体力が無いせいで到着した次の日は一日中寝込んでいた。俺は仲間達の看病だと称してみんなに世話を焼いてやった。


 夜が明けて元気になったユウとは村の中を散策したり村周辺の草原を散歩したりした。はたから見れば恋人と勘違いされていたかもしれない。見た目だけな。


 そろそろ潮時だと思い村に滞在して3日経った夜、俺はユウと2人きりになったタイミングで奴の心を揺さぶることにした。


「勇者なんて辞めて一緒に逃げよう」


 奴は俺を深く信頼している。そして未だに勇者の役目を重荷に感じている。

 だから逃げ道を用意してやるのだ。逃げて、全て捨てて、自由に生きる。だって異世界から無理やり連れてこられたのだ。従う必要なんてないと説得を試みた。


「お前の故郷に帰る方法を探そう。人間より魔術が得意な種族がいるんだ」


 だけどユウは首を縦に振らなかった。最悪なことに俺と一緒に過ごしたことで勇者の認識を改めたのだという。


「この世界にも君みたいに優しい人がいるってわかった。他のメンバーだってすごく良い人たちなんだって今さら思い直してさ。そんな彼らを苦しめているのが魔王なんだ」


 騎士も魔法使いもヒーラーもみな家族や親しい人を魔物の襲撃で失っている。自分が何かされたわけではないのにユウは他者を想い戦うことを決意したのだ。


「愛する人たちのために戦いたいんだ」


 コイツはここで殺すしかない。


 森での戦闘でユウには高い潜在能力があることがわかった。まだ力の真価を発揮できていないだけで、魔力も俺と同等かそれ以上ある。

 敵対するならコイツはここで殺す。元からそのつもりだった。俺の正体を明かして動揺している隙に殺せばいい。


 ……。


 結果を言うと殺せなかった。正体を明かして、動揺させて、簡単に首を取れるはずだった。だけどユウの心から悲しむ目を見たらできなかった。

 コイツは裏切られてもなお俺に愛情を持っていた。それが単純な肉欲であれば楽だった。


 だがあれは本当の父にすら向けられなかった親愛の情だった。

 俺はユウに愛されていた。慈愛の精神を抱かれていた。

 

 何故? 奴にとって俺は庇護対象だったのか。お前の方がよっぽど俺に支えられていたじゃないか。なら執着か。俺に精神的に依存しているのか? それにしてはあまりにも優しすぎる眼差し。


 わからない、わからない、怖い。


 結局俺は魔王城に逃げ帰り、勇者たちと戦うことになった。5年後、魔王城に辿り着いた勇者一行はボロボロだったが以前と比べものにならないほど強くなっていた。


 ユウは笑みひとつ溢さない無表情で冷たい理想の勇者になっていた。魔物たちを切り裂き返り血を浴びても眉ひとつ動かさない。

 もう俺が知ってるユウはいないのだと思い、ならば遠慮なく殺せると思った。実際、再会しても特に言葉を交わすことなく戦闘は始まった。


 でも何でだろう。ユウが放った剣撃を魔王を庇って受けた時、奴は傷ついた顔をしていた。瀕死状態の俺を魔王が地面に投げ捨てた時はめちゃくちゃ怒って、魔王に斬りかかっていた。


 全ての戦いが終わって間も無く死を迎える時、俺はユウの腕の中にいた。もう美少女でもハーフエルフでもない本来の姿なのにユウは気にせず俺を抱きしめる。


 他のメンバーは邪魔しないように気遣ったのか、少し離れた所にいた。

 ユウは何故か繰り返し謝罪の言葉を呟いていた。


「ごめん、ごめん……」

「なんでお前が謝るんだよ。俺はお前を殺そうとしたのに」

「でも……君を救いたかった」


 は?何を言ってるんだコイツ。気持ち悪いな。


 敵に憐れまれるなんて侮辱に等しい。俺は悪態をついてユウこと勇者を睨みつけた。殺せよ。トドメを刺せよ。魔王の息子だぞ。


 なのに俺を抱きしめる腕は変わらず優しい。人間は想像以上に柔らかくて温かい。出血で体が痛いほどに冷たいのに、皮膚から伝わる熱が心地よかった。


 意識が遠のいていく。ああ、もう終わりだ。ぼんやりする頭でふと言葉を漏らした時、勇者は懐かしい泣き顔を見せた。




 …………。


 ……。


 ……?




「オギャアーっ!」


 え?何。今の声……。


「奥さん、産まれましたよ! 元気な男の子です」


 近くで人間の声がする。目が開かない。ここはどこだ、体も動かない。お前は誰だ。

 体に感じる感触は柔らかくて温かい。でも勇者の腕とは違う。


「ウギャアー!ウアァ!」


 え……これ、俺の声?

 どうにか力を振り絞って薄く目を開けると、そこには疲れと溢れんばかりの喜びを混ぜた表情をする女がいた。


「まあ……なんて可愛らしい。産まれてきてくれてありがとう」

「ウアーッ⁉︎」


 おいおいなんだこりゃ。冗談じゃない。

 魔王の息子である俺が、人間に生まれ変わってしまった……。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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