第18話 ユウはタコにとっても怒る
黒い影は俺たちの前方20mで止まると、大きな水飛沫をあげて姿を現した。
一言でいうとデカくてグロい見た目のタコだ。オイルを塗りたくったようにテカテカしてる赤黒い肌に、大小様々なサイズの触手が水面下でうごめいている。
チラチラと水面から姿を見せる触手は吸盤らしきものを無造作に貼り付けていてキモい。
作った主がいるならソイツの感性を疑ってしまうような不快な姿だ。
「きゃー! 魔物よ!」
女性の甲高い声と共にビーチはパニックに陥る。グロタコは大人の身長2人分よりも大きくて見るからにヤバそうなので、見た人は次々と悲鳴をあげて陸へと逃げていく。
「フラン、あの魔物を見たことあるか?」
ユウの問いに俺は首を振る。俺が魔族だった頃はあんなサイズの海の魔物は使役していなかった。
つまり世界が平和になった後に生まれた魔物。あるいは作られた? どちらにせよ未知の存在であることに間違いはない。
「アルベルト、フランを頼んだ」
アルベルトはうなずくと俺を抱き抱えて砂浜へと向かった。
その後を追うように複数の触手がこちらに向かって勢いよく伸びてくる。
「させるか!」
ユウが勢いよく水面に足を振り下ろすと、鋭利な飛沫が衝撃波を起こして迫りくる触手を破裂させた。グロタコの触手は細かい肉片となって辺りにビシャビシャと落ちていく。
「すごっ……」
俺が感嘆の声を漏らす間にも次から次へと触手が迫る。それをユウは蹴りを放つ空気の衝撃だけで全て押し返していた。
「流石ユウ様……本当におとぎ話のような強さですね」
「前世の俺って本当にアレと戦ったんだよな……? 自信無くなってきた」
アルベルトは浅瀬に辿り着き、ユウの方を振り返る。このままならユウ1人でどうにかなりそうだ。
ホッと息をついた瞬間、アルベルトの足元の砂がグニャリと歪んだ気がした。
「ああっ⁉︎」
地中から現れたグロタコの触手がアルベルトの足に絡みつき勢いよく引っ張る。
「ママ!」
俺を庇う姿勢で水の中に倒れたアルベルトは沖の方にズルズルと引きずられていく。
「んぐっ……、っ!」
浅瀬とはいえ起き上がれないから、アルベルトが呼吸をする前に波が顔を打ちつけてくる。慌てて俺が引っ張っても触手の力には勝てない。
「このぉ! 俺の家族に何すんだ!」
俺は手のひらに魔力の塊を集め、触手があるだろう地中に向かって放った。魔力の塊は大きく地面を抉り、砂と共にバラバラになった触手が宙に飛び散る。
この1週間でユウに魔力のコントロールの仕方を学んだのだ。お陰でだいぶ勘を取り戻して、魂に巡る魔力を抑えたり簡単な魔法なら自在に操れたりできるようになった。
「ママ、大丈夫か!」
「げほっ……すみません、油断してました」
気管に海水が入ったのか苦しそうに咳き込んでいるが、無事のようだ。
「アルベルト、フラン……!」
俺たちの様子に気づいたユウは表情を怒りに歪め、何かの呪文を唱える。
すると光と共にどこからともなく白銀に輝く剣が現れ、ユウは迷わず手に取った。
いや、待て……あの剣は。
「もしかして〜……魔王を倒した伝説の剣じゃ……」
「一撃で仕留める!」
ユウが剣を振り下ろすと、まばゆい光の帯が放たれグロタコを包み込む。
ビーチ一帯に衝撃が駆け抜け、グロタコの体は光の中で消滅。
海は光と衝撃で左右に切り裂かれ地面をあらわにしていた。
アレだよね。前世の俺も確かあの剣で倒された気がする。
下手をすればあんな感じで消滅させられたのか。怖。
やがて光が消えると、裂かれた波が再び戻ろうと押し寄せ派手な音を立てる。もうグロタコの痕跡はどこにも残っていなかった。
「す、すげぇ……」
「あの力……まさか勇者様の?」
一部始終を見ていた人々は感動を通り越して唖然としていた。その様子を見てアルベルトは苦笑する。
「あはは……ここでもユウ様の正体がバレてしまったようですね」
「アイツなら素手でも倒せただろうに」
俺たちのところに戻ってきたユウは申し訳なさそうに眉を落としている。まるで叱られた子どものようだ。剣はいつの間にか消えていた。
「すまない。つい感情的になってしまった」
「俺たちは全然良いよ。むしろ被害が出る前に倒せるなんてユウはすごいな」
しかしユウはフルフルと首を振る。
「フラン。君の前であの剣を振るってしまったことを謝りたいんだ」
ああ、やっぱりあれが前世の俺を切り裂いた剣なんだな。
「別にいいよ。今の俺には関係ない」
「そうなのか?」
「うん、そう」
俺がニコッと笑いかけてみるもユウはまだしょんぼりしていた。
※※※
結局ユウがさっさと倒してくれたお陰で死者はゼロ。驚いて転んで怪我した人はいたが、いずれにせよ軽傷で問題は無さそうだ。
「じっとしていてくださいね」
転んで足を切ってしまった女性を座らせ、アルベルトは傷口に手をかざす。
『光よ、癒しを』
温かい色の光が手のひらから現れ、傷口をみるみる治していく。
「ママすげぇ……」
魔族と違い人間は魔力だけで再生することはできない。光の魔法はその常識を覆して相手を癒すことができ、奇跡の魔法として人間に崇められている。
アルベルトは聖女に選ばれただけあり、魂には純粋な光属性の魔力が宿っているらしい。ユウも『純度はヒーラーと同等』と感心していた。
「私は技術が未熟なので、時間がかかって効率も悪いんですが……」
「そんなことはない。立派なことだぞアルベルト」
ユウの言葉に俺も同意する。アルベルトはとってもすごい。そうやってアルベルトは怪我した人たちを治療してまわった。
ビーチはもう楽しめるような雰囲気ではなく、大半の人は帰り支度をしているのが見える。
せっかく楽しい時間だったのに残念だな。
「あなたがユウ・アサノ様ですか」
アルベルトが治療を終えて3人で一息ついていた頃。近づいてきたのは鎧を身につけた大柄の男性。歳は50くらいだろうか。
鎧の肩部分には紋章のような絵が入っていて、そこらの兵士とは格が違うように思える。
「私は首都から派遣された王国騎士団第3部隊隊長、エイモン・ディ・マーフィーと申します」
「マーフィー? 騎士と同じ家名だ」
ユウの問いにエイモンは首を縦に振る。
「勇者一行の騎士は私の父です」
「騎士の息子さんか!」
ぱぁっと明るい表情をするユウ。なるほど、今度は騎士の家系か。
確かにあの頑固そうな目つきと太めの凛々しい眉、がっしりとした顔つきは父親そっくりだ。一方で目の色は見覚えのない薄緑で、そちらは母親ゆずりなのかもしれない。
「聖女様、お初にお目にかかります。修道院での出来事は息子に聞いております」
「い、いえ! 初めまして、アルベルト・フィル・クラークです」
うやうやしく頭を下げるエイモンにアルベルトも慌てて頭を下げる。
「ん? 息子から聞いた?」
「君がご子息のフラン様か。あの町には私の末息子が住んでいて、自警団を務めているんだ。今年で丁度15になる」
もやもや~っと思い返すと確かにやたら若い兵士がいるなあと記憶がよみがえる。
「あ、ユウがママをかばった時に『何の権利があって邪魔をするつもりか!』とか言ってた奴だ!」
「なるほど、あの子か」
怒りっぽくてすぐプンプンするのは騎士に似ているかもしれない。納得する俺とユウに反してエイモンは呆気にとられたように口を開けていた。
「息子がユウ様にそんなことを……?」
「まあ修道院の院長を邪魔したから、咎められるのは当然だろう」
「いやいや、愚息が無礼を働いたようで……。大変申し訳ございません」
何度もペコペコ頭を下げるエイモン。短気な息子を持つと大変だな。
「ところでマーフィー卿、こちらにはどうして?」
アルベルトが問うとエイモンは顔を上げ、真剣な目つきに変える。
「実は最近魔物の活発化が各地で報告されていまして。その調査のために訪れたのですが、一足遅かったようです。ユウ様がいなければ被害は大きかったでしょう」
確かにここに来るまでの間に魔物は何体か出てきていたし、ユウも最近多いって言っていた。
なんか嫌な予感がするなぁ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




